MAY
リーガルは、黒衣の騎士としてインフォスに再び姿を現した。
率いるのは、生きとし生ける物に憎悪を抱くアンデッド達。
彼を甦らせた堕天使ラスエルの言葉によれば、現在レイヴは『天使』の依頼を受け『勇者』として魔物達と戦っているとの事だった。
暗く湿った地の底から甦ったリーガル。対してレイヴは日の当たる場所で、勇者として人々の尊敬を受けている‥‥その事実が、否応無くリーガルの憎悪をかき立てた。
このまま、人間達を襲い続ければ嫌でも『天使』との対決はある。
『勇者』レイヴと戦う。その体をズタズタに切り刻み、自分の味わった苦痛を思い知らせてやる。
リーガルはその日を思い描きながら、ラスエルの命じるままに人間達を襲っていた。
そして、いくらも経たないうちに対決の時は来た。
いつものようにアンデッド達を率いて人々を襲うリーガルの前に、レイヴが立ち塞がった。
しばらく会わないうち、レイヴはまた腕を上げていた。
冴えた剣捌きの前に、配下のアンデッド達は一撃で倒されて行く。
小手調べのつもりだったリーガルは、強力なレイヴの攻撃に一度は剣を引いた。
だが‥‥リーガルをそれと認めたレイヴの反応は騎士にあるまじき物だった。
「俺は‥‥ずっと、お前に謝らなければならないと思っていた‥‥」
レイヴは剣を鞘に収めると、ためらいもなく投げ捨てた。
「お前の望むようにしてくれていい‥‥」
リーガルの前に膝を屈し、レイヴは無防備に見上げて来る。
手が届く程まで近付き、見下ろしたリーガルは、その瞳が以前とは全く違っている事に気付いた。
レイヴの深い茶色の瞳からは、以前のような明るく、暖かい光はもうなくなってしまっていた。
代わりに浮かぶのは、暗い哀しみ、深い闇のような陰りだった。
こんな、輝きを失ってしまった瞳はレイヴではない‥‥リーガルは、理由の分からない苛立ちを感じる。
「‥‥それが本心か、レイヴ」
レイヴは、いつの間に、こんな情けない人間になってしまったのか。
リーガルは鞘ごと剣を振り上げた。
苛立ちのままに、リーガルは鞘をレイヴに叩きつけた。
「‥‥っ!」
レイヴが、唇を噛んで耐える。
鞘の金具で切れたのか、レイヴのこめかみから一筋の血が流れ落ちる。
しかし依然として、レイヴは抵抗の意志すら見せる気配はない。
その反応が、リーガルの苛立ちを更にあおった。
「それが、騎士の誇りある姿か、レイヴよ!‥‥剣を抜け、俺と戦え!」
一撃、二撃‥‥全く手加減せずに殴りつけるが、レイヴは甘んじて、その攻撃を受け続けていた。
鞘を振るううち、リーガルは、奇妙に心が冷えて行くのを感じる。
戦い、その体に深々と剣を突き立て、ズタズタに切り裂いて‥‥血の海に臥すレイヴの姿をずっと思い描いていたはずだった。
だが、こうして無抵抗なレイヴを前にしていると何故か心が冷えて行く。
戦いに昂ぶっていた気持ちが急に熱をなくし、やりきれないような苛立ちだけが広がって行く。
激しく殴りつけられ、レイヴが力無く手を突いた。
次の一撃が止めとなり、完全に意識を失ったレイヴがぐったりと倒れ臥す。
リーガルの足元に横たわる無防備な背中‥‥このまま、剣を振り下ろしてしまえば全ては終わる。
だが‥‥。
「お前は‥‥この程度の男だったのか?」
情けなかった。
胸の中に怒りのようなものがわだかまる、しかしどこにぶつければいいのか分からなかった。
レイヴを見下ろしたリーガルは、とうとう、剣を抜く事が出来なかった。
代わりにリーガルは、配下のアンデッド達に命令を下した。
アンデッド達がレイヴを運んで行くのを、リーガルは複雑な表情で見送った。
古い屋敷の地下牢に、レイヴは捕らわれていた。
鍛えられた体に刻まれて行く拷問の傷痕が痛々しい。
彼の実力ならば一撃で倒せるようなアンデッド達に痛め付けられていながら、レイヴは依然として抵抗の意志すら見せなかった。
そんなレイヴを目にすると、リーガルの苛立ちは更に高まった。
「女々しくなったものだな、レイヴ」
嘲るリーガルにも、レイヴは全く言い返そうとはしなかった。
無言で見上げて来るレイヴの瞳には、深い悔恨と苦悩の色があった。
あの、真直で明るい輝きに溢れた瞳はどこへ行ってしまったのだろう。
「ヴォーラスの騎士団長ともあろうものが、こんなにも無様な死を選ぶと言うのか?」
何に対してなのかリーガル自身にも分からない怒り、苛立ち、そして何故か悲しみ‥‥行き場のない感情のままに、レイヴの胸板に刻まれた鞭の傷に爪を立てる。
激しい痛みにレイヴは小さく肩を震わせ、唇を噛んで耐える。
しかし、それでもレイヴは暗い色をたたえた瞳でリーガルを見詰める。
ただ黙って全てを受け入れる、従順なまでの潔さに、リーガルは舌打ちした。
こんな、弱々しい人間は知らない。
こんな無抵抗な人間はレイヴではない。
「今のお前など、俺が手を下す価値もない」
リーガルは吐き捨てた。
何故か、心の中に穴でも開いたように空しかった。
自分は、一体何のためにこの世に甦って来たのだろう。こんなレイヴを見る事になる位なら、あのまま朽ち果てていた方が良かった。
リーガルは、それ以上レイヴを見ていたくなかった。
アンデッド達に後を任せると、リーガルは地上へと戻った。
一階の広間に出た時、彼を甦らせた堕天使、ラスエルの声がした。
《『勇者』レイヴを捕らえたそうだが‥‥何故、殺してしまわなかった?》
リーガルは、肩をそびやかすようにして胸を張る。
「ただ、殺してしまってはつまらない。嬲って、痛め付けて、責め殺さなければ気が済まない」
《だが、天使の勇者は一人ではない。時間をかければかけるだけ、ほかの勇者が助けに来るかもしれないのだぞ》
ラスエルの言葉に、わずかに苛立ちを感じたリーガルは意外に思った。
「何を恐れている?お前にとって、人間一人の生死など取るに足らないものだろうに」
《‥‥‥》
図星を差されたためなのかどうか、ラスエルの答えはない。
「もしもレイヴに運があって助かるようなら、楽しみが先に伸びるだけの事だ。俺のやり方をとやかく言われたくない」
リーガルの答えが気に入らなかったのか、ラスエルの声に怒りの響きが混じる。
《お前がそのつもりならもう何も言わない。だが後で、後悔しないことだ》
ラスエルの気配が消えたのを感じる。
「‥‥後悔など、しないさ」
あんなレイヴを見る以上に後悔する事などあるものか。
もう一度、以前のレイヴを見たかった。
そして‥‥もう一度、本気で戦いたかった。
リーガルが他の場所で村を襲っている間に、レイヴは別の勇者に助け出されていた。
もう、レイヴの体が限界に近づいていた時だったため、リーガルにはかえって好都合だった。
何事もなかったかのようにアンデッド達を指揮するリーガルに、またラスエルが話しかけて来た。
《レイヴを、逃がしてしまったのか》
ラスエルの声には、あからさまに怒りが感じられた。
「あそこに詰めていたアンデッド達が弱かったんだ。奴と再び戦って、倒せば文句はないのだろう」
リーガルの口調に、自分が植え付けた憎悪が最早感じられない事にラスエルはようやく気付いたらしい。
《‥‥今更、騎士道精神にでも目覚めたのか?》
「言っただろう、楽しみが先に伸びるだけだ、と。奴との戦いは俺にとっても望むところだからな」
リーガルの言葉に、凶悪な気配が辺りを包み込む。
《ならば、一つ良い事を教えてやろう。貴様が死んだあの戦い‥‥あれは私がファンガムの国境軍をそそのかしたのだ。レイヴが勇者となる前に始末するつもりで起こした戦いだったのだよ。あれだけ戦力に差があれば部隊は全滅、と踏んでいたのだが‥‥まさか貴様が囮を引き受けてレイヴを逃がすとは、予想外だった》
「‥‥‥」
《わかるか?貴様は奴の巻き添えで死んだのだ。もしもあの時、囮をレイヴが引き受けていたら、貴様は死なずに済んだかもしれないのだ》
ラスエルはこれを告げることによって再びレイヴへの憎しみをかき立てようとしたのだろう。しかしその言葉を聞くうち、リーガルの中に全く別の感情が沸き上がる。
「‥‥そうか、最初から全て、お前のたくらみだったのか」
リーガルは、大声で笑った。
最初から、この堕天使の手の上で躍らされていたのだ。
そう思うと、後から後から笑いの発作が込み上げて来る。
まんまと躍らされていた自分がなんとも滑稽で、無様だった。
《貴様‥‥?》
ラスエルが意外そうにつぶやく。
「‥‥心配せずとも、レイヴとは戦うさ。お前は、俺が勝つのを祈っていればいいだろう」
《‥‥‥》
「ただし‥‥もう二度と俺に干渉するな。お前の力など、もう必要ない」
《貴様の体は、もう死んでいるのだぞ。私の力がなくなれば、じきに朽ち果てる》
そんな事は、言われずともわかっていた。
「その前に、レイヴと戦えばいいんだ。後は勝っても負けても、この体は必要ない」
そう、それは彼の命を弄んでいたものとの決別だった。
《‥‥勝手にするがいい》
ラスエルの気配が消える。
最早彼を縛るものはない。彼は、自由だった。
挑発するかのように村を襲うリーガルの前に、再びレイヴが姿を現した。
レイヴの様子は、あの時とは明らかに変わっていた。
「俺は天使の勇者として、騎士として‥‥リーガル、お前を倒す!」
まだその瞳は暗い陰を引きずっていたが、あの時と違って強い意志の光が戻って来ていた。
この瞳だった。
リーガルは、この瞳を待ち望んでいたのだ。
「この俺が倒せるか‥‥レイヴよ」
思えば、競技会でレイヴが傷付いて以来、彼等は真剣での勝負をしなくなった。
だが‥‥リーガルはもう一度だけ、レイヴと剣を交えたかったのだ。
レイヴは、全ての迷いを振っ切った静かな表情で剣を構える。
構えを見ただけで、その腕前がリーガルが共にいた時よりも格段に上がっているらしい事が読み取れた。
そして、レイヴの後ろに暖かく、優しい光に包まれた少女が見える気がした。
魔に魂を売り渡したリーガルにさえ気遣わしげな視線を向けてくる純粋な『天使』。
眩しい程に美しいその光は、レイヴにふさわしかった。
対して、自分の後ろにはもうあの堕天使はいない。
堕天使ラスエル‥‥多分奴が、いや、もっと強大な敵がこれからレイヴの前に立ち塞がるのだろう。
今の自分に勝てないようでは、これからの戦いなど到底勝ち抜けない。
自分に出来る事は、全霊をもってレイヴと戦うことだけ。
それが、彼を変えてしまった自分の『償い』であり、『親友』としての最後の努めだった。
「さあレイヴよ、見事に俺を倒して見せるがいい!」
リーガルは、ゆっくりと剣を構えた。
END
リーガルSideから見たレイヴを書くつもりだったのに‥‥何故か上がって見ればただリーガルが目立っている(主役、とも言う)だけの話になってしまった。おかしい。
一応、以前に出した同人誌のリーガルSideと言うコンセプトだったのですが、跡形もない気がする‥‥。本当はあのラストシーンも書く予定だったのですが、セリフが少々恥ずかしいのでやめました。言いたいことはここまでで書いたし。レイヴへの愛情から書いたはずなのにリーガルへの愛情になってしまって、己の未熟さを痛感。反省。