ウォーター


女の名詩集


『現代詩文庫 水田宗子詩集』

財部鳥子詩集『氷菓とカンタータ』

水田宗子詩集『東京のサバス』

『石川逸子詩集』

高良留美子著『わが二十歳のエチュード」』

水田宗子詩集『青い藻の海』

新井高子詩集『ベットと織機』

こたきこなみ詩集『第四間氷期』

峯澤典子詩集『ひかりの途上で』

『堀場清子全詩集』

青木はるみ詩集『火薬』

水野るり子詩集『はしばみ色の目のいもうと』

紫野京子詩集『火の滴』

島田陽子詩集『大阪ことばあそびうた』『ほんまにほんま』

野田寿子詩集『母の耳』本年度丸山豊賞受賞

塔 和子詩集『記憶の川で』第29回高見順賞受賞

江島その美詩集・日本現代詩文庫第二期O』


『現代詩文庫 水田宗子詩集』

終りから始まる
―初期の水田宗子詩集を読む

   この度、『日本現代詩文庫 水田宗子詩集』(思潮社)が刊行され、収録された初期詩集
を読み、すでに質が高いことに驚くとともに、女性についての根源的認識や世界的な視野な
ど後年の詩作につながる優れた特徴を感じた。第一詩集『春の終りに』は、一九七六年発
行で、イエール大学に留学後、アメリカの大学で教えている時期だろう。確かに、青春期
の終りだが、個人の生ばかりではなく、時代や文明の春の終りを感じさせる。

もう春は終ったので/春は終ったので そ
れから/残酷な春も/反ユダヤ主義の春も
/春は終ったのでそれから/陶酔の苦悩は
いたらなかったので/パーティも酒不足だ
ったので/それから/小人が好みのサイキ
アトリストも/二人を一緒にして置くこと
が出来なかったので/それから/人間の限
界は何遍も受け入れて/限界だらけになり
/限界そのものになり/限界の只中にかく
まってもらう事になったので
(「春の終りに」部分)

「反ユダヤ主義」のナチズムだけではなく、エリオットが書いた近代文明の「残酷な春も」
終り、人間の限界だらけになり、限界の只中にかくまわれるという洞察は当時としても先
見的な視座だろう。
文庫の裏表紙の略歴に「大学在学中に、現代詩の会としてのちに多くの詩人・作家を輩
出する「詩組織」(ぶうめらんぐの会)に参加」と記されている。「詩組織」は高良留美
子やしまようこ等が参加した先端的な知性の同人誌だった。水田宗子が一九六一年に留学
するまでの日本は激動期であり、また大きな政治の季節の終焉を迎える時でもあった。日
本では六〇年安保反対運動の挫折のあと、むしろアメリカ文化への愛好と憧憬が強まって
いくが、水田宗子は実際にアメリカに行って、「曠野」を感じた。「わたし自身みずからの足
で/この曠野の石となること/それは高らかな復讐だ」(「冬」)。巻末の大庭みな子との対
話「やわらかいフェミニズムへ」の中でも「私がいた、リバーサイドというのは、何もな
いところでした。初めて行ったとき、地の果てかと思ったくらい。砂漠の始まりのところ
なのです」と語っている。アメリカの始まりであり終りの「砂漠」「曠野」に自分自身の意
志で行くことが「高らかな復讐」になるという逆説的知性に予言性が潜む。
アメリカだけではなく、世界と歴史への広い視野は当時の女性詩人のなかでもずば抜け
ている。故郷から、根から離れて、世界を見るという感覚はなかなか持てるものではない。
特に、日本女性の場合、稀少な感性である。
水田は日本望郷を歌ったりしない。だが、「季節」への言及が多いのに注目する。アメ
リカにも四季は巡るだろうが、日本は俳句に季語があるように四季を文化にまでして楽し
む。近代史観とは異なる循環史観が底に横たわっているだろう。
初期の詩篇で印象深いのは、肉体感覚の生々しさだ。それはエロチックであり、病んだ
り、傷ついた肉体だ。「女は苔の生えた胃腸なのだ/そしてその茂る苔である/無償に咀
嚼する粘膜であり」(「女の欲望」部分)女性についての主題と表現には始原的で奥深いも
のがある。

小枝のように真すぐで細い
太古のペニスが
想像の小窗を貫くとき
両翼を押しあてて
かがみこんだわたしの脳裡から
何滴の血が
底無しの大地へ滴り落ちたであろうか

やがて季節が変わり
嘴も神話も生まぬ
わたしの暗闇のなかへ
雄鳥の叫びの記憶にかわる
何をむかえ入れるのだろうか
(「鳥叫にこたえて」部分)

女性は太古のペニスに想像力を貫かれ、子宮だけではなく、「脳裡」から血を底無しの
大地に滴り落とす。それは、男性とは異なる二重の知性と感性である。「何事も二面性を
持っているし、その根は重層みたいなものだということを、女性は分かっている」(大庭
みな子との対話より)女性の中に存在し続ける「暗闇」「沈黙」。そこに男性の叫びの記憶
にかわる何を迎え入れるのかという問いは永遠の問いだ。「今日こそ雄鳥を仕留めねばなら
ぬ/この古い鉄砲で。/ブルドーザーを美事に手操る/復讐の女たちの/慰みものになら
ぬうちに/憧れる雌鳥たちが/太古のペニスに群がらぬうちに」「老女の無意識へ/到達
するために」男女の争闘や復讐とも違う、常に無意識や沈黙に還る思考は、社会事象的な
フェミニズムではなく女性の根源へ遡る営みで、固定的な観念ではない死と誕生へ深く根
差す女性学の大成を予感させるのである。「老女の無意識」や「挽歌」など早くも知性の
透徹と成熟を感じさせる。
終りから始まり、沈黙から表現へ、女性の暗闇から未知の叫びに、その循環から豊饒に
いたる底無しの大地の言葉が初期詩篇に息づいている。

※「カリヨン通り」15号掲載





財部鳥子詩集『氷菓とカンタータ』

引揚者の十月



夕陽は落ちて たそがれり
さらば故郷 さらば故郷 故郷さらば
トラックの荷台に乗った女子学生たちは
揺られながら悲しい歌を繰り返し唄っていた


なんと悲しいエッセンスだろう
なんと透明な
乳房だろう
教育だろう


海を越えて大陸から逃げ帰った 私は
歌のなかに消えそうだ
私の故郷はもう消えたから
合唱する友だちも消えたから


仕方なく猫 猫 好きよ と
つぶやき歌ってみた
まぁるいまぁるい深い穴
猫よ 胡弓を糸が切れるほどに弾いてくれ
――もうすぐ戦争が来るのだもの


泥炭地は母の故郷への乗り換え地である
母の生まれ故郷への道
何に乗り換えれば母に会えるだろう


時間はどこまでも深くて底がない


女子学生たちは
メロディの中に住んでいる


楽しくて荷台から降りられないのだ
停留所の後の大岩の上には灰色のコウノトリ
巣があるのか鳴くでもなく丸くうずくまる
 

 コウノトリに訊く 道はここで終わりですか?
トラックから降りた運転手は
煙草に湿気たマッチで火を点けようとしている
喫煙は楽しいから彼は答えないだろう



※財部さんは満州からの引き揚げ体験者。
多くの子供たちが死んだすさまじい体験ですが、
「氷菓」のようにはかない美しさ、
悲しみを透明な光を通して見る表現が特徴的です。
故郷が侵略した土地であったという悔恨と喪失感は
長い痛みとなって詩人の中に響き続けたと思います。
叙事的でありながら、軽やかなリズムが印象的です。
「なんと悲しいエッセンスだろう」と悲しみの記憶を
凝縮させ結晶させています。
長詩「大江のゆくえ」は、記憶と現在を交錯させ、初めに
「衰耗する女詩人は福島原子力発電所がメルトダウン
したあと涙が零れてならなかった」とも記しています。
「雪と北風が囲んでいる大過去」「沢山の水死体や
凍死体/春に大江が生き返ると同じように生き返る
かれら」「分解して大江になるばかりなのだから」
大江に向かって引揚時の子供のまま呼びかけずにはいられない
あふれる思い出。凍った死体たちが積み重なった大江は
記憶の中に、さらに生命の源流に遡って行くことでしょう。
今、読んでほしい一冊です。
(書肆山田・2600円+税)









水田宗子詩集『東京のサバス』


世界の安息を求めて


水田宗子は、まれにみるほど広い世界的視野と高い構想力を備えた詩人である。日本の
詩は閉鎖的な美に傾きがちで、特に、他者や現代的問題を地球的観点でとらえる力量に乏
しい。水田宗子の想像力は、アメリカ、ヨーロッパ、中東、アジアと縦横に駆け巡り、時
間さえも千年億年の単位で行き来する。

新詩集『東京のサバス』は、三部作の完結編で、どれも森洋子の挿画が美しい。第一番目
の詩集『サンタバーバラの夏休み』では、死と山火事災害が背景にあり、動物と幼い者た
ちのファンタジー性が印象的だった。第二番目の『アムステルダムの結婚式』は、さまざ
まな人種が結合し、移民や戦争の記憶が入り混じながら、生を営む姿が鮮やかに描かれて
いた。そして、最後に「東京」である。東京も世界へ続いている。物語が続いていくよう
に。「いつも還ってくるんだ/大潮に流されても/大渦巻きの底からも/終わったはずの
物語/長引いている物語」。詩集全体が一編の長詩のように語られ、詩集同士が重なり、
文学作品と響き合う。生と死、意識と無意識を往還する言葉は、繊細でかつ跳躍力を持つ
不思議な魅力を発している。「目覚めの瞬間/二〇〇〇年続く予兆の一瞬の時」。「虹の悲
鳴/胸の独房から/今も発信している」。

東京に、世界に、安息はやってくるのか。サバスとは、安息日であり、詩集の最後は
「明日はサバス/蝋燭を灯さなければ/燭台はどこだ/ベツレヘムで買った/という/あの
燭台は」と終っている。ベツレヘムはパレスチナの地、イエスの生誕の地だが、現在、中
東戦争で苛酷な犠牲を強いられている。「イスラエルは幻の国/最強の幻/記憶の美学」
という批評は鋭い。

また、日本とアジアの戦争の記憶も多く組み込まれている。「娘たちのお内裏様だけ/
疎開先に持っていった」「四十歳で召集/満州から南海へ/高雄から来たポストカード」。
東京から送り出した傷、東京が受けた傷もまだ癒えていない。

そうした国家、民族、人種を超えようとする思いの元には、水田宗子の家から出たいと
いう原初的な望みが感じられる。「産まれた家からも/炎からも/空腹からも/平和から
も/満腹からも/家は出るものだと思っている」。一つの国家や単一の意識にとどまらない、
常に脱出と越境と混合を繰り返す創造的精神が脈打っているのだ。

しかも、根底は、「究極の空っぽ」を見据えている。ただ歩き、ただ詩を書く。「詩は
<孤児への贈り物>なのだ。「大河もただの放浪詩人」、「みな歩き続ける/魂になるまで」。
光と影が織り成す循環する物語は、無であり有である宇宙の根源に感応するリズムだ。

鋭敏で西洋的な知性と、無常観や輪廻の思想に通じる東洋性との合体も独特の成
果で二十一世紀にふさわしい。世界詩人としてチカダ賞を受けた豊かな歩みが一層確かに
記された詩集である。
(思潮社刊。2500円+税)
(「現代詩手帖」2015年10月号掲載)







『石川逸子詩集』


書評 日本現代史の闇を照らす清らかな光    佐川亜紀


こころに 澄んだ楽器をかかえるのは
どうしてらくじゃないさ

強いって
あの子のことさ
りんりんと鳴っている
あの子の楽器さ
     (「あの子」)部分


一九四五年の日本の敗戦から六九年たった今日、戦後
民主主義と平和憲法が揺らいでいる現在、石川逸子の詩
業は大きな意味と深い認識としてますます透徹した澄ん
だ光を放ち、かけがえのない道標になっている。
日清戦争から帝国主義化した日本が、どのような植民地
政策と侵略戦争を行ったか、その実態さえよく調査研
究されないばかりか隠蔽歪曲が進む中、虐殺され、埋も
れた一人一人の生に目を注いだ。バブル経済に浮かれ欲
望に混濁した世相にあっても、ひとすじの清い流れは、
戦中から続く利権漬けの政治の非道さを浮かび上がらせ、
阻む逆流に抗しながら、アジアの広く青い穏やかな海を
目指して進み続けた。軍事強国ではなく、文化的共鳴器
を自らのうちに創ることで地球平和に貢献しようとする
凛とした志を貫いている。
初期の詩集『日に三度の誓い』の表題詩に次のような詩
句がある。

私は流れない 日に三度いってみる
白いスカアトはほしくありません
日に三度いった 私をとりまく商人に
それからひとつひとつ確かめた
食卓の上のレモン これに嘘はないか
誕生日のラッパ卒 これに嘘はないか
私が選ぶのは
しあわせよりも自由 きれいな
墓石よりでこぼこな帽子 忍従よりも
アザミ
でも日に六度 私は顔をおおい
うしろを向いて泣いた
泣かなくなる日がいまに来るだろうか
晴れやかな笑顔で
スメドレーが朱徳に手を振っていた

日本が戦前戦中の帝国主義的な、かつ家父長制の社会から
自ら抜け出るには、政治や日常のできごとに対して
「ひとつひとつ確かめ」「これに嘘はないか」と疑問を抱き、
「自由」な世界を作ろうと誓い努力し続けることが必
要だったはずだ。その行為は前近代性が残る社会で「日
に六度 私は顔をおおい/うしろを向いて泣いた」とい
う内部葛藤を生ずる孤独な闘いを伴うものだった。
だが、日本は、戦後まもなく勃発した朝鮮戦争の戦争特
需に便乗し資本家商人の売る「しあわせ」の方向にま
たたくまに雪崩れて行ったのである。日本が侵略した朝
鮮や中国を、中国共産党の闘いを描いた米国女性のアグ
ネス・スメドレーほども関心を持たずに済ませてきた。
昨今、特に、中国が台頭したことにより、アジアの構図
は変化している。日本軍撤退後に、アジアは独立戦争
や内戦や貧困にあえぎ、日本の謝罪や賠償を十分に得る
ことなく、国交を結び、経済協力だけで支配層は乗り切
ってきたが、人々の傷は癒えず、今、強制連行や「慰安婦」
問題解決の声が大きくなり、日本の戦中戦後のゆが
みがむしろ露わになっている。(中略)
詩集ばかりではなく、ミニコミ誌「ヒロシマ・ナガサキ
を考える」を一〇〇号発行し続けた。女性文化賞の主
宰者で二〇一二年に石川逸子に同賞を贈った詩人の高
良留美子は〈原爆に関わる詩歌・証言・記録・手紙・評論
など、執筆者は日本人だけでなく韓国人の被害者にも及び、
さらに日本の侵略戦争の被害者の証言など、国籍を
超えて広がっています。この通信がなかったら、永遠に
埋もれてしまった経験が実に多いと思います。「歴史か
ら冷厳に学ばないことが、今回のフクシマ原発事故にも
つながるのでは?」(「あとがきに代えて」)という石
川さんの言葉に深く共感します〉と称えた。
核実験については詩集『ロンゲラップの海』で水爆実験
の非人間性を明らかにした。東京電力福島原発事故後
を生きている私達に、表題詩の言葉が迫ってくる。「おれ
たちは人間モルモットにされていたのだ/いや 三年
後/「安全宣言」されての帰還も/その一環だったとは!」」。
チェルノブイリやイラク戦争の劣化ウラン等
でも核の恐ろしさを伝えた。
石川逸子の詩表現の特徴として、@寓話性 A記録性B叙
事と抒情の結合 C批評的「歌」の達成などが挙
げられよう。寓話性は、内面性をも表すことであるが、
麻生直子は「外なる暴力と内なる暴力のもつ意味とそう
した力学の根源的な自省をふくみながら、石川逸子は人
間社会における〈惨劇のディテール〉」を優れた詩にして
きたと評している。(一九八九年版『石川逸子詩集』解説・
土曜美術社)戦争中だけではなく、日常のなかに潜むいじ
めや非人間化を抉り出した詩も秀でている。寓話には動物
が登場することが多く、鋭い人間批判をふくんでいる。
一方、「駅と狐」では善をなす恥かしさが語られている。
善を行うにも非力と羞恥を感じるような気高さについて
飯岡亨は石川逸子の詩を「宮沢賢治の詩や童話のように
宗教的な天体を展いてくれる」と指摘した。(前述同解
説)内省の厳しさ、祈りの一途さは即物的リアリズムだ
けではなく形而上性がある。
記録性については先述したように、その広さと細やかさ
は卓抜である。しかも、時代に生きた一人一人を書く
ことを大切にしている。詩集『たった一度の物語』に
示されたように、たった一度の物語を生きる〈わたし〉と
いう個人から始めている。国や人種、民族を超えて〈わたし〉
たちが存在する。二〇一三年の日本現代詩人会の
講演では〈戦争は数と番号の世界です。強制連行された朝鮮
人たち、人間爆弾にされた農家の若者も番号で呼ば
れました〉〈のっぺらぼうの数ではなく顔の見える個人を
書くことが大切です〉と話した。
その個人、個々の生命への思いやりは、優しい情緒を醸し、
抒情と叙事の結合という稀有の作品となったので
ある。植物も多く登場し、美しさと残酷、優しさと鋭さの
合体が読者に浸透する力を発揮している。〈桃のはな
びら/やわらかく/やわらかく/胸のなかの川を/いび
つな道のゆくてを〉(「桃のはな」部分)。
石川逸子の作品は、社会活動や教育実践の場で朗読、上
演されることも多く、リフレインの「歌」の要素も見
られる。小野十三郎が提起した「歌と逆に歌へ」、歌
の中に批評を入れるという現代詩の課題を達成した。
歴史の暗部を見つめることは、創造的未来を作り出すことだ。
日本が平和思想を堅持し豊かな文化を築き、アジアおよび世
界と友好を結び、多くの生命が生きていくために、石川逸子
の詩は地球の傷と水脈を巡り続ける。
(土曜美術社出版販売・1400円+税)




高良留美子著『わが二十歳のエチュード』

<書評>戦後精神史の原点を瑞々しく表現
高良留美子著『わが二十歳のエチュード』(「千年紀文学」107号)

来年は戦後七〇年にあたるが、現在の日本は、各方面で戦中にもどったような
有様だ。憲法を骨抜きにして戦争ができる国に変えようと、女性にも「産めよ、
ふやせよ」の大号令を臆面もなく公的な場で叫んでいる。都議会のセクハラ野次
問題は海外から女性差別を指弾されてやっと一部が謝罪するおそまつさだ。
「世界経済フォーラム報告書2013年」で各国における男女格差を測るジェ
ンダーギャップ指数が示されているが、調査対象の世界136カ国の中で日本の
順位は105位である。「政治的エンパワーメント」は136カ国中11
8位という下位だった。「戦後」、女性は強くなったと言われてきたが、
実態は相変わらず低い地位に貶められていることをひしひしと感じた。
今年三月に刊行された高良留美子著『わが二十歳のエチュード 愛すること、
生きること、女であること』(學藝書林)は、戦後の女性が真剣に悩み、考え抜い
た貴重な記録である。類まれな感受性、思索力、知識が今に通じる深く広い認識
を示し、多くの優れた示唆に富んでいる。高良氏は最近たてつづけに女性文学者を
丁寧に評価する精密な評論集を出し、旺盛な筆力に圧倒される。

このたびの本は一九五一年十九歳後半から一九五五年二十三歳までに書いた日
記、詩、断章を編んだもので高良氏の原点が率直に生々しく明かされている。あ
とがきで「この本にはわたしの思考と創作の出発点のすべてがある」と述べられ
ているが、同時に戦後精神史の起点を明瞭に浮かび上がらせている。論理力に驚
くと共に初期詩篇が豊かな詩的可能性を表し、自らの鋭利な感性をどんな言葉で
言語化するか、模索の軌跡も魅力的だ。
二〇一四年の今日からみると、戦後すぐはアメリカから入った民主主義が華々
しく喧伝されたように思えるが、高良氏は早くもそれが矛盾と空洞を抱えるもの
であることを見抜いていた。「流行りの男女同権論を当り前のこととして受け入
れていたが、女子だけの中学と高校で「女」について観察した結果は、決定的に
女性に不利だった」「女は価値と関わりのないたんなる存在、たんなる肉であると
いう女性観に打撃を受け、自分の意欲や希望が女であるために完全に否定され、
自分の生命が正当化される権利をもたないことを宣言されたように思った」。〈
たんなる肉であるという女性観〉は、高良氏が嫌った日本の自然主義文学にも色
濃く浸透している。日本の自然主義文学は、現象としての事実を抉り出し「本性
」として固定させる。高良氏が把握した〈自然と社会〉は、内部の自然が社会に
働きかけ、創造した社会が自然を変化させる、相互作用的で可変的なものだ。闘
い、変革できるものだ。「自然であること≠ニ自由であること≠ェ分裂しな
い社会を求める」という願いは、生涯を貫く主題だ。ボーヴォワールに対する批
判も女性の特殊性、受身性を超えて普遍性への道筋が見えない所を突いている。
しかし、日本の根底に変革を沈める沼のような闇を感じる。この困難な内部を見
つめる知覚なしには詩が不十分になることも高良氏はすでに理解していた。
恋人(後に結婚する竹内泰宏氏)を得ても、そこで充足するのではなく、むし
ろ女性の虚偽的な様相を自覚するに及ぶ点が卓越した知性だ。「あなたとのほん
とうに人間と人間としての交わりが私に、女性一般がこの社会で置かれ、また自ら
を置いている位置がいかに虚偽の、全くいつわりに貫かれたものであるかを一層
強く教えるのです」。女性でここまで明晰な人はいない。通常の女性作家なら性
を感覚的に、情緒的に描くだろう。だが、高良氏は自らが「物」になること、誰で
も交代できる物になる瞬間が訪れることに違和感を抱く。もう一人の男性との人
間関係についても自己分析的に省察している。

竹内氏とは文化運動誌「希望(エスポワール)」を通して出会った。最近復刻された同誌の底流
に創刊者・河本英三の原爆体験、世界苦≠フ思想があり、高良氏も強く影響を
受け、詩作でも結実している。日本における恋愛の「どんづまりの闇」をよく表
現しているのは、五四年十二月二十一日に書かれた詩「沼の底の女の歌T」で、
竹内氏との間にも肉体や個の意識、生活の問題などで「この国の地底をなしてよ
どんでいる沼」に落ちる時も見られる。
また、竹内氏らと研究したマルクス/エンゲルスの著作は高良氏が思考を発展
させるうえで重要な役割を果たした。だが、今日若者にマルクスの本はどれだけ
読まているだろうか。若者はより収奪されながら社会全体を見渡す構造的理論が
欠けている。資本の開発するソーシャルネットワークから外れまい、最新テクノ
ロジーに遅れまいとし、根源的に考えることから遠ざけられている。

高良氏の苦悩は先取りした苦悩≠ニも感じられる。それは、母・高良とみが
日本女性史において傑出した存在だったことによる。本書「T発端一九五二年」
では、高良とみが国交のないソ連のモスクワの国際経済会議と北京のアジア・太平
洋地域平和会議の準備会に出席した後帰国し、多くの人々の出迎えと注目を受けたと
記されている。この年は朝鮮戦争の最中で、「今の日本はますます弾圧がはげしく、ち
ょっとした発言でも平和というだけで圧迫されるようになってきた」と逆コースで日
本の民主主義の限界が見え始めたようだ。
とみは宗教的平和主義者として世界的に活動し、母の生涯と行動自体が戦後の女性の
社会・政治進出のシンボルであったが、母と日本社会が持つ矛盾を娘たちが被ること
になった。

高良氏は連作長篇『発つ時はいま』の中の「火柱 一九五〇年六月」という作
品で初潮を迎えたときの憂鬱について語っている。「栄子は、自分が女として生
きるすべをほとんど心得ていないことに気がついていた」「家にいる母親をほとん
ど知らない栄子は、母親を通して見る女というものを知らなかった」。欧米がブル
ジョワ革命を経て、女性の権利や地位を獲得していったのに対し、日本には女性
の社会進出を支える基盤がなく、日常と肉体の具体において壁にぶつからざるを
えない。生理は祝福ではなく、出産さえ自分を抑圧する。「火柱」には米兵に襲
われそうになる場面も出てくる。高良氏の苦痛は、一九五五年に妹が死んだ一因
である「あまりにも近代的な」家族関係にもあった。つまり、超越的に飛躍した
母は、子供に安定した愛情を注ぐ余裕や支えてくれる社会関係もなかった。戦
争は母の思想と行動を引き裂き、強い緊張を与えた。高良氏は大作の長編小
説『百年の跫音』を執筆することによって母を対象化できたが、仕事と家族
の両立は女性にとって今も解決できない問題として残っている。

書中、多くの初期の詩編が読めるのもうれしい。最初の一九五二年九月十二日
の作品「梨」は、果物をよく観察し、来歴を想像し、妊婦や女性の心身の傷にも
重ね合わせ、抒情に溺れず、独自の作品世界を予想させる。一九五四年の「友へ」
は、結婚し家庭に入ることで「あなたの希望を 家族の生存と/とり替えねばな
らない/厳しい法則だ」と女性の希望を押し殺す社会を書いている。昨今は経済
の逼迫で結婚も難しくなった。他に自動記述で書いた詩など詩作においても新し
い方法を求めている。

戦後の日本の問題、原点の本質が、個人の生きた痛みと煩悶を正直に書き付け
ることによって記録され、さらに、ランボー、リルケ、サルトル、ホイットマン、
ヴァレリー、エリュアール、スタンダール、ヘーゲル、ルソー、ヘッセ、ダンテ
など世界的知性の著作と共に考えて発展させた苦闘の跡が刻まれた貴重な書物で
ある。高良留美子の優れているところは、女性の問題を単なる権利拡大にとどまら
せず、文明の問題として総体的に解明したことだ。本書には、意味深い種が多様
な形で豊富に撒かれていて、たくさんの人々に読み継がれていくだろう。





水田宗子詩集『青い藻の海』


<書評>内面深く生と死を揺らす言葉

青が鋭敏な感受性の筆で幾重にも描き分けられ、イメ
ージ豊かな詩の海に引き込まれる。言葉が沈み、新たな
相貌で浮かぶ波音が響いてくる。水田宗子氏の新詩集『
青い藻の海』は魅惑的な作品に満ちている。前詩集『ア
ムステルダムの結婚式』で今日の地球的生存について様
々な結合の祝祭的な場を広げた水田宗子氏は、今回の詩
集で無意識の海に深く潜って新しい領域を発掘していて、
詩的才能の多彩さに驚かされる。
特に、表題の長詩「青い藻の海」は、形もなく、生と
死の区別もないような、未生であり終末であるような世
界を、その内面を精密な認識とかつ大胆な想像力で創作
し出色である。「あとがき」に「時間が存在しない喪の
海に漂っていた」時期に書いたと述べているが、「藻の海」
とは、「喪の海」つまり死者と一体化しながら別れる魂の
旅であり、また、伝統的な共同体の儀式が衰退するなか
で根を無くして漂う現代人の内面を象徴したものであり、
さらには、生命の原初に遡る無意識の流れの記述とも読
め、イメージが混交して刺激的だ。時間が存在しないゆえ
に時間を溶かし込んだ原初の海に生きる生命の姿、時代性
と永遠性を、問いと沈黙を背反するように併せ持つ人間の
姿をとらえた高度な長詩である。「藻の海」は「こころの中
の」「異界」、「遠いと近いは逆さま」「いいと悪いもあべこ
べ」「忘却と谺が/混ぜこぜ」の異界を表わす。異界には、
白雪姫などの民話的原型や「あの夏の/異国」の記憶や
「アカシアの並木」など、現在と過去、大過去が混ぜこぜ
になって浮遊している。他者との同一化へ誘われ、「わた
しの分だけではなく/ついでにあの人の分」の自己と他者
の悲しみの記憶は「どんどん重くなる」。それが「割れる」
ことは、破壊であり誕生だ。割れた心を抱いて「時間も他
者も/何もない/無重力の/色のない孤独」の中に沈んで
いる映像は鮮烈だ。
水田宗子氏は優れた著書『モダニズムと〈戦後女性詩〉
の展開』の中で「詩人が詩表現に求めるものは、分裂し
た孤独な心象風景の可視化の中でしか確かめられない自
己の存在感覚なのである」と述べているが、この詩集で
詩論を自ら実践したと言えよう。(後略)(思潮社刊)
(「カリヨン通り」11号掲載)





新井高子詩集『ベットと織機』

ベットと織機

呼びだしが仕事だったんです、青リン坊のあたしの、
受話器おいて、工場(コーバ)サ駆けって
ジャンガンジャンガン、力職機(りきしょっき)が騒(ぞめ)くなか、
耳もとへ背伸びして
「サッちゃん!電話!」

あれは、ヤイちゃんへでありました
紋切(モンキ)り場(バ)をツッ切って
整経場(セーケーバ)をカッ切って
糸繰り場には、カレンダーのポルノ写真が、目ェ流しておりました
機械なおしの二人のほかは、みィんな女の工場(こうじょう)に
銭湯のよう、
丸出しおっぱいは
こぼれます、ホンモンも
泣きじゃくれば、飲まサァなんねェ
赤んぼオブって、通っておったんです、女工さんらは
ベビーベットさ持ち込んで、稼(かせ)ェでおったんです
機械油と髪油と乳臭さが、工場(コーバ)のにおい
吸いたかねェ、そんなモン
ベビーベットと力織機、ベビーベットに力織機、ベビーベットが力織機、
ジャンガンジャンガン、ジャンガンジャンガン
(後略)

*( )内はルビ

※「富岡製糸工場」が日本の近代工業を代表する工場をよく保存しているとして
世界遺産に登録されました。しかし、「近代化」がどんな労働と収奪のうえに成
立したかこそ忘れてはならないことです。「紡績」「織機業」は特に女性労働者
が多数たずさわり、過酷な現場であったことは「女工哀史」の著作で知られてい
ます。『女工哀史』は細井和喜蔵の著作で、1925年に出版され、貧困と虐待、
辛い労働に苦しむ女性労働者の実態を伝えて世に衝撃を与えました。
そうして生きた女性労働者を肉体ごと今日に呼び出しているのが新井高子さんの詩
集『ベットと織機』です。ベットとは、ベッド(bed)の意で、桐生の町工場ことばだ
そうです。赤ん坊を育て、またダブルベッドで交わり続け、一家の生計を
支えるたくましい女たちの様子が奔放なリズムと豊かな言葉が織り成す金襴緞子と
して表現されています。
また、「グロテスクなグローバリズムの 胎内で/溺れそう/リーマンに、/サラリ
ーマン/欲しがりません/申しません/もう しません、やりません/女子も、男子も、
中性子/生殖しない  ユニセックス」「東電が、/ユニクロ着込んで/防御する、/
津波//コンドームで/発電する、/半減期/で いいのか?//わたしたち」
(「ガラパゴス」)など現在の日本への鋭くおもしろい批評に満ちています。
(未知谷2000円+税)
新井高子さんは『タマシイ・ダンス』で第41回小熊秀雄賞受賞。








こたきこなみ詩集『第四間氷期』
迷想ディベロッパー


「おもしろきこともなき世をおもしろく・・・・・・」(高杉晋作)

日に日に怖いものが飛びこんでくる
居間のブラックボックスから 手を代え品を代え
メビウスの帯のようによじれ裏返り
遠くからトゲトゲと 近くてもチクチクと当たり
目鼻の粘膜に幻痛擦過傷をのこして居据わる

怖さは怒りと悲しみをつれてきて
あたりは闇鍋みたいな乱気のあじ
ひねくれ者の私が煮詰めると
苦い笑いが焦げ付いている
臨終の息が 辞世の上の句で絶えて
皆までは発声が叶わなかった若き革命児は
どのように歌い了えたかったのだろう
枕辺の一人がとっさに下の句を代詠したというが
現代の私ならどうつけるか
「・・・・・笑い捨てるに捨て場もなくて」とか

そうだった 求めているのは捨て場だった 私は
笑いに括って捨てたいのだ 怖いもの全部

人非人(ひとでなし)も血臭も硝煙も悲鳴も凶器も放射能汚染核兵器毒風も閉じ込めて
二度と漏れ出ない 新ブラックホール
素敵な捨て場を開発するディベロッパーはないか

美しい天体を燻すことなく
大地母神様の裳裾を気づかいつつ帯にすがって地を這うと
いつのまにか裏返って自分の足許に戻ってしまう
笑いも煙って咽ぶばかり

※次々と文明による脅威と恐怖がおそいかかる昨今。地球は難破する船で
「あまりにも堕落した人類を一掃された神罰」が再びくだりそうな現在を
鋭い知性と軽やかな皮肉でつづったこたきこなみさんの第六詩集です。
「笑いに括って捨てたいのだ」というユーモアは生きる力です。
「あとがき」に<フローベールの「この下らぬ世の中で笑いほど真面目なものはない」
というフレーズが私の潜在意識に居据わってしまったようです。諧謔とはエネルギーなの
でしょう>と述べられています。諧謔だけでなく、題名も「火焔光背」など漢字の工夫が
おもしろく、構成も意識的です。「サーベルと日本刀」という詩はアメリカ系石油会社で
働き、戦争中にスマトラ島に配属されマラリヤ熱病にかかって帰国した父親を描いて注目
しました。サーベルに象徴される当時の警察権力と、銃器の時代に時代遅れの日本刀。
それでも、インドネシア独立運動の一助にと現地に置いてきた日本刀。当時の意外な武
器の移り変わりが父の思い出と共に興味深く書かれています。
今また、武器輸出に踏み切った日本ですが、アルカイダが米国の武器で勢力を拡大
したように、武器はブーメランのように自らの咽元に戻ってきます。
『星の灰』(00年)で小熊秀雄賞、『夢化け』(06年)で更科源蔵賞を受賞した詩人
の批評精神あふれる新詩集です。
(土曜美術社出版販売 1800円+税)




峯澤典子詩集『ひかりの途上で』


はつ、ゆき

赤ん坊のわたしの目が
窓のそばで
はじめてみひらき とらえた
わずかなこゆきさえ記憶になく
何万回繰り返されても
この身の転生は
ひとと別れるために
小さな冬から冬を渡る
寒い道ゆきでしかなかった

町はずれの焼場から
血のつながらないひとの
耳と薬指の骨を分けてもらい
時刻表が消えかかる停留所で
バスが来るはずの方角を
もう長いこと見続けているのも
生まれる前からの約束だったのだろうか

いまにも降りだしそうな
はつ、ゆきに耳を澄ます
ひとつ
また ひとつ
どこかでいきものが
息をひきとる 純粋なおとが
聞こえてくる

そのゆきおとを追い
てん、てん、てん、
納屋から森のほうへ
兎か 狐だろうか
南天の実のような
真新しい血が続いている

森のけものは思う
ことしのゆきが降れば
あとは
何も聞こえなくていい
何も見えなくていい

ふかく めしいて
みみはなは落ち
くちは月のための
花入れとなり
やっと
誰にも読まれない
冬の暦になるのだ と

てん、てん、てん、
ゆきとともに
南天の実は
とめどもなく落ちる
けれど バスはまだ来ない

いのち乞いをするように
凍えた指先を擦り合わせると
一瞬、狐の目のような
狂暴な血の高まりが
熱のなかをすばやく過ぎ
ゆきの底で ひとの耳と薬指の骨が
からん、と鳴り
またしずかになった

このしずけさは
いま息をひきとろうとする
けものたちの問いかけのようで
ほんとうは ひともまた
ゆきおとのなか
しずかに ほこらしく
ひとりきり、になって
いのちを いのちとして
だいじに 終わらせたいのだ
と わたしは
けものたちにやさしく伝えた

バスはまだ来ない
しろくなり始めた道のうえ
南天の実だけが
わたしの帰る方向へ
点々と続いている


※峯澤典子さんの第二詩集です。出産体験等を通し、生命について
深く考え、丁寧に言葉を選んで表し、美しい詩に創り上げています。
「何万回繰り返されても/この身の転生は/ひとと別れるために」と
転生する生命観でありながら、むしろ死にたいして奥深い意味を見出
しているところが独自性と思います。「ひともまた」「しずかに ほこらしく
/ひとりきり、になって/いのちを いのちとして/だいじに 終わらせ
たいのだ」と死ですら軽んじられる時代に死の側から生の大事さを感じ
させます。「てん、てん、てん、」と句読点を効果的に使い、南天の実と
真新しい血が重なって鮮明に浮かんできます。「やっと/誰にも読まれ
ない/冬の暦になるのだ」も、詩は誰にでも読んでほしいと書くわけで
すが、沈黙に還るのも詩の転生であると考えさせます。
第64回H氏賞受賞詩集です。(七月堂 定価 本体1200円+税)






『堀場清子全詩集」


創造の女神が歴史を正す(「図書新聞」書評・佐川亜紀2014年3月22日号)

堀場清子の作品は日本現代詩史において出色の業績として記される。命の尊厳を求める
熱い感性と透徹した知性の結合はたぐいまれな個性を生み出した。

このたび、『堀場清子全詩集』が上梓され、改めて批評の鋭さと詩的豊饒さに圧倒さ
れた。社会派はしばしば芸術性がおろそかになると指弾されるが、粘り強く事の本質を
究め、かつ美しく情がこもった言葉は見事な達成である。凛としたリズムが確かに響く。
詩集一冊ごとに扉の和紙や題字の書にも自分の美的感覚で心酔した人に頼み丁寧に作ってきた。

初期1956年刊の『狐の眸』はやわらかい抒情も特徴だが、「空虚を孕んで/二十世紀は
悪阻です」(「悪阻」)と女性の身体性で現代の暗部を象徴する詩句も現れ、「眸」は優れて光る。

1962年刊の『空』では、堀場清子の生涯の原点となった広島原爆投下時の体験が鮮明に描かれ
ている。「すべての人につたえたい//百万の眼窩が雨にうたれ 陽にやかれ/しらじらと
見あげていた/その空がどんなに青かったかを」(「その空が・・・・・・」。現代詩は伝達性や
意味から離れていく傾向が強いが、<すべての人につたえたい>という意志は、常に権力によって
事実や叫びが隠蔽される弱者には普遍的な切望である。まして、日米政府が長きにわたって隠匿した
核被害にあっては伝達に困難を極める。堀場清子は、共同通信社の記者だった経験、アメリカの
図書館に通いつめ膨大な資料から著書にした努力を基に史実を肉体化して内からの声にした。

1971年刊の『ズボンにかんする長い物語』は、64年から66年のアメリカ滞在を経て書かれた
作品集だが、表題詩は女性解放が伸びやかに語られた時代を表している。
全詩集の別冊として収められた中島美幸著『堀場清子のフェミニズムー女と戦争と』は、実に詳細に
奥深く堀場清子の詩の本質と魅力を説き明かしている。「反原爆、反女性差別、反権力」と中島が
示す堀場の視程は次々に大きなひろがりへと進む。アメリカ都市文明への批判も現在ますますリアル
に感じる。
堀場清子の名を鮮明に印象づけたのは1974年刊『じじい百態』である。西脇順三郎、羽仁五郎、
高村光太郎ら錚々たる詩人・知識人のじじいたちを皮肉とユーモアをこめて俎上に載せた。当時は、
たいへんなバッシングを受けたそうで、男性中心の詩壇の権力志向を蹴り飛ばす勇気にはただただ
敬服する。しかも、表層的揶揄ではなく相手を熟知した高度なアイロニーには舌を巻く。

未刊詩集『エジプト詩篇』で文明の原初に行き、未収録作品『女神(にょじん)たち』では、
世界の女神が詩で集う。1982年に「詩と女性学の接点≠めざし」て創刊し主要な女性詩人が
寄稿した個人誌「いしゅたる」はたくさんの豊饒の女神イシュタルが稔りを並べた。
現代詩人賞を受けた1992年刊の『首里』は作品として卓抜の成果である。冒頭の詩「文字」に
見られるように帝国に支配された琉球弧で、さらに下に置かれた「尾類(じゅり)とよばれる」
女たちを照らし出した。琉球の被支配を綴った詩は多いが、琉球女性をこれほど生命と歴史の視点
から表出した詩集は稀少だろう。琉球言葉の美しさ、豊かさが際立っている。女性史青山なを賞を
受けた『イナグヤ ナナバチ/沖縄女性史を探る』を執筆した労苦が共感の言葉としてあふれでた
のだろう。

2003年刊『延年』では、1937年、日中戦争に突入した時代の家族が描かれている。
「何度も和平の機会があった/どれであれ結実すれば/中国 日本 太平洋にまたがる国々の/
どれほど多くの人々が 殺されなかったか 殺さなかったか」(「水盃」)は、今日に差し出された詩句だ。
また、女性蔑視だった父との確執は反女性差別の信念を持ち続ける動機になったろう。
堀場の私性が社会性へと発展する過程が説得力を持って伝わる。日本の文学では、私性に留まる
ことを美徳とし、社会性に繋がることを避ける文化がある。堀場がフクシマ以後に書いた詩
「「一億総懺悔」の国に生きて」に通底する問題である。
全詩集の函に一緒に収められた562ページに及ぶ評論集『鱗片 ヒロシマとフクシマと』
にも感嘆した。ヒロシマとフクシマを貫く日本・米国の非人間性、被害者軽視、棄民の事実を
告発し、記録しようとする、まさに「鬼が憑いた」書きぶりである。
原初の創造の女神の声を甦らせ、歴史を正そうとする全詩集を繰り返し読みたい。

(ドメス出版 『堀場清子全詩集』12000円+税、『鱗片』6000円+税
『堀場清子のフェミニズム』2000円+税)



青木はるみ詩集『火薬』


壁のない家

おいで
あのひとが私にいう
おいで
私は犬にそういって抱きあげる

犬は私を批評しない
でも もし
犬のことを書いて 犬に
いいねといわれたなら
どんなに頬があからむだろう

傘がひらくような
わずかなことば
すぐに閉じるかすかな官能
私は ただ ちょっと
壁のない家で眠りたいだけ

さて眠ってしまえば
だれもかれもが聞き分けがない
有頂天で
行ったり来たりする

闇のなかにリンゴの芯が
突き立っているところが目じるし
そんな看板の下着屋さんで
黙って
あのひとが私をたしなめる
たしなめるからには
連れて戻らなければいけないのに
家具や棚や抽斗のいっさいが
透けている
さらに有頂天で
行ったり来たりする

好都合のはずなのだが
なぜか体じゅうが熱をもち
ひりひりする
擦り傷だらけなのだ
じつは
壁のない家の玄関には 数個の
アオキの鉢が置かれていて
どの葉の先端も黒く焼け焦げている

おいで
ようやく あのひとが私にいう



*青木はるみさんは、1982年に『鯨のアタマが立っていた』で
H氏賞を受賞され、小野十三郎のリアリズムの方法を受け継
ぐ方ですが、たいへん個性の強い表現で、新しいリアリズム
について考えさせられます。リアリズムとは、感情メロメロ
の抒情を排し、事物を冷たく客観的にモノとして捉える手法
です。このクールな方法はモダニズム、現代詩の要素です。
現代詩はメロメロ短歌より、クール俳句に近いといわれ、小
野十三郎は、「短歌的抒情の否定」をテーゼにしました。でも、
客観にまったく主観が入っていないわけはなく、むしろ強い主
観が普遍的客観を表すこともあります。青木はるみさんの目も
とても鋭く、事物の本質を射抜くのですが、それは非常にオリ
ジナルな力強いものです。

この詩集の第一番目の「憑く」では、「詩の神はいま死んだば
かりだ」とし「果肉は脳天から鳥の鋭い嘴で喰いつくされ/芯
宇宙を失い/あやうい表皮の円環だけを辛うじて/とどめてい
る」と詩の内部から解体して、しかし詩という型が残る現在を
鮮やかにあらわしています。
(沖積舎・定価2800円+税)




水野るり子詩集『はしばみ色の目のいもうと』








ゆぐれになると
山高帽子をかぶった
きつねたちの行列が
すすきの丘をのぼっていきます

(・・・先頭の
お棺のなかは
いわしぐも〜)と
うたう声が遠ざかるころ

ふもとの村で
くりかえし
発熱する
ちいさいいもうとがいて

秋ふかく
すすきの穂を分けて いったきり・・・
その名も 今は空に消えた
わたしの 素足のいもうとよ



いもうとの木


そのころ庭は生きものたちの青く太い匂いをこもらせ、土地は木々
の影を深い帽子のように被ってうつむいていた。だれもその土地の
素顔を見たものはいなかった。木たちもまたそれぞれの出生を隠す
もう一つの名前をもっていた。ちいさないもうとがいくたびも呼ん
だ名だった。

ある木は笑い上戸で、ある木はきまじめだった。ある木はなくて七
癖をもち、ある木はせっかちで、ある木ははにかみやだった。木た
ちの名前は今も月の光のように、私の耳の底に溜まっている。ある
木は《くすくす笑いのチェシャ猫》といった。ある木は《自縄自縛》
だった。ある木は《急がば回れ》と呼ばれてた。その響きの向こう
から、春ごとに全身をのぼる樹液にくすぐられてひとり笑いをして
いた(ハナミズキ)の姿や、隣の土地からはるばると蔓をくねらし
てやってくる(美男かずら)のせわしない呼吸がきこえてくる。
(後略)



*ちいさいいもうとのシリーズは、葉書詩の「丘」から生れたそうです。 水野さんの葉書詩は、
水橋晋さんのかわいいイラストつきで私も頂き 毎月楽しみにしていました。ファンタジーの
本来の意味「生の深みに 見えかくれするこのような存在への憧れ」として「はしばみ色の目
の いもうと」が創造されたようです。(おんなこども)(永遠の少女性) というかつては否定的
に見られたものを呼び戻しています。それは、 ヒトと木の交感、生きている私と別の私、うつつ
と夢などの境を自由に越え られる存在だからでしょう。そこには、近代的合理性への批判も
あるでしょう。 でも、この詩集の最大の魅力は柔軟な言葉が次々に開いていくような言葉の
豊かな森であることです。その点では、「レタス宇宙」のような行分け詩にも 引かれます。
(2000円+税・現代企画室)





紫野京子詩集『火の滴』






形骸(むくろ)の街


地表の裂け目にあらわれる
黒い蛇

かつて ひとりの女の
踝を噛み
頭(こうべ)を砕かれたー

ゆきどまりの橋を渡って
奈落の果てに
陥ちてゆく 春

燃えあがる 家々
崩れ果てた 樹々のかけら
地に満ちる ヨブの叫び

夢を見たかったら
こんなところへ来てはいけない
ここは 地の涯

行方知れずのひとを探して
幾千もの日々を経てきた

いのちのぬくもりを
再び 感じるまでに
幾夜の不眠と 涙がいるか

街の形骸に 風が渡る 煤けた壁を震わせて




その前夜

ー三年目の一月十七日未明に

神戸の街を
「きれいすぎる」と言った人がある

あなたは知らない
「あの日」が 薄汚れた街を
根こそぎ持ち去ったことを

整った取り澄ました表情の
底に隠されている
土埃と 猛火
幾千ものひとびとの
呻きと 叫び

生きている街は
立ち続けなければならない
通り過ぎてゆく時を乗り超えて

鱗雲がたなびく空に
一羽の鳥が舞っている

瓦礫と 夢が
二つながらに埋まった
道の果てに

鳥の名は知らなくても
私たちにはわかる
それが 天と地の
はざまにいることを

今 見えるものは
すべて見えなくなり
今 触れるものは
すべて儚くなりー

それでもなお残るものを求めて
歩き続けることが
生きることだと知った日から
私たちは皆
はざまに生きている

逝ったひとと 遺されたひと
消えた家と 脳裏に灼きついた思い出
在ることと 無いこと−

誰かが 空の裂け目から
白いハンカチーフを振っている



*紫野京子さんは阪神淡路大地震を経験され、「すべてが儚くな」って、「なお 残るもの」
として詩を書くことを自覚されたそうです。そのように切実に詩が 求められることは、現在
では稀有のことでしょう。この詩集は震災の外的記録 であるより、内面の記録です。精神的
にも深い傷を負うなかで生の意味を問う 真摯さが感動的です。挿画は、為金義勝さんで
「どこまでもあたたかく澄んだ 色彩に魅かれ」たそうです。生と死の裂け目に射す色彩を感じ
ます。麻生秀顕さん のHPにも書評があります。紫野さんは、芸術文化団体半どんの会
文化賞「現代芸術賞」 を受賞されました。(月草舎・定価2,100円)



島田陽子詩集『大阪ことばあそびうた』『ほんまにほんま』





日本万国博覧会のテーマソング「世界の国からこんにちは」の作詞者としても広く 知られている島田陽子さんはことば、特に大阪ことばを生かす名人です。ことばあそびが おもしろく、また、辛口の批評やあったかいヒューマニテイー・ユーモアが効いていて 笑いながらしんみりさせる作品も多いです。

いうやんか

いうやんか
やさしい かおして
いうやんか
やんわり きついこと
いうやんか

いうやんか
やきもち かくして
いうやんか
やたらにべんちゃら
いうやんか

いうやんか
やつしの くせして
いうやんか
やらしい いけずを
いうやんか
*べんちゃら・・・・おべっか。おせじ
*やつし・・・・おめかしや。おしゃれ
*やらしい・・・・いやらしい *いけず・・・・いじわる


だいじない

きんの
あたま きってん
あ だいじない
きったんは あたまのけ

ゆんべ
あし おれてん
あ だいじない
おれたんは いすのあし

さいぜん かわに はまってん
あ だいじない
はまったんは よそのこや

いんま
いえ ながれてん
あ だいじない
うちもいっしょに ながれてる
*だいじない・・・・大事ない・しんぱいない
*きんの・・・・きのう
*ゆんべ・・・・ゆうべ
*さいぜん・・・・さっき
*はまってん・・・・落ちこんだのよ
*いんま・・・・いま


あかんたれ(回文)

あかんたれほれたんかあ
あかんたれがこがれたんかあ
あかんたれふられたんかあ
あかんたれあれたんかあ
*回文・・・上からよんでも下からよんでも同じことば
*あかんたれ・・・だめなやつ。よわむし


おんなの子のマーチ

きかいに つようて
げんきが ようて
スピードずきな おんなの子やで
うちのゆめは パイロットや
ジャンボジェット機 うごかしたいねん
おんなの子かて やれるねん
やったら なんでも やれるねん

しんぼう づようて
あいそが ようて
しゃべるん すきな おんなの子やで
うちのゆめは 外交官や
せかいのひとと あくしゅをするねん
おんなの子かて やれるねん
おかあさんになったかて やれるねん

ちからが つようて
どきょうが ようて
スリルのすきな おんなの子やで
うちのゆめは レンジャーや
災害おきたら たすけにいくねん
おんなの子かて やれるねん
そやけど せんそう いややねん
へいたいさんには ならへんねん



野田寿子詩集『母の耳』本年度丸山豊賞受賞





家族や身辺を穏やかにみつめながら、
内部から立ち上がる生を透視し、
沖縄、朝鮮、中国など世界の過去・現在を自分の問いと
している誠実な詩集。(土曜美術社出版販売 2000円)

母の耳

この病室にやってきて
日がな一日語りかける私に

合槌を打つでもなく
たしなめるでもなく
朽ちた木彫のように
うごかぬ母

その腹を膨らませ
はらわたをねじり
血ぐるみひきずり去ろうとする力に
耐えている母

意識は白々とほとび
もはやただよいはじめ
ときどき見開く眼の行方を
知るすべもない

その顔に
わたしはなおも話しつづけ
さて帰ろうとするうしろから
かすかな声が追ってきた
“またおいで なんでも聞いてあげるから”
一瞬うしろ手にドアを閉じ
恥じて立つ私の行手に

耳だけなった母が
じっと佇んでいた



待つ

“祈るってどういうことかな?”
夫がふと娘に訊いている
娘はしばらく考えて言う
“そうね 待つということかしら”
それっきり二人はだまっている

その夜 海の向こうのカーネギーホールでは
女性歌手バトルとノーマンが
黒人霊歌を唱いあげていた
体をしぼり 両手を捧げ
ことばは一つ
くり返しくりかえし神を呼ぶ

鎖 鞭 侮蔑 飢え・・・・・・・
地上に立つところもなく
神だけをみつめ
神しかなく
神を待つ力で生きている
黒人たちの歌

その時夫は
娘の中の荒野を
見た



洗う
−シルクロードの旅

旅の帽子を洗う
砂漠を三日も歩いてきたというのに
白いタイルの底にゆらめく
砂金ほどの砂

なおもわたしは洗う
死ねば墓標もなく砂漠に埋められてきた
無数の民の
朽ちた体の微塵を

地下八米も根をとどかせ
灼熱の地表にただそれだけ生えている
ラクダ草を食んでは
黙々と往き来した駱駝たちの
糞のにおいを

魂の渇きに耐えかねて
莫高窟の仏に祈り
砂漠の彼岸に踏み入った僧たちの
衣の屑を

なにごともなかったかのような
空々漠々の砂を浴びてきた
この帽子は
こうしてかぎりなく
私を洗う




和子詩集『記憶の川で』第29回高見順賞受賞





「半世紀を超える私の療養所暮らしの中で、たった一つの喜びは
詩をつくることでした。どう生きたらいいか、なにを考えたかということを
詩という表現形式にぶつけ、そして私の魂は癒されました。」ハンセン病を
超え、生のはなやぎとみずみずしさに満ちた感動の第15詩集。(編集工房ノア 1785円)


さわらないで

私は
はじける前の木の実
咲く前の蕾
孵化する前の卵
さわらないで下さい
どこへさわっても
なにかが始まってしまうのです
はじまる前のぼうちょう感の中で
いつまでも
夢を見ていたい
始まってしまったら
あとは
とめどなく
上昇し華やぎ溢れ
終わるだけ
その命の果てを思うとき
うっすらと涙さえにじむのです


青い炎のように


あの声は
去年の虫の子供だよ
そして
ずっとずっと太古からつづいているものの流れだよ
私達がいまこうしているのと同じに
幼虫

そして
あんな美しい声の主になる
いま虫は
虫である証しに鳴いて産んで
ただひたすらに虫であろうとするだけ
何代も何代も虫であった
何代も何代も虫である虫が
何も言わずにすごした時間をになって
いま青い炎のように鳴いている



『江島その美詩集・日本現代詩文庫第二期O』
第二回日本詩人クラブ新人賞受賞詩集『水の残像』含む。






長年、水をテーマとして書き続けた詩活動の集大成。
深い抒情と遠い憧れがたゆたい、どこまでも流れる。
(土曜美術社出版販売 1400円)


水の残像


放課後の教室へ
忘れ物を取りに引き返すと

黒板の中央に大きく
一字

「愛」と
水で 書かれていた
「愛」の文字からは幾筋かの水が
なみだのように流れていた
後ろの席からみとれているうちに
文字は 乾いて跡形もなく消えてしまった

愛の意味さえ まだ
なにひとつ知らなかった幼い夕方
水の文字の残像だけを
小さな胸にしまって帰ったけれど

ひきかえに なにを忘れてきたのだろう
記憶がある限り
なんどでも 引き返さねばならない

行き暮れた駅の伝言板のように遠い黒板へ

「愛」は
飢えるものと知ってしまっても なお
忘れ物を手に取るまでは



無限の水

大きな数詞は
兆 京 垓・・・・・・ 恒河沙 阿僧祇 那由他 不可思議
無量大数と続くことを識った

恒河沙はガンジス河の砂の意味
不可思議は考えても奥底までは知り尽くせない
異様なこと 怪しいこと
無量大数は十の八十八乗とか十の六十八条という解釈があるらしいが
そのゆくえは宇宙なのだろう
そこにはどのような川が流れているのか
一説によると純粋なアルコールの川が流れているともいう
はたちの頃に訪ねたガンジス川を思い出してみる

小さな数詞は
厘 毛 糸 忽 微 繊 沙 塵 埃 模糊 虚空 清 浄

虚や空は大小に関係のない精神範囲だろうが
水が静かにおさまってにごりのない
浄という数詞でおわることに
私は感動する
無限の大きさも
無限の小ささも
その極みは水に尽きるように思えて

水仕事に濡れる日々を
嘆くのはもうよそう
水の反射を感じるかぎり
無限の中に生かされているのだから




メール アイコン
メール
トップ アイコン
トップ


ウォーター