女の名詩集
赤ん坊のわたしの目が 窓のそばで はじめてみひらき とらえた わずかなこゆきさえ記憶になく 何万回繰り返されても この身の転生は ひとと別れるために 小さな冬から冬を渡る 寒い道ゆきでしかなかった 町はずれの焼場から 血のつながらないひとの 耳と薬指の骨を分けてもらい 時刻表が消えかかる停留所で バスが来るはずの方角を もう長いこと見続けているのも 生まれる前からの約束だったのだろうか いまにも降りだしそうな はつ、ゆきに耳を澄ます ひとつ また ひとつ どこかでいきものが 息をひきとる 純粋なおとが 聞こえてくる そのゆきおとを追い てん、てん、てん、 納屋から森のほうへ 兎か 狐だろうか 南天の実のような 真新しい血が続いている 森のけものは思う ことしのゆきが降れば あとは 何も聞こえなくていい 何も見えなくていい ふかく めしいて みみはなは落ち くちは月のための 花入れとなり やっと 誰にも読まれない 冬の暦になるのだ と てん、てん、てん、 ゆきとともに 南天の実は とめどもなく落ちる けれど バスはまだ来ない いのち乞いをするように 凍えた指先を擦り合わせると 一瞬、狐の目のような 狂暴な血の高まりが 熱のなかをすばやく過ぎ ゆきの底で ひとの耳と薬指の骨が からん、と鳴り またしずかになった このしずけさは いま息をひきとろうとする けものたちの問いかけのようで ほんとうは ひともまた ゆきおとのなか しずかに ほこらしく ひとりきり、になって いのちを いのちとして だいじに 終わらせたいのだ と わたしは けものたちにやさしく伝えた バスはまだ来ない しろくなり始めた道のうえ 南天の実だけが わたしの帰る方向へ 点々と続いている ※峯澤典子さんの第二詩集です。出産体験等を通し、生命について 深く考え、丁寧に言葉を選んで表し、美しい詩に創り上げています。 「何万回繰り返されても/この身の転生は/ひとと別れるために」と 転生する生命観でありながら、むしろ死にたいして奥深い意味を見出 しているところが独自性と思います。「ひともまた」「しずかに ほこらしく /ひとりきり、になって/いのちを いのちとして/だいじに 終わらせ たいのだ」と死ですら軽んじられる時代に死の側から生の大事さを感じ させます。「てん、てん、てん、」と句読点を効果的に使い、南天の実と 真新しい血が重なって鮮明に浮かんできます。「やっと/誰にも読まれ ない/冬の暦になるのだ」も、詩は誰にでも読んでほしいと書くわけで すが、沈黙に還るのも詩の転生であると考えさせます。 第64回H氏賞受賞詩集です。(七月堂 定価 本体1200円+税) |
堀場清子の作品は日本現代詩史において出色の業績として記される。命の尊厳を求める 熱い感性と透徹した知性の結合はたぐいまれな個性を生み出した。 このたび、『堀場清子全詩集』が上梓され、改めて批評の鋭さと詩的豊饒さに圧倒さ れた。社会派はしばしば芸術性がおろそかになると指弾されるが、粘り強く事の本質を 究め、かつ美しく情がこもった言葉は見事な達成である。凛としたリズムが確かに響く。 詩集一冊ごとに扉の和紙や題字の書にも自分の美的感覚で心酔した人に頼み丁寧に作ってきた。 初期1956年刊の『狐の眸』はやわらかい抒情も特徴だが、「空虚を孕んで/二十世紀は 悪阻です」(「悪阻」)と女性の身体性で現代の暗部を象徴する詩句も現れ、「眸」は優れて光る。 1962年刊の『空』では、堀場清子の生涯の原点となった広島原爆投下時の体験が鮮明に描かれ ている。「すべての人につたえたい//百万の眼窩が雨にうたれ 陽にやかれ/しらじらと 見あげていた/その空がどんなに青かったかを」(「その空が・・・・・・」。現代詩は伝達性や 意味から離れていく傾向が強いが、<すべての人につたえたい>という意志は、常に権力によって 事実や叫びが隠蔽される弱者には普遍的な切望である。まして、日米政府が長きにわたって隠匿した 核被害にあっては伝達に困難を極める。堀場清子は、共同通信社の記者だった経験、アメリカの 図書館に通いつめ膨大な資料から著書にした努力を基に史実を肉体化して内からの声にした。 1971年刊の『ズボンにかんする長い物語』は、64年から66年のアメリカ滞在を経て書かれた 作品集だが、表題詩は女性解放が伸びやかに語られた時代を表している。 全詩集の別冊として収められた中島美幸著『堀場清子のフェミニズムー女と戦争と』は、実に詳細に 奥深く堀場清子の詩の本質と魅力を説き明かしている。「反原爆、反女性差別、反権力」と中島が 示す堀場の視程は次々に大きなひろがりへと進む。アメリカ都市文明への批判も現在ますますリアル に感じる。 堀場清子の名を鮮明に印象づけたのは1974年刊『じじい百態』である。西脇順三郎、羽仁五郎、 高村光太郎ら錚々たる詩人・知識人のじじいたちを皮肉とユーモアをこめて俎上に載せた。当時は、 たいへんなバッシングを受けたそうで、男性中心の詩壇の権力志向を蹴り飛ばす勇気にはただただ 敬服する。しかも、表層的揶揄ではなく相手を熟知した高度なアイロニーには舌を巻く。 未刊詩集『エジプト詩篇』で文明の原初に行き、未収録作品『女神(にょじん)たち』では、 世界の女神が詩で集う。1982年に「詩と女性学の接点≠めざし」て創刊し主要な女性詩人が 寄稿した個人誌「いしゅたる」はたくさんの豊饒の女神イシュタルが稔りを並べた。 現代詩人賞を受けた1992年刊の『首里』は作品として卓抜の成果である。冒頭の詩「文字」に 見られるように帝国に支配された琉球弧で、さらに下に置かれた「尾類(じゅり)とよばれる」 女たちを照らし出した。琉球の被支配を綴った詩は多いが、琉球女性をこれほど生命と歴史の視点 から表出した詩集は稀少だろう。琉球言葉の美しさ、豊かさが際立っている。女性史青山なを賞を 受けた『イナグヤ ナナバチ/沖縄女性史を探る』を執筆した労苦が共感の言葉としてあふれでた のだろう。 2003年刊『延年』では、1937年、日中戦争に突入した時代の家族が描かれている。 「何度も和平の機会があった/どれであれ結実すれば/中国 日本 太平洋にまたがる国々の/ どれほど多くの人々が 殺されなかったか 殺さなかったか」(「水盃」)は、今日に差し出された詩句だ。 また、女性蔑視だった父との確執は反女性差別の信念を持ち続ける動機になったろう。 堀場の私性が社会性へと発展する過程が説得力を持って伝わる。日本の文学では、私性に留まる ことを美徳とし、社会性に繋がることを避ける文化がある。堀場がフクシマ以後に書いた詩 「「一億総懺悔」の国に生きて」に通底する問題である。 全詩集の函に一緒に収められた562ページに及ぶ評論集『鱗片 ヒロシマとフクシマと』 にも感嘆した。ヒロシマとフクシマを貫く日本・米国の非人間性、被害者軽視、棄民の事実を 告発し、記録しようとする、まさに「鬼が憑いた」書きぶりである。 原初の創造の女神の声を甦らせ、歴史を正そうとする全詩集を繰り返し読みたい。 (ドメス出版 『堀場清子全詩集』12000円+税、『鱗片』6000円+税 『堀場清子のフェミニズム』2000円+税) |
おいで あのひとが私にいう おいで 私は犬にそういって抱きあげる 犬は私を批評しない でも もし 犬のことを書いて 犬に いいねといわれたなら どんなに頬があからむだろう 傘がひらくような わずかなことば すぐに閉じるかすかな官能 私は ただ ちょっと 壁のない家で眠りたいだけ さて眠ってしまえば だれもかれもが聞き分けがない 有頂天で 行ったり来たりする 闇のなかにリンゴの芯が 突き立っているところが目じるし そんな看板の下着屋さんで 黙って あのひとが私をたしなめる たしなめるからには 連れて戻らなければいけないのに 家具や棚や抽斗のいっさいが 透けている さらに有頂天で 行ったり来たりする 好都合のはずなのだが なぜか体じゅうが熱をもち ひりひりする 擦り傷だらけなのだ じつは 壁のない家の玄関には 数個の アオキの鉢が置かれていて どの葉の先端も黒く焼け焦げている おいで ようやく あのひとが私にいう |
丘 ゆぐれになると 山高帽子をかぶった きつねたちの行列が すすきの丘をのぼっていきます (・・・先頭の お棺のなかは いわしぐも〜)と うたう声が遠ざかるころ ふもとの村で くりかえし 発熱する ちいさいいもうとがいて 秋ふかく すすきの穂を分けて いったきり・・・ その名も 今は空に消えた わたしの 素足のいもうとよ |
そのころ庭は生きものたちの青く太い匂いをこもらせ、土地は木々 の影を深い帽子のように被ってうつむいていた。だれもその土地の 素顔を見たものはいなかった。木たちもまたそれぞれの出生を隠す もう一つの名前をもっていた。ちいさないもうとがいくたびも呼ん だ名だった。 ある木は笑い上戸で、ある木はきまじめだった。ある木はなくて七 癖をもち、ある木はせっかちで、ある木ははにかみやだった。木た ちの名前は今も月の光のように、私の耳の底に溜まっている。ある 木は《くすくす笑いのチェシャ猫》といった。ある木は《自縄自縛》 だった。ある木は《急がば回れ》と呼ばれてた。その響きの向こう から、春ごとに全身をのぼる樹液にくすぐられてひとり笑いをして いた(ハナミズキ)の姿や、隣の土地からはるばると蔓をくねらし てやってくる(美男かずら)のせわしない呼吸がきこえてくる。 (後略) |
*ちいさいいもうとのシリーズは、葉書詩の「丘」から生れたそうです。
水野さんの葉書詩は、 水橋晋さんのかわいいイラストつきで私も頂き 毎月楽しみにしていました。ファンタジーの 本来の意味「生の深みに 見えかくれするこのような存在への憧れ」として「はしばみ色の目 の いもうと」が創造されたようです。(おんなこども)(永遠の少女性) というかつては否定的 に見られたものを呼び戻しています。それは、 ヒトと木の交感、生きている私と別の私、うつつ と夢などの境を自由に越え られる存在だからでしょう。そこには、近代的合理性への批判も あるでしょう。 でも、この詩集の最大の魅力は柔軟な言葉が次々に開いていくような言葉の 豊かな森であることです。その点では、「レタス宇宙」のような行分け詩にも 引かれます。 (2000円+税・現代企画室) |
地表の裂け目にあらわれる 黒い蛇 かつて ひとりの女の 踝を噛み 頭(こうべ)を砕かれたー ゆきどまりの橋を渡って 奈落の果てに 陥ちてゆく 春 燃えあがる 家々 崩れ果てた 樹々のかけら 地に満ちる ヨブの叫び 夢を見たかったら こんなところへ来てはいけない ここは 地の涯 行方知れずのひとを探して 幾千もの日々を経てきた いのちのぬくもりを 再び 感じるまでに 幾夜の不眠と 涙がいるか 街の形骸に 風が渡る 煤けた壁を震わせて |
神戸の街を 「きれいすぎる」と言った人がある あなたは知らない 「あの日」が 薄汚れた街を 根こそぎ持ち去ったことを 整った取り澄ました表情の 底に隠されている 土埃と 猛火 幾千ものひとびとの 呻きと 叫び 生きている街は 立ち続けなければならない 通り過ぎてゆく時を乗り超えて 鱗雲がたなびく空に 一羽の鳥が舞っている 瓦礫と 夢が 二つながらに埋まった 道の果てに 鳥の名は知らなくても 私たちにはわかる それが 天と地の はざまにいることを 今 見えるものは すべて見えなくなり 今 触れるものは すべて儚くなりー それでもなお残るものを求めて 歩き続けることが 生きることだと知った日から 私たちは皆 はざまに生きている 逝ったひとと 遺されたひと 消えた家と 脳裏に灼きついた思い出 在ることと 無いこと− 誰かが 空の裂け目から 白いハンカチーフを振っている |
*紫野京子さんは阪神淡路大地震を経験され、「すべてが儚くな」って、「なお
残るもの」 として詩を書くことを自覚されたそうです。そのように切実に詩が 求められることは、現在 では稀有のことでしょう。この詩集は震災の外的記録 であるより、内面の記録です。精神的 にも深い傷を負うなかで生の意味を問う 真摯さが感動的です。挿画は、為金義勝さんで 「どこまでもあたたかく澄んだ 色彩に魅かれ」たそうです。生と死の裂け目に射す色彩を感じ ます。麻生秀顕さん のHPにも書評があります。紫野さんは、芸術文化団体半どんの会 文化賞「現代芸術賞」 を受賞されました。(月草舎・定価2,100円) |
島田陽子詩集『大阪ことばあそびうた』『ほんまにほんま』 日本万国博覧会のテーマソング「世界の国からこんにちは」の作詞者としても広く 知られている島田陽子さんはことば、特に大阪ことばを生かす名人です。ことばあそびが おもしろく、また、辛口の批評やあったかいヒューマニテイー・ユーモアが効いていて 笑いながらしんみりさせる作品も多いです。 いうやんか いうやんか やさしい かおして いうやんか やんわり きついこと いうやんか いうやんか やきもち かくして いうやんか やたらにべんちゃら いうやんか いうやんか やつしの くせして いうやんか やらしい いけずを いうやんか *べんちゃら・・・・おべっか。おせじ *やつし・・・・おめかしや。おしゃれ *やらしい・・・・いやらしい *いけず・・・・いじわる だいじない きんの あたま きってん あ だいじない きったんは あたまのけ ゆんべ あし おれてん あ だいじない おれたんは いすのあし さいぜん かわに はまってん あ だいじない はまったんは よそのこや いんま いえ ながれてん あ だいじない うちもいっしょに ながれてる *だいじない・・・・大事ない・しんぱいない *きんの・・・・きのう *ゆんべ・・・・ゆうべ *さいぜん・・・・さっき *はまってん・・・・落ちこんだのよ *いんま・・・・いま あかんたれ(回文) あかんたれほれたんかあ あかんたれがこがれたんかあ あかんたれふられたんかあ あかんたれあれたんかあ *回文・・・上からよんでも下からよんでも同じことば *あかんたれ・・・だめなやつ。よわむし おんなの子のマーチ きかいに つようて げんきが ようて スピードずきな おんなの子やで うちのゆめは パイロットや ジャンボジェット機 うごかしたいねん おんなの子かて やれるねん やったら なんでも やれるねん しんぼう づようて あいそが ようて しゃべるん すきな おんなの子やで うちのゆめは 外交官や せかいのひとと あくしゅをするねん おんなの子かて やれるねん おかあさんになったかて やれるねん ちからが つようて どきょうが ようて スリルのすきな おんなの子やで うちのゆめは レンジャーや 災害おきたら たすけにいくねん おんなの子かて やれるねん そやけど せんそう いややねん へいたいさんには ならへんねん |
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