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韓国詩のコーナーX


目次


韓国現代詩小論集

張錫南

詞華集


金龍澤


崔華国



韓国現代詩小論集





21世紀に向けて韓国詩の新しい流れを展望。佐川 亜紀が渾身の力
を注いだ小論集。(本当に大変でした。土曜美術社や関係の方々、
ご苦労さまでした。)このコーナーでご紹介した詩人も含め韓国現代詩
の初期から現在まで39人の詩を論じ、訳しています。韓国人の精神や
思想、感性、歴史の理解に最適。(土曜美術社出版販売。2800円)




抒情新世代・張錫南

庭に舟をつなぐ


佐川 亜紀訳

庭に
緑いっぱいの
舟をつなぐ

庭の外に出る飛び石の橋
端に
幾かたまりかの夕べの星
鉛筆をけずる音のように
浮び

この世に来たすべての生たち
情け深く見下ろすその歌を
庭の端の草たちとぼくは今
胸の内に重ねているのか

綱を引いたり放したりする

それとも、
渇き

舟をといて
降り注ぐ青い雪の中を浮かんで行く日が
すぐ来るだろう
おお、愛さずにいられようか
この世のすべての後ろ姿
あらゆる後ろ姿を





*(チャン・ソクナム)1965年仁川生まれ。1987年京郷新聞で
デビュー。詩集『鳥たちへの亡命』金沫映文学賞受賞。『今は
やっとだれにも恋をしない頃』『乳は雪』など。「庭に舟をつなぐ」
で現代文学賞を受賞。やわらかい感性の新世代の抒情詩人。




文学アカデミ詞華集

「韓国詩 35人選」


自然法
張コ天


野草には
嵐の痛みがある

痛みの無い生が 何処にあるか
海は波涛の痛みで
巌に白くぶつかり
貝は傷の痛みで
真珠を育てるのだ

野草には
歳月の悲しみがある
悲しみの無い生が何処にあるか
花たちは 落花の悲しみで種子を作り
木は節節の悲しみで 枝を育てるのだ

気ままに生きる 小さな野草すら
痛みと悲しみの地に 根を張る如く
僕も地上の あらゆる痛みの樹液を
喜ばしく受けて飲み干し
僕だけの実と種子に育てる



*(チイアン トクチイヨン)大田で生れる。忠南大学卒。『文芸韓国』誌
の推薦を
経て詩壇にデビュー。詩集に『本棚CDロムの間』『水通谷の
石はたけ』がある。



電子文書
高世禎

灯を消すと モニターの文字たちがうごき始める
本は自ら身の中に灯をともし
眠っていた文字たちを起して立たせる
私はページをめくるため
PCのボタンを軽く人指しでたたく
’ロバート・ムジール’の本を読むのは
拷問椅子に坐ることだと誰かがいった
私は拷問椅子という単語に色を
ダウンロードで受け蛍光色アンダーラインを引く
’信じたい物に対する疑いを強め
我々の存在を不自由にさせる為’と
ふえんする説明を線を引いた下に小さく書き入れる
空中に飛び散ろうとする単語たちを捕えて
顔をもう一度確かめ
瞳の動きをうかがいながら消えうせる
背後の微細な揺れ動きまで逃がさないよう気づかう
闇の中で
しばらく生きかえって姿を見せた文字たちが
私の中に跳びこんで明るく灯をともしている



*(コ セチイヨン)ソウルで生れる。聖心女子大学卒。2000年
『文学と創作』誌
の推薦を経て詩壇にデビュー。この『韓国詩35
人選』には、パソコンを題材にし
た詩が多いです。昨今の韓国の
情報社会化を反映しているでしょう。





ヌード
朴勝美

今しがた 袋からこぼされた
じゃがいもたちが
互いにまくらして寝ている

非舗装道路を走って来ながら
ぶつかり合った傷
そのにおいにひかれてか蟻たちが
集まった

広がった 幅広いおしり
その稜線を乗り
同族相残金の 悲劇を抱いて
戦友のさびた鉄帽に
黄いろい青菜の花影が
揺らいでいた



*(パク スンミ)ソウルで生れる。世宗大学卒。1987年「現代詩学」の推薦を
経て詩壇にデビュー。詩集に『地に触れない喜び』『君は木瓜だ』等がある。
ユーモアと物を見る確かな目、社会的批評を暗示する優れた作品です。





交感
高貞愛

雲がいつ 心の門をやたらにけ放つことがあるか
いやいやと つよくかぶりを振りながら
岡を横切り山を越え広大な海を渡る
風に乗ってあてもなくあちこちさまよううちに
此所だ 時だアンテナがす早く感ずれば
途端にリモコンが作動する
左右にすっかり戸を開け放ち 心に抱き携えた包みの
結び目解いて 惜しげ無く全てをぶちまけたのち

いつ何処でそんな事が あったのか
さりげなく気軽なみなりで出で立ち
忽然と消え失せてしまう君の貴い膳りもの
このふくべの水よ
詩の恩寵よ




(コ チイヨンエ)1991年「詩と意識」誌の推薦を経て、詩壇にデビュー。
詩集に『鉛筆削り』『健やかな家』等がある。本詞花集の訳者。参加した
詩アカデミ同人は、詩人作家が集まり作った文学共同体で新進文人育成
輩出のための文学私塾であり、発表の場だそうだ。月刊文学総合誌「文学
と創作』と単行本出版。インターネットのHPも製作。「世界詩人祭2000」
をきっかけに日訳のアンソロジーを編んだとのこと。熱心な活動ぶりである。






河を歌う金龍澤


ソムジン江 3

佐川 亜紀訳

あなたは親しんだね
沈む日をながめながら
きらめくさざ波が限りなく寄せ
あなたの前にまた河 向こうの水辺
深く 深く
あなたが あなたが 分からないくらい
水が深い所に親しんだね
草花が咲いていつのまにかまた散って
草の実も散って
その上に渦巻いて白く降る
草の葉に心を寄せながら
あなたはいつもここまで来て立っていたの?
それほど昇る日は至高
水の前に渇望する水を描きながら
悲しみ 喜び 幸せで
愛の両肩深く今にも泣き出しそうだったの?
あなたは今水深く恋しさつのるかい?
待つ人いなくても水辺に
あなたはこの道の石ころ、草の葉一枚にも
見慣れてなじんだのかい?
この土地になじんだんだね
もっと育て伸びる
愛を描きながら
一つ二つ日光がよみがえる村
はるか遠く おくゆかしい眺めは
あなたのやせた背
いつのまにか
美しい愛を背負っていたね




*金龍澤(キム・ヨンテク)・・・1948年全北イムシン生まれ。1982年、「創作と批評」にデビュー。
代表詩集『ソムジン江』作者の言葉に「私は百姓である父から労働の尊さを学び、優しい母から
心の豊かさを教えられた。この二人の人間の生き方に、私は自分の詩の在り方を求めている。」
とあり、土と河に生きた人々の暮しと感性を抒情性豊かに表しています。韓国の風土を愛情深く
みつめた連作「ソムジン江」に心ひかれます。





国際派の崔華国

コーリ・パンズ

ボンヤリあれはたしかに
故郷の方角に流れてゆく
白い雲のきれっぱしを追っていたら
ずんぐりした誠に人のよさそうな
白人巡査がよってきた
ハロー ユーチャイニーズ?
ノオ!
オオ エキスキューズミー ユージャパニーズ
ノオッ!

あとは きこうともしやがらない
にこやかに 笑顔をつくって去っていくではないか
ジョ ジョ ジョ ジョウダンジャナイ
べらぼうめ やい やい やい
この唐変木の 白豚野郎
ひとをからかいやがって逃げようたって
そうはさせねえ 俺を何だと
思っていやがる バッキャローメ

何もチャイニーズ ジャパニーズ ばかりが
黄色い人種かよう
亜細亜にはなあ もっと亜細亜らしく
踏みにじられても 踏みにじられても いじけない
悲しくても 悲しくても 泣かない
殺しても 殺しても 死なない
煮ても焼いても喰えたもんじゃない
「コーリ パンズ」という種族がある
ことをしっちゃいねえな おい

おお突然の 俺の失語症
急性言語障害症の併発
雲も去り巡査も去り残ったのは俺と
俺の影と


*コーリ・パンズ・・・中国人が韓国人を蔑視する時に使う言葉。



娘に

私がここに座っているのは
あなたのピアノをきくためで
練習が出来なかったあなたの
理由をきくためではないのです

なあんてって小さいおまえがよう
ヒゲを蓄えた六尺豊かな
キリストさまのようなアメリカの
大学生をしごいている図ったら
ありやしない
父にとってはいつまでも小娘のおまえ

キャンパスを歩きながら
父さんあれがポプラだったの
これが無窮花なの
娘よおまえはそれを知らなくてよい
恨につながる想いは
父さんの代でチョンにしよう

東京での大学の頃
お正月には和服が着たい
だって美しいんだものと駄々をこねて
父と母を面喰らわしたおまえ
おまえの目がそりゃ正しい

アメリカくんだりまで種を送り
おまえの家の庭に今
たおやかに咲いている鳳仙花の
花にまつわる悲歌
それらは父の代で訣別しよう
恨と怨の字面の暗さ
それを美しいおまえに遺産に出来ようか
それはしない それはしない

*無窮花・・・木槿、韓国の国花。
*鳳仙花・・・庶民に親しまれ幾多の哀歌が歌われている


*崔華国(チェ ファグク)は韓国生まれですが、16歳で日本に渡り生活しました。
40歳ごろから詩を書き始め、70歳でH氏賞を受賞したことで話題になりました。
群馬県高崎市で茶房「あすなろ」を開き、多くの詩人を招いて朗読会を開いた
ことも有名です。詩は、重い主題でも平明でくだけた日本語で書き、恨を乗り
越える新しい視点を打ち出しました。また、1995年から死去する1997
年まで、娘夫婦のいるアメリカ・オハイオ州に移住し、それ以前からも世界を
多民族の集まりと見る考え方を持っていました。かつては、韓国詩、在日詩は
日本と朝鮮の関係でしたが、もっと広い視野が近年の特長であり、崔華国さん
はその先駆けと言えましょう。
(土曜美術社出版販売・全集定価・10000円。選集文庫版もあります。)





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