わたしは古代史,特に飛鳥時代が好きです。その中でもとりわけ気に入っているのが,天武天皇の子,大伯皇女と大津皇子です。ここでは,飛鳥時代から平安時代あたりまでの古代史関連の作品を紹介します。
大津皇子は通説では高市皇子,草壁皇子についで第三皇子とされていますが,『天翔る…』では草壁皇子より大津皇子のほうが先に生まれたとしています。『懐風藻』の記述では,大津皇子を「天武の長子」としていること,草壁皇子・大津皇子がともに娜大津で生まれているのに「大津」の名が草壁皇子につけられなかったことをその理由にしています。もし,大津皇子の母で鵜野讃良皇女(持統天皇)の同母姉である大田皇女が生存していたら,皇后になったのは讃良皇女ではなく大田皇女で,皇太子になるのも大津皇子であったはずとつい思ってしまうのは,作者も同じようです。
初めて読んだ大津皇子関連の小説が『天翔る…』だったので,わたしの中の大伯皇女像,大津皇子像はこの作品にだいぶ影響されているかもしれません。
黒岩さんの古代史関連の作品は他に,壬申の乱関係の『剣は湖都に燃ゆ』『影刀』,推古女帝を描いた『紅蓮の女王』,蘇我入鹿を描いた『落日の王子』,『聖徳太子』などがあります。また,小説家の視点から見たエッセイ『古代史への旅』もおもしろいです。(98/08/16)
生方さんは歌人です。大津皇子をすぐれた歌人としてとらえるところから,生方さんの大津皇子像を作り上げています。鵜野讃良皇女を勝ち気で聡明,そして自分の産んだ皇子によって自らの位置を確立しようとする権力欲の強い女性として描いています。
わずかな出番しかないのですが,大津皇子妃である山辺皇女が魅力的です。
(98/08/16)
歌人・釋超空であり,民俗学者,さらに古典文学の研究者でもある折口信夫さんの作品。大津皇子をモチーフにしています。天若日子や隼別,大伴家持,藤原仲麻呂などが登場するので,難解です。折口さんには,萬葉集研究でも泣かされました。とても折口さんのレベルまで到達できない(T_T) (98/08/16)
児童文学の分類になるようですが,こちらで紹介します。大津皇子のライバル,草壁皇子の物語です。「強い人間より弱い人間にひかれる」という作者は,怒濤の時代にあって,無力であった草壁皇子には弱い人間の目にしか見えないものがうつっていたのではないかと考えたようです。
物語は草壁皇子と山に住んでいた少年・小鹿が,それぞれの視点で交互に語っていくという形式をとっています。ここでの草壁皇子は,育ちがよく,他人の思惑を見抜けず,母に圧倒されています。そんな皇子が唯一自分の意志を通したのが,自ら食を断つということでした。
この物語の大伯皇女は,気性が激しく潔癖な少女として描かれています。わたしのイメージとはだいぶ違うのですが,こういう大伯皇女もいいなと思います。
(98/08/16)
これも,草壁皇子の物語です。その悲劇性からどうしてもスポットライトを浴びてしまう大津皇子のいわば影のような存在に見られがちな草壁皇子。その少年の頃を描いています。父母の気持ちを敏感に察し,それをすべて受け入れあきらめていく子どもである皇子の姿が悲しいです。 (98/08/16)
永井さんは古代史だけでなく日本史に登場する女性をテーマにたくさんの作品を書いています。その中で一番好きなのが『美貌の女帝』です。氷高皇女(元正天皇)を主人公にしています。元正天皇というと,母・元明天皇とともに「中継ぎの女帝」のイメージが強いのですが,この小説では,蘇我の一族として藤原氏と真っ向から対決する女帝として描かれています。
永井さんは,元正天皇までの女帝達の共通点として「蘇我系であること」を挙げています。女帝達は常に,自分たちが蘇我の一族であることを意識し,皇位を蘇我系の者に継承していこうとしているという設定を『美貌…』でも使っています。
永井さんの作品は他に,大津皇子妃・山辺皇女を描いた『裸足の皇女』,さまざまな女性を取り上げた『歴史をさわがせた女たち』『日本史にみる女の愛と生き方』,非業の死を遂げた人々を扱った『悪霊列伝』『続悪霊列伝』,日本史について語っている『異議あり日本史』などがあります。
(98/08/16)
長屋王事件から大仏開眼までを描いています。登場人物の中で一番好きなのは,藤原長娥子の娘,小黒女(教勝)です。母が藤原の娘だあったから長屋王事件で助かったと世間には思われ,藤原一族には長屋王家の生き残りと白い眼で見られるというどっちつかずの立場。それでも,自分は長屋王の娘だと考えている彼女は,権力争いをする人々を冷静な目で見ています。長屋王と死別してからの長娥子も好きです。
それにしても,20数年の間に多くの人が権力争いに巻き込まれ,死んでいったこの時期。怨霊がとびかうと考えられたのも無理はない気がします。
杉本さんも永井さんと同じように,蘇我系女帝の結束に着眼しています。二人の対談形式の『ごめんあそばせ 独断日本史』にもその考え方が書かれています。
(98/08/30)
嵯峨天皇の皇后,橘嘉智子(檀林皇后)の物語です。京都・嵯峨野にある皇后縁の檀林寺を訪ねると,皇后をかたどったと言われるとても美しい准胝如意観世音菩薩を見られます。
この小説の嘉智子はその美しさゆえに,橘氏の期待を一身に集めることになります。彼女の祖父・橘奈良麿は,藤原仲麻呂によって反逆者として死に追いやられており,橘氏は力を失います。その橘氏復興の切り札となったのが嘉智子です。嵯峨天皇の寵愛を受けた彼女は,嵯峨妃である桓武帝息女・高津王妃の死もあり,皇后になります。橘氏は藤原氏で固められることになる皇后の座に一時ですがつくことができ,勢力を拡大していきます。でも,結局嘉智子が死んでしまうと,橘氏は藤原氏にとってかわられてしまいます。
怨霊におびえながらもむなしい権力争いを繰り返した古代の人々。だからこそ,新しい都の名を「平安」としたのでしょうか。
(98/08/30)
歴史短編集です。古代史に関連しているのは,「たまゆら夢見しものは」「天紙風筆」「夭折鬼」です。「たまゆら」は有間皇子の物語。孝徳天皇の死後,大化改新以降の中大兄皇子と中臣鎌子の行動について有間皇子が推理していくという形になっています。
「天紙風筆」は大津皇子の物語。吉野の盟約の場面から始まります。朝政に参与させられることになった大津皇子は,この国のことをもっと知りたいと思い,額田王を訪ねます。額田王は大津皇子に有間皇子の事件について語り,自分の身を心配するよう忠告します。「夭折鬼」は大津皇子妃,山辺皇女の物語。怨霊となった山辺皇女が老女となった額田王の前に現れます。皇女の目的は,鵜野皇后に復讐をすること。皇后を長生きさせ,我が子や孫の夭折を味わわせるのが目的だったのです。
3つの話は額田王が登場することでつながっています。短編でテンポがよいのですぐに読み進められます。前二作は淡々と事実を語っている感じなのですが,「夭折鬼」は山辺皇女を鵜野皇后に復讐をする怨霊として登場させたことで,話が面白くなっています。「こういう考え方もあるのか」と思いました。
(98/09/22)