3/14 その1 〜君に知っていてほしいこと〜

 

……伝えたかったものがある。それでも伝えられないものもある……

 

「パステル、ちょっといいかな」
 ドアの向こうからそう声をかけられて、わたしはちょっと首を傾げた。この声はクレイなんだけど、さっき朝御飯を食べに行ってきて、いまいま別れたばかりなんだよね。
 何か用があるようなそぶりはなかったのに。不思議に思いながらドアを開けた。

「どうしたの、クレイ?」
 わたしが訊くと、クレイはちょっと照れたように頬を指で掻いた。それから、後ろ手に持っていたらしい包みをわたしに渡す。
「今日、ホワイトデーだろ。だから、バレンタインのお返しにって思って」
「あ、そっか……ありがとう、クレイ」
 包みを受け取ってわたしは微笑んだ。そういえば、パーティのみんなにもチョコレートをあげたんだった。でもちゃんとお返しをくれる、ってところがクレイらしくて、わたしはちょっとおかしかった。

 そんなわたしを見ていたクレイ、ちょっと間を置いてから口を開いた。
「パステルにさ、ちょっと教えておきたいことがあるんだけど。中に入っていいかな?」
 教えておきたいこと? なんだろう。断る理由もなかったし、とりあえずわたしはクレイを中に通した。
 わたしがベッドの上に腰掛けると、クレイは椅子をひっぱってきて向かい合うように座った。ちょっとした沈黙。

「あのさ」
 口を開いたのは、もちろんクレイ。
「なに?」
 なんだか妙に重い雰囲気を払いたくて、意味もないのにクレイの言葉に反応してみた。クレイはわたしの目を見つめて、ゆっくりと話し出す。

「トラップのことなんだけど、あいつ、ちゃんとパステルにチョコレートもらってるから」
 わたしはその思いがけない言葉に目を丸くした。クレイがいきなりそんなことを言うなんて思ってなかったから。そんなわたしのようすに、クレイはちょっとだけ口元を歪めた。
「トラップがパステルたちに呼び出されてチョコレートもらっただろ。そのすぐあとに偶然あいつに会ったんだよ。手にちゃんと二つチョコレート持ってた。そのうちのひとつ見てすぐに分かったよ。ああ、パステルの本気の気持ちはこいつがもらったんだな、って」

 目を丸くしたまま、自分の頬が赤く、熱くなっていくのが分かった。
 だってだって、そういう方面ではとんっでもなく鈍いクレイがそんなこと言うんだよ!?
 そんなに分かりやすかったのかな? トラップなんかは全然気にしてないみたいだったのに。

 わたしがゆでだこみたいになって苦悩していると、クレイはふっと笑った。
「とにかく、そういうことだから。あんまり思いつめてるといけないと思って、それだけ教えておきたかったんだ」
 そっか……それじゃ、とりあえずトラップが「もらってない」って言ったのはうそだったわけで……。
「でも、どうしてそんなうそついたのかな……」

 わたしはぽつりと呟いた。クレイはちょっとだけ肩をすくめて言った。
「さあ。たぶん、あいつのことだから何か考えてのことだと思うけど。でも、それはパステルが自分であいつに訊かなきゃならないことだろ?」
 クレイに言われて、ちょっとだけどきっとした。そうだ。そこまでクレイに甘えてちゃいけないもんね。それに昨日誓ったばかりじゃない。

 もう一度、しっかり訊いてみる。それでも伝わってなかったら、もう一度伝えなおす。
 わたしはポケットの中に入れたあのリボンを、服の上からおさえた。

 不意に、腕がクレイにひかれた。わけの分からない間に、わたしの体はクレイの腕の中にすっぽりとおさまってしまう。
「クレイ……?」
 わたしが呟くと、クレイの声がした。
「本当は、渡したくないけど……あいつの思い通りになるのもしゃくだからな」
 ……それは、ひとりごとに近い響きを持っていた。わたしには何のことだかさっぱり分からない。

「……何? どういうこと?」
 わたしが訊くと、クレイは苦笑したようだった。そのまま、腕の力をぬく。
「いや、これが俺なりの想い方ってこと」
 ?? ますますわけが分からない。頭の上に疑問符を山ほど浮かべているとクレイの笑顔が近づいてきて、……

 わたしは、頬を押さえた。きっと耳まで真っ赤になってると思う。そんなわたしにクレイはにっこりと笑いかけた。
「行ってこいよ。これは俺からのおまじないだから」

 

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