3/14 その2 〜涙の分だけ笑いたい〜

 

 ……本当のこと。言ってしまえば楽になれるのかもしれない……

 

 部屋のドアを開けて、ぐるりと見渡す。トラップはそのどこにもいなかった。
 もう、ほんとにどこ行っちゃったんだろ? まさか、こんな朝っぱらからカジノに行ってるとかはないでしょうけど。
 わたしはふう、と息をついて、なんとなく窓辺から外を見下ろした。するとおやまあ、すぐ側に生えた木の下で、トラップが昼寝(というにはまだ時間が早いかな)をしているではないの。
 なんだかその姿を見たら無性に腹が立ってきて、気がつくとわたしは窓わくの上に立っていた。

「トラップー!」
 怒鳴り声に、「んあ?」と面倒くさそうに片目を開けたトラップ。けれど次の瞬間、あわてて飛び起きた。
 そりゃあまあ驚くだろう。だってそのときにはわたしの体は宙に浮いていた……というより、重力に引かれてトラップの真上に向かって落下中だったのだから。
 ほめてあげたいのはそれを避けようとせずに受け止めたところだね。でも、わたしは心のどこかでそうなることが分かっていたような気がした。

 わたしを地面に下ろすと、トラップはいつもの調子で口を開いた。
「おめー、何考えてんだ? ただ持ち上げるだけでもとんでもなく重いやつ、落下してきたら支えきれるわけねーだろーが。ったく、肩が外れるかと思ったぜ。なんでそんな無茶しようとしたんだよ?」
 その言葉に、わたしはなんだかおかしくなってしまった。ぷっと吹き出すと、トラップは怪訝な顔でわたしをのぞきこんだ。

「やっぱりおかしくなっちまったのかよ? 近頃の風邪は頭にきちまうのか?」
 とんとん、とこめかみの辺りを指で叩いて、トラップはそんなことを言った。わたしはすかさずその頭をぽかり、と叩いてあげる。
 ぶつぶつ何かを言って頭を抱えたトラップを、わたしは仕切りなおすようにじっと真正面から見つめた。

「それより。ねえ、トラップ。もう一度訊く。本当に、わたしからチョコレートもらってないの?」
 トラップはかすかに目を見開いて、それから何気なくわたしから視線をそらした。
「……もらってねーって言ってるだろ」
「ふうん。それじゃあ、このリボン、どうしたの?」
 わたしはポケットから、あのリボンを取り出す。トラップはちらりとそれを見て、憮然とした表情で一言だけ呟いた。
「知らねー」
 その態度にわたしはカチンときてしまった。

「うそ。それがほんとなら、ちゃんとわたしの目を見て言ってよね。だいたいトラップ、さっきからもらってない、知らない、って『ない』としか言ってないじゃない。だったらどういうことなのかちゃんと説明してよ! そうじゃなきゃ納得いかない」
 わたしが詰め寄ると、トラップはちょっとだけ、たじ、っとしたようにあとずさった。
「だいたい、クレイだって見てるんだよ? トラップがちゃんとチョコレートもらったこと」

 そう言うと、トラップは明らかにさっきまでとは違う様子で目をみはった。
「あんのばかっ……」
 口の中でそう呟いたらしいのが聞こえる。なおも詰め寄ろうとすると、トラップは観念したように息を吐き出した。
「ああ、覚えてるよ。おめーにチョコレートもらったこと」

 聞きたかった言葉のはずなのに、心臓がどきりと震えた。
「……どうして、うそついたの……?」
 トラップはその問いに、ちょっとだけ苦笑した。

「ずっとさ、おめーはクレイのことが好きなんだ、って思ってたから。そんでもって、クレイの気持ちにも気づいてた。だから俺は、ずっとおめーに対する……パステルに対する気持ち、抑えてきてた」
 そう言ってわたしを見つめるその瞳が、いつになくやさしげだったものだから、なんだかどきどきしてしまった。
「最初チョコレートもらったとき、何かの冗談じゃないか、って思った。でもそれがパステルの気持ちで俺に向けられてるんだ、って分かったとき、なんか、歯止めがきかなくなりそうで恐かったんだよ。ずっと抑えてた、パステルのことが好きだ、って気持ちがさ」
 トラップの笑いは、頼りなげな子どものようだった。わたしは黙って、その続きを聞いていた。

「だから、なかったことにしようって、これまで以上に気持ち抑えつけてた。うそついて、……わざと、おめーの気持ちがクレイに向くようにしたりして。でもあのとき、パステル泣いちまっただろ。そんとき気づいたんだ。俺のしてることは、自分の気持ちだけじゃなくてパステルの気持ちまで否定しちまうことなんだ、って。でも、そのころには引っ込みつかなくなってた」
 トラップは息を吐いてうなだれた。
「んっとに、すまなかった。嫌われても、文句言えねーよな」
 わたしは思いっきり頷いてやった。

「とーぜんだよ。わたし、たくさん泣いたんだよ。いっぱいいっぱい悩んで、苦しかったんだよ。……でも、それでも……」
 どうしてだろう? 怒ってやろう、って、怒鳴り散らしてやろう、って、そう思ったはずなのに、涙があふれてきてしまった。
「ルーミィにリボンつけたの、わたしに知らせたかったんでしょ? 本当は知ってる、本当は伝わってる、そう言いたかったんでしょ? なんでだか分からないけど、たくさん傷ついてもトラップのこと好きで好きでしょうがなくって……嫌いになんか、なれなくって……」
 それ以上言葉が出なくって、わたしは黙ってトラップをぽかぽか叩いていた。トラップが、そんなわたしの腕をそっと止めて抱きしめたものだから、わたしはますます泣きたくなってそのまま泣きじゃくってしまった。

「いいのかよ? 俺、自分に自信持てないぜ。いっぱい泣かせちまうかもしれない。怒らせるかもしれない。後悔しないか?」
 わたしは、そっと首を振った。
「それと同じくらいわたしを笑顔にできるのも、トラップだから。自信持てないなら、わたしが持たせてあげる。いっぱい泣いて、いっぱい怒って、それでもいっぱいトラップの隣で笑ってあげる」
 トラップが、泣きそうな顔で笑った。わたしはもう泣き笑いの顔で、トラップのその顔を見ていた。

 ホワイトデー。

 一番大切な人に気持ちを返してもらえたから。だから、もう少しだけ側にいたい。
 この気持ち、抱きしめていたい。

   ……側にいてほしい、それがたったひとつの望みだから……

                                      〜END〜

  

 この話を書いたのは高校受験直後で更に他創作と同時期でした。
 だからかなりきついスケジュールだったのですけれど、もっと無謀なことにはこの話は高校受験当日の11日から始める予定だったのです。
 一日時間が過ぎるごとに話の中でも一日ずつ時間が過ぎていく、というのは一度やってみたかったのですけれど、どれだけ大変なのか身をもって教えられました。これは書くスピードがよっぽど速くないと自分の首を締める結果にしかなりません;;

 あげたはずのチョコレートを相手がもらっていないと言う、といったネタは洗濯物を干しながら思いつきました(なぜかは謎)。
 でもその理由を考えるのには四苦八苦しました。当初は「ほんとにもらっていない」っていうオチだったのです(笑)。
 パステルとマリーナは手渡ししないで夜中にトラップの枕もとにチョコレートを置く→次の日ルーミィがトラップの寝ている部屋にやってくる→ルーミィがチョコレートを食べてしまう→したがってトラップはチョコレートをもらっていない
 という流れになる予定だったのですけれど「ロマンチック(笑)にもなんにもならない」という結論に達し(爆) ちょっとシリアスに変えました。

 でも、パステルも悪いんですよね。誰にも突っ込まれませんでしたけれど(あからさま過ぎたのかな(爆))わたしなら突っ込むことがひとつありますから。
 ずばり、「本気ならちゃんとひとりで渡そうね、パステル」。
 これ、もともとではマリーナが登場する予定だった名残なんです。マリーナに言わせたかったセリフがあって。
 でもマリーナが出演拒否(爆)したのでそのままパステルがオオボケなところだけ残っちゃって(笑) ごめんね、パステル。
 余談ですが、わたしがルーミィやシロちゃんをしっかり書いたのはこのお話が初めてでした。
 書いていて、改めて「ルーミィもシロちゃんも可愛すぎる!」って思いました。でも独特の口調が結構難しいんですよね……。永遠のチャレンジ対象かも。

 クレイは「鈍い、鈍い」って言われてますけど、自分に向けられる想いには鈍くても誰かに向けられた想いには結構鋭いんじゃないかな、な〜んていうドリームがありまして、それで今回クレイにはちょっと大人な(?)ところを見せてもらいました(笑)
 何故か(ヲイ)、クレイの方がトラップよりも一枚上手です。ちゃんとトラップのたくらみを分かっちゃうクレイ。
 トラパスをクレイが応援するなら、こういうようなちょっぴり上手なところを見せて欲しいんです(笑) 何もかもを悟って、ちょっとかみ合ってない二人の背中をぽんぽんっと押して欲しいんですよね。

 トラップがチョコレートをもらっていない、と言った理由。これに落ち着くまでに苦労しました。でも思ったよりも何とかなったので良かったなあ、と(爆)
 そうそう、毎回の最初の部分と「3/14 その2」の最後。そこに「……」で囲われた文がありますけれど、これはトラップの気持ちをイメージしています。
 一度全部を読んでからこのトラップの気持ちを読むと多少彼の行動の意味が分かりやすくなるのではないかな、などと思うのですけれど……余計に分かりにくくなる、という説も(爆)

「男の友情ですね」という感想を公式ページ小説掲示板(当時)にUPした際にいただきました。う〜ん、本人に自覚はなかったのですけれど確かにそうかも。でも男の方の視点から見たら、また違ったりするような気もいたします。むむむ。

 

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