たったひとつの今日に<中編>

 

 ……なんとなく、そんな気はしていたけど。ここまで予想通りだと、かえって呆れてしまって何にも言えない。

「トラップ……ここって、最初に『ギ』がついて最後に『ル』のつくことをやるところじゃない?」
 わたしがやっとそれだけ言うと、トラップは笑ってわたしの肩を叩いた。
「やぁだ、パステルちゃん、今日はさえてるう」
「誰にだってわかるわよ!」
 誰が、どう見たとしても、この派手派手な建物はカジノにしか見えない。わたしはトラップをにらんだ。

「まさか、借金つくっちゃってわたしにたかろうとか思ってないわよね?」
「んなこと考えてねえって。なに、そんなにおれのこと信じらんないの?パーティの仲間なのにさあ」
「信じられない」
 きっぱりとわたしは言ってやった。よく言うよ。だいたいにして日頃の行いが悪すぎる!

 トラップは軽く瞬きして、でもそれから笑ってわたしの腕をひいた。
「大丈夫だって。今日は勝てるからさ」
 その自信はどこから来るのか。何か言いかけたわたしを遮るようにして、トラップはもう一度口を開いた。
「勝たせてやるよ。もちろん、イカサマはなしだぜ?」

 

 玉が何度か円を描いた後に、すっと吸い込まれるようにして止まった。
「…………」
 トラップはうなだれ、ため息をつく。
「負けっぱなしじゃない」
「うるさい」
 わたしの言葉への返事も、もはや力はこもっていなかった。

 そう。案の定、トラップはまたまた負け続きなのだった。しかもね、大外れとは違う。いつもおしいところで負けちゃうんだよね。
 ルーレットをやっていたのだけれど、いつも賭けたところのすぐ隣とかが当たりになるの。ここまできたら、つい訊いてみたくなる。

「ひょっとして、狙って外してるの?」
「んなわけあるか!」
 わたしの意地悪な質問に、トラップは不機嫌そうに答えた。それから、チップを顎で示す。賭けてみろ、と言っているのだ。わたしは、さっきトラップが賭けていいた分の半分くらいのチップをとり、少し考えて……さっきトラップが賭けていた場所に置いた。

「……嫌味、か?」
 うう〜。そう言われるのも無理ないんだけど、断じて違う!ただ単に、直感が閃いただけなんだもん。
 ルーレットが回されて、玉が再び円を描く。
 不機嫌なトラップを尻目に、玉はゆっくりとわたしが賭けた場所へと入ってきた。

「やった〜! トラップ、また当たったよ!! これで何連勝だっけ? すごいすごい!」
 わたしは、トラップの腕をぶんぶん振り回しながら、興奮気味に叫んだ。
 だって、トラップは負けっぱなしなのに、わたしは勝ちっぱなしなんだもん。まあ、あまりたくさんのお金を賭けているわけでないから、トラップの負け分とでプラスマイナスゼロなんだけど。
 トラップは、わたしに揺らされるままになりながら黙っていた。怒っているのかと思ったんだけど。

 でも、その表情は気味が悪いほどにやさしげだった。

「ビギナーズラックってゆーのは、本当にあるんだな」
 むか。言うことがそれ? わたしは、ちょっと頬を膨らませて言ってやった。
「無欲の勝利って言ってほしいわね。だいたいトラップ、今日は勝てる、なんて言っておきながら、全然勝ててないじゃない」
「ばーか。勝たせてやる、って言っただろ。おれのツキはぜーんぶお前にあげちゃったの。だから、お前の勝ちはおれの勝ち」
「なによ、それ」

 わたしは、そのこじつけに半分呆れてしまった。だからかもしれない。椅子から立ち上がろうとして、そのさっきまで座っていた椅子につまずいてしまったのは。
「きゃっ!」
「うわっ、あぶねっ!」
 よろめいたわたしに、トラップが手を差し出して支えようとしてくれた。でもほんの少し、タイミングはあわなかったようで。

 わたしはそのままつんのめり……意識は闇にのみこまれた。

 

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