たったひとつの今日に<後編>

 

 冷たいものが、額から瞳にかけてを覆っているのが感じられた。

「……ん?」

 わたしはそれを手でとった。冷たい水にひたしたタオル。でも、わたしを驚かせたのは目の前に広がる闇だった。……ここって、どこ? たしかわたしは、カジノにいたはず。そこで椅子につまづいて転んじゃって……あれ、そういえばトラップは?

「気がついたか?」
「きゃっ!」
 突然目の前にあらわれた顔に、わたしは驚いて声をあげた。さらさらの赤毛の髪……なんだ。

「トラップじゃない。驚かせないでよね」
「勝手におめーが驚いたんだろが」
 トラップは呆れたように鼻を鳴らした。わたしは横になったままきょろきょろと辺りを見回す。そういえば、わたしが寝かされてるのって、地面の上だ。トラップが着ていた上着が敷いてあって、その上に寝ている状態。間違っても、みすず旅館とかカジノではない。

「トラップ、ここどこ?」
 ちょっと不安になって、わたしは尋ねた。
「とりあえず起きろよ。寒いだろ?」
 トラップはそう言いながら、わたしの横に腰掛けた。わたしが黙って座りなおすと、それまで膝にかけられていたわたしの上着を肩にかけなおしてくれる。
 おや? 今日は何故だか紳士的じゃない。ちょっぴりどきどきしてしまう。

「ここが、いいところだよ」
「へ?」
 突然トラップがそんなことを言ったもんだから、わたしには一瞬、彼が何を言いたいのか理解できなかった。トラップは大きくため息をつく。

「だから、昨日言っただろうが。『いいところに連れてってやる』って」
 え? え? だって……
「いいところ、って、カジノじゃなかったの?」
 わたしはてっきりそう思ってた。だから、期待して損した、って思ってたのに。

「おれはひとっこともカジノがいいところだなんて言ってないぜ?」
「う。そういえばそうかも……」
 たしかにそうだった。トラップは何も言わずにカジノに連れていったけど、そこが「いいところ」だとは言わなかった気がする。
 わたしがトラップを見ると、彼はにっと笑ってこう言った。

「パステル、上向いてみ」

「え? こう?」
 大人しく、言う通りにしてみる。と、いきなり、冷たいものが目を覆った。
「ちょっとトラップ、なにするのよ!」
 それがさっき額に置かれていたタオルだということに気づき、わたしは手でタオルをとろうとした。が、その手をトラップに抑えられてしまう。

 どきりとした。鼓動が早くなる。トラップに気づかれたくはないけれど、でもきっと、頬は赤くほてっているだろう。タオルの冷たさが心地よい。

「いいか。ちょっとそのまま待ってろ。………ほら」
 声と共に、トラップはタオルをとった。瞳に映ったもの、それは……

「うわあ! きれい!!」

 すーっと、空を駆ける幾つもの光。流れ星。

 わたしたちの座っている、その側に生えたすっかり葉を落とした大きな木の枝越しに見える星々は、その木に咲く光の花のようにも見えた。冴え渡る夜空を喜ぶように、小さく瞬いている。
 隣のトラップを見ると、誇らしげに微笑んでいた。わたしに、これを見せたかったんだね。

「すごい! どうしてこんなところ知ってたの?」
「ん? それは、企業秘密」
 トラップはそう言うと、人差し指を軽く口にやってから立ち上がった。それからわたしに手を差し出す。う〜ん、やっぱり珍しいよな。こんなに優しいなんて。わたしがちょっと感動していると、
「ほら、いくら毛糸のパンツはいてるからって、こんなところに座りっぱなしは寒いだろうが」
 「毛糸のパンツ」をわざと強調して、トラップはそう言った。〜、相変わらず一言余計!!
 でもわたしはお言葉に甘えて、大人しくトラップの手にしがみついた。それを軽がる引っ張って、立たせてくれる。へえ、トラップって細腕だけど、結構力あるんだね。考えてみれば、ここってカジノからそこそこ遠いところのはず。そんなところまで、わたしを運んできてくれたんだ。

「なんだよ?」
 トラップの顔をまじまじと見つめると、ちょっと彼は面食らったようだった。わたしはにっこりと笑って、トラップの手をとる。
「べっつにい〜?」
 腕を組むように自分の手を絡ませ、わたしは彼を見上げた。ちょっと背伸びして、ほっぺたに唇をそっと当てる。

「今日は、ありがと」
 トラップは目を真ん丸くして、それから耳まで真っ赤になった。はは、かわいい〜!

 ちょっとわたしはうれしかった。そんな彼を見ていることが。

 

 ルーミィとシロちゃんを起こさないように、わたしはそっとドアを開けた。
 もうすぐ、今日が終わる時間だもんね。結構遅くなってしまった。
 わたしは上着を脱いで、ベッドに入ろうとして……その上に、小さな花束を見つけた。側には、ピンクのかわいいカード。

 『A HAPPY NEW DAY!  いい日でありますように T』

 ……うそ。これ、トラップが…?
 あまりに似合わなくて、それでも照れながら彼がこれを書いてる姿が目に浮かんで、わたしは笑い出したいような気分になった。

 そっと、それを胸に抱く。
 トラップ、今日は、あなたといられて良かったよ。口に出しては言えないけど。

 静かに、時が新しい日の始まりを告げた。

 

 たったひとつしかない今日が、始まる。そして、たったひとつしかないその瞬間に、あなたの心と共にいられたこと。
 やすらぎが、時を満たした。

      〜END〜

 

 1999年2月8日。
 当時の深沢先生公式ページの小説掲示板に投稿したこの作品が、わたしのフォーチュン創作の第一作目でございます。
 それにしてもへぼへぼ……(爆) おまけにべたべたな設定に違いすぎるキャラ。ホントに、よくこれを投稿しようって気になったものです(核爆)

 HPにUPするにあたってざっと目を通したのですが。
 いや、何が違うって文体ですよね(笑) 漢字もやたらと多いですし。
 誤字もあるし、基本的な原稿用紙の使い方間違ってるし(爆)、使い方の間違っている慣用表現もあったりして(滝汗)
 完璧な間違いは直しましたけれど、大筋などは変えておりません。微妙につじつまの合わない話なのですが(爆)、読んでくださるとわたしのルーツが分かります(ヲイ)

 それにしても、展開といい設定といい、読み進むにつれて「これホントにわたしが書いたの?」と言いたくなるわ(^^;;
 ある意味、新鮮で面白いのですが(笑爆)、穴だらけで恥ずかしすぎる……(汗)

 だいたい、何がやりたいのかぜんっぜん分からない内容だもんなあ(苦笑) この量の話にこんなにたくさんのエピソードを入れるのが間違ってるんですよねえ(核爆)
 そもそもこの話、書き始めたときに「まったく」終わりが見えていなかったという正真正銘の「行き当たりばったり作品」でございます(核爆)
 <前編>を書いた時点でその終わりの見えなさに冷や汗がつたったという(−−;;
 確か、イメージは「はてしなく青い空を見た」という西脇唯さんの曲でした。その歌詞にあるようなコインを使ったエピソードも原案の段階では入っていたのですが、あまりに長くなりそうだったのでカットしたという経緯があります。
 いつか、挑戦したいなあ……。このもとネタに。

 それにしてもトラップのキャラがぜんっぜん違いますよね〜(爆)
 わたしの描くトラップの中で、一番行動がわかりやすく、かつ一番ストレートで素直なトラップです(笑)
 パステルもね〜。ほっぺにキスはやりすぎだろ(笑) 何気に1枚上手ですし(爆)

 その後の2作(「大切な日だから」「On My Way To……」)を経て最近の創作を読むと、その違いが非常に分かりやすいと思います(笑)
 最初の路線はわりとあまあまだったのよ〜!!(笑)

 多分、この創作を公式ページ投稿当時に読んだ方はほとんどいらっしゃらないのではないでしょうか?
 もし、記憶の片隅にでもこの創作が残っていた方。こんなへぼへぼを読んでくださって、ありがとうございました。
 そして、今ここで初めてこの創作を読んでくださった方々。お目汚しの品を申し訳ありませんです(爆)
 全ての方へ。本当に、ありがとうございました♪

 というわけで、2月8日、YURI’s アニバーサリー。 たったひとつのこの日に(笑)、なんとなく乾杯(笑爆)

 

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