「なあ、クレイ」
剣の手入れをしていたクレイに声をかけると、クレイは顔を上げた。
「どうした、トラップ?」
「いや、パステルどこに行ったのかって思ってさ」
おれが尋ねるとちょっとだけ首を傾げて、
「そういや、どこ行ったんだろ?」
……おい。「どこ行ったんだろ? じゃねぇだろうが。まーた迷ってたらどうするんだ。せめて行き先ぐれー聞いとけよ」
「迷うって……さすがにシルバーリーブで迷ったりはしないだろ」
呆れたような口調でクレイは言ったがおれは首を振って断言した。
「いや、あいつならやる」
右に行こうとして左に曲がっちまうようなやつだ。何があっても不思議じゃあない。
「そういえば……わたしが起きたばかりの頃におかみさんと買出しに行くって出ていったのにまだ帰って来ませんからねぇ。ひょっとしておかみさんとはぐれて迷ってたりして」
キノコの分別をしていたキットンが、そう言って「ぎゃははは」と笑った。
……笑い事かよ。
うんざりしていると部屋の扉がコンコンとノックされた。
「はい?」
クレイが声をかける。扉を開けたのは旅館のおかみさんだった。
「どうしたんです?」
キットンが訊ねると、おかみさんは言いにくそうに口を開いた。
「それがねぇ、パステルとはぐれちゃって。確か彼女、方向音痴だっただろ? まさかシルバーリーブで迷ったりはしないと思うんだけど……」
……あのやろー。
あまりに予想通りの展開に、おれはため息をついた。腰掛けていたベッドから立ちあがって部屋を出る。
「おれ、探してくるわ」
そうとだけ言い残して、おれは階段を降りて行った。
町外れの木の下で、ほけーっと突っ立っているパステルが見えた。
わりとすんなり見つけられたよなあ。……まあ、おかみさんが言ってた「はぐれた」っつー場所から、みすず旅館とまるっきり正反対の位置にあるところではあるけれど。
「パステル!」
大声で呼ぶとパステルは振り向いて、驚いたように目を見開いた。
「トラップ、どうしたの?」
「どうしたの、じゃねーよ。どうしておめーはシルバーリーブなんかで迷子になれるんだよ? ったく、迷惑かけんなよなあ」
ため息混じりに文句を言ってパステルの腕を引っ張った。でもまあ、この感じは嫌いじゃない。そんなことを思ってる自分に気付く。
手がかかる。けど、ほっとけない。……何でなんだろうな。
「……ごめんね」
パステルがぽつりとそう言って、それからおれの腕をぐいっと引っ張った。いきなりだったもんだから、思わずつんのめりそうになる。
「なんだよ?」
パステルはおれを上目遣いに見ながら口を開いた。
「今日、トラップの誕生日でしょ? ちょっとだけ散歩しない?」
思わずおれは瞬きした。なぜだかどきりとしてしまう。悟られないように小さく息を吐いて、呟くようにして答えた。
「また迷ったりしないならいいけど?」
パステルがぱあっと笑顔になった。おれもつられて微笑む。
……なんとなく、頬が熱い。
「……何、黙ってんだよ?」
そう言いながら、おれはこの沈黙がちょっとだけ心地よかった。
「うん」
初夏の風が、パステルの髪を通りぬける。緑色に染まってしまいそうな日だ。
日増しに濃くなっていく緑に、これもまた日増しに強くなっていく日差しが反射して、あちこちに躍っていた。
ただ黙って歩くっていうのも悪くないなんて思った。何も言わなくてもつながっているような、そんな感覚がある。
パステルもそう感じてるのかもしれない。お互い、変に話題をふったりとかはしないで。時間だけが、風に乗って消えていく。
こんな時間も悪くはない。それはひどくぼんやりとした、ほとんど無意識に近い感情だったけれど。
このまま続いていて欲しい……。
そんなことを望んだ自分に気付いておれははっとした。
……何考えてるんだよ? おれは。
「なんか、似合わないよね」
パステルが小さく笑った。
「こんな風に黙ってるなんて」
おれもちょっとだけ笑う。
「確かにな。だけど……」
不思議なくらい、すんなりと言葉が出た。
「おれは、嫌じゃないぜ。おめーとこうやってるの」
初夏の風の悪戯、ってヤツに惑わされてたのかもしれない。
「えっ」
パステルは軽く瞬きした。その頬が赤くなっていく。はにかんだように小さく微笑んで、そしておれに言った。
「わたしも、嫌じゃないよ」
その笑顔に、おれの心の中の何かが揺れたような気がした。
……なんだったんだろう?
それを突き止める前に、おれたちはみすず旅館に着いてしまった。
なんだか、妙に名残惜しい気分を押し殺しながら宿に入ろうとしたとき、
「待って、トラップ」
パステルに呼びとめられておれは振り返った。
「どうしたんだよ?」
「あのね……」
言いながらパステルはポケットから何か包みを取り出した。
「お誕生日、おめでとう! これ、わたしからのプレゼント……」
ポケットに入れてたからなんだろう、包みがくしゃくしゃになっちまったそれをおれに渡す。
「ごめんね、ちょっとくしゃくしゃになっちゃったけど中身は平気だと思うから」
ごまかし笑いを浮かべながらそう言ったパステルにおれはちょっと呆れながら言った。
「くしゃくしゃになる前におれに渡せば良かったんじゃねーの?」
その言葉にパステルはちょっと言葉を詰まらせた。みるみる真っ赤になって口を開く。
「だって……」
少し間を置いてから。
「だって、プレゼント渡して『お誕生日おめでとう』って言ったらトラップの隣にいる理由がなくなっちゃう気がしたんだもん。もっと一緒にいたかったから……」
おれの目が丸くなっていくのが分かった。
「……そんな理由で?」
「そんな理由って言い方ないじゃない」
思わず言ってしまうと、パステルがむっとしたように言い返した。おれはなんだかおかしくって、口元が緩むのを止められなかった。
「だってさ」
言いながら、パステルの耳元にそっと口を近づける。
「理由なんかいらねーよ。なんでだか分からないけど、おれはおめーに側にいて欲しい。それで充分なんじゃねーの?」
今はこれだけでいい気がした。それから先は、また後で考えればいい。
そう、二人で。
……初夏の風からのプレゼントは、口に出すことも出来ないくらいの照れくさい気持ちだったのかも、しれない。
〜END〜
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