〜 PASS EACH OTHER OF HEART <2>〜  

 それから、十数分――実際はそうだったみたいだけど、わたしにはほんの数分――たって、わたしは泣き止んだ。
 マリーナはポンッ、とわたしの肩を軽く叩くと、立ち上がり、わたしに手を差しのべた。
「…………」
 お礼を言おうとしたけれど、声が出ない。出たとしても、かすれてしまっているだろうし、きっとまた泣き出してしまうに違いなかった。

「ほら、立って。いつまでもそうしてると、ルーミィに言いつけるわよ」
 マリーナはわたしの手を引っ張ってわたしを立たせた。わたしはしばらくマリーナを見つめ、立ち上がると、にっこり笑った。マリーナもにっこりと笑う。
「さぁ、パステル。帰ろう。あいつも……帰っているだろうしな」
 歩き出していたクレイは、振り返りざまそういった。

 あいつ――トラ……ップ……?

 恐かった。なぜだかわからないけど、とても恐かった。

 ――帰り……たく……ない……!

「パステル? 行くわよ」

 マリーナの声が聞こえたのでその声をおって、駆け出す。
 三列になって三人とも押し黙ったまま歩く。それに耐えられなくなったのか、マリーナとクレイは二人で話を始めた。
 そんな二人を横目でみながら歩く。こちらのことなどお構いなしで、歩幅が合わず、わたしが遅れているのにも気が付かない。

 

 ――気がつかないかも……

 ひとり違うところに行ってもマリーナとクレイは気がつかないかもしれない。

 

 ――帰りたくない……

 帰ってあいつに会うのなら、帰りたくない。
 いわれのないことで無視されるなんてバカげている。

 

 ――帰り
     ――たく
         ――ない……っ!!

 

 次に気が付いたときにはわたしは走り出していた。闇雲に入り組んだ路地を駆け抜けていく。右も左もわからない。
 自分の中にこんな気持ちがあるなんて、今まで知らなかった――……否定していた。

 恐い。

 寂しい。

 痛い。

 ……それでも狂おしいほどに愛おしい。

 なんにしても、これに支配されるにはまだ、わたしのキャパシティーが小さかった。

 だから……――胸が痛いのだ。

 

 もうどれくらい走ったのか忘れてしまった。
 幾度となく、声をかけられた。知っている人、知らない人。老若男女、全て。
 誰とも、一言くらいは言葉を交わした……はず。

 

《この先、真っ直ぐ行くと野原がありますよ。まぁ、今は花だらけですけどね》

 

 頭の中にかすかに残った、誰かの言葉。
 ――真っ直ぐ……。
 歩いた。走るのは諦めてしまった。

 

 そのまま歩き進めると、花の香りがし、人の声が聞こえた。ひとりやふたりという数ではない。たぶん、十人は居るんだろうな。
 お花畑に着くと、何組もの恋人達が、こちらを見ていたようだった。わたしが気にせず腰を下ろすと、興味をなくしたように、恋人達の視線はわたしからはずれた。
 色とりどりの花々――その花々に群がる蝶や蜂たち――そして、花々を眺めに来た人間たち。
 ふと――昔、クエストの帰りに、お花畑を見つけたときのことを思い出した。
 みんなで花冠を作ったっけ……ノルが一番上手かったな……ルーミィとシロちゃんは大喜びしてた……。 

「そうだ……ルーミィに花冠を作ってあげようっと」
 そう心で言い、わたしは花を摘みだした。

 

 ――摘まれよ 赤き花 摘まれよ 白き花
 ――遠い昔 知りあった 小さな花の精が言う
 ――花を大切にせよと されば幸せになると
 ――摘まれよ 赤き花  摘まれよ 白き花

 

 上機嫌で歌だって歌ってしまう。もちろん、周りに聞こえないような小さい声だけど。

 

「……パステル!」
 名前を呼ばれた。遠くから。
 何度も聞いたことのある声――誰だっけ?

「パステル!」
 また名前を呼ばれた。
 息が荒い。
 気づかなかった。――自分が硬直しているなんて。

「パステル……」

 ……ビクッ……。

 肩に何かが置かれた。優しい声と共に。
 声の主はわたしを振り向かせた。――肩に置かれたのは手だった。

 目が合う。

 ――パアアァァァンッッ!!――

 何かが弾けた。

 現実という夢から今、目覚めた。

 

「……トラップ……?」
「ああ、そうだ。どーしちまったんだ、おめぇ」

 ――何でここにいたんだっけ?――嫌だったから――

 記憶が……、

「ええ? 変?」

 ――何が嫌だったんだっけ?――会いたくないから――

 ぐるぐると……、

「マリーナとクレイが心配してたぜ」

 ――誰に会いたくなかったんだっけ?――トラップに――

 廻り始め……、

「…………」

 ――何で会いたくなかったんだっけ?――トラップがわたしを嫌うから――

 そして終わった……。

 

「い、いやぁっ。来ないで、来ないでよ、トラップッ!」
「ど、どうしちまったんだ? おめぇ……」
 トラップが呆れ顔でわたしを見た。
「嫌だってばっ!」
 手を掴もうとしたので、わたしは必死に抵抗した。
「うるせーなっ!」
 トラップはわたしの手を掴むと、お花畑の向こうにある森に向かった。
 恋人達の視線が痛い――。

 

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