それから、十数分――実際はそうだったみたいだけど、わたしにはほんの数分――たって、わたしは泣き止んだ。 マリーナはポンッ、とわたしの肩を軽く叩くと、立ち上がり、わたしに手を差しのべた。 「…………」 お礼を言おうとしたけれど、声が出ない。出たとしても、かすれてしまっているだろうし、きっとまた泣き出してしまうに違いなかった。 「ほら、立って。いつまでもそうしてると、ルーミィに言いつけるわよ」 あいつ――トラ……ップ……? 恐かった。なぜだかわからないけど、とても恐かった。 ――帰り……たく……ない……! 「パステル? 行くわよ」 マリーナの声が聞こえたのでその声をおって、駆け出す。
――気がつかないかも…… ひとり違うところに行ってもマリーナとクレイは気がつかないかもしれない。
――帰りたくない…… 帰ってあいつに会うのなら、帰りたくない。
――帰り
次に気が付いたときにはわたしは走り出していた。闇雲に入り組んだ路地を駆け抜けていく。右も左もわからない。 恐い。 寂しい。 痛い。 ……それでも狂おしいほどに愛おしい。 なんにしても、これに支配されるにはまだ、わたしのキャパシティーが小さかった。 だから……――胸が痛いのだ。
もうどれくらい走ったのか忘れてしまった。
《この先、真っ直ぐ行くと野原がありますよ。まぁ、今は花だらけですけどね》
頭の中にかすかに残った、誰かの言葉。
そのまま歩き進めると、花の香りがし、人の声が聞こえた。ひとりやふたりという数ではない。たぶん、十人は居るんだろうな。 「そうだ……ルーミィに花冠を作ってあげようっと」
――摘まれよ 赤き花 摘まれよ 白き花
上機嫌で歌だって歌ってしまう。もちろん、周りに聞こえないような小さい声だけど。
「……パステル!」 「パステル!」 「パステル……」 ……ビクッ……。 肩に何かが置かれた。優しい声と共に。 目が合う。 ――パアアァァァンッッ!!―― 何かが弾けた。 現実という夢から今、目覚めた。
「……トラップ……?」 ――何でここにいたんだっけ?――嫌だったから―― 記憶が……、 「ええ? 変?」 ――何が嫌だったんだっけ?――会いたくないから―― ぐるぐると……、 「マリーナとクレイが心配してたぜ」 ――誰に会いたくなかったんだっけ?――トラップに―― 廻り始め……、 「…………」 ――何で会いたくなかったんだっけ?――トラップがわたしを嫌うから―― そして終わった……。
「い、いやぁっ。来ないで、来ないでよ、トラップッ!」 |