奇妙な気配。
真っ先に気づいたのは、眠らずにいたギアだった。ダンシング・シミターも顔を上げる。「おい……」
「ああ、分かってる」
剣を引き寄せて身を起こす。眠ったままのアクシーズを起こそうとすると、彼は自分でぱちりと目を覚ました。
「ひょっとして……ひょっとする、かな?」
ギアが頷いてやるとアクシーズは苦笑した。腰のショートソードに触れながら、すすすっと二人の後ろへ下がる。
「おい?」
かすかに苛立ちを含んだ声でダンシング・シミターが声をかける。アクシーズはへらへらと笑いながら二人を前に押し出した。
「言わなかったっけ? 『僕は剣を使えない』って」
……とりあえずできるのは歩き回ることと逃げ回ることくらい……
確かに、そう言っていたことは間違いない。しかし、ダンシング・シミターは軽く目を細めて続けた。
「剣も使えず、歩くしか能のない人間がどうやってここまでやってくることができる? この森は決して安全な森じゃない。街道から一歩逸れたら、剣を持たずして生き延びることはよっぽどの運がない限り不可能だ」
そう、最初から引っかかっていたのだ、そのことが。アクシーズが何かを隠しているだろうことは明々白々であるが、そのためにこちらが被害を被ってはたまらない。
彼は、剣を使える。だがそれを、隠している。ダンシング・シミターはそう考えている。
「運の良さには自信があるんだよ」
調子を崩すことなく、さらりとアクシーズは答えた。その言葉に逆上したダンシング・シミターが、怒鳴り出さんばかりの形相でなおも口を開きかける。が、それはギアによって止められた。
「落ち着け。そんなことをしている場合じゃないだろう?」
さっと視線を巡らせる。
「やられたな」
口元を歪めてギアは呟いた。ダンシング・シミターは舌打ちした。
「こんなことにかまってる場合じゃなかった、ってことか」
さっきからの奇妙な気配が周囲を取り巻いている。囲まれたのだ。
「どうやら、おれたちの後ろにいても無駄なようだな」
ダンシング・シミターの言葉に、アクシーズは口をひん曲げた。確かに囲まれてしまえば前も後ろもない。どうしようもなくて仕方なくショートソードを抜こうとすると、アクシーズを挟むようにしてギアがダンシング・シミターと背中合わせの形になった。
「下手に剣を振り回されて、怪我させられるのはごめんだからな」
からかい半分にギアが言う。ダンシング・シミターは渋い顔をしてから曲刀を構えた。
「剣が使えないなら、せめて足は引っ張るな」
言い残してからシュッシュッと曲刀を振り回し始める。そのまま音もなく目の前の奇妙な気配めがけて踊り出た。
いきなりの攻撃に慌てたのだろうか、茂みに隠れていた気配の主がバッと姿を現した。
どす黒い顔、大きな瞳。夜の闇の中でも赤く燃える目が、炎の明かりを跳ね返している。
現れたのは、ゴブリン。
さすがに集団で来られるのはきつい面もあるが、彼らほどの腕前であればさほど苦戦もしないだろう。
ダンシング・シミターはそのまま曲刀を振りながらゴブリンに切りつけていく。仲間がやられていくのを見て、ギアと向かい合う方向にいたゴブリンも茂みから襲い掛かってきた。
ギアは冷静にその攻撃をかわし、さばき、確実に剣を打ち込んでいく。その勢いにおされたゴブリンの中には、情けなくも仲間を見捨てて逃げ出す者も現れた。
「へえ……」
戦闘を目の当たりにして、アクシーズは声を漏らした。周囲で激しい打ち合いが起こっているにしてはあまりに間抜けな声ではある。
「ここまでの、腕だとしたら……もしかしたら」
アクシーズが、自分に確かめるように呟いた瞬間。
「ぐ、あっ!」
突然、目に見えてギアの動きが鈍った。
何かに引っ張られているように、剣を持った腕が動かない。足も同じだった。地面にからめとられたような感触が足首にある。
その機をのがすほどゴブリンは馬鹿ではなかった。逃げかけていた者は戻り、おされていた者はその武器をギアの腹めがけて繰り出してくる。
瞬間、ギアは死を覚悟した。ダンシング・シミターの剣が届く距離ではない。かといって身体は動いてくれない。
ゴブリンの剣がギアの腹を切り裂こうとした、そのとき。
「っ……くっ」
キィン!
甲高い金属音が響いた。
ギアの目の前に、赤がかった茶色の髪。
「うわ、まぐれで大成功」
のんきとも言えるほどに他人事の口調で、目の前の髪の主……アクシーズは呟いた。
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