空も飛べるはず。<20>〜夜空ノムコウ〜

 

 木々の葉の間から、深い闇がのぞいていた。
 背中に大地の冷たい感触。時折ぱちんと音をもらす炎がすぐ隣で揺れている。

「ったく、また野宿か……」
 ダンシング・シミターのぼやきが聞こえた。ギアは寝転んだまま苦笑した。
 焚き火を挟むようにした向こう側から、規則正しい寝息が聞こえてくる。アクシーズのものだ。何の心配もしていないようなその様子を、ダンシング・シミターは不機嫌な顔でのぞきこんだ。
「誰のせいだと思ってるんだかな」

 アクシーズとギアが問答を繰り返していたおかげで、今日は予定の行程の半分も進まなかったのである。中途半端な場所で野営をすることになってしまったのが、ダンシング・シミターには気に入らなかったらしい。
「お前もお人好しだな。いくら自分に関係することであるとはいっても、結局はこいつの勝手に振りまわされてるだけじゃないのか?」
 寝転んではいるものの、ギアが眠ってはいないことに気づいているようだ。問われて、ギアは視線をダンシング・シミターに向けた。

「その通りかもしれないが……どうしてなんだろうな」
「?」
 ダンシング・シミターは軽く眉根を寄せた。ギアの視線が再び空へと帰る。
「自分でも分からないんだ。ただ、奇妙な不安がある。それが、疼いてるんだ」

 胸の奥にわだかまる不安。重く、鈍い痛み。
 それをたどればアクシーズに突き当たる気がした。そしてそれがギアを動かした。
 けれど、そうではなかった。アクシーズはただの中継点のようなもの。結局は、自分が向き合わなくてはならないことなのだ。

 夜空に、小さな光がぽつりぽつりと瞬いていた。
「『闇』は空……アクシーズがそう呟いてたな」
 ギアがぽつんともらす。ダンシング・シミターは答えることなく、黙って火に枝をくべた。
 ギアとて、反応を期待していたわけでもなかった。口にすることでその言葉を確認しただけだ。目を閉じずに夜空の闇を見つめた。

 『闇』、『光』、『赤』。『赤の呪い』、『金の糸』、『光のかけら』
 天、天使、幻想、夢、空。呪縛、光に捕らえられた人。
 そして、自分を縛るもの。

 そのすべての問いは、あいまいな言葉での答えしか与えられなかった。まだまだ、分からないことが多すぎる。
 けれどそれと同じくらい、はっきりしていることもある。

 ギアは、あの夢の天使と向き合わなくてはならないのだ。不安をもたらしているあの夢と。

 その考えにたどりついて唇を歪めた。
 心臓がひとつ、はねる。

「くそっ」
 額にかかる髪をかきあげながら、ギアは小さく呟いた。
 いつの間に、こうなってしまったのだろう?
 ……目を閉じることが、恐怖になるだなんて。

 アクシーズの話を聞いてからだろうか。今まで何も知らないままに苦しんできたのとはまた違う痛みが、胸にのぼってきてからのことだというのは気づいていた。
 目を閉じると、あの天使が浮かんでくる。これまではこんなことはなかった。天使を見るのは、あの夢の中だけのことだったはずだ。
 それなのに……。

 身体が崩れても保たれたままの笑みがギアを苦しめた。瞬きをする一瞬までも浮かんでくる映像に、いつしかギアは目を閉じることができなくなってしまったのだった。
 もちろん、眠ることなんてできない。軽く瞳を閉じて休むこともできない。
 体がいくら休養を求めても、それに答えることを心が許さない。

 ……あのころと同じだ。仲間を失ったばかりの頃。
 何を見ても、何をしても、何を考えても。元気だった頃の彼らを思い出さずにはいられなかった。
 けれどそれ以上の恐怖は……夜。

 行動をする昼の間は、ひたすらレベルアップなりに専念していられたからまだ良かった。
 しかし夜。何もすることがなくなってしまうと、否応無しにさまざまな記憶がよみがえってきて……下手をすると、夢にまで見てしまった。

 夢の中で彼らは笑う。生きているはずがないとギアが言うと、「なに寝ぼけてるの」とサニー・デイズがからかった。「生きてるに決まってるじゃない、どんな夢を見てたの?」と。
 ……夢から覚めたときの空っぽな気分が苦しくて、夜なんか来なければいいとすら思った。そうでなければ、自分も夢に連れて行ってほしい、と。
 それが叶うことなどありえないから。だから、ギアは眠れなかった。目を閉じることすらできなかった。

 そう、今と同じだ……。

 向き合うことができないもの。恐怖がそうしているのか、それとも向き合えないから恐怖を感じるのか。
 ……逃げ続けることは楽だろうか?……
 アクシーズの呟きが、耳の中によみがえった。彼も何かから逃げてきたのだろうか?

「『闇』は空……か」
 再び、ギアは呟いた。
 吸い込まれそうな夜空を見ていると、それもその通りかもしれないと思えてくる。
 目を閉じれば、闇が浮かんでくるだろう。それと共に、あの天使の笑顔も浮かんでくるはずだ。

 もう少しだけ、逃げてみたい。例え逃げきれるものでないにしても。

 瞬きをすることもなく、ギアは夜空をまぶたの代わりにするように見上げつづけた。
 夜空のむこうにあるものを、闇の奥にあるものを、すくいあげるかのように。

 

 普段は、サブタイトルは書き上げた後に決めています。けれど、この回だけはサブタイトルの方が先にありました。
 サブタイトルに引きずられてストーリーが動いた、という非常に珍しいパターンだったのがこの回なんです。
 そもそも、最初の段階ではギアが不眠症だなんて全然考えてなかったんです(ヲイ)
 それが、何時の間にかこうなっていた……そーか、不眠症だったのかギア。気づいてやれなくってごめんよ(違)

 パーティを亡くしたころのギアの心情描写は、多分にわたしの体験が混じっています。でもやっぱり、ギアは強いよなあ、と。そう思っています。
 色々な面で。わたしは、ホント、何かに打ち込むことすらできずにボロボロの精神状態で、どうしようもなかったですから。

 

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