空も飛べるはず。<1>〜夢のかけら〜

 

「ぎゃーはっはっは!」
 このとんでもない笑い方はキットンである。クレイとトラップはお互いに憮然とした表情で目の前に置かれたミケドリアの串焼きをつついていた。

「ったく、笑い過ぎだっての」
 トラップはぽかりとキットンを叩く。
「あた! まったくトラップはすぐに人を……」
「はいはい、わーったわーった」
 文句を言いかけたキットンを軽くあしらっておいて、トラップはがぶりと水を飲んだ。

「それで、一体どういうことだと思う、キットン? トラップが夢で、クレイが現実で天使を見た、っていうのは」
 パステルが興味しんしんで身を乗り出し、キットンに訊ねた。
 ここは猪鹿亭。御飯を食べるためにやってきたパステルたちは、料理が運ばれてくる間にトラップとクレイの見た天使の話をしていたのである。ちょうど料理がやってくると同時にその話が終わり、キットンの馬鹿笑いが炸裂したのだった。

「クレイが現実で見た、っていうのは違うんじゃないですかね。白昼夢、とか、そんなものじゃないですか? まあ、なにかの妄想とかそういうことも考えられますが」
 キットンは魚の身をほぐしながら続けた。
「二人の潜在意識の中にある天使とかそういうものに対するあこがれとか、それがなんらかの形で現れた、っていうのが一番近いのかもしれませんねえ。でもクレイの場合、夢で見たわけではありませんから微妙なところですし」

 すると、ルーミィがパステルの袖を引っ張った。
「ぱぁーるぅ。天使って、背中に羽根のある、きえーなおねーさんのことかぁ?」
「う、うん。そうよ。こーんなに大きい羽根があって、空も飛べたりするのよ」
 「こーんな」と手を広げてみせながらパステルが説明すると、ルーミィはぱちぱちと瞬きした。
「そえなら、ルーミィも夢で見たお」
「えー!?」
 今度はパステルが瞬きする番だった。

「ほんとなの? ルーミィ」
 ルーミィはこっくりと頷く。
「そうらお。ルーミィ、森のなかにいたんら。そえで、湖のおみずの上に天使さんが立ってたんらお。ルーミィ、そばに行こうとしたんら。でもぉ、おみずが真っ赤になっちゃって、天使さんを隠しちゃったんら」
 たれのついたミケドリアの串焼きをぴこぴこと振りながら、ルーミィは一生懸命に説明した。キットンは興味深そうにふんふんと頷き、顎に手をやった。

「う〜ん、ルーミィまでが見たのなら、単なる妄想とは考えにくいですねえ」
「おい、それはおれたちだけなら単なる妄想だ、ってことか?」
 トラップの抗議を無視して、キットンは考え考え言葉を口にした。
「まず天使。三人に共通することです。トラップにクレイ、天使に何か思い当たること……たとえば経験とかありますか? それからルーミィも。パステル、ルーミィに天使のお話を聞かせたりとかしました?」
 四人はめいめいで少し考えた後、黙って首を振った。
「それじゃあトラップ。あなたの見た天使はどんな様子だったんです? やっぱりルーミィの見たような感じでしたか?」
 キットンの次の問いにも、トラップは首を振った。

「いや。同じ森の中だったけど、湖じゃなかったぜ。目の前に大きな木が一本あって、その木に下半身が埋まってた。はりつけにされたみたいに両手を広げてて」
「それじゃあ、羽根なんて見えないじゃない?」
 パステルが訊くと、トラップはぱたぱたと手を振った。
「だぁら、人の話は最後まで聞けって。その後、急に木が真っ二つに裂かれたんだよ。出てきた背中に羽根が見えてさ。天使は自由になって飛んでった」

 トラップの説明に、釈然としない表情でパステルは首を傾げた。
「え〜? だってトラップ、寝ぼけてわたしの腕つかんだじゃない。『行くな』とかって。わたしを天使と間違えたんでしょ? どうして天使に『行くな』なんて言うの?」
「パステルを天使と間違えた! ひゃっひゃっひゃ! どうやったらパステルと天使を間違えるんです?」
「あのね、キットン笑いすぎ!」
 腹をかかえて笑っているキットンを横目で見て、パステルはぷうと頬を膨らませた。そこまで笑う必要はないではないか。

 トラップは軽く眉根を寄せた。
「んなこと言ったっけ? なんとなくじゃねぇの。よく覚えてねぇけど」
 大した興味もなさそうに答える。
「クレイ、どうだった?」
 ノルがクレイに話をふった。さっきから黙ってはいたが興味はあったらしい。串焼きを食べていたクレイは「ん?」と軽く瞬きした。

 

 初っ端からキーワード大全開(爆) とはいっても、このお話での「天使」はわたしの想像上の生物であって、実際の天使の定義や文献には全く則っておりません。その辺り、ご了承いただけるとありがたいです;;
 サブタイトルはエレファントカシマシの曲からです。

 

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