「おれは……猪鹿亭に行こうとして部屋を出たんだけど、その隣を天使が通り過ぎて行ったんだよ。最初はさ、髪の毛の色とかがパステルに近かったしパステルかなと思って声をかけようとしたんだけど、その背中に羽根が見えてさ。びっくりしてるうちにすーっと通って行って、軽く羽根を動かしたかと思ったらふわりと浮かんで消えたんだ」
髪の毛が自分に似ていたと言われ、パステルは自分の中の天使像に修正をかけた。天使というからには、金色や銀色といった神々しく輝く色の髪を想像していたのだ。しかし金に近い茶色の髪とは…… キットンは再び考え込んだ。
「三人が見た天使というのは同じなんですかね。顔とか覚えていますか?」
クレイが首を振る。
「おれはもともと顔そのものが見えなかったからな。ただ髪型はミモザ王女の……あ、今はミモザ女王か、とにかく彼女の即位式の前夜祭のときにパステルがしてたやつと同じだったと思うけど」
ひたすらまわりくどい例をあげ、クレイはトラップに同じ質問をふった。
「顔はよく覚えてねぇな。ただ髪はクレイが言ったのと同じだったと思う。服は白くて体にフィットした、いわゆるこれぞ天使! って感じのドレスだったかな」
トラップがクレイを見ると、彼も頷いた。ルーミィも分かっているのかいないのか、ふんふんと頷く。それからしゅた! っと手を挙げた。
「なーに、ルーミィ?」
パステルが訊くと、ルーミィはパステルを見上げた。
「ルーミィ、お顔見たお。ぱぁーるにそっくりだったんらお」
「ええ!?」
パステルはさらに自分の天使像に修正をかけた。しかしどうしても自分に似た顔をした天使というのが思い浮かばない。こんな平凡な顔をした天使なんているものだろうか!?
「うう〜、ミモザ王女、じゃない女王も同じ顔してたけど……この顔で神々しい姿なのかなあ」
「ま、天使の方がおめぇより断っ然っグラマーだったけどさ……うぐぐ」
トラップのからかいにパステルは首を締めてやった。「断然」にそこまで力を入れることはないだろうに。頬を膨らませて手を離すと、トラップは大げさに息をついた。
キットンが話を戻す。
「まあとにかく、同じ天使のようですねえ。それもパステルに似ている。どういうことでしょうか? 少なくとも一般的に想像される天使とは違う姿なわけですし」
全員を見渡して、キットンはにい、と笑った。
「これはですね、実際に天使が降りてきた、と考えるのが一番近いと思うんですよ」
「降りてきた、ってどういうことだ?」
クレイが戸惑いがちに訊ねた。いきなり天使が降りてきたと言われ、納得できる方がおかしい。キットンはよくぞ訊いてくれましたとでも言うようにますます唇の両端をもちあげた。
「つまり、なんらかの力が働いて三人に天使の映像を見せたということです。それが何なのかは分かりませんが」
「分かった。つまり、その力が天使の姿として三人の夢に降りてきたっていうことね」
パステルが言葉の続きを受け取った。しかしキットンは首を振る。
「おしいですね、パステル。でもクレイの場合、『夢』というのとは厳密には違うんですよ。この場合、『夢』に降りてきたというより……」
ガシャン
キットンの声は何かが割れる音によってさえぎられた。全員が驚いて音のした方を向く。
「す、すみません……」
一人の少女がリタに謝っていた。テーブルの上の食器を片付けようとしたリタとぶつかってしまったらしい。彼女は床に散らばった破片を拾おうと体をかがめて右手を伸ばした。
肩の辺りで乱暴に切ったような黒髪。額に青いバンダナをしている。体はすっぽりとあちこちすりきれて汚れてしまったようなマント(というよりすでにぼろ布に近い)で覆われていた。冒険者、なのだろうか。
トラップがそんな少女の様子に軽く目を細めた。立ちあがり、彼女に近づく。
手元が影になったためか、少女はふと顔をあげた。トラップはその手をつかみ鋭く少女を見つめて言った。
「無理すんな。おめぇ左腕どうにかしてるだろ」
彼女は驚いたように目を見開き……それから、糸が切れたようにふっと力を抜いて倒れてしまった。
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