「遙天は翠」

・五十三章~五十四章・

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   五十三章


 目が覚めるまで、幻を見た。
 幼かった自分。美しかった母。
 母は気が狂っていた。自分を孕んで、気が狂った。胎児の頃から、啻(ただ)ならぬ気を持っていた。引かれてくる化け物共の気に、母は耐えられなかった。
 自分を生んですぐに、母は死んだ。お前は悪くないのだと、誰一人として言ってはくれなかった。父も祖母も周囲の人間は皆、母を深く愛していた故に、その子供にまでは、愛情が回らなかったのだ。
 お前が生まれてから悪いことが起こると言われた。
 お前があの娘(こ)の子でさえなければ、と憎々しげに言われた。
 これでも、悪いことを少しでも防ごうとしているのだと、誰にも話せはしなかった。
 この国には、義務教育などという、面倒な仕組みが有るのだと、保護者達は憂鬱に語った。
 早く、一人になりたかった。誰にも迷惑をかけぬように、一人きりの場所を手に入れたかった。
 誰も自分と相容れぬ。そう信じていた。
 町で、とても優しいヒーラーの男を見付けるまでは。
 うれしかった。世界に少しでも自分に近い者がいる。
 ヒーラーは優しい余り、時々自分の命を狙う化け物にさえ無防備だった。彼の身を守ること。それが、自分の一番の使命に思えたこともあった。
 彼を化け物から……化け物。思うといつも笑えてくる。
 一体、何が、化け物だ。
 温かい気に癒される者達は、いつも決まって心地よさ気で、一度で良いから、自分も、あの気に当てられてみたいと思ったものだ。
 きっと、素晴らしく心地よい。だから、互いに心地よくなって欲しくて、ヨウを彼の元に置いた。
 ヨウは、彼の元で幸せだろう。自分は、何処にも要らぬのだ。
 幻の中で、幼い自分に、お前は私達の子だよ、と敏也とヨウが笑っていた。


   五十四章


 気が付くと、敏也が掌を自分の体に当てている。
「峻くん?……ああ、良かった!」
 ……ああ、道理で、ひどく心地いいと思ったはずだ。これは、先生の気だ。
「……――――」
 認識した途端に意識がはっきりとした。
「ああ、まだ傷が塞がり切っていない、動かないで」
 起こそうとした身を押さえられた。それでも無理に半身を起こす。
 敏也は、銃で撃たれた傷まである。弾は貫通しているが、と痛そうに嘆く。
 そこは<穴の部屋>の中だ。ドアは開いていて、自分は部屋の中央に倒れていた。座って自分にヒーリングを施す敏也、その後ろに心配気に見守る裕美、チン、克己、克己の傍らに山崎、ベル、老、少し離れて、立ってこちらを見下ろす裕太。
 峻はそれだけを見て取ると、敏也に咎められながらも立ち上がった。
「駄目だ峻くん、まだ……」
 血が滴る。支える敏也の手も濡れる。
「いい。構うな」
「峻くん!」
 敏也の口調は、まるで教え子を叱るようだ。
「せめて血が止まるまではじっとしていなさい」
「そうもしていられない」
「峻くん」
 峻は俯く。
「……先生の気は、俺には温か過ぎる」
「―――」
「だから、もういい」
 敏也は黙ったが、峻に当てた手は退かさぬ。ヒーリングを、続けている。
「……峻くん」
 叱る響きはない。懇願するにも似た口調。
「治療は続けさせてくれ。君と波長が合って、本当にほっとしたんだよ。私が治してあげられる。恩返しをさせてくれ。君には感謝しているんだ」
 昔、化け物から守ったことか。それとも、ヨウに会わせたことか。
 皆、辛そうに峻を見る。蔑むように見る目も嫌だが、そちらはまだ慣れている。やめてくれ、と思った。どうして良いかわからなくなる。だから峻は、そのことに関しては自分の中で蓋をした。
 顔を上げ、克己を見た。狭間で見つけた時と服装が違っている。少なくとも自分と克己の時間の流れは、怪我が癒える程には違ったらしい。克己が狭間の中で酷い傷を負っていたことは確かだが、今目の前の克己が無事なことにほっとした。
 峻が目を眇める。近付く気に、他の者も気付いたようだ。入口を振り向く。
 ザラサだ。裕美が、傍らのチンにぎゅっとしがみ付いた。
 裕太が、二人の前に移動する。
「……退き給え」
「断る」
 克己が、気を溜めている。老がこそっと峻に耳打ちした。
「チンがメカナを裏切っての」
「裕美を、好いてくれてるんだ」
 敏也が、優しく付け加える。この人を父に生まれた子供は、それだけで幸せだと思う。目覚める前に見ていた夢を思い出しそうな気がしたが、捉える前に消えてしまった。
「退かぬと、諸共に消さねばならぬ」
「やってみろ」
 やはり、とチンは声を上げた。
「駄目です、僕は人間界へは行けません、退いて下さい裕太さん」
 あのな、と裕太は振り向き眉間に皺を寄せる。
「退けると思うか? 俺は既にお前の兄貴だぞ。それから裕太さんなんて呼ぶな。お兄さんと呼べ」
 兄さん、と感動して呼んだのは裕美で、お前は裕太でいい、気持ち悪い、と裕太はザラサに向き直る。
 克己が山崎の肩をぽんと叩く。
 峻は会話を聞きながら、違う所を見て言った。
「メカナの命か」
 ザラサの顔が険しくなる。峻をきつく睨み付ける。峻はやはりザラサではなく違う場所を見て、淡々と一人言のように続ける。
「俺がメカナに撤回するよう言おう」
 ザラサから感じる気は殆ど憎しみと言えた。
「お前ごときが国主を愚弄するかッ!」
「メカナ」
 峻はザラサの波動をさらりと流し、壁に向かって言うのだ。
「そこにいるのだろう。一言許すと言ってやれ」
 全員の視線が一点に集まる。見つめられる中壁は静かに床に吸い込まれ、そこにはメカナが立っていた。
 胸で腕を組み、困ったように笑って峻を見ている。首を傾げ、媚びても見える視線でメカナは峻に訴えた。
「そうは言ってもな。仕事が済むまでは顔を見せるなとザラサに言ったのは俺なのだ。俺の方から言の葉を破る訳にもな」
 姿を見せた段階で既に破られていると、当然メカナは知って言っているのだろう。ザラサは酷く恐縮して、消え入ってしまいた気に立派な体躯を縮こまらせた。
「フ……そうだな。ではこうしよう」
 メカナは楽しそうに腕を解き、首の後ろに差し入れた手で髪をさらりと背に流す。
「お前の言葉で俺を褒めてみろ。俺を喜ばせたら許さぬでもないぞ。どうだ、黙。できるか?」
「性格が悪い」
 表情もなく言った峻の、即答だった。メカナは黙り込み、目をしばたいた。やがて吹き出す。
「……それがお前の褒め言葉か? ハハハハ、違いない」
 笑うメカナに峻は言う。
「喜んだな。約束だ」
 メカナは笑い止め、斜に峻を見上げた。
「……何だか騙されたような気もするな。俺はこんな風に喜びたかった訳ではないが……仕方ない。約束だ」
 黙、お前も大概性格が悪いぞ、と峻を睨んで、メカナは俯くザラサに向き直った。
「ザラサ。先の命令は撤回だ。お前の息子、チンを許す。サンに住むも余所へ行くも自由だ。これでよかろう」
 最後の一言は峻に向けたものだ。一同がほっとして喜び合う中、ザラサは俯いたまま何かに耐え続け、峻はじっとメカナを見ていた。メカナはその視線にニイッと応え、部屋の中へと歩み入って来る。
「……しかし黙。またいい男になっているではないか。狭間にでも落ちたか?」
 峻の出血はまだ止まっておらぬ。ずっと敏也が治療を続けていたが、<無>に裂かれた傷は早々には治らぬ。
「ほう、ヒーラーだったかこの男」
 敏也に興味を示したのはほんの一瞬。ちらと見て、まるでそこに敏也がおらぬかのように、メカナは峻に身を寄せる。
「血が付くのなど構わぬ」
 峻が眉を寄せた理由をわざと曲解して、どうせお前が気に入らぬドレスだ、とメカナは嘯く。
 峻以上に、克己が辛そうな顔をした。傍らで山崎が克己の腕を掴む。裕美も、裕太も、不愉快を面に表わす。
「触らないで下さい。彼は怪我人です」
 敏也の言葉は無視された。メカナは峻しか、娘のベルでさえ目に入っておらぬように振る舞う。
「お前はここの者達には要らぬのだろう。何度でも言うぞ。俺のものになれ」
 幾人かが眉を寄せ歯を噛み、拳を握った。
「……お前のものでないということはわかっているらしい」
 峻は無表情に応える。メカナは不機嫌に問う。
「まさか、チョウラの子のものだ、などと言う気ではあるまいな」
「……いや」
 峻の応(いら)えは小さい。メカナは気を良くして、尚も続ける。
「ならば良かろう。俺が決めた」
「いい加減にせんかメカナ」
 老が叱った。見やるメカナの視線は、邪魔だと言っている。
「駄々をこねるのはそのくらいにせい」
「駄々とは何だ」
「駄々じゃろうが。黙は嫌がっとるんじゃ、無理強いはよさんか」
「そんなことはない。黙は気が付いておらぬだけだ。本当は俺が良いのだ」
「メカナ、」
「そうだろう、黙。俺がずっと良い。チョウラの子などより、ずっと」
 メカナは笑っておらぬ。キッと睨むように峻を見る。老がメカナを窘める。克己の気が膨れていく。
「……そうか」
 峻は、ぽつりと呟いた。何に対しての一言なのか、老もメカナも測り兼ねたのだろう、怪訝そうな顔をした。
「……なにがだ」
「……メカナ。お前、本当は俺など欲しくはないのだろう」
「な……?」
 静かな峻の問いに、ぽかんとしたのはメカナだけではない。
「何を言っている? お前は先刻から俺の話を聞いておらぬのか」
「お前が欲しいのはチョウラという妖魔だ」 「――――」
「チョウラ、じゃと?」
 余りに静かな峻の告発は、メカナを黙らせた。目を見開き峻を凝視するメカナを、老はあんぐりと口を開いて見る。峻だけが淡々と言葉を紡ぐ。
「お前は俺に会った最初からチョウラという名に過剰に反応していたな。奇跡のように美しくて強い妖魔、チョウラ。お前はヨウを名で呼んだことは殆どない。いつも『チョウラの子』、と。お前が最も拘って、真実欲しいと思っているのは、チョウラだ。違うか」
 メカナは僅かに、震えていないか。
「な……何を馬鹿な。チョウラの子と言うのなら、老とて同じだろう」
「当たり前だ。老もチョウラを欲しいのだからな」
 さらりと峻に肯定されて、老は少し赤らんだ。
「し、しかし黙や。チョウラはとうにこの世におらん。欲しいと言っても」
「だから俺などに拘る。ヨウに拘る。ヨウの家族に拘る」
「……チョウラなど、欲しいものか」
「……図星か」
「要らぬと、言っているのだ!」
 だがメカナは明らかに動揺している。呼吸が乱れ、峻から身を引いていく。
「気付いていないのはお前だメカナ。お前の我が儘は皆、チョウラが手に入らなかったことの代償だ」
「違う……チョウラが死んだ時、俺はまだ子供だった。子も為せぬのに、欲しいなど思う訳がない」
 そうか、そうじゃったか、と老が呟く。
「お前それで、もっと早う生まれたかったと……」
「そんなことは言わぬ!」
「言うたぞ。わしのように乱世を生きたかったと……チョウラの生きた時代を、という意味じゃったのか」
「違う!」
「それ以上国主を愚弄するは許さぬ!」
 俯いて耐えていたザラサが叫んだ。瞬時にメカナの前に出て気弾を破裂させる。裕太が防いだ。克己は溜めた気を使わぬ。やって来る何かに備えるように。
「メカナ様! メカナ様……」
「触るな!」
 ザラサの手を払い、メカナはふらふらと壁際まで歩く。手を着いて身を支え、髪をかき上げた。
「チョウラなど要らぬ。俺は……」
 峻は敏也と老を抱えて、壁際に寄った。克己も同様に、ベルと山崎を抱えて身を伏せる。
「おわ?! な、な何だ克己?!」
 裕美とチンが気配に気付き互いを庇って壁に張り付く頃、ザラサもそれに気付いてメカナを封じ込めるように身を覆い被せる。
「御免!」
 穴が、開いた。爆発的な吸引力に必死で抵抗する。克己と峻のシールドが、全員を覆った。事は一瞬だった。だが離れた場所でメカナを庇ったザラサが背に裂傷を負った。
「覗きの鏡が光った!」
 ベルが叫ぶ。聞くまでもなく、感じるエネルギーは何かがやって来たと告げている。
「ぐあああああっ!」
 確かめる先に絶唱したのはザラサだ。穴に引かれて裂けた背中を、現れた誰かに焼かれたのだ。
「退け!」
 叫んだ声の主は。
「――ママ?!」
「母さん!」
 遥さん、と敏也が呟いた。
 ヨウだ。ヨウが、凄じいエネルギーを身に纏い、掌をザラサに向けている。
 ザラサは退かぬ。己のシールドが効かぬと知りつつ、メカナの前から退かぬ。
 キッ、とメカナはヨウを睨んだ。
「退け、ザラサ」
「退きませぬ」
「命だ、退け!」
「退きませぬ!」
 きつくメカナに睨まれて、それでもザラサは退かぬ。
「お許しを。今退けば、死んでも後悔致します故」
「……親子揃って命に背くか」
 お許しを、とザラサは呟く。
「許さぬ。命は要らぬな」
「それは、元より」
「良い覚悟だ」
 お褒めに頂き……ザラサは、笑ったようだ。
 メカナはヨウを睨み据える。
「チョウラの子などに」
 メカナは、ザラサ毎ヨウを撃つかに見えた。
「父さん!」
 チンが叫ぶ。駆け出すが、峻と克己のシールドに弾かれた。
「ママ、駄目!」
「遥さん、止すんだ!」
 ヨウには届いていないのか。膨大な熱量を放ちながら、気を掌に集めていく。
 すい、と峻が動いた。敏也と老を離れ、克己と己のシールドを突き抜け、ヨウに近付いて行く。まさにヨウが撃たんとした瞬間、峻は後ろから軽くヨウの手を掴み、くいっと持ち上げた。
「止めろ」
 静かに制止する。ヨウの気が、徐々に沈静する。峻の声が、まるで薬のように効いた。
「……峻?」
 手を持たれたまま、ヨウが振り返る。背中に立つ峻の顔は、ヨウの真上にある。
「ああ」
 見下ろす峻の顔を見上げたまま、ヨウは峻に寄り掛かり、体を擦り付けながら身を捻る。擦り付けて存在を確かめるように峻の中で半回転し、ヨウはギュッと峻に抱き付いた。
「峻……峻……」
 子猫が主人に甘えるようだ。
「……ああ」
 返事はするが、峻はヨウを抱いてやれぬ。敏也が、見ている。ヨウはきっと、気付いてないのだ。
「……お前、怪我してる」
「痛くはない」
「俺、嫌な夢見た。嫌な夢……お前が……他の女と、子供作って、俺、俺……俺もお前と子供作る。嫌だった。すごく嫌だった」
 ヨウは夢の続きを見ている。夢と現が混じっている。
「夢なものか!」
 叫び、メカナは気を発した。峻の気に相殺されたが、ヨウが目を覚ますには十分だった。
「あ……」
 状況を見て取った。嫉妬の余りヨウが殺そうとした女は現実に存在し、どういう仕組みか、ヨウが夢で見た女の娘は幼い少女の姿でそこにいる。克己の、傍らに。裕美に、裕太。ヨウの子だ。ここは妖魔界だが、自分は人間界に行く前のヨウではない。
 峻にしがみ付く自分を、敏也が見ている。自分の夫だ。
 あの少女は、本当に峻の子なのだ。峻は、あの女と、子を為したのだ。
 ヨウが自分からそろそろと身を離すのを、峻は止められぬ。そのまま敏也の元へ行ってくれ、と密かに思う。
 だが、ヨウは何処へも行かなかった。峻を離れ、その場に座り込む。
「う……うっ……うえっ……」
 ヨウは泣き出した。
「……遥さん」
 敏也が駆け寄る。シールドを摺り抜け、ヨウの側に座る。ヨウを抱き、背中を撫でた。
「いいんです。いいんですよ……」
「……馬鹿だな黙」
 メカナが呟く。
「お前は馬鹿だ。そんなにしてまで、何故チョウラの子などが良い」
「……お前程拘ってはいない」
 メカナは眉をひそめる。チョウラなど、と横を向いた。メカナは本当に気付いていなかったのだ。おそらく百年以上も前からの、己の中の憧れに。
 壁に亀裂が入った。
「!」
 破砕音と共に崩れる。
「メカナ様!」
 ザラサが抱えて飛びすさらねば、メカナの背に大穴が開く所だった。壁を砕くと共に飛び込んできたのは、ゴウだ。
「人間界へ穴を開け!」
 見るも無残な姿になっている。全身に亀裂。中でも右腕は指が殆ど欠けてしまっている。青黒い血に染まり、捕らえられていた部屋からここまで、いかに無理に通ってきたかが窺い知れる。この部屋の壁を拳で砕いたというだけでも、十分に無茶なことなのだ。
「ゴウ……」
 老が青ざめて呼ぶ。だがゴウは老より先に、峻の姿を認知した。ぎっと睨んで、ガシャ、と歩み寄って来る。
「お前……」
 歩く度に、ゴウの体から血に塗れた破片が落ちる。ゴウは委細構わず歩を進める。
「お前……」
 一歩の度に、お前、と呟く。ゴウの顔は幽鬼のようで、ただ妄執に突き動かされているかに見える。
 峻は、ゴウが自分に何をするのか、承知していた。
「……誰も手を出すな」
 言葉は、動きかけたメカナとヨウ、そして裕太に対するものだった。
 ゴウの歩みは既に覚束ぬ。そうでなくとも、峻はゴウの全力の攻撃を受ける気だった。
「お前……」
 ミョウを、泣かせた、とゴウの口は動いた。
「――許さん!」
 ゴウの体が発光する。流れる血が蒸発し、身の<くず>が柔らかくぽたりと落ちる。
「ゴウ、止めんか!」
 老が叫んだのは、ゴウの身を案じてだ。このままでは、確実にゴウは死ぬ。だがゴウは止めぬ。ミョウを、己の大事なものを、己の手で守る為に。
 それは突然に降って来た。視界が真っ白になり、何も見えなくなった。熱を伴う光。だが熱も光も殺傷の意志は持たぬ。
 ゴウは峻を撃たんばかりだった。だが不意に光に身を包まれて、目標を見失ったのだ。
 おそらく、かつてを知るものが、先に姿を見出したのだ。
「チョウラ――……!」
 老の叫びは光の中に吸い込まれて行く。
(馬鹿なゴウ。こっちだこっち)
 光の中に知らぬ念波が存在する。やがて目が慣れ出す頃、白い人影が見えた気がした。ヨウと同じ瞳をした、すらりと美しい妖魔。微笑んだ顔は悪魔的で、波打った髪が長いのか短いのかも判別できぬうちに、幻は消えた。
「……チョウラ」
 幾分収まった光に照らされ、老の顔は濡れている。
 眇めるメカナの目に光ったものは、老と同じものだろうか。
 ゴウは、きょろきょろとしている。こっちだと呼ばれ、こっちとはどこだとばかり探している。
 こっちとは、ゴウの後ろだった。先程の、白い幻が見えた真下。
「ゴウ、後ろじゃ!」
 老が叫ぶ。振り返り、ゴウは凍り付いた。
 足下に倒れているのは。
「……ミョウ……」
 痩せ枯れた、ミョウだ。
 峻は眉を寄せた。ミョウの呼吸は止まっている。心音も感じられない。ゴウは気付いたか。
「ミョウ……ミョウ! ミョウ!」
 飛び付き、ミョウの体に己の怪我で傷を付けて、ゴウは半狂乱になった。
「あ! あ! ア! アアアアアア!」
「ゴウ!」
 老が叫ぶより早く、峻はゴウを抱え込んだ。それがゴウを刺激することになっても、己をシールドとするには、これが一番良い手なのだ。
「いかん!」
 ゴウの熱量が上がっている。
「ここから出るんじゃ!」
 老の言葉は間に合わなかった。各々、その場でシールドを張るのが精一杯で、身を伏せる間しかなかったのだ。敏也はヨウを、裕太は敏也を、チンは裕美を、老はベルを、克己は山崎を、ザラサはメカナをそれぞれ庇う。
 きつく抱いて、守る。
「峻!」
 すぐそこにいるはずのヨウの声が随分遠くに聞こえた。
 ゴウの体が蒸気を発し始めるとすぐに、爆発は起きた。身が砕けるのを覚悟したが、痛みはいつまで経ってもやって来なかった。
 死ぬとはこんな感じなのかと、峻は無感動に考えた。


(続く)


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