「遙天は翠」

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  四十三章


 痛い。
 ここはどこだ。
 痛い痛い。
 どこだ。
 俺は。
 俺は俺だ。
 痛い痛い痛い。
 闇(くら)い。
 目を閉じているせいか。
 昏(くら)い。
 何か見えた。俺が目を開けたのか。
「痛い――」
 俺の声だ。俺はここにいる。
 また闇い。目を閉じた。長く開けていられない。
 時間の感覚も空間の感覚もない。ただ痛い。
 ずっと以前から痛い気がする。生まれた時から、きっとこの痛みは永遠に続くのだ。
 誰か。誰か解放してくれ。
 ここから。今から。
 痛くて身を捩る。膝が床に触れた。床。寝ているのか。体を横にしている。手が床に触れる。畳。畳か。感じたのは手だ。
 外界からの刺激が自己の輪郭を形作ると聞いたのは本当らしい。自分の姿勢が想像出来る。痛みに顔を歪めている。意識が僅かにはっきりする。
「痛い――」
 弱々しい声。力が入らない。
 ここはどこだ。
 呻いて身を捩り目を開ける。
 一瞬映る映像は知った場所じゃない。
 体が痛い。黙っていられない。
「痛い。痛い……」
 俺はどうしたんだ。どうしてここにいる。
 一人で。
 誰か。痛い。誰か。
「……かあさん」
 記憶がはっきりしない。俺はどうして。
 痛い。痛い痛い痛い。
「痛い……」
 かあさん。
「かあさん……」
 音。ドアが開いた。自分の声以外の耳からの刺激。また少し意識が確りする。ここは部屋か。誰かの足音。かあさんを呼ぶのを聞かれた。
『……おい』
 硬い声。知らない声だ。知らない言葉。
 ここは?
 目を開ける。辛い。すぐに閉じる。声の主が見えない。
『痛むのか?』
「だれ……」
 声は背中から。身を捩る。顔を向ける。くらくらした。これは起き上がれない。
『痛むのか?』
 くらくらしながら目を開けた。一瞬。
「――――」
 とうさん。
 とうさん?
 いや、あれは俺。俺が、俺を見ていた。
 じゃあこの俺は誰だ。誰だ。―――
 意識が遠退く。
 体が痛い。
 唇に何か触れた。柔らかい。
 水? 違う。味がある。
「う……」
 飲み込む。
 気が遠くなる――


   四十四章


 玄関を開けると、修羅場だった。
「敏さんは無理だ」
「いえ。遥さんが行くなら私も」
「敏さん、」
「無理だ父さん、俺達が行くから」
「いや」
「パパ」
「克己は私の子だ、じっとしてなんかいられない!」
「……敏さん」
 ドアの内側は、ガス爆発でもあったかのようだ。台所や居間の垣根は突き崩され、一階が一つのフロアのようになっている。だが不思議と外壁は無事なのだ。外からは窺い知れなかった家の中心部は、一体何で焼けばこうなるのかと思う程、爛れていた。
 その爛れた場所から少し離れて、家人が固まっている。
 まず、裕美が玄関を開けた山崎に気付いた。山崎くん、と呼ぶ声に、他の家人も山崎を振り向く。
 居間だったところ、爛れ床が抉れた場所に、座った姿の銅像があった。……いや、銅像ではない。ぴくりともせず目は虚ろだが、ささくれた彼の右腕から液体が流れている。もしあれが彼の血液だというのなら、彼は人間ではない。
 立ったまま口論していた家族の後ろに、太った女性に抱えられてミョウが泣いていた。克己に懐いていた子供。今日は帽子を被っておらぬ。ミョウの耳は、人間の耳ではない。虚ろな目の青銅人は、じっと、泣く子供の方を見ている。
 家人は、困ったように山崎を見た。男っぽいが美人の母親と、優しげな高校教師の父親と、男前の兄と、愛くるしい妹と……
「……克己は?」
 克己がいない。不安に気分がむかむかしてくる。
「克己は、どうしたんですか」
 家人は困っている。山崎を枠の中に入れるか弾き出そうか、迷っている。
「克己は、ほんとに人間じゃないのか?」
 だから、山崎はそう尋いた。
「……まあ、半分な」
 最初に、遥が枠を外した。
「母さん」
「俺が人間じゃないから」
 では、克己は冗談を言っていたのではないのだ。笑ってはいけないと思ったのは、正しかったのだ。
 克己。克己。
 何故ここにいない。
 裕美が、ぽつりと呟く。
「知ってるみたい」
 裕太が、ふうと息を吐く。
「克己がしゃべったか」
「……山崎くんは、克己の一番の友達のようでしたから」
 敏也は、教師とも父親ともとれる言葉を吐いて、山崎の方へ寄って来た。
「山崎くん」
 学校で見る笑顔よりどこか頼りなく、敏也は山崎に微笑んだ。
「私たちは、これからちょっと多分全員留守にしますから、克己が暫く学校へ来なくても、心配しないで下さいね。克己も私も、暫く学校を休みます。あ、もちろん学校への連絡は私がしますから」
「……先生、克己は?」
「……」
「克己に何かあったんだろ?」
 心配いりませんよ、と敏也は微笑む。山崎が玄関のドアを開けた時、克己を案じて激していたのは、敏也ではないか。
『……死んだかもしれん』
 知らない言葉を発したのは、青銅の異人。空気が張り詰める。ミョウは激しく泣き、遥の気配が変わる。
『そん時はお前が死ぬだけだ。カナモノ野郎』
 知らぬ言葉で青銅人を睨み付ける。彼らは、この世界の人間ではないのだ。
「……先生、俺、何かできないのか? 克己に、克己に何か……」
『……いやきっと死んだ』
 青い異人は、山崎の会話を無視したように呟き続ける。山崎に彼の言葉がわからぬように、彼にも山崎の言葉は、きっとただの雑音なのだ。
『穴を通す気などなかった。偶然穴が開いたとしても、どこに落ちたかわからぬ。捻れた穴なら、行き先が挟間でもおかしくない。ならどうしたって生きてはいない』
 彼の言葉でミョウは泣く。ミョウが泣き叫び婦人に抱えられるのを、彼は不思議と、微笑んで見ていた。遥が動いた。座る青銅人の前に立ち、ギン、と睨み下ろす。
『やっぱり、今殺す』
「かっ母さん!」
 裕太の狼狽ぶりから、遥がかなりヤバイことを言ったのだと察しは付く。裕太に抱えられ、振り払おうとする遥。だが座る異人は、目の前の騒ぎを、ただ迷惑そうに、自分とミョウの間に入られて邪魔だというように首を振るだけで、ミョウを見るのを止めない。
『ミョウ……』
 これは、山崎にも聞き取れた。名を呼んで、手を伸ばす。ささくれた方の腕を伸ばし、気付いたように腕を替える。腰を浮かし、一歩、ミョウに近付いた。
『やだ! ゴウ嫌い! 嫌い!』
 ミョウは叫び、彼は痛いように顔を歪め、微笑んだ。
『……いい。それでいい……お前がくれるものなら……なんでも……いい』
 ミョウに近付く。ミョウが泣く。
『ああーん、あああーん、カツミー!』
 克己の代わりに、助けねば、と思った。
 土足のまま駆け上がり、青い体の腕を掴んだ。掴んでぎょっとする。固い。これは金属だ。
 山崎は軽く振り払われた。
「山崎くん!」
 尻餅を付く。裕美の声にも振り向かず、山崎は立ち上がり、もう一度固い腕を掴んだ。今度は正面から。
「ちっちゃい子、泣かすなよ!」
 初めて目が合った。背筋がぞくりとし、本能が叫んだ。
(殺される)
『邪魔を――』
 叫んだのは、裕美と、裕太か敏也か。
 体が熱を感じる直前に、横に引かれた。
 眩しくて目を閉じる。閉じても視界は真っ白だった。


   四十五章


 峻は、ばっと振り仰いだ。宙の一点をじっと見つめ、目を眇める。立ち上がり、足で土毎、食べ残した木の実を琥珀色の小川に蹴り入れる。一蹴りし、対岸の飛びリラに気付いた。リスに似た目で、じっと峻を見ている。峻は爪先を軽く足下の木の実に当てた。木の実はコン、と澄んだ音を立てて、川を飛び越え草の上に落ちる。飛びリラが木から下りるのを見て、峻は川に背を向け、歩き出した。

「うわっ」
 眠っていて、急に床を踏み外した感覚。一瞬後には自分が布団で寝ていることに気付いて、ほっとするのだ。
 ほっと。ほっと……
「わわあっわ、わ」
 落ちる!
 落下は止まらない。どこをどう落ちているかなどわからない。だが確実に自分は落ちている。落ちる。落ちる、落ちる!
 ぐっ、と、腕を掴まれた。目を開ける余裕が出来る。だが瞬時に後悔する。開けなければ良かった!
 見えた景色は、自分がまだこれからとんでもなく落ち続けることを教えていた。高い。何メートル、いや何キロ、想像も出来ない。
 腕を掴んだのは。
 裕太だ。裕太が隣で、一緒に落ちている。裕太は真剣な顔をしていたが、山崎の引きつった顔を見て、少し笑った。笑われたことに憤慨する余裕も山崎にはない。このままでは確実に死ぬのだ。
「怖がるなと言っても無理だろうけど、俺も半分人間じゃない。何とかなる」
 落ちているせいか、裕太の声が違って聞こえる。裕美だと確実に助かったんだがなあ、とも聞こえた。そうか、裕美ちゃんも半分妖怪なんだ、と山崎は発見でもしたかのように考えた。考えながら、気が遠くなってくる。落ち続ける感覚が、背中から正気を奪っていく。
 下で、ドン、と音がした。キーンというのは耳鳴りか。次第に自分が落ちているのかどうかもわからなくなってくる。ただ生理的に耐えがたい感覚。腕を掴む裕太の手だけが確かなものに思えた。
 不意に、がくんと体が揺れた。掴まれた腕が引っ張られる。裕太に体を支えられたのかと思ったが、違う。腕は下に引っ張られたのだ。落下が止まった。いや、そう思える程、ゆっくりと落ちている。だから裕太の掴む腕が下に引かれたのだ。体が抱えられている。誰だ。誰に。
「――……えっ」
 克己。いや、違う。彼は、もしかして、彼は。
 腕を掴む手を感じなくなって、山崎は下を見た。裕太は山崎から手を放し、やはりゆっくりと落ちている。まるで見えない風船の中にでも入っているようだ。裕太は、山崎を抱える男をじっと睨んでいる。正(まさ)しく親の敵でも見るように。

 メカナはニッと笑って窓を見た。
「……見付けたぞ、黙」
 小さな笑い声に気付き、足元の子のおかっぱ頭を撫でる。
「お前も見付けたか? フフ……」
 人間の四、五歳児程に育ったベルは、リラの死骸を抱いて、機嫌よく笑う。
「フ、お前はなかなかおもちゃに飽きないな、ベル。頑固なところは黙似か?」
 自分で捕まえた小動物を飽きもせず持ち歩く娘に、メカナは半ば感嘆して微笑んだ。

 光と熱の余韻が未だ冷めぬ頃。
「……なんでだよ!」
 遥が叫んだ。
「なんで……なんでっ!」
 そこにいるのはただベベロと自分。
 敏也は。裕太は。裕美は。山崎とミョウとゴウの姿もない。
「――なんで俺はつれてってくれないんだよッ?!」
 人間界に置いて行かれた。開いた穴は、とうに閉じている。

 森の中に下りた。落ちる時に下から聞こえた音は、峻が地面を蹴る音だった。跳躍力に驚く山崎に、気を使うのだ、とかなんとか、説明してくれた。
 裕太はずっと、山崎が見たことのないような仏頂面である。克己の父親のこの人を、どうやら好いてはいないらしい、と山崎は考えた。
「ヒーリングは出来るか」
 低い、落ち着いた静かな声だ。尋ねられて、裕太はそっぽを向いたまま答えた。
「出来るのは父さんだけだ」
 そうか、と呟き、山崎を見る。見られる度、山崎はどきんとして、口を開く時に吃りそうになる。彼が、克己の父親だと思うと。
「辛いところはないか」
「え、いい、いえ、はい」
「呼吸が苦しそうに見えるが」
「あ、いや、これは、は、別に」
 父親似だ、と言った克己の言葉に実感が伴う。背の高さも男振りも克己より上だが、彼は確かに克己の父親だ。あの妖怪だという男の子のような母親と彼の間に、ロマンスがあったのだ。
 彼にじっと見られて、顔が赤くなるのがわかる。それが緊張と照れのせいだと彼に知られるかと思うと、また顔が熱くなる。
「本当に何ともないのか?」
 意外そうに彼が言う。「はあ……」と頷いて、山崎は一つ疑問を口にした。
「ところで、ここ、どこなんですか?」
 峻は、ふう、と息を吐いた。山崎が本当に何の異常も来していないと納得したようだ。
「ここは人間の住むところじゃない。妖魔の世界だ。君が呼吸一つにも不自由していないというのが不思議ではあるが、ならヒーリングの必要もない。だが、長居するのは避けた方がいいな」
 柊家で金属の体を持つ人やミョウの耳を見ていなければ、素直に聞けた言葉ではなかったかもしれない。ここは、彼らの故郷なのだ。
(……でも、この人だって人間なんだろ?)
 克己は<半分>、妖怪なのだから。
 裕太が、峻をちらりと見て言った。
「俺達の他には……母さんや父さんや、裕美は?」
「いや。このところ人間界から来た者は君たちだけだ」
「克己は――?」
「……来ていない」
 裕太が、くっと口を噛む。
「いなくなったのはいつだ」
 峻は静かに尋ねる。
「……俺達のほんの数十分前だ」
 山崎はぱちくりとし、克己の行方を推測した。
「克己……ここに、来るのか?」
 裕太は答えない。唇を噛み、悔しそうに俯くばかりだ。峻は静かに一人言(ご)ちる。
「あるいは、時軸がずれたかもしれんな」
「……ジジク?」
 山崎の問いに、ちらりと目を遣り答えてくれる。
「加わる力が純粋でなければ、何事も歪むのは簡単だ。落ちるのが今になるとは限らん」
 山崎にはわからない理屈がきっとあるのだろう。しかし、自分にもわかることが、一つある。
「克己は、ここに来るんだな?」
 ならば、自分はここを去る訳にはいかない。
 峻と裕太が山崎を見たが、先に峻が諦めたように目を逸らした。思い出したように裕太に尋ねる。
「こちらからそちらに行った者がいるはずだが……」
 裕太は、また峻をぎっと睨んだ。
「ああ、来たよ。ベベロという女妖魔が、母さんを連れにね」
「……。他には?」
「克己を連れに、ゴウという金属質の妖魔が来た」
 峻が、眉を僅かに寄せたようだ。
「……ミョウ、という子供は」
 裕太は激して叫ぶ。
「……ああ、そうだ、そうだ! 結局全部あんたが悪いんじゃないか! 母さんもミョウも、あんたが泣かせたんだ! 克己も! ゴウも! 父さんも! あんたがいなけりゃ、誰も泣かなかった!」
 峻は静かに、そうだな、と肯定する。裕太は怒りで涙ぐまんばかりだった。
「あんたがっ……あんたが!……」
 山崎は驚いて裕太を見る。こんな裕太を見るのは初めてだ。
「……母さんが泣くのでなければ……殺してやりたい……!」
 少なくとも山崎が見る裕太は兄貴で大人で。いつもの落ち着いたにこやかな『克己の兄』の中に、これ程の激しさがあるとは、想像もしなかった。
 峻は黙って、震える裕太の拳を見ている。裕太が峻を睨むのを止めて落涙に耐えるように俯くと、峻はすっと背を向け歩き始めた。
「……さっきのジャンプで俺の居場所が知れた。移動するぞ」
 背中に、裕太が揶揄するように吐き掛ける。
「……あんたここで何やってるんだ?」
「何も。ただある妖魔のしつこい求愛を断り続けている」
 裕太が、睨み殺すように峻の背中を見る。
 山崎は、状況を全ては飲み込み切れていない頭で、ぽかんと、克己の父ちゃんて、ほんとに遊び人? と考えた。

「きゃっ!」
 べちゃっと床に叩き付けられた。すぐ横でガンと音がする。
「いたたたたた……」
 尻を強か打ち付けた。すぐに状況を探る。隣に落ちたのはゴウだ。敏也は? 遥は? 裕太は? 感じない。
 感じない? そう、不気味な程。隣に蹲るゴウの他は、誰の念波も感じない。ここはどこだ?
『う……』
 ゴウが呻いて顔を上げた。
「……よかった。見たとこ怪我は酷くなってないみたいね」
 克己を殺そうとした。それでもその心情は痛い程にわかる。そうでなくてもこれ以上誰も痛い思いをしないに越したことはない。
 ぐるりを曲面で囲まれた部屋。かなり広い。天井は高い。薄暗いそこに、裕美とゴウ、二人だけ。外の気配も感じ取れない。ゴウが呟いた。
『戻ったのか……』
 ではここは妖魔界か。妖魔界の、何をする為の場所だろう。
 ゴウが、きょろきょろと辺りを見回す。
『ミョウは……』
 ここには、二人だけ。
『ミョウ……』
 ゴウの顔が引き歪む。引き攣れて、泣きそうになる。
『何故だ! ミョウは……俺をミョウのところへやってくれ! 俺はミョウの為に行ったのに! ミョウ! 開け! 開け!』
 ガンガンと床を叩く。塞がっていない傷口から、青黒い血が飛び散る。
『開け――!』
 ここは克己の部屋に開いた穴と繋がっているのだ。ゴウはここから柊家にやって来た。ミョウに会いに。
「ゴウさん、腕が折れるわ、いくら頑丈でも」
 ゴウは裕美の言葉を聞かぬ。会いたい一心、側にいたい一心で床を叩き続ける。
 音もなく、ドアが開いた。壁の曲面が一部床に吸い込まれる。はっとして振り向く。ゴウも床を叩くのを止め、顔を向けた。
 壁に空いた空間には、数人の妖魔。皆揃いの制服を着ている。軍人のような風情。皆一様にこめかみにバッジのようなものを付けている。彼らの背後で、開いたドアが素早く閉じた。
 ゴウは彼らを認めると、ばっと立ち上がり駆け寄った。
『穴を開けてくれ! もう一度俺を人間界へやってくれ!』
 彼らにゴウの訴えを聞いた様子はない。
『それが目標か?』
 一人が、ちらと裕美を見た。
『これは違う。チョウラの子の娘だが、違う』
『失敗したのか』
『あれは多分死んだ』
『多分?』
『きっと狭間に落ちた。頼む! 俺をもう一度人間界へ』
『娘』
 裕美を呼ぶ。ゴウを無視し、近付いて来る。
『言葉はわかるか』
 裕美は尻餅を付いたまま後退る。ゴウを通じて大体のところは理解したが、彼ら自身の念波が読めない。多分あのバッジのせいだ。捕まって禄な扱いを受ける相手ではないという察しだけは付く。
 部屋の外が見えなかったが、裕美は瞬間移動を試みた。
「きゃっ!」
 だがそれは失敗した。迫り来る軍人の前から消えた裕美は、通り抜けるはずの部屋の壁に体を打ち付け、床に落下した。
「あいたあああ……」
 蹲り肩を摩る裕美の後ろで、軍人がざわめいた。
『能力者だ!』
『報告を!』
「え……」
 裕美をぐるりと取り囲む彼らの手には、狙いを裕美に定めた銃らしきものが握られていた。


(続く)


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