「遙天は翠」

・十九章・

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   十九章


 その日はよく晴れた。カーテンを勢いよく開け、日差しを浴びて遥が伸びる。
「んーっ、運動会日和だぜ!」
「遥さん、ああまたそんな格好で……」
 慌てて寝室から遥を追って出た敏也が叫ぶ。
「服を着て下さい、服を! 外から丸見えですよ」
 パジャマのズボンだけの姿で、遥が「んー?」と敏也を振り向く。背中から敏也に抱き付くように上着を着せられ、不服そうに口を尖らす。
「いーじゃん別に。ペチャパイが恥ずかしいって訳でもねーんだしさあ」
「ペチャパイってレベルじゃないんですよ、だから」
 とほほ、と敏也はうなだれる。遥の胸は見事にペタンコで、とてもとても三人の母親の胸には見えないのだ。いや、有体に言って胸だけ見れば男である。全体の雰囲気も、「男の子」ではあるのだが。
「おはよう、父さん母さん」
 裕太が起きて来た。
「朝からイチャついてるね」
「おっはよ裕太。いい天気だぞ」
「よかったね母さん」
 機嫌よく報告する遥に、裕太はにこっと微笑んで返す。敏也と遥が楽しそうにしているので、裕太もまた機嫌がいい。
「パパ、ママ、おはよー」
「おはよう、あ、俺が最後?」
 裕美と克己も起きて来た。
「ママ、調子どう?」
「ばっちり。やっぱ敏さんと寝ると調子いいわ」
「あ、ね、寝ると言ってもその、くっついて寝たっていうだけで」
「何慌ててんだよとーさん。いいじゃん別に。夫婦なんだから。四人目は弟でも妹でも、迎え入れるにやぶさかじゃないぞ俺は」
 冷静に言う裕太に、敏也は顔を赤くしたまま「あ、ああそう」と俯いた。
「イビキさえなけりゃ、毎日敏さんと寝るのになー」
 遥の言葉に、敏也は申し訳ないのと嬉しいのとで、しかしやはり幸せが勝って遥の体をきゅっと抱いた。
「遥さん」
「ん? んだ?」
 子供三人はやれやれとばかり、それでも嬉しそうに親を見ている。
「さ、お弁当つくろっか」
 裕美の言葉が合図になって、全員出掛ける準備に動き始めた。

 裕美の中学のグラウンドには、幾つかの町内会のテントが張られて、町毎に座る場所が決まっていた。遥達の柳町は校舎寄り。顔見知りの御近所さん達が、「こんにちは」と声をかけて来た。
「柊さんとこは一家総出ですか」
「ええ、まあ」
 敏也が愛想よく返事する。「おっおっ克己ー」と知った声に振り向いた克己は、ちゃっかり柳町のテントで寛いでいる山崎を発見し、呆れた声を出した。
「勝太……! 何やってんだお前、この町じゃない……ていうか、この住民運動会に参加してないだろお前んとこは!」
「んだってさあー、裕美ちゃんに会いたかったんだもんよおー。ああ、裕美ちゃん、やっぱかわいいなあー」
 にへらと笑って見る先は、裕美が学校の友達や近所の住人と、あいさつをしているところだ。よくよく見ると、裕美に話しかけて来る男連中は、今の山崎とよく似た表情をしていた。裕太にあいさつをする女達も、似たり寄ったりだ。
「……モテるなー、お前の兄弟」
 山崎の声に、そうかも、と思う克己。
「俺に言わせりゃ、お前もなんだけどな。克己」
「えっ?」
 間抜けた様子に、山崎は、はーやれやれ、と手を肩まで上げて首を振って見せた。
「でも、俺的にはお前のそーいうとこ、すっごい好き。結構ラブ」
「え?……」
 反応に困って、克己は結局「ありがとう」と答えた。
 一寸目を離した隙に、遥は校舎の中に入ろうと試みたらしい。だが入口にはことごとく鍵が掛かっていたらしく、「壊しちゃダメなんだろ?」とつまらなそうに報告し、敏也をがっくりとさせていた。
 まずは、裕美が百メートル走に出場した。
「あっあっ裕美ちゃん、ブルマーで走るんだ!」
 奇声を発したのは山崎。赤いジャージのズボンを脱ぎ、白い半袖の体操服と紺のブルマー姿になった裕美を見て、多分声に出さずに喜んだ者はもっといたろう。
「裕美、ぶっちぎれ!」
 遥の声援に拳を握り、裕美はスタートからきれいにトップを走り抜いた。百メートル走、一位の賞品は、ノートと缶ジュース。
 冷えてないわね、と文句を言って、裕美は戦利品を手に戻って来た。
「すごいじゃん、裕美ちゃん」
 顔を赤らめて話しかけた山崎に、「余裕、余裕●」と裕美は答えた。
「くーっ、たまんねーなー、裕美ちゃん●」
 落ち着け、山崎、という克己の声は、きっと山崎には届いていない。
 続いて克己が障害物走に出た。
 高校のジャージ上下に身を包み、膝の屈伸を行う。ジャージの色は緑だが、上下が揃っているだけ、克己の普段着よりはまともに見える。すらりとした長身を見つめている目が一つや二つではないと、本人は全く感知していない。肩を回し、アキレス腱を伸ばす。より状況に気付いている山崎が、こっそりと溜め息をつく。
「……克己。お前もう一寸、自分の周り、見ろな」
「え?」
 合図のピストルが鳴り、一斉にスタートする。平均台を渡り、ネットを潜る。克己はここで既に二位を大きく引き離していたのだが、アクシデントが起きた。克己が跳ぶはずのハードルに、どこから紛れ込んだか、犬が一匹、じゃれついているのだ。
「あ、あ、あ……」
 克己は踏み切ろうとしてたたらを踏んだ。屈み込み、犬に手を伸ばす。
「来い、来い、ほら、危ないよ」
 山崎が額を叩く。
「何やってんだ、克己?」
 その間に、後続のランナーが抜いて行く。
「こらーっ! 克己ー! まじめにやれーっ!」
 遥が叫んだ時、丁度克己は犬を抱え込んだところだった。結果は五位。後ろから数えて二人目だった。賞品はなし。
「まあ、克己らしいっちゃ、らしいわよね」
 裕美が慰めたが、遥がぷうと膨れているので、克己は「ごめん、母さん」と頭を垂れることになる。
「次は俺だな」
 裕太は団体戦、綱引きに出る。個人に賞品は出ないが、団体優勝した時に各家庭に御土産が出る。その点数の足しになる。
 裕太は水色のTシャツに青いジャージを穿いて、柳町チームの列の中央についた。合図と共に一斉に綱を引く。応援が盛り上がった頃に、ブッと不吉な音がした。ドミノが外側に向かって倒れるように、綱引きの参加者が二方向に別れて倒れる。
 縄が切れたのだ。切れたのは無論、裕太の手元。
「……」
 裕太は知らん振りをして他の参加者と同じように驚いた反応をしていたが、柊家の者は正しく原因を理解した。
 敏也が力なく笑う。
「……遥さん譲りですね」
 普段は冷静振っている兄を、裕美が苦笑と共に評する。
「……つい、力入っちゃったのね。燃えちゃった訳だ、一応」
「……あのバカ」
 遥は俯いて毒突いたが、後で人のことを言えた立場ではないと痛感するのだ。
 予定より早く、遥の出番がやって来た。綱が切れて綱引きが中止になったからということではなく、二人三脚に出るはずだった婦人が一人、風邪で欠席した為だった。
「柊さん、出てもらえませんか」
「賞品は何?」
「……」
「あ、で、出ます。どうぞよろしく」
 町内会長を黙り込ませた遥の代わりに、敏也が御近所さんに愛想を振り撒く。遥はうん、と腕を振り上げ男の子のような体を伸ばし、「んじゃやるか!」とにぱっと笑う。
 遥が相方の佐々木さんちの御主人とグラウンドに向かって行くと、
「ほんとに若い奥さんですねえ」
と、町内会長が敏也に耳打ちし、「はあ」と敏也は冷や汗をかいた。
 佐々木さんの御主人の左足と自分の右足を鉢巻きで括り、遥は順番を待っている。佐々木さんの御主人は、気のせいか、少し赤らんでいるようだ。
 敏也が気付かない振りをしようとしているのに、
「母さん、うっとりされてるよ」
 と裕太が余計なことを言う。
「……そうですね。遥さんは美人ですから」
「その美人の奥さんは、パパの奥さんだもんね」
 健気な敏也の言葉にフォローを入れたのは裕美である。敏也は単純にも、それで気分が良くなったようだった。
 走り出してから暫くは、遥は大人しく走っていたのだ。佐々木さんの御主人にペースを合わせ、遥にしてはかなりちんたらと頑張った。だが徐々に順位が下がって行くと、もう我慢の限界だった。
「あ、ママ切れる」
 裕美が呟いたが早いか、ぐん、と加速した遥は、佐々木さんの御主人が悲鳴を上げるのも無視し、相方を右腕に抱えていたのも途中まで、ラストは足に人間一人を引きずってのゴールだった。
 敏也は罪悪感に呟く。
「……断れば良かったんでしょうか」
 遥は判定員を睨み付け、あわや無効になりかけた一位をもぎ取って、御機嫌の顔で戻って来た。手には賞品の商品券。
「敏さん、見た?!」
 嬉しそうに問う遥に、敏也は「良かったですね」と笑顔で言うしかないのだ。
 そして昼食後、運動会第一の目玉、リレーである。
 集合場所にずらりと並んだ柊家に、他町のメンバーは悲鳴を上げた。
「ええっ柳町は全員柊さんとこですか?!」
「あ、私は出ませんので……」
「パパは最初っから戦力外よ」
 敏也のあいさつを挫く裕美の発言。リレーの一等賞品はIHI炊飯器である。そう、遥が今一番欲しがっている電化製品だ。団体戦であるリレーの賞品を間違いなく柊家がもらうには、リレーの選手を全て柊家で固めれば良い、と提案したのは裕太で、敏也は遥のキラキラした期待の目に答えるべく、町内会長に掛け合って、この無茶な人選を通してもらったのである。そうでなくても、敏也が若い奥さんにベタ惚れだというのは、町内中が知っていることだった。
「おおっし! IHI炊飯器はいただきだ!」
 走者の順は、裕太、裕美、遥、克己。各百メートルずつ、四百メートルを走る。
「遥さん、あんまり張り切ると……」
「ダイジョブ、ダイジョブ。何の為に一週間も敏さんにくっついてたと思って」
「……ああ、そうでした」
 満面笑みの遥に、敏也も笑顔で答える。普段から力を抑えて生活している遥が(今ももちろん抑えてはいるのだが)楽しそうにしているのは、敏也にも嬉しい。少しばかりのお祭り騒ぎは、歓迎すべきである。
 第一走者がピストルの合図で出発する。わーっという声援に混じって、きゃーっという黄色い声もしたようだ。声の宛て先は言わずもがな。裕太は軽く走っているが、あっという間にトップを独走していた。バトンは裕美へ。裕美は軽やかに跳ねるようにトップをキープする。
「裕美っちゃ~ん●」
 黄色い声と呼ぶには野太いが、あちこちから声援が飛び、山崎は自分も叫んでから、きょろきょろとライバル達を確認しようとした。
「はい、ママっ!」
 息も切らさず裕美が遥にバトンを渡す。
「おうっ!」
 遥は実に楽しそうに、裕美を一瞥、バッと駆け出した。
「げ……すっげー、ぶっちぎり……」
 呟く山崎の横で敏也が叫ぶ。
「遥さん、頑張れ!」
 既に他チームとは半周差がついていた。もちろんこれで、彼らは力を加減しているのだ。トラックの反対側で他の第三走者がバトンをもらおうとしている頃、遥は最終走者の克己に向かって駆けていた。
 克己が半身で遥を振り返っている。日差しが、克己の真っ直ぐな髪を艶々と光らせていた。
 ふと、遥の目に映る。
 克己の影が少し大人びて重なる。彼の面差しに。
「―――っ」
 遥はきゅっと唇を噛み、睨み付けて叫んだ。
「おら克己っ! ゴールまでぶっちぎれ!」
 パシンとバトンを叩き付け、遥は走るのを止めた。代わりに走り出す克己。バトンを受けて、軽く笑ったようだった。
 結果は文句なしの一着。
「うおしゃー! IHI炊飯器ー! 俺でもおいしくご飯が炊けるー!」
「ほんとに面白いおかーさんだな」
「うん。いいだろ?」
 くるくると回る遥を眺めて、山崎と克己が評する。その横ではもちろん敏也が、にこにこと幸せそうに遥を見ているのだ。
 その後、敏也が借り物競争に出た。スタートから五メートル地点に置いてある箱で引いた札には「奥さん」。
「よ、遥さん、『奥さん』を引いちゃったんですが」
「わー、パパ、ママ、頑張れー!」
 裕美の声援を受け、よっしゃとばかりに立ち上がる遥を敏也が背負う。
「敏さん、もっとスピードでないの?」
「そ、そうは言っても……」
 遥が大人しく敏也の首にしがみ付いていたのは五十メートル程だった。
「ええいまどろっこしい!」
「うわわ、よ、遥さん」
 遥は敏也の背から下り、
「……ああもう、ママ」
 敏也を背負い返して疾走する。山崎はあんぐりと呆れていたが、隣の克己も、裕美も裕太も、一様にがっくりと脱力していた。
「あ……あははは」
 これは当然失格である。トップでゴールした遥の「えー?!」という声に、克己は苦笑して、はーと溜め息を吐いた。
 奥さんに背負われて走る敏也の姿は、御近所さんたちの微笑ましい笑いを呼んだ。
 席に戻る敏也に、仲がお宜しいですなあ、と他町からも声がかかる。
「ダメじゃん、ママ」
「うう、つい……」
 賞品がもらえずとぼとぼと戻る遥。
「まあ、うけてたけどな」
 裕太は冷静に遥を慰めた。
「次の騎馬戦で頑張ればいいよ」
 克己の言葉に、遥の目がキラリンと光る。
「おっしゃ、騎馬戦!」
 ぐっと拳を突き出す遥の姿に、何てわかりやすい、と思ったのは裕太、何て扱いやすい、と思ったのは裕美、やっぱりバトル好きか、と思ったのは克己、ああよかった、元気になってと思ったのは、敏也だ。
 柳町チームからは騎馬が三体出る。そのうちの一体が、柊家だ。馬に敏也、裕太、克己の男共、上に乗るのが遥だ。もちろん、上の方が暴れられるから、である。
「うおしゃーっ!」
 額に鉢巻きを巻き、騎馬上で遥が吠える。他の選手達は、細くてきれいでパワフルな遥にびくびくしていた。
「パパもママも裕太も克己も頑張れー!」
 応援をする裕美の隣に、山崎は今とばかりにくっついている。
「裕美ちゃんとこの家族、皆すごいよねー。きれーだし運動もすごいし」
「うん。ママ譲り」
「男っぽいけど、いいよねあのお母さん」
「そう思う?」
 裕美はとても御機嫌の笑顔で山崎を振り向いたので、山崎はこくりと頷いた後、暫く顔に手を当て背けたまま俯いていた。鼻血が出たのかもしれない。
「キャー、ママーッ●」
 裕美の黄色い声に山崎が顔を上げると、遥は既に数本の鉢巻きを手にしている。実に楽しそうに、跳ね上がらんばかりに暴れている。遥の下では、裕太が前、克己と敏也が後ろで左右を組んでいる。裕太の誘導がまた巧い。克己も、敏也に負担がかからぬように動くのだ。家族皆が遥を好きだから、もちろん落とすようなことはしない。裕美は嬉しそうに、でも一寸羨ましそうに光景を眺めた。
「いいなあ。今度はあたしも出たあい」
「あっそんときは俺、馬になったげる!」
 山崎は鼻を押さえたまま、もう一方の手で自分を指した。
 山崎さん、町が違うでしょ? と、裕美はくすくす笑った。
 生き残った騎馬同士で一騎打ちをやるまでもなく、時間内で決着はついた。柊家の勝ちである。賞品は、電気ポット。
 住民運動会のラスト二つは全員参加だった。玉入れとフォークダンス。
 ノーゲームになってしまったのは綱引きと玉入れ。綱引きは裕太のせいだが、玉入れは、つい力が入って投げる赤玉を全部破裂させてしまった遥のせいだった。
 全員がマイム・マイムを踊る間に、町内会の役員によって得点の集計がなされた。優勝は柳町チーム。柊家が大きく貢献したのは言うまでもない。
 そうして夕暮れの中、戦利品を抱えて、柊家は家路を辿る。
「大量ー●」
 遥はIHI炊飯器を抱えてほくほく顔である。
「面白かったねー」
「最後の玉入れで母さんが力入れ過ぎなきゃもっとな」
「裕太が言うのかー?!」
 ぷー! と膨れる遥に、「まあまあ」と敏也が宥める。
「マイム・マイム踊ったのも久し振りです」
「パパ、嬉しそうだったわよね」
 裕美に言われ、敏也が照れる。
「母さんのは踊りになってなかったけど」
「いいのよ。パパは、ママと手をつないだだけで楽しかったんだから」
 敏也はますます照れるが、否定はしない。子供三人ににやにやと見られ、頭を掻くばかりだ。
「あ、そーいやおまえらモテてたなー」
 遥がふいっと三人を振り返る。競技の時にもいろいろと声援を受けていたが、フォークダンスを踊る段には、裕太も裕美も克己も、踊りたがる相手をさばくのに結構大変だったのだ。遥に声をかける者もいたはいたが、遥自身が敏也の手を取って離さなかったので、彼らは諦めるしかなかったのだ。敏也が幸せそうだったのは、そのせいもある。
「相手選ぶ時は気ぃ付けろよ。おまえら俺似なんだから、うっかりチューすると孕むぞ」
「う……うっかりなんですか?」
 青ざめて立ち止まってしまったのは敏也だ。マイム・マイムの幸せは、どこかへ飛んでしまった。
 あっとばかりに息を飲んだのは裕美。落ち込んだ敏也を元気付けるべく、言葉を強くする。
「だ、だいじょぶようっ、パパの血だって混じってるんだからっ!」
 しかしどこか論点がずれている。
「そうか。うっかりだったんですか……」
「そんな言い方すんなよー。こいつらがうっかりで出来た子かと思っちまうだろー?」
 遥は言うが、裕美など特に、うっかりに近い。
「最初に言ったのはかーさんだろ?」
 裕太が指摘する。やれやれとばかりに肩を竦める裕太の横で、克己はおろおろと遥と敏也を見ていた。
「……敏さんといるのは気持ちいいよ。人間界(ここ)は面白い。これからもずっと居座る」
 遥の言葉に、敏也が顔を上げる。
「……ほんとですか?」
「うん」
 にこ、と笑う遥を、敏也はじーんと見つめる。
「……遥さん」
 克己は密かに安堵の息を吐く。敏也が遥にくっつくのを見て、裕太はほっとしたように笑ってから、あーはいはい、と歩き出した。
「遥さん、今日も一緒に寝ましょうか?」
「えー、敏さんいびきうるさいしなー」
 敏也にくっつかれたまま、遥は家族と一緒に歩き出す。裕美はそれを嬉しそうに見ていたが、表情のどこかに、陰りとも言えぬ程の引っ掛かりがあった。遥の、遥も嘘とも思わぬ偽りを、裕美は感じ取っていたのかもしれない。


(続く)


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