・第11回・
「ああ……ああっ……」
既に何度目の絶頂だろう。幾度も幾度も彦一郎の液を浴びて、貴史はもう、身の内も外もぐちゃぐちゃである。先程は顔に精液を浴びた。その先は身の奥に、その前は口に……
「はあん……ああ……っ」
彦一郎は恐るべき持久力で、しつこく、ねちっこく腰を回し続ける。貴史は浴びた液に混じって涎と涙を……腰には自分の精液も垂れ流し、先程から貴史自身も腰を使っている。貴史の中は撃ち込まれた彦一郎の液で一杯で、太い彦一郎のものに掻き回される度に、猥褻な音を立て、穴から溢れ、貴史の尻を濡らす。
彦一郎は幸福の極みという顔をして、貴史の寄せられた眉や、きつく閉じられた目、喘ぐまま開かれた口、そこから時折覗く舌などを、悦に入って眺めている。
「お美しい……なんとお可愛らしくもお美しい……、三蔵殿!」
手放しで貴史の痴態を褒めては、腰を回し、舌を吸う。
「あっあっ……ああん……」
がくがくと体が揺れる。暴れる手足は、紐の戒めで傷付くばかりだ。その痛みすら、今の貴史には、絶頂の扉を開ける材料でしかない。
「はああ……ッ」
貴史は自らの液を放ち、ぐったりとした。彦一郎はまだ貴史を許さない。三蔵殿、三蔵殿……ッと腰を回し叩き付けて、所有の印とばかりに液を中に撃ち付けた。
彦一郎はまたすぐに貴史を揺すろうとして、貴史の様子に気が付いた。
気を失ってはいないが、放心したように動かない。手足の戒めもある。逃げる心配はないのだ。
彦一郎は、やや落ち着きを取り戻し、微笑んだ。
「……そうですね。三蔵殿、少し、お休みになられましょうか。年甲斐もなく、私も張り切り過ぎたようですな……ハハハ」
そして彦一郎は貴史を置いて部屋を出て行った。
貴史の薄く開いた目からは、涙が流れている。
身と心が離反している。自分はまだ負けていないか。戦えているか。――
もしも自分が本当に三蔵法師だというのなら、とうに資格を失っているのだろうな、などと考えた。
「悟空……」
運転席の竜男と助手席の高昌に挟まって、紅緒は居心地悪そうに小さくなっている。
「……殺さないでね、あんなでも、一応今のパパなんだ……」
高昌は正面を見たまま答えない。
悟空、ともう一度呼び掛けられて、努力する、とだけ呟いた。
荷台では、秋生がちらちらと正臣を見て気遣っている。何を言うのも無効な気がして、結局秋生は黙っていた。
(車の音……?)
揺すられながら、貴史はぼんやりと考えた。
シャワーを浴びてきた彦一郎は、さあ、一旦お浄め致しましょう、と言って、貴史の体を湯で拭った。隅々までを拭くうちに再び興奮したものか。その後すぐに、またこうして揺すっている。執拗に嘗め上げ、撫で摩り、萎えることを知らぬような肉棒で、浄めたはずの体の奥を犯している。
手足の戒めは解かれぬままだ。貴史はもう、心を体から引き離すことでしか、自分を守ることが出来ない。
「三蔵殿……」
歯を食い縛る力も最早僅かだ。彦一郎の舌は簡単に歯列の隙間から入って来る。
目を閉じて、暴力が通り過ぎるのを待っている。貴史の舌は、いやらしい音を立てて、吸い上げられている。
貴史は一見無抵抗に、己の心を守っている。
ああ、そうか、と不意に思った。
これは一つの、プロセスかもしれない。
……に至る為の、過程。
肝心な言葉が、ぼやけた。
――一切の形在るものは……
――本来仮の存在に過ぎぬものが……
聞こえたのは、誰の声だ。
貴史は薄く目を開いた。汗をかき、貴史の口を懸命に貪る彦一郎の顔が映る。
これは、本当には、ないものだ。
貴史がそう思えば、彦一郎の蛮行は消え失せる。
目に見えている現象に執着すれば、心は囚われて、穢れるだけだ。
ないと思えばない。在ると思えば在る。
……そんなようなことを、考えたことがあるような気がする。
――いつのこと。
「はあっ、三蔵殿……っ」
「う……」
貴史は一介の高校生だ。そんな、悟りを開いた僧侶のようにいく訳はない。彦一郎に激しく突き上げられ、これでもかと快感を注がれては、体は反応し、体に繋がる心は乱れる。
繋がって、いるのだ。体と、心は。引き離そうとするのは、気を失いそうになる程の、忍耐という努力がいる。
耐え忍べば、通り過ぎるか。
いっそ、気を失えばいいのだ。
だが貴史はそうしない。
待っているからだ。戦うと、決めた。
――守ってもらうばかりだ。いつもいつも……だから、せめて自分の出来る方法で、戦う。
先程から混じるのは、誰の思考だ。
――きっと来てくれる。必ず。
貴史は深く考えることが出来ない。放棄し切れないでいる体が、思索するのを邪魔する。
意識が体に戻れば、瞬間にして、囚われる。そうして随分な努力をして、また心を守ろうと引き剥す。繰り返す。幾度も幾度も。
肉の快楽は、体在るものにとって強烈だ。彦一郎は今、それに囚われている。貴史は囚われまいとして、また逆に囚われが生まれる。それではここから抜け出せないと、気付く余裕が貴史にはない。
「あっああ……」
だから幾度も囚われる。彦一郎の責めに、身を捩る。
「三蔵殿……どうか」
彦一郎は嵌め続けていたものを引き抜き、貴史の口に宛てがった。
嘗めろと言うのか。彦一郎はにこりと笑う。
「歯は、立てないで頂けますね?」
ぬぶりと、彦一郎は貴史の口に押し入れる。
――無力感と戦い続けるのも、最早限界だ!
破壊音は、階下から響いた。貴史はそれで、ここが二階以上なのだと気が付いた。
「な……?!」
彦一郎は貴史に銜えさせたまま、上体を起こし見回した。ダンダンダン、と聞こえてくるのは、階段を駆け上る音か。
「まさか、」
彦一郎が叫ぶ前に、部屋のドアはバアンと開いた!
「――孫悟空っ!!」
高昌は見て取るや、目をカッと見開いて、ものも言わずに駆け込んだ。ベッドの脇までに要したのはほんの一瞬、振りかぶった右手で彦一郎の頭を鷲掴み、そのまま床板に叩き付けた!
はあっはあっと高昌は息をする。高昌が睨み付ける彦一郎は、床に頭をめり込ませて、ぴくりともしない。
高昌は、如来、と噛み付くように独り言ちる。
「ウッ……」
貴史が見詰める先で、高昌は両目から大粒の涙を零した。
「畜生ッ、畜生ッ、畜生ッ――! 何で俺を人間にしたッ?! 石猿のままなら! <孫悟空のままだったなら>……ッ 三蔵を、こんな目に……」
立ち尽くし、顔を歪めて、ぼろぼろと泣く。
ほんの数秒そうして泣いて、高昌はぐいと掌で涙を拭いた。
「遅くなって、すまねえ」
貴史の手足の戒めを解こうとして、高昌は目の遣り場に困った。まずシーツを貴史の下から引き抜いて、ファサ、と貴史の体に掛ける。ベッドの脚に繋がっている紐を引きちぎり、それから結び目を解きにかかる。
貴史は身を起こし、手足を縮めたり伸ばしたりして、自分を見ようとしない高昌に話しかけた。
「……殺しちゃった?」
高昌は瞬き、呆れる。
「ち、第一声が、こんな奴の心配かよ」
言いながらも、高昌は彦一郎の脇に屈む。
「糞、息がありやがる」
良かった、と貴史は安堵する。
「人が良過ぎるぜ、あんた」
「悟空さんが、殺さなくて」
少し黙って、「破門されたくねえからな」と高昌。またそんなこと、と貴史は軽く吹き出して、静かに言った。
「来てくれると思ってた」
「……」
けど、こんなに遅くちゃあ役に立たねえ、と高昌は俯いて応える。
「……来てくれるって思ってたから、辛抱出来た」
思わず貴史の顔を見て、目を彷徨わせ、高昌は言う。
「あ、相手が妖怪だったら、とっくに食われちまってるぜ!」
「あはは、そうかも」
「笑い事かよ……呑気だな」
「うん。悟空さんが来てくれたから、笑える」
「―――」
高昌は瞬いて、貴史の顔を見た。
「なんか……違うか?」
貴史は答えず、高昌の傷に目をやった。
「えっ! これ、酷い!」
高昌の破れた赤いタンクトップはどす黒く染まっていて、元の色がわからない上に、動いた為に結び目がずれて、傷を剥き出しにしている。
「あ? 平気だ」
「駄目だよ、し、止血しなきゃ」
貴史は高昌に汚れたタンクトップを脱ぐように言って、体に掛けられたシーツを裂こうと試みる。だが貴史の力で布は裂けず、結局高昌が破いている。先程まで彦一郎に乱されていたシーツだ。あんまりきれいじゃないけど、と貴史は言って、高昌の露になった、逞しい胸に布切れを巻く。
「ごめん……俺の為に?」
「痛くねえ」
あんたこそ、貴史に大人しく巻かれながら高昌は言う。
「酷え目に遭った」
高昌は、布を巻く貴史の手首を見ている。
「……うん。じゃあ、おあいこだね」
「あ? なんだそりゃあ?」
「なんだろうねえ」
貴史はくすくすと笑う。笑う貴史に照れて辟易したように、高昌はそっぽを向いた。
「ち、訳がわからねえ」
ぽたりと、雫が落ちた。はっとして高昌は見る。
はたはたと白い布に落ちて染みを作る。雫は、貴史の涙だ。微笑みが次第に歪んで、悲しいばかりの泣き顔に変わっていく。
「三蔵……」
「ごめん、何でもない」
貴史は涙を拭いて、高昌に巻く布の端をぎゅっと縛る。そうしながらも、涙は後から後から、貴史の頬を伝う。
「……っかしいな、止まんな……」
貴史は手で顔を覆う。
高昌は困り果てたのだ。だから、こう尋いた。
「……悟浄、呼ぶか?」
少しの間、貴史の返事を待って、じっと貴史の顔を見る。
「下にいるんだ、外で待ってる。冷たい奴だと思うなよ、俺が来るなと言ったんだ」
貴史は顔を覆ったまましゃくり上げる。発作が起こったように、ぽろぽろと涙は溢れ続ける。体は小刻みに震え、しゃくり上げるのが止まらない。高昌はいよいよ困って、呼んでくる、と立ち上がった。
高昌は腰を引かれて立ち止まった。貴史が抱き付いている。
「……おいおい」
いかないで、と貴史は呟く。
「ここにいて」
「……俺は、駄目だ」
顔を伏せてしがみ付く貴史を見て、目を逸らし、不安そうに言い募る。
「俺は駄目だ、裸のあんたに抱き付かれて、平気でいられねえ、知ってるだろう、俺は、あんたを」
貴史は高昌を放さない。
「そこで伸びてる奴みてえに、やっちまうぞッ!」
「……それでも、いいから」
一人にしないで。貴史は泣く。
「……あのなあ」
高昌は鼻に皺を寄せ、頭をがしがしと掻く。
「怖かったんだろうがなッ! ……抱き付く相手を、間違えてるぜ。……また、怖い目に、遭いてえのかよ?」
貴史は、震える腕を、ゆっくりと高昌から離した。
高昌はほっとして、またがっかりもしたのだろう。複雑な、寂しそうな顔をして、「じゃあ、呼んでくるぜ」と背を向けた。その背中に、
貴史は伸び上がり、身を寄り掛からせた。
「―――」
高昌が息を止める。
互いの熱を肌に感じる。
貴史はそのまま、ずるずると床に落ちる。
「……立てない」
「馬鹿野郎ッ!」
じっとしてろッ、怒鳴って、高昌は助け起こそうと振り向いた。座り込んだ貴史の身からシーツは落ちて、その光景が高昌の目を釘付けにする。
「……うん。馬鹿だね」
涙をそのまま、貴史は顔を上げて微笑む。
「……っ」
高昌は体当たりのように貴史にぶつかった!
「畜生、畜生、畜生ッ……」
貴史の肩を掴む手が震えている。肩と胸が触れる離れる。高昌はぎりぎりのところで堪(こら)えている。
「おいッ、ブツブツやれッ! 今なら間に合う!」
「……わからないよ」
「俺を呼び出したじゃねえかッ!」
「え?」
何のこと、と尋ねる口を、塞がれた。
「ん……っ」
乱暴な、口付け。口を押し付け、荒々しく内を嘗め、ちゅう、と舌を吸い上げて、漸く離れる。
「悟空さ……」
股の間に手を突っ込まれ、貴史は呼ぶ声を飲み込んだ。高昌はズボンから自分の一物を掴み出す。あっと思う間もなく、貴史は高昌に貫かれた。
「あ……あっ!」
畜生ッ、と高昌は繰り返す。ベッドに寄り掛かるように倒れる貴史を、腰を抱え、床の上で犯す。激しく突く。
高昌のものは既に破裂寸前だったのだ。
高昌は息を詰め、貴史の中に熱いものを放った。
貴史はぐったりとして、泣きながら高昌を見上げた。
「……だから、言ったじゃねえかよ」
高昌は辛そうに貴史を見るのだ。貴史は涙を流して、首を横に振る。わかった、と言った貴史の言葉を、きっと高昌は誤解した。だから肉棒を引き抜く時に、泣きそうな顔をしたのだ。
「……俺、悟空さんに」
続く貴史の言葉を、高昌はぽかんとして聞いたのだ。
して欲しかったんだ、と
貴史は呟いた。
(続く)