「東遊記(GO EAST)-斉天大聖異聞-」

・第10回・

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 様子を見に行った竜男が報告に戻る。
「いませんね。電話ボックスが目茶苦茶で、血痕もありましたよ」
 パトカーと野次馬で迂闊に近寄るのは拙いと判断した高昌は、悟空さんは目立つからいて下さい、と言う竜男に従って、少し離れた場所に止めた車の中で待っていた。
 電話ボックスにいたのは、紅緒か。高昌と電話した後、すぐに出ていたのならいいが、と口を歪める。
「糞、三蔵の気配を探る方が早いか……?」
 竜男は心配そうに高昌を見る。
「本当に、病院に行かなくていいんですか?」
 撃たれた傷は、破いた高昌のシャツで縛っただけだ。流血はまだ続いている。
「……やっぱり、ここは一旦」
「駄目だ!」
 びいん、と空気が鳴る。竜男は震えて黙り込む。
「こんな時の頭痛経は、助けてくれの合図だ! 昔もそうして……」
 畜生、と高昌は拳で車のドアを叩く。なんでもう一遍呼ばねえんだ、呼べ、三蔵、と歯噛みする。
 コンコン、と窓ガラスを叩かれた。
「もしもし……」
 警官だ。高昌の様子を、不審そうに眺めている。
 やべえ、と高昌は呟いた。
「馬、出せ!」
「え、ええ?! でも」
「行けって言ってるんだッ!」
 ああもう! と竜男はアクセルを踏む。警官はあっと身を翻して、待ちなさい! と叫ぶ。
「ううう、ああ、これでもう、ほんとのほんとに犯罪者だああ……」
 車のナンバーは記録されただろう。盗難車だとわかればじきに手配される。
 手間取っている暇はないのだ。警官は多分、高昌に気を取られて、竜男の容姿はよく憶えていないだろう。三蔵を助け出したら、幾らでも捕まってやるから、と考えて高昌は口に出しては「気にするな」と言うだけだった。
「気に……しますよう」
 竜男は泣き声を出す。
「ああ、なんて夜だ……」
「……捜さなけりゃ良かったと思うか?」
 高昌に尋ねられ、竜男は一寸考えて、難しいとこですね、と答えた。
「……悟空さんを感じて、会いに行かなきゃ、て思ったのは、本当に切羽詰まってて。でも、こんな風に、今までの生活が嘘みたいになっちゃうってわかってたら……」
 竜男はうーんと唸って、
「やっぱ、捜しましたね」
 へへ、と笑った。
 やっぱ、強烈ですもん、あの頃の思い出は。忘れてたら忘れたなりに暮らしてましたけど、思い出しちゃったら、やっぱりねえ……
 竜男は警官が手を振るのを無視して、アクセルを踏み込む。
「三蔵法師を乗っけて天竺まで行ったんですもんね。印象薄くたって、サイコーの日々でした」
 竜男は、この道行きがまるでその天竺行きのように、わくわくと喋る。
 ……貴史は、忘れているのだ。
 忘れて、忘れたなりに生活をして、思い出させようとするのは、余計なお世話というもので……
「……俺は、ずっとこうだからな」
「え?」
「……いきなり人間にはなっちまったが、ずっと、……三蔵と、てめえらと一緒に、旅したまんまの気分でよ。忘れるとか思い出すとか……そんなんじゃねえんだ」
 三蔵が忘れちまってることの方が、嘘みてえだよ。
「悟空さん……」
 竜男は高昌に見入って、余所見厳禁、とばかり気合いを入れて前方を見た。
「大丈夫ですよ! 僕も思い出したんです、三蔵さんも思い出しますって!」
「その方が、いいと思うか?」
「……」
 竜男は、困ったように、悟空さん、と呼んだ。弱気な彼など、龍馬は、終ぞ見たことがなかったのだから。
「……悪いな。気にすんな。とにかく飛ばせ!」
 高昌は声を励まし、ダッシュボードを叩く。はいっと答えて、竜男は夜の道を疾駆する。
 ピロリラピロ、と電子音が鳴った。
「何だ?」
「あ、僕の携帯ですよ。悟空さんに貸した方」
 尻のポケットから高昌は携帯電話を掴み出す。
「どうするんだ、こりゃ」
「ええ?! 使ったことないんですかあ! 信じらんないな、もう」
 貸して下さい、と竜男は高昌から携帯を引ったくる。ハンドルを右手一本に預け、
「もしもし……」
 途端に顔がぱっと笑う。
「八戒さん! お久し振りです、僕、玉竜です、三蔵さんを乗せてた龍馬……」
「八戒か?! 貸せッ!」
 竜男から電話を奪い返し、耳に当て、「八戒かッ?!」言おうとして、
「なんか、頼りねえな」
 携帯電話の小ささに辟易する。
「ああ、そんな、耳と口と行ったり来たり動かさなくて平気ですって。耳に当ててれば、性能がいいから、声はちゃんと届きますよ」
 竜男の言葉に従って、それでも不安そうに、耳に当てる。
「おい、聞こえてるか?」
『聞こえまっせ! 兄貴、悟浄と紅孩児、連れてかれてしもた!』
「何?!」
『て言うか、ついてったんやけど。おっしょさん、どうやら捕まってんねん』
 やっぱりか、と高昌は呟く。
「悟浄達と連絡は取れるのか?」
『さあ……駄目ちゃうかな』
「怪我はしてねえんだな?」
『おいらと悟浄は』
「……」
『あ、でも怪我したいうても、いつもの暴れん坊主やで。心配いらんわ』
「八戒、今どこだ。拾いに行く」
 赤い軽自動車は、ノーブレーキで交差点を曲がって行く。




 寝静まった町を抜け、雑多な繁華街に出た。下品な色のネオンが瞬く小さなビルの前に、白の軽トラックは停まった。
「……着いたぜ、降りな」
 運転席から出た男は、荷台の二人に呼びかける。
「ここに連れの男はいるのか?」
 尋ねる正臣に、麗しいねえ、友情ゴッコ、と男は笑った。そうしてナイフを取り出す。
「あんたはここまでにしてくれよ。連れて来いって言われてんのオンナの方だけでさ」
「こいつも一緒じゃなきゃ、絶対行かない!」
 正臣の腕に紅緒はしがみ付く。男は溜め息を吐いてケータイを掴み出す。
 やがてビルから、男の仲間がぞろぞろと現れた。一人がケータイの男に話し掛けた。
「別に一緒でいいってよ。見てる前でヤってやるって」
「かあ、さすが」
 ニヤアと笑って、男は正臣と紅緒を手招きする。荷台からまず正臣が降りる。続いて降りた紅緒は、矢庭に男に体当たりをかました。
「おっ」
 男はよろめく。紅緒は携帯電話を引ったくり、ボタンを押しながらトラックの影に逃げ込んだ。
「こいつっ!」
 捕まえようとする男達を正臣が阻む。
 メモがないのは荷台にいる時に気付いていた。紅緒が電話ボックスで気を失っている間に秋生が持ち出したとは知らないが、一生懸命に記憶を辿って思い出した番号を紅緒は押した。呼び出し音が途切れると同時に紅緒は叫ぶ。
「悟空っ?! 夜木町の『ビンボール』って店! きゃあ……!」
 正臣が捌き切れなかった男が、紅緒の髪を掴む。携帯を取り上げられ、顔を思い切り殴られた。
「……ったあい! 何すんのよお!」
「あんまり暴れると、おトモダチがどうなるか知らないぜえ」
 正臣が動きを止める。携帯を取られた男が正臣に近寄り、拳で腹に一撃を食らわせた。正臣は黙って堪える。
「そうそう、オトナシクね」
 男達に囲まれて、正臣と紅緒はビルに入る。暗い階段を地下に向かって降りる。




 暴れる貴史の四肢を彦一郎はぐっと掴む。
「私とて、このようなことはしたくないのです……」
 右足首が最後だ。彦一郎は体重をかけて貴史を押さえる。紐を足首に幾重にも巻き付け、ベッドの脚に結わえ付けた。
 貴史はベッドの上で仰向けに足を開き、万歳をした格好で繋がれている。足の紐には余裕がある。彦一郎が貴史を貫くのに邪魔にならない長さだ。
「ああ、そのように動かれては、お体に傷が付きます」
 手首の皮膚が擦り切れる。貴史の力で千切れる紐ではない。だが貴史は大人しくしている訳にはいかない。負けない、と決めたのだから。
 きっと高昌は来てくれる。だからそれまで、戦うことを止めないと。
「さあ、三蔵殿。ここが、気持ちよいのでしたね」
 彦一郎は徐に貴史の耳の後ろを嘗める。指で乳首を転がしながら、腰から背中をするすると撫でる。
 貴史は歯を食い縛る。
「三蔵殿……我慢など、おいたわしい」
 首を嘗め、顎を嘗め、唇を嘗め。必死に噛み締める歯を彦一郎の舌はなぞる。
「そのようになさらずとも、じきに心地よくして差し上げます。さあ、三蔵殿……お気持ちに正直に、さあ」
 手は股間を撫で、舌は胸を吸う。
「ん……ん」
 じんと痺れが走り、貴史は顔を背けて涙ぐむ。堪え切れずに声が出る。足を動かすが、びん、と紐が邪魔をする。
 ここですか、三蔵殿、と、彦一郎は貴史の上で一層淫らに動く。
「あ……っ」
 貴史の声に彦一郎は喜ぶ。ああ三蔵殿、三蔵殿、と自らのものを膨らませていく。
 戦うと決めた。
 負けるものか。
 感じてなど、
「……ああ」
 意志とは裏腹に、体は貴史を徐々に裏切っていく。
 股間が熱い。入口が欲しがっている。
 この身は、貫かれる喜びを知っている。
 戦うと、決めたのだ。
 ……ああ、早く、早く来て……
 動かぬ腕に力を込めて、助けを呼んだ。
「……悟空さん……っ!」
 貴史の腹を嘗めていた彦一郎が、雷に打たれたように顔を上げた。
 目を見開いて貴史を見るや、右手を激しく貴史の顔に打ち付ける。
「アッ!」
 貴史の叫びと己の行動に彦一郎は驚いた。すぐにはっとして、畏れるように貴史にすがり付く。
「あああ、三蔵殿……ッ! お許しを、お許しを、ああ、私は……」
 叫んで開いた貴史の口に、彦一郎は舌をねじ込む。
「ん……んむ……」
 貴史は首を振り阻もうとするが、彦一郎の舌は侵入を果たし、いやらしく暴れる。舌は搦め捕られ、まるで思考する力まで一緒に吸い取られるようだ。
 身じろぎして抵抗する貴史の体を、彦一郎の手は吸い付くように撫で摩る。触れて欲しがって勝手に硬くなっていくものの熱が、体のあちこちに飛び火するようだ。
「ウッ……!」
 彦一郎は飛びすさった。口の端に見えるのは、血だ。
「三蔵殿……」
 貴史は彦一郎の舌を噛んだのだ。はあはあと息をする。口に、彦一郎の血の味がする。
「何故……」
 彦一郎は愕然とする。
「受け入れて下さらない。やっと、ようやっと、こうして、長い間……」
 貴史はただ首を振る。
「想い続けて、漸く成就できる日が来たのだと、三蔵殿、私は、あなたを、長い間、長い、長い長い長い……」
 彦一郎は発作のように貴史にぶつける。
「ひっ……ああ!」
 熱くて太いものを押し入れられ、貴史は悲鳴を上げる。
「三蔵殿、三蔵殿、三蔵殿……っ、ああっ愛しています、愛しています、愛して……」
 彦一郎が動く度、硬くなったものが下腹で擦れる。彦一郎を銜えた場所が、知らず彦一郎を確りと捕える。
 やがて彦一郎は言葉なく、はあはあと息を荒げてただ激しく貴史を突き上げる。
「ああ……っ」
 貴史は泣いている。
 貫かれながら、増大していく快感をどうにも出来ないと自覚して、
「ん……んん……」
 悲しさの余りに、鳴いている。




 店は薄暗く、煙草の煙が凝(こご)っていた。もしかしたら、煙草以外の煙も混じっていたかもしれない。
 正臣と紅緒は別々に腕を掴まれ、店内に連れ込まれた。然程広い店ではない。学校の教室の半分ほどの面積に、カウンター、ボックス席が設けてある。思い思いに立ったり座ったりしているのは、皆こいつらの仲間だろう。一番奥のボックス席に座っているのが、おそらくチームのリーダーだ。
「お待た」
 正臣と紅緒をトラックに乗せて来た男が、リーダーに挨拶をした。
「……へえ」
 リーダーは紅緒を見て、口の端だけで笑った。
 正臣は素早く店内を見渡した。見える敵の数は十五。……だが、貴史の姿はない。
「はい、オニーサンはここにいよーね」
 数人の男が正臣の肩や腕を押さえ、膝を付かせた。
「そんなにジャジャ馬には見えねえけどな」
「気を付けた方がいいぜ。噛み切られるかもよ」
「下の口でか?」
 下品な笑いが起きる。紅緒はリーダーの横に座らされて、顔に伸ばされた手をパンと払った。
「キャッ!」
 代わりにパン! と紅緒は顔に平手打ちを食らう。仲間が押さえる紅緒の顎を掴んで、ホントにジャジャ馬か、とリーダーが呟く。紅緒はキッとリーダーを睨み付ける。
「フン! あんたなんか、今に悟空にけちょんけちょんにされるんだからね!」
「ごくう?……」
 紅緒の言葉に、リーダーは片眉を上げた。
「――なんだ。お前あいつのオンナか」
「えっ……」
 知ってんの? と紅緒が尋いた時、「おい」と正臣が口を開いた。
「男の方はどこだ」
 正臣を押さえる男達が、にやにやと笑った。
 正臣達を連れて来た男が、「え、なに、いねえの?」と尋く。正臣の上で、男はゲラゲラ笑った。
「それがよ。マサ達、お楽しみの真っ最中ん時によ、ヘンな中年オヤジが来たんだって。で、譲ってくれって言うから、百万なら売ってやるつったら、ホントに百万で売れたってよ」
 <ジンシンバイバイ>じゃん、ヤベーヤベー、と笑い合う。
「うわっ!」
 正臣は急に立ち上がって、押さえ付けていた男達をひっくり返した。自慢気に吹聴した男の胸倉をぐい、と引き上げ詰問する。
「貴史はどこだ……どこだ!」
「えっ……し、知らねえ」
 正臣はバキッ! と男の顎を痛打する。
「てめえ、何しやが……」
 殴り掛かろうとした別の男は、睨む正臣の目に怯えて、たたらを踏んだ。
「捜しているのはそこの女と一緒にいた男だ。誰か知っている者はいないか?……」
 悟浄怖い、と紅緒は呟く。
 正臣の問に、答えるのも怖いが黙っているのはもっと怖いと結論したのだろう。正臣の腕を押さえていた男が、転びそうな早口で答えた。
「ほんとに知らねえんだ、マサは車ん中でヤってたんだけど、そのオヤジも車に乗せて連れてったっつうから、わかんねんだよ、ほんと」
「……マサとはどいつだ」
「今いねえよ、ぶぐはっ!」
 答えた男の鼻をメキッ! と拳で潰す。
「――おい」
 声に正臣が振り向くと、紅緒の肩に腕を回したリーダーが、紅緒の首にナイフの先を当てていた。
「ニイサン、その辺にしとけ」
 正臣は顔色も変えない。
「――悪いが、俺が助けたいのはそっちじゃない」
「うっわ、悟浄、サイテー!」
 紅緒は毒突き、はっと目を見開いた。
 破顔一笑、嬉しげに叫ぶ!
「――来た! 悟空だッ!」
 ブオン、と空気が揺れる音が先だった。
 ドゴン、という衝撃とバリン、と破裂音。
「うわっ!」
 部屋が振動し、落ちるグラスやボトルがカシャンガシャンと砕ける。吊られた丸い照明が跳ねる。天井を見上げる者、頭を抱えて蹲る者。
「三蔵ッ――!!」
 怒鳴る声は、ドアを蹴破る音に勝って尚響いた。粉々に破砕されたドアは破片をそこらにばら蒔いて、幾片かはその辺にいた男達に命中した。
 それでも入口から入って来たか、と正臣は独り言ちる。
 高昌は中に駆け込んで、眉を顰め、いねえ、と呟いた。
「ああん遅おい! 怖かったんだからあ!」
 紅緒に叱られて、高昌の後からやって来た竜男が謝った。
「すっ、すみません、これでも急いだんですけど」
「思ったより早かったぜ? さすが龍馬だ」
 高昌に褒められ、気を良くした竜男は「そうですか? 僕、レーサーにでもなろうかなあ」と照れて身を捩る。その後ろからひょっこり秋生が顔を出して、貴史はん、いてはらへんの? と言った。
「で、三蔵は何処だ」
 高昌は奥の椅子に紅緒といる男を見る。
「さんぞう? たかしじゃねえのか」
「どっちでもいい。何処だ!」
 紅緒は気付いて悲鳴を上げた。
「ちょっと悟空! あんた怪我してるじゃない!」
「……ああ、てめえの横の奴にやられた」
「え!」
 紅緒は隣の男を睨む。
「……お前、このオンナのカレシだろ?」
 リーダーは無表情に高昌を見て、紅緒の胸を鷲掴んだ。
「キャッ……?!」
 紅緒の喉には、まだナイフが突き付けられている。
「なにすんのよっ!」
「オンナの心配はしてやらねえのか?」
 表情も変えずに高昌は言う。
「紅(コウ)、てめえで何とかしろ」
「――ひっどおーい!!」
 紅緒は涙ぐむ。
「言ったでしょ! 今のあたしはか弱い女の子なんだから!」
「今は……?」
 リーダーが聞き咎める。
「もしかしてお前、元・オトコか」
「そうよ! 悪い?!」
「……」
 リーダーはナイフを収め、お前要らねえ、と紅緒を椅子から押し出した。
「……なんかムカツクッ!」
 うへえ、と間抜けな声に続いて、壁とドアの屑をじゃりじゃりと踏む音。
「赤い車突っ込んでたけど、どこの馬鹿だあ?」
「マサ……」
 呼び掛けた男ははっとしたが既に遅い。
「え、うわ?!」
 瞬時にぴたりと寄った正臣に、マサと呼ばれた男は、頭を強打され、ドシャアッ! と床に潰れた。ものも言わずに殴り蹴る正臣に、高昌も事情を察する。
「俺にもやらせろッ!」
 二人揃ってカエルを潰すように踏み続ける。あわわ、高昌はん、正臣はん、と秋生が止めに入ったが、こんなもので怒りは治まらない。
「あんた達、サイテーッ!」
 乙女のプライドで紅緒は怒鳴る。美少女の救助より貴史の恨みを晴らす行為を、二人はまだ続けている。
「……やれやれ、客は全員ホモかよ」
 リーダーは立ち上がった。違いますっ! と手を振る竜男は無視されている。
「おい、元・オトコ」
「えっ……?」
「上の口で勘弁してやる……」
 言葉にならない紅緒の叫びで、高昌と正臣は漸く蹴り止め、振り向いた。
「ほらほらサービスカットだ。想像しろよ、お前のを銜えてるところだぜ……」
 んっ、んっ、んん……と紅緒は泣いている。後頭部を鷲掴まれ、黒い拳銃の銃口を小さな口一杯に突っ込まれ。
 リーダーの人差し指は引き金に掛かっている。カチリと撃鉄を起こし、リーダーは口だけで笑う。
「お前のより、よっぽどリッパだろうがな」
「てめえ……」
 高昌はギリ、と歯を噛んだ。
 仲間が蹴られるのを黙って見ていた男達が、励まされたように、高昌達をゆっくりと取り囲む。
 震えて身を捩る紅緒を見て、リーダーは片眉を上げた。
「お前、ホントに元・オトコか?」
「男だ男ッ! 男は要らねえんだろ、返してもらうぜ!」
 高昌は大急ぎで叫び、猛然と走り出した!
 リーダーは紅緒の口から銃を引き抜き、突っ込む高昌に銃口を向ける。弾は発射され、避けた高昌の右を掠めて床で跳ねた。
 体当たり気味に紅緒を奪い返し、高昌はリーダーと距離を取る。
「ああん、悟空っ!」
 紅緒は高昌に抱き付いて、ぶちゅー! とばかり接吻する。高昌は仰天して振り払う。紅緒はアン、と尚も身を擦り付ける。
「コラッ! こんな時に何しやがるッ!」
「だってえ、悟空の銜えてるって思ったら……」
 紅緒は悩ましげに、うっとりと高昌を見るのだ。
「馬鹿野郎ッ! 感じてどうするッ!」
 お前ら持ってろッ! と高昌は秋生と竜男の上に紅緒を投げる。あわわと受け取り、いやあん悟空の欲しいよう! と暴れる紅緒を、紅緒はん落ち着いてえ、と秋生は宥める。
 後ろから襲い来る男のナイフの腹を、高昌は平手で受け止めた。そのまま男の腕毎下に往なし、男の腹に蹴りをくれる。
 正臣は突き出されるナイフの切っ先を軽く身を捻ってかわし、正面に来た男の顎を蹴り上げる。振り上げた足を高い位置から後ろに回し、背後の敵を蹴り飛ばす。
「うわわ、こっちに来る」
 バトル外要員の竜男は来るな、来るなとじたばたする。秋生はひょいとボックス席のテーブルを持ち上げて、ぶん! と横に振れば二人の男が同時に薙ぎ払われる。
 戦闘を目の前に見て、紅緒の血がむずむずと騒ぎ出したらしい。
「あっ、あかんて!」
 秋生の止める声も聞かず、紅緒は飛び出し、華麗に舞うように、男達に蹴りを入れている。
 高昌は男の一人から棒を奪った。
「使い方ってモンを、見せてやるぜッ!」
 右手で棒を首に回して肩に掛け、下げた左肩から突き出した棒の先に伸ばした左手を乗せ、ばっ! と足を開き身を沈める。
 あ、銅鑼の音! と竜男が叫ぶ。
 目にも留まらぬ早業とはこのことだ!
「ハッ!」
 気合い一閃、高昌は店の端から端まで駆け抜ける。
 入口近くから男共をぶちのめし突き倒し、あっという間に店の奥までやって来た。
 奥の席には、敵の大将が陣取っている。
 その喉元に、突き出した高昌の棒先がぴたりと当てられている。
 高昌はリーダーを睨み尋ねる。
「尋きたいことは一つだ。三蔵はどこか、知らねえんだな?」
「……知らねえ」
 高昌は棒を退けた。リーダーはバッと銃を高昌に向けた!
 銃声、それより速く、高昌は身を反らせとんぼを切った。着地した足を踏ん張り、棒を突き出す!
 鈍い音がして、リーダーの左手から銃が落ちた。
 棒はリーダーの左肩に突き刺さり、後ろの壁にめり込んでいる。
「……うがあ……っ」
 呻くリーダーに、高昌は吐き捨てる。
「お返しだ、下衆野郎ッ!」
「よっ、千両役者!」
 竜男が興奮した声を上げる。
「ああん、悟空う」
 違うように興奮したらしい紅緒が身を捩る。あかん、と秋生は諦めたように呟いた。
 ぶちのめされて未だ意識がある連中は、一様に戦意を喪失したようだ。動ける奴等が、一人、一人と店を逃げていく。
「おい、医者くらい呼んでやれ!」
 高昌に怒鳴られて、入口で男が一人、ひゃっ、はい! と叫んで転けた。
「そうだ、医者、悟空、あんたの傷も」
「痛くねえ」
「嘘ばっか!」
 紅緒に左肩を叩かれ、痛え! と高昌は叫ぶ。
「……気になることを言っていたな」
 正臣は、紅孩児、と高昌に抱き付く紅緒を呼ぶ。
「家に電話しろ」
「え? うん……そうね、いい加減心配してるかも」
 どうぞ、と差し出す竜男から、サンキュ、とPHSを受け取る。圏外ね、と呟いて、店を出て階段を上った。
「あ、セイさん? ごめんね心配かけて。……うん。うん……え?」
 自分に続いて階段を上って来る高昌達を、紅緒はおそるおそる振り向いた。
「あ、あのね、悟空……」
「ん? どうした」
 正臣は、やはりそうかと呟く。
「そうかって、何がだ」
「貴史を奴等から買った中年の男だ」
 正臣の言葉に、高昌はまさか、と紅緒を見る。
「……うちのパパ、行方不明だって……ごめんっ、悟空!」
 高昌は怖い顔をして、麹文泰ッ! と叫ぶ。
「紅ッ!」
「ハイッ!」
 紅緒は恐れて目を閉じている。
「奴の行きそうなところに案内しろッ! 邪魔されずに三蔵を連れ込めそうな場所だ!」
「う、うん」
「馬、運転しろッ!」
「はいっ!」
 乗ってきた赤い車は壁にぶつけてお釈迦にした。放置されている白い軽トラックに乗り込む。
 荷台に手を掛けた正臣に、高昌は言った。
「悟浄、お前は来るな」
「――なに」
「三蔵が辛い」
 正臣は息を止め、暫黙った。だがエンジンがかかる頃に、正臣は荷台に乗り込んだ。
「悟浄、」
「……行くだけだ。せめて、行かせてくれ」
「……」
 行きますよっ、と竜男は叫び、車は発進した。けたたましいエンジン音とは別に、まるで通夜の道行きのようだった。




(続く)


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