・第4回・
貴史の足取りは重い。いつもならば、正臣の家へ向かうこの道筋は、心浮き立つ時間を提供してくれるはずである。だが、今日は。
……どんな顔をして正臣に会おう。
まさか高昌が、自分にあんなことを考えているとは思わなかったのだ。
――まさか が、……とは思わなかったのだ。
だから、貴史は、酷くショックだ。
――だから、 は、酷く――……
自分の中に、同じ想いを抱えている自分がいると、貴史は気付かない。己の揺れが激しくて、想いがだぶって重なっていると気付かない。
自分には、正臣がいるのに。
――自分には、 が、 の務めが……
急ブレーキを踏む音で、貴史ははっとした。
「渡辺さん……!」
バタン、と運転席から出て来たのは、紅緒の父だ。交通量が少ないとはいえ、道の真ん中に車を止め、ドアも開け放して彦一郎は貴史に寄って来る。
貴史は少し身構えた。
「先程は本当に、大変な失礼を致しまして……申し訳ありませんでした、ああ、お名前は娘から伺いまして、渡辺貴史さん、とおっしゃるのですよね?」
「……はい」
「何をどう興奮したものか、全くもって、お許し頂きたいのです。その為に、こうして渡辺さんをお捜ししていた次第でして……」
深々と頭を下げる彦一郎は、普通の良識ある紳士に見える。
「……やめて下さい、あの……そんなに、気にしてませんから」
彦一郎は顔を上げ、ぱっと明るく笑うのだ。
「お許し頂けるのですか! ああ、本当に心の広いお方だ! お許し頂けるのでしたら、これから渡辺さんの行かれる所に、私の車でお送りさせて頂きたいのですが」
うんと言わなければ、彦一郎の車は、いつまでたっても、路上にでんと駐車されたままだろうと思われた。
仕方なく、貴史は承知した。彦一郎は喜んで、貴史を助手席に乗せ、車を発進させた。
「すぐ近くなんです。送って頂く程のこともなかったんですけど」
「そうですか。どうぞお気になさらないで下さい。で、柴正臣さんとは、どういったお方で?」
……貴史を捜していたと言った。貴史の家に電話をして、行き先を聞いたに違いない。
「家庭教師なんです。旭大の学生で」
「そうですか。柴さんのお宅で勉強を?」
「いえ、今日は……」
「そうでしょう。そう手ぶらでお出掛けでは。よくお家まで行かれるのですか?」
「ええ……あの」
「はい」
「道が……」
「ああ、あちらは工事中でした。さっき通った時に」
何だか、道をでたらめに回っているような気がする。少しずつ、正臣の部屋から離れて行っているようだ。もしや彦一郎は、道を知らずに走らせているのではないだろうか。貴史を正臣のところに連れて行く気など、ないのではないか。
貴史は急に不安になった。
「あの、ここで結構です。降ろして下さい」
「……ほんの少しドライブを楽しむくらい、良いではないですか」
彦一郎の声に、ぞっとした。
紅緒の家で、「三蔵殿!」と泣いてすがった、あの響きだった。
「……停めて下さい!」
「停めますよ。あなたが逃げないと約束して下さるなら」
何ということだ。彦一郎は最初から、貴史を攫うつもりで捜していたのだ!
シートベルトを外し、ドアをガチャガチャと弄った。鍵が掛かっている。
「飛び降りるなんて危ないまねはお止め下さい。……あなたというお方は、本当に……これより西はますます妖怪魍魎(ようかいもうりょう)が跋扈(ばっこ)するのだと説いても、お経を取りに行くのを断念なさらない。頑固なお方だ。私があれ程御身を案じてこの国にお留まり下さいと懇願致しましたのに、結局は行ってしまわれた……あなたをお見送りしてから以降、私がどれだけ後悔の日々を送ったか、御存知のはずはありませんね。いいのです。もういいのです。そうでしょう。何故なら、今のあなたには、もう」
車はスピードを上げ、いつしか人気のない山道へと入り込んでいた。坂道をぐんぐんと上る。
「取経の目的も御仏への帰依も関係はありますまい。ほら、今はあの猿めもいない。私が想いを遂げようと覚悟をする度に邪魔をした、あの忌々しい孫悟空! あの金色の瞳で常に私を睨んでいた。ああ、しかし今はこうして」
彦一郎はシートベルトを外す。車は止まり、くるりと貴史に笑い掛けた。
「あなたは漸く、私とこうしていてくれるのですね。さあ、三蔵殿、いざ……いざ!」
狂喜の表情で、彦一郎は貴史に手を伸ばし寄る。貴史は彦一郎から目を逸らせぬまま、背をシートからドアへとずらし押し付ける。
「や……止めて下さい……」
蚊の泣くような声が出た。何をされようとしているのか理解している。ドアノブを弄る。やはり開かない。外は暗い。人の気配はない。
体が小刻みに震え出す。彦一郎は、貴史の膝に手を触れた。ゆっくりと摩って、感慨深げに声を出す。
「……ああ! 三蔵殿! どんなにか、どんなにか、あなたにこうしたかったのですよ。ずっと、ずっと……!」
「三……三蔵法師じゃ、俺は」
彦一郎の手は、貴史の内股を上って来る。払い除けようとして、逆に手を掴まれた。
「は……」
放してくれと、言えなかった。
彦一郎はがばと身を起こし、貴史の口を、思い切り吸ったのだ。
(――正臣――!)
頭の中で、必死に助けを求める。彦一郎はなかなか許さず、粘着質に口内を嘗め、撫で回す手は着衣を脱がせに掛かる。
「ん……ごほっ」
貴史が唾液にむせると、彦一郎は漸く唇を放した。
「三蔵殿、三蔵殿、三蔵殿……」
かの法師の名を呼びながら、貴史の顎を、頬を、咽を嘗め回す。
「や……やめ……」
胸は既にはだけられ、突起は彦一郎の手に弄ばれている。押し退けようと頑張る貴史に彦一郎は覆い被さり、助手席のシートをガクンと倒した。拍子に一瞬貴史の手が無防備になる。ズボンの中に、彦一郎の手が侵入した。
「あッ!」
ねちっこく撫で上げられて、貴史はびくりと震えた。
いけない。まずい。感じ始めたと、自分でわかる。
(正臣……正臣、正臣ッ……!)
彦一郎の指と舌は淫猥だった。貴史の肌を撫で上げ、嘗め上げ、確実に火照らせていく。
ここから確かに逃げたいはずなのに、それを貴史に疑わせる程、貴史の体は抵抗を失っていく。
(……いやだ。正臣、まさおみ……)
「ああ、三蔵殿、命賭けて、あなたを……」
命を懸けてくれたのは、<彼ら>とて、いや、<彼ら>こそ――
彼らとは、誰だ。
「……愛しています、愛しています、愛して……」
彦一郎の手は貴史の尻を揉んでいる。
――誰か。
(まさおみ……)
助けて。誰か。
「三蔵殿……」
膝までずり下ろしたズボンの中身を愛しそうにしゃぶる。潤う穴に指を宛てがう。
「あ……ああ……っ」
身が痺れる。入口に指が埋まっていくのを感じながら、順番を待つ肉棒が露になるのを見た。
辛うじて嫌悪が勝っている。
「三蔵殿……三蔵殿、今、私が、極楽浄土に……」
――このままでは、行ってしまう。
嫌だ、嫌だ、嫌だ!
「んっ……はアっ」
中で散々暴れた指が、引き抜かれた。
足がぐいと押し広げられ、歓喜に震えるものが押し当てられる。
(いっ……いや、だれか……)
「ああ、三蔵殿……っ」
極まった声と共に圧力を感じた。
――入る!
「三蔵殿ッ――!」
ガシャアン! と破片を飛び散らせたのは、助手席の窓ガラスだ。
彦一郎の背の上に、鈍く銀色に光る棒が砕けた窓から真っ直に伸びている。
(えっ……)
棒は斜めに鋭く動き、助手席のドアをもぎ取った。棒は回転し、逆端で鋭く彦一郎の脇腹を突く。彦一郎は声も立てずに運転席のドア諸共、バガン! という破壊音を立てて闇の向こうに飛んで行った。
彦一郎を飛ばした棒の先のものは衝撃で砕けていたが、どうやらそれは道端に立っていた外灯だ。
銀の棒は力ずくで主の物にされたのだろう。
貴史はドアがあった場所から見た。
銀の棒の向こうで、
赤い髪が、舞う。
――高昌だ。
車の横に立ち、銀の棒を確と握って突き出している。
高昌の遥か後方に、回転する棒の勢いで振り飛ばされたらしい助手席のドアが、木立の一つに突き刺さっている。
(……どうして?)
棒はするすると引っ込められた。そのままガランと地面に捨てられ、高昌は背を向けた。
「あっ……」
貴史は叫ぶ。
「待って! あの」
貴史は必死で身を起こし、震える体を支える。
「『悟空』さん、どうして……」
高昌は止まらない。振り返らずに、すたすたと行く。
「『悟空』さん……『悟空』さんっ」
高昌が行ってしまうと思うと、酷く不安になった。力の入らない体を懸命に前のめりにして、肺一杯の空気で怒鳴った。
「……悟空ッ!」
高昌は立ち止まり、振り向いた。驚きと期待を湛えたその表情は子供のようで、しかし貴史の姿を見て取った途端、居たたまれなさとおそらく純粋な羞恥でカアッと真っ赤になって、再び向こうを向いた。
貴史は自分の格好に気が付いて、シートに慌てて伏した。
シャツのボタンは全て外され、ズボンと下着は膝まで下ろされている。胸も腹も、それに続く恥部も丸出しだ。
「あ、あの、ええと……」
ごそごそと服を直しながら、貴史はだんだん恥ずかしくなってきた。
「……何か言って」
消え入るような貴史の声に、ぼそりと、拗ねたような返事があった。
「……もう話しかけるなって、言ったじゃねえか」
「―――」
そうだ。貴史は確かにそう言った。ほんの数時間前。そう言ってしまうだけのことを、高昌はしたのだ。嘘を吐いて、皆で騙して、……キスを、
「……なのに、どうして来たの? 何でここが」
「来ちゃ、いけなかったかよ」
高昌は拗ねている。そっぽを向いたまま、それでももう立ち去る気は失せたように、多分貴史の身支度を待っている。
「……まだかよ?」
やはりだ。貴史は、あの、と切り出した。
「手伝ってもらえるかな、立てなくて……」
向こうを向いたまま、高昌は俯く。
「駄目だ。俺は触れねえ」
そう応えてから、尋ねた。
「……されちまったか?」
――助けは、間に合わなかったか?
……何故か高昌は、あの夕暮れの日に、最初に会う以前から自分のことを好きなのだと……貴史は感じた。
それが、高昌が言うように、彼が孫悟空で、自分が三蔵法師だから、とは、信じなかったが。
ならば、あの<狂言>も、乱暴なキスも、
(駄目だ。俺は触れねえ)
……抑えられた気持ちの、発露なのだ。
貴史はくすぐったいような気持ちになって、もごもごと言った。
「……キス、したのは……」
「なにっそれだけかッ? いやいや、それだけって言ったのはだな、あんたの格好が、その」
すまねえ、と高昌は謝った。尋いたことか、防げなかったことか。
貴史は、可笑しくなって吹き出した。
「不思議。こんな目に遭ったのに」
怪訝に思ったのだろう、高昌はちらりと振り向いた。
シャツの裾は出ているが、ボタンとズボンのチャックは何とか片付けた。
くすくす笑って貴史は続ける。
「そうじゃなくて、『悟空』さんがしたキスは、もう怒ってないよ、って言ったんだ」
高昌は目を見開き、「ほんとかッ?!」と全身で振り返る。
「うん」
「破門はナシかッ?!」
「破門……うん」
貴史は苦笑する。
高昌は嬉しそうに笑うのだ。その顔をふと歪めて、じゃあ、何だ、高昌国王、その、紅緒の親父には、とごにょごにょ言う。
「……」
考えて、貴史は小声で申告した。
「ちょっと、入れられた」
ひくり、と高昌は揺れた。
何もなかったと言っても却って高昌は心配するだろうと思い、正直に告げた貴史であるが、あっという間に車を追い越し、猛烈な勢いで高昌が闇の中へと消えるのに茫然とした。
「えっ……?」
バキッ! という音が響いた。
――彦一郎を殴っている!
「ちょ……『悟空』さん?!」
「殺すッ!」
「えっええっ?! 駄目だよ!」
あれだけの勢いで突き飛ばされて生きているのも奇跡だと思うが、これ以上高昌にどつき回されては、彦一郎は確実に死んでしまう。
「駄目だったら! 『悟空』さんっ! 殺したら……」
(なりません! 殺生は!)
聞き入れる気配はない。高昌は怒りで我を忘れている。
「『悟空』さんってば!」
駆け付けようにも、体がきかない。運転席に移動したところで、息が上がった。
「……もう!」
右手を胸の前に持って来たのは、無意識だ。
(――悟空! 聞かないか!)
貴史の目がすうっと細められ、右手の指が二本立つ。徐にブツブツと呟き出した。
「い……っ?!」
闇の中から、高昌の悲鳴が響く。
「イデデデデエエエッッ!! わかった、わかった、やめてくれえッ!――」
貴史は高昌の声に驚いて、我に返る。
高昌は右腕を抱えてごろごろと転がった。
ぜいぜいと息をして、貴史の元へ引き返し、金輪の上から右腕を押さえて、涙を溜めた目で貴史に尋いた。
「お、お前、今……?!」
「え……っ?」
「唱えただろッ! 『頭痛経』だッ!」
叫んで、あ、いや今は腕だから腕痛経か? と声に出して考える。
「まあいい、『頭痛経』ってのは通称だ、金緊禁のまじないだ、緊箍呪だ! 腕が千切れるかと思ったぜ! まさかこの輪っかめ<生き>てやがるとは……あ? あッ! 取れねえッ!」
腕の金輪を剥がそうとしてどうにも剥がれないらしい。くそっ、あんなにぐにゃぐにゃだった癖に「頭痛経」いや「腕痛経」のせいだ、と高昌は憤りの籠った泣き声を上げる。
「いや今はそんなことより」
高昌は、きっと貴史を見る。
「おい、もう一遍やってみろ!」
「え?」
「思い出したんだろ、ほれ、ブツブツやってみろ!」
「俺は別に何も」
「やったんだよ! この緊箍児があんたのまじないに反応したんだ! あんたが三蔵だって証だ!」
高昌の目は嬉々と輝く。そんなことを言われても、と貴史は困惑するしかない。
「思い出すも何も、そもそもそんなの知らないよ」
「何でもいいから、とにかくブツブツやってみろ! ほら、ブツブツ!」
貴史は仕方なく、ブツブツと言う。当然何にも起こらない。
「おかしいな?」
「おかしいもなにも」
「きっとまじないが違うんだ、別のだ別の」
「『悟空』さん、いい加減にして!」
叱られて、高昌はしゅんと小さくなった。
「……どうしたら信じてくれる?」
あんたは三蔵なんだ、とごく小声で訴える。
「……無理だよ。だって『西遊記』なんて、お話じゃないか」
「……そうかい」
高昌は俯いた。
「――だったらもういい。『』付きで呼ばれるくらいなら、『こうしょう』の方がましだぜ」
信じてねえんだろ、俺を。
高昌はそう言って、背を向けた。
「『悟空』さ……」
『悟空』と呼ぶな。高昌がそう言ったのだと気付いて、貴史ははっと言葉を飲み込む。
貴史が思い惑ううちに、高昌は立ち止まった。
正臣がいる。
貴史は途端に、胸にずきりと痛みを覚えた。
高昌と正臣は、互いに無言で睨んでいる。
先に口を開いたのは、高昌だ。
「……てめえの公主(ひめさま)なら車ん中だ。野郎にちょっと入れられたそうだぜ」
正臣は眉を寄せる。
貴史は青ざめて悲鳴を上げた。
「何でそんなこと言うんだよ?!」
高昌は何も聞こえないように、すたすたと正臣を通り越して、彦一郎の倒れる方へと向かった。
「……今はてめえのもんなんだろ、だったらちゃんと見張っとけ」
そうして彦一郎を担ぎ上げる。山を町へと、下って行った。
正臣は高昌を見送っている。貴史は正臣に知られたことで、体が震えた。
あんなことを言ってしまう高昌が許せなかった。自分への腹いせだとしても、酷過ぎる。
正臣が、貴史を向いた。
ぎくりとする。何を言われるか、どう思われているか、消えてしまいたくて、身を縮めた。
「――貴史」
歩み寄り、正臣は静かに、貴史を呼んだ。
「……いい。心配するな。さあ、帰ろう」
「―――……」
見上げると、正臣は優しい顔で、貴史を見ていた。
怒っていない。嫌われていない。蔑まれてなど、
「……まさおみ」
涙が溢れた。
貴史の顔を撫でて、正臣は貴史の頭を抱え込んだ。
「……すまない。許してくれ」
「……え?」
「……彼の言う通りだ。俺がいけなかった。俺が呼び出したりしなければ、」
貴史は正臣にしがみ付く。
違うと言葉で言う代わりに、思い切り首を振る。力一杯体を押し付ける。
正臣は貴史を抱き上げた。
夜の道を、正臣に抱えられたまま、正臣の部屋へ向かう。
ひどくするかもしれない、と正臣は言った。
「ん……ん……」
貴史を呼び出した理由の話は後回しにされ、正臣のベッドで二人、口付けを交わしている。
いつもの正臣ではない。貴史の唇を、舌を、噛み付くように貪っている。貴史は自分の密やかな欲望が満たされる予感に、早くも全身が総毛立つ。
「……何をされた?」
冷静な声で正臣は問う。
「……キスと……」
答える貴史の口を、再び塞ぐ。「……それから?」
「……胸を……」
正臣は貴史の服を剥いで、胸の突起を口に含んだ。
「ん……」
舌で乱暴に転がしながら、貴史の肌を執拗に撫で摩る。
「……ここは?」
貴史のものを掴んで尋ねる。貴史は身を捩り、「うん」と答える。
貴史はもう、体が火照ってどうしようもない。正臣に握られているものが熱く固くなっていくのを、羞恥と自虐的な快感をもって感じていた。
不意に視界から正臣が消えた。と握られていたそれは、正臣の手の代わりに、熱く湿ったものに包まれた。
はっとして見る。
正臣が銜えている。
正臣がそうするのは初めてだ。貴史は感動と快感で打ち震える。一気に昇り詰め、爆発しそうになる。
「あ……っあ、」
正臣は口を離し、その下に指を当てて、ここは、と尋いた。
「あ……ん……少し……だけ……」
舌で唾液を擦り込み、正臣は指を入れる。
「はあ、はあ、あ……」
貴史は震え、お願い、と、飛びかけた意識で言った。
「ん?」
正臣は指を抜く。
「少しで、止めないで……」
貴史は足を開いた。正臣は勢いよく、迎えようとする場所へ、自身を突き刺した。
「――アアッ!」
激しい。正臣がこんなに激しくするのは初めてだ。がくがくと貴史を揺する。幾度も幾度も貴史を貫く。
「あ、あ、あ……」
貴史は泣いた。嬉しいのだ。
どこか畏れて見える程、貴史をそっと扱っていた正臣が、こんなに激しく愛してくれている。
「あ……ああん、正臣い……!」
貴史は絶頂を迎えた。
いつもなら正臣は、自分が済む済まないに関わらず、貴史を休ませ仕舞いにするのだが、今日はそこで終わらなかった。
くたりとした貴史を、正臣はそのまま揺すり続ける。貴史は快感の余韻を引き摺ったまま、また新たな波に攫われていく。
「あ……アン、アアン……」
アン、アン、と波に揺られるまま、貴史は鳴き声を上げる。
「アアン……アン、正臣、まさおみい――」
正臣の激しさも、ここまで淫らな貴史の痴態も、初めて晒け出すものだった。以前に、持っているとは、思わぬものだった。
正臣が貴史の中に気を放つまで、貴史は二度、天国に昇った。
(続く)