「クレイソード・サガ」

・第一回

・一遍書きたかった「剣と魔法」です(笑)とりあえず自分でキャラは気に入ってます…特に魔法使いの奴が(笑)全11回。お付き合いくだされ。

「ここだけ劇場」へ戻る


 気分が悪くなって、足を止めた。眩暈を感じて座り込んだ。
 ――なあ、チキ。グラードには良い医者がいるそうだ。
 隣の爺さんが、申し訳なさ気に勧めた。爺さんと一緒に訪ねて来て横に並んでいた村長が、支度金をくれた。
 そうでなくても、身寄りのない、こんな不健康な自分をここまで面倒見てくれた人達に、これ以上の世話はかけたくないと思っていた。痩せて病気がちの孤児(みなしご)を、孫か子の様に可愛がってくれた村の者達は、決して豊かではないのだ。
 チキはどう考えてもお荷物だった。都近くのグラードの町は村から遠い。しかしチキは一人で、自分の足で歩いて行く他なかった。
 ――追い出すみたいで、悪いなあ。
 泣きそうな顔の爺さんに、チキは笑った。
 ――うわあ、嬉しいな。おいら、いっぺん都に行ってみたかったんだあ。
 金まで出してもらえることに、チキは礼を言った。せっかく精一杯笑ったのに、爺さん達は泣き出した。
 きっと道中倒れて死んでしまうと、知っていたからだ。
 ――兄神様のお慈悲を――
 村を出るチキに爺さんはそう言って、自分の両手の指先に接吻し、指を揃えたまま自分の額と胸にちょんちょん、と触れた。そうしてからその指をチキに、右を額、左を胸にちょん、と当てた。
 チキは村を出てからの日を数えた。
(ひい、ふう、……凄い、十日も歩けた)
 肩から袈裟掛けに提げた、向かいの小母さんがお古だけどね、と言って持たせてくれた繕い跡のある布の鞄は、座り込んだ勢いで地べたに落ちた。村長にもらった路銀も、爺さんがくれた気安めの薬も、その中だ。
 ずるりと引き摺って、鞄を手繰り寄せた。効かないのがわかっている薬を求めて、蓋の隙間から鞄の口に手を突っ込む。その薬も残り少ない。薬と金とチキの命と、どれが先に尽きるだろう、と思った。
 粗末な服の袖から伸びる腕は、痩せて骨と皮ばかりだ。親がいないことも、自分が健康でないことも、恨みに思ったことはない。貧しくても優しい人たちが、絶えずチキを囲んでいた。なのに、薬を掴み出した自分の手を見て。
 何で今更、泣けて来るのだろう。
 ぱたぱたと腕に落ちる涙ばかりが、嫌に熱い。薬を握った手で濡れた顔を擦った。手に頬骨が当たる。手も顔も肉がない。こつこつと当たる。
 大人になったら……
 チキは、理想的に肉の付いた、自分の成人した姿を考える。大人になったら。
 なれはしないのだ。自分はきっと、この旅の途中で、町にも着けずに果てて死ぬ。
 今でさえ、横たわってさえいれば、誰もが死人だと思うだろうに。
 沿道に人家も見えない草と石ばかりの道には、チキの死骸を見付ける旅人はいつ通るとも知れない。獣の餌になるとしても、チキの体は大して食べでがあるでもない。果てたチキを見付ける人にも獣にも、何だか申し訳ない気がした。ならば、今のうちに、自分で墓穴(はかあな)を掘って潜り込んだ方が良くはないか。
 ガチャリと、金属の音がした。
 寂れた道にはチキの他、歩く者も走る馬車もなかったはずだ。
 泣いた顔で見上げた。まさか、すぐ眼の前にその人が立っているとは思わなかったので。
 チキは驚いて、涙は止まったが、無遠慮な程にその人を眺めてしまった。
 その人……彼は背が高く、チキより頭一つ分以上は天に近かった。いや、チキが背が低いのだ。チキの村では皆一様に背が低かったが、チキは病弱な分、尚更小さかった。それでも、すらりと立っている彼は、チキの村の誰よりも長身で、見目良かった。濡れたように艶やかな黒い髪、軽く掻き上げられた前髪の向こうから、切れ長な深い緑色の静かな眼が、チキをじっと見下ろしている。
 彼が端正な整った顔をしていると気が付くと、チキは自分のカサカサの肌、バサバサの髪や落ち窪んだ眼を思い出して、何だか気恥ずかしい気分になった。村にいた時には一度も感じはしなかった、多分、生まれて初めての感情だ。
 彼は軽装の鎧にも見える丈の短い革のチョッキを着て、大小の袋を二つ背負(しょ)っている。左肩の大きな袋には、剣が十本程無造作に突っ込まれている。幾本かには柄(つか)が付いていない。全てがそうだったなら、チキには剣だとわからなかっただろう。多分、鳴ったのはこの剣だ。他に鳴りそうな金物は、見たところ彼は身に着けていない。右の袋は生活用品だろうか。やはり革の、黒いズボンの裾を飲み込んだ膝までの色の濃いブーツには、チョッキと同様、泥のような染みが付いている。
 チキは随分ぼんやりと、彼の足下に座り込んでいたのだ。
「……どうした?」
 だから、彼のその問は至極真っ当だった。それでチキは、慌てて瞬き、気分が悪いので薬を飲むところなのだと答えた。
 よく考えてみれば、彼もチキと同じ時間かそれ以上、チキのことを見詰めていたのだ。チキが泣いていたので、声をかけそびれていたのだろうと、チキはますます決まり悪く思ったものだ。
 す、と彼は手のひらを出した。
「見せろ」
 チキの握った薬のことを言っているらしい。その手に、素直にチキは薬を乗せた。彼は紙に包まれた粉薬を鼻に近付けるなり、これは駄目だ、と言ったのだ。
 効かないことはチキにもわかっているのだが、なけなしの金の中から爺さんが買ってくれた薬なのだ。以前に、チキの病気も知らない男が、薬の何が駄目だと言うのだろう。
 すると男は、「お前は腹が痛いのか?」と尋く。腹は痛くないので首を横に振った。
「だったら駄目だ。腹が痛くなるまでこれはとっておけ」
 腹痛の薬だったのか、とチキは納得した。チキが腹が痛いのではないことは、腹を押さえている訳でもないから見ればわかっただろう。男が薬に詳しいならば、簡単な判別くらい、匂いで出来るのかもしれない。
 チキの手に薬包を返して、男はズボンのベルト代わりに巻いている紐に括り付けた小さな袋の口を開いて、指の先程の黒い欠けらを取り出した。これを飲め、と言う。
 得体の知れない欠けらにチキは少し躊躇したが、今までだって腹痛の薬を正体知らずに飲んでいたのだし、墓穴を掘ろうとまで考えたのだから、何も躊躇う理由などないのだと思い直した。
「噛むと苦い。そのまま飲め」
 男の手から欠けらを取ったチキに、そう勧める。えい、と一口に飲み込んで、チキは眼を瞑った。
 ……すう、と、体の中のもやもやが、縮んで消えていくのを感じた。
 ずっと重かった頭が、冴えていくようだ。
 信じられないものを見る思いで、チキは男を見上げた。
「……あなたは、お医者?」
「剣売りだ」
 彼は答える。荷物を見れば、当然の答だった。ほんの少しがっかりしている自分にチキは驚いた。彼が医者なら、遠い町まで行かずとも自分の病気を治してもらえるかもしれない、と期待したのに気付いたからだ。
 墓穴まで掘ろうと考えたのに。
「……ええと、このお薬は高いんですか」
 彼は尋ねるように目を細めた。
「売り物でもないし高くもない」
「グラードのお医者のところにあるでしょうか」
「……どこにも売ってないだろうな。俺が作ったものだ」
 グラードへ行くのか、と彼は尋いた。
 はい、と答えながら、チキは薬がどこにもないことに、また少しがっかりとした。
 チキにはもう、墓穴を掘る気は失せている。同じ薬はなくとも、効く薬が他にもあるに違いないと思った。この人に、グラードまでの薬を分けてもらおう。そうすれば、きっとまた、あの優しい村に帰ることが出来る。
「……俺も都の方へ行く」
 俯いて考えていたチキに、彼は静かに誘いかけた。
「時々店番を頼まれてくれるなら、お前に薬をやるが……」
 一緒に来るか、と問う。
 願ったり叶ったりである。
「あ、お、お願いします、えっと、おいら、チキ……!」
 田舎のパルシャ村からグラード町へお医者を訪ねて行くところ、と立ち上がり叫んだ。
「俺はクレイ」
 剣売りだ、とクレイは笑った。笑うと、表情が随分優しくなった。




 チキは気分が高揚していた。赤ん坊の頃からずっと病気がちで、村の外にも出たことがなかった。だからグラードを目指して旅立った日には、強がりでなく、心弾む気がしたものだ。加えて今は、クレイの薬のお蔭で、十四年間の記憶がある中で一番、気分がいい。二人旅も勿論、初めての経験だ。
 一緒に歩いてみて気付いたが、クレイは口数が少なかった。チキが興奮気味に饒舌になっているのを差し引いても、けしてお喋りの類ではない。ガチャガチャと剣を鳴らしてチキの隣を歩きながら、チキの話にそうか、と相槌を打つだけで、自分の話はしない。そして、余り笑わない。
 小さな村は幾つか通ったが町はまだ遠い。宿屋がない時には、クレイはチキだけを民家に泊めてもらえるよう頼んで、自分は外で過ごした。野営も幾度かしたが、クレイはいつも火の番をしながら起きている。毛布を被って顔は見えなかったが、時折火を突いて様子を見るのだ。チキが目を覚ましていると気付くと、静かな声で「寝ろ」とだけ言う。チキが村の民家で眠っていた時も、寝ていなかったのではないかと思わせる。
 次第に町が近付くと、道で擦れ違う人も増える。一緒に歩くチキとクレイをちらり、ちらりと見る人もある。痩せて醜いチキと見目良いクレイが似合わないのだ。チキはそっと口にする。
「……あの、クレイ、おいらと一緒に歩くの嫌じゃない?」
「嫌じゃない」
 尋ねるチキに視線をくれるでもない。何故そんなことを、と尋くでも、そんなことはないぞと慰めるでもない。ごく当たり前に返事する。
 機嫌が悪い訳ではないのは、雰囲気でわかる。
 居心地がいい。それは良く効く薬のせいばかりではなかったろう。だからチキは、調子に乗って話してしまう。小さな村に籠りっ切りだったチキの話など、剣を売ってあちこち歩いているクレイには面白くもないに違いない、とわかっていても。
「村はずれに家を建てた、その、おいらと十違いの兄さんが、村一番の悪戯っ子だって……もう今年で二十五なんだから、いい大人なのに、やっぱり爺さんたちは悪戯っ子だって言うんだよ」
 そうか、とクレイは相槌を打つ。隣に見上げるクレイの横顔は、村の兄さんより随分綺麗で男前だけれど、年は同じ位のようだ。
「クレイは、悪戯っ子じゃなさそうだなあ」
「悪戯っ子という年でもないな」
 村の兄さんの立場はない。だから、あははと笑ってチキはそう言った。
「ああ……いや、……そうか。すまなかったな」
 クレイは詫びて、次の町では行くところがある、と剣売りの店番について切り出したので、年の話はそれで仕舞いになった。




 ウザは中位に大きな町で……チキには、とてもとても大きな町に思えたのだが……旅の物売りが店を構える場所が決まっていて、クレイはそこの市頭の男に、腰の袋から出した金を渡し、二、三話した後、案内された一畳ばかりの敷地に剣の袋と財布代わりの巾着袋とチキを置いて、では頼む、と出掛けて行った。
 行く時に、袋の中から柄も鞘も備えている剣を一本、腰紐に差して持って行った。随分古そうな剣で、柄と鞘の拵えも実用一点張りだったが、だからチキは、クレイはその剣を客に届けに行ったのだろうと思った。
 道すがら店番については教わっていたものの、チキには何もかもが初めてのことだ。袋から出した剣を空にした袋の上に並べて、その隣に腰を下ろす。客が来るまでは黙って座っていればいい、と言われていたが、チキは胸がドキドキして治まらなかった。けれど、けして嫌な感じじゃない。初めて見る大きな町の家並みや溢れんばかりの人波に胸が時めくのと同じだ。楽しい。チキは、楽しいのだ。
 チキが教わっていたのは、それぞれの剣の最低金額と金銭のやり取りについてだけで、客の呼び込みなどもしなくていいと言われていた。
 だから、最初にやって来た客に「いらっしゃいませ」と言ったのも、クレイにそう言えと言われていた訳ではないのだ。
 暑気避けの布を頭に被った小男は少し太り気味だったが、チキに比べると随分太って見えた。
「……ここはクレイの店だろ?」
 確かめるようにチキに問う。はい、とチキは頷いた。初老の小男は、面白そうに笑うのだ。
「きゃつの店に来てお愛想を言われたのは初めてだよ」
 店番の坊主を雇うとは、きゃつも少しは商売っ気が出て来たかな、とけらけらと笑う。
 本当に商売っ気があるのなら、チキではなく、もっと見目美しい、客慣れした女でも雇うだろう。小太りの小男は、そこのところには触れず、剣を一本買って行った。
 二人目の客は、いかつい女剣士だった。店番をしているチキをじろじろと見てから、並べてある剣をまじまじと見る。
「店主はどうした?」
 出掛けています、とチキは答えた。
「いつ戻る」
 わかりません、と答えた。そう言えば、そこのところは一切クレイは言及しなかった。女剣士は眉を顰めた。
「念の為に尋くが……これはクレイの剣だな?」
「はい、そうです」
 女剣士は、大仰に溜め息を吐く。仕方ない、買いそびれるよりは良いか、と呟いて、比較的細みの剣を一振り買って行った。
 有難うございました、と見送って、握り締めた代金を巾着袋に仕舞う。
 楽しい。剣が売れて嬉しい。
 どうやらクレイは、ここが初めてではないらしい。クレイを目当てにやって来る客も少なくないようなのだ。当然だろうな、と思う。クレイはとても綺麗な男だし、それに剣そのものも、客の様子を見る限りでは、なかなかに質の良いものだと思われた。剣の届け物をするくらいなのだから、評判も良いのだろう。
 チキは剣の相場など知らないが、クレイの言い置いて行った金額は、決して子供の小遣いで買える値段ではない。それでも既に二本売れた。しかも値切るでもなく、こちらの言い値ですんなりと。
 大した額の入った巾着袋を抱えて、これは確かに、店番は必要だったのだろうと思う。クレイの店が来たと聞けばやって来る固定客がいるのなら、チキのような何も知らない綺麗でもない……寧ろ痩せ過ぎで気味悪い子供が店番でも勤まるのだ。
 一人前に役に立っている気分になって、ふわふわと高揚している時に、三人目の客は訪れた。
「いらっしゃいませ」
 客は目付きの鋭い、痩せ気味の男だった。
「ふうん……」
 剣を見て、値踏みするように幾度か頷く。
「そんなに大騒ぎする程の剣にも見えないが……鞘どころか、柄のないのまであるじゃないか」
 あんた店番かい、とチキの顔を覗き込む。にやにやと、品のない笑いをした。
「成る程、これなら間違っても、店番以外出来そうにないや」
 チキは不愉快になった。自分の容姿について、多分悪し様に言われたことはどうでもよかった。事情は知らないけれど、この男がクレイの剣を貶める物言いをしているのが癪に障った。
「お客さんは皆、喜んで買ってってくれてますけど」
 チキの知っている客はたった二人だが、余りに悔しかったのでこう言った。すると男は、ますます下卑た笑いを漏らすのだ。
「さて、喜んで買ってるのは何かねえ」
 眼をしばたかせるチキに、おや、わからないのかい、と気の毒そうに男は笑う。
「聞くところによると、クレイという剣売りは大層美人だそうじゃないか。それでこうして店を構えても、大概留守でどこにいるかわからない。こりゃ、剣以外のものを売りに行っていると思われたって、仕方ないだろう」
 男がヒヒヒと厭な声を発するのを、チキは唖然として眺めた。何を言っているんだこの男は。
「こんなガラクタは二束三文だろう。はっきり言って商売の邪魔だ。ほら、俺が買い取ってやるからさっさと失せな」
 親切そうに男は言って、懐から小さな巾着を出し、チキの前に放ると、ガチャガチャとクレイの剣を拾い始めた。
「えっ……ちょ、待って」
 チキは慌てた。どう考えても、放られた小さな袋に残りの剣全部に見合う金が入っているとは思えない。
「何するんだ、困るよ」
「何が困る。俺が全部買ってやるんだ、店番はそれで終わりだろう」
 隣近所の物売り達が、何だ何だと騒動を見ていた。男は押し問答の末、チキを突き飛ばした。おい、とチキの隣で香炉を売っていた爺いが、無法を怒鳴った。男はフンと毒突いて、剣を拾い続ける。咳き込んで、チキはやめろよ、と言えなかった。
「――おい、坊主。そこの、一番でかい剣を買うから、こっちに寄越しな」
 頭の上から、不意に、朗々とした声が降って来た。チキはまだ胸が痛くて、まともに顔を上げられなかった。ぜいぜい言う胸を押さえて、ようよう声の主を振り仰ぎ……そう、振り仰いだ。でかい。見ると、周りの店の連中も無法を行っている男も、ぽかんとでかい男を見上げている。首から上がにょっきと野次馬達の上に突き出ている大男が、人を掻き分けチキの前に現れた。
 一見して剣士だ。背中には大きな剣と袋を背負って、筋骨隆々たる体でどんと立っている。太い首の上に乗っているのは逞しい顔、だがどこか悪戯小僧のように楽しげだ。明るく薄い金の長い髪も、やはり楽しそうにふわふわとうねっている。何より金茶の眼の光が、今悪戯を企んでいるのだと言っている。
「おい、その端っこの剣だ。ほれ、寄越せ」
 馬鹿のように口を開いて座っているチキに、右端の剣を指差して見せる。チキは黙って頷いて、差し出す男の頑丈そうな手に、一番大きな剣を渡してやった。
「おう、これだ、これ」
 男の手には、その剣も小さく見える。機嫌良く、男は剣を二度三度と軽く振る。
「うん、上物だ。最近のでかい剣はなかなかいいのがなくってなあ。竜の一匹も斬り倒せないときた」
 困ったもんだ、ほれ、と言って、背中の大剣をひょいっと抜いて地面に放った。土煙を上げて落ちた剣の身は、途中で折れて無くなっていた。
「でかいだけじゃ駄目だな、やっぱ。さて、試し斬りは……」
 大仰にがっくりとして見せた後、大男は一転浮き浮きと、ちらりとクレイの剣を拾い抱える男を見た。
「ひ……?」
 息飲む男に間髪与えず、ひゅん、と眼の前に剣の切っ先を突き付ける。
「物足りねえがなあ。ま、手近なところで手え打つかあ?」
 犬歯を見せた物騒な笑いに悲鳴を上げて、小狡い男は逃げ出した。すると、大きな体に似合わず、金髪の剣士は器用に剣先を操って、逃げる男の服を引っかけた。
「こら、置いてけ」
 転んだ男はガシャンと剣をばら蒔いて、ひーっと叫び、地べたを這いつくばるように消えて行く。それを見送って、わっはっはっ、と笑う金髪の男は、大きいはずの剣を軽々と肩に担いだ。
 わあっと場が沸いた。チキと大男の周りの人垣が歓声を上げる。大丈夫かい、とチキに声を掛けたのは、隣の香炉売りの爺いだった。
「うん、ありがとう」
 チキが礼を言うあちらで、物売り達や客達が剣士をわいわいと囲んでいる。
「すっとしたよ、あんた! よくやってくれた!」
「あいつは一昨日ここに来た剣売りさ。クレイの噂を聞いて、邪魔しに来たんだろう」
「はは、クレイに振られた口かもしれないよ」
「市頭に言って、締め出してもらうとしよう」
 チキが散らばる剣を拾い始めると、何人かが手伝ってくれた。ほんの五本程なので、拾うのはすぐに済んだ。チキは地面に、今の男が忘れて行った巾着袋を見付けた。
「……あ、これ」
「迷惑料だ、もらっとけもらっとけ」
 企みの成功した大男は、機嫌良く唆す。自身で袋を拾い上げ、中身を確認して、うわっは、馬鹿にしてらあと喚いた。
「こんなんじゃ鼻毛抜きも買えやしねえ。クレイからもふんだくれよ、店番の坊主」
 そう言ってチキに巾着を投げて寄越した。
「ふんだくれって……」
 どうせ奴はあんな小悪党についてなんか、考えもしなかったんだろうよ、っと、これはこの剣の代金だ、と金髪を揺らせて、男は上着の懐に手を入れて、これまた袋を放って寄越す。先に受け取った物とは段違いに、それはずっしりと重かった。
「しかし、奴が店番を雇うとは珍しい」
 そう言って男は、体を屈めて、悪戯な顔をチキに近付けまじまじと見た。四角い顎を手で摩り、首を傾げてチキを眺める。チキは身を引きながら、クレイと馴染みらしい男に尋ねてみた。
「あ、あの、いつも、クレイは店番も置かずに留守にするんですか?」
「ああ……」
 男は体を起こし、腰に手を当てる。
「奴には自分が商売人だって自覚がないんだろ。愛想はねえし店は空けるし」
 それでも客が来るのだから、剣は相当良いものなのだろう。チキがそう言うと、男は頷く。
「まあな。剣は一流だ。だから尚更、品だけ並べて留守にするのは馬鹿だろ、って言うのさ。こないだも留守中に剣がごっそり持って行かれたらしいが、奴はこうだ。『値札は書いて置いたんだがな……』」
 不意に無表情になって言った台詞は、クレイの真似だ。野次馬の中のクレイを知るらしい男が、似てる似てる、と手を打った。チキも思わず吹き出した。目聡く気付いた男は、気を良くしてにやりと笑う。
「似てるだろう。とにかく奴は、剣売りの癖に剣を売るのに熱心じゃない。何か副業で儲けてるからだろうってのは当たり前の推測だが、旅芸人が傍らで春を売るのとおんなじだと思ったら、大きな間違いだ。例え誘ったって、あのクレイが応じるかよ」
「……え」
 さっきの嫌な男が「何か他のものを売りに行っている」と言ったのは、そういうことを言っていたのかと、気付いたチキは真っ赤になった。
 金髪の男は、片眉を上げてチキを見る。
「……おい、わかってなかったのか?」
 呆れる口振りで確かめる。チキは俯いてしまって、子供をからかっちゃいけないよ、と香炉売りの爺いが庇ってくれた。
 大男は黙って頭をがしがしと掻いて、それからチキに、「この町の子か?」と尋いた。
 チキはまだ赤い顔を横に振って、逆に男に、クレイと会う約束をしていたのかと尋ねた。そうなら、黙って留守にしたクレイの代わりに謝らなければと思ったからだ。
「ああ……いや」
 男は手を軽く振った。
「魔が出るって噂を聞いたからな。会えるかと思ってよ」
「魔……?」
 ガチャリ、と鳴ったのは、腰に帯びた剣だろう。
 最初に振り向いたのは金髪の男だった。それにつられて、その場の全員が振り返る。
「賑やかだと思ったら……お前か、ヴァーン」
 クレイが帰って来たのだ。行った時と同じ姿で、腰紐に一本、剣を差して。いや、見間違いでなければ、革のチョッキに染みが少し増えている。
 大男は嬉しそうに、友人に呼びかけた。
「……よお、クレイ」
 クレイは友人を通り過ぎて、チキの方へと歩み寄る。
「ご苦労だったな、もういいぞ」
 再会の抱擁を予定していたらしいヴァーンは、広げた腕と笑顔を持て余して、自分を無視した友人に抗議した。
「こらこらこらこら! 本当にご苦労だったんだぞ! 俺が助けてやらなかったら、店番の坊主はお前に泣いて謝らなきゃならないところだったんだ! それもこれも、お前が不必要に別嬪(べっぴん)なのがいけないんだろうが!」
「なんのことだ?」
「久し振りに会ったってのに、冷たい奴だお前は!」
 ヴァーンの非難の内容は到底筋道立っているとは言えなかったので、クレイには先の出来事が伝わらなかったろう。クレイのせいではないのだが、ヴァーンは尚更に詰め寄り、吠える。
 この二人、並ぶと目立つ。
 一人ずつでも、とくにヴァーンなどは十分目立つ。
 例えば、ヴァーンは人混みに紛れてしまうことはないだろう。持ち前の体格と光を発しているような存在感は、周りにいる人間をその他にしてしまう。だがクレイは、簡単にその他に紛れてしまえる癖に、ヴァーンの隣に立っても、背景に落ち込んではしまわないのだ。
 クレイより頭半分ヴァーンはでかい。クレイも長身だが、腕の太さや肩の厚みがまるで違う。二人が目立つのは、無論体格のせいもあるのだろうが。
 チキの目には、二人が光を出しているように見える。眩しいばかりの明るい光と、酷く暗くはあるけれど、やはり光なのだと思えるもの。
(そうか)
 チキは思った。クレイの光は暗過ぎて、ヴァーン程に明るい光と並ばないと、唯の闇と紛れてしまうのだ。
 ヴァーンが、クン、と鼻を鳴らす。
「仕入れて来たんだろ。剣は?」
「……ああ。依頼主が買い手になった。臭うか?」
「いや、わからん程度だ。寧ろ石鹸がな」
 そう言って、ヴァーンは大仰に息を吐く。
「そんな風に帰って来るから、ナニを売ってると囁かれるんだっての」
 クレイは一つ瞬いて、そんな話をしていたのか、と気にした様子もない。ヴァーンは諦めたように首を振って、チキを向いた。
「おい坊主、店番は幾らで引き受けた? こいつは今儲けて来たんだ。賃上げ交渉をしてやるぞ」
 突然呼ばれて、チキは返事に躓いた。
「え……えと、そ、その、ただで」
「ただぁ?! 坊主、駄目だぞそんなんじゃ!」
「えっと、でも、おいら、その」
「坊主じゃない。チキだ」
 クレイの訂正に、ヴァーンは驚いたようだ。チキとクレイが考えた以上に親密だと思ったのだろう。素直に手を挙げて謝った。
「……そうか、そりゃ悪かった。名前を聞きそびれてたな」
 チキが首を振る間に、クレイの説明は続く。
「チキは病気だ。グラードまで俺の薬を飲んで行く」
「――お前の薬?」
「ああ」
 チキを見て「ふうん」と言った。表情豊かな男の顔には、その時特に読み取れるものはなく、却って正体不明な事情を思わせた。
「それで、留守の間に何があったんだ?」
「お前……それは俺がさっき言っただろうが!」
 ヴァーンの説明は甚だ不足であったので、チキはヴァーンに助けてもらった次第と、剣の売れ行きについて話すことになった。
 そうか、とクレイはヴァーンを向いた。
「礼を言う、ヴァーン。助かった」
「最初っからそう言えっての」
 不服そうに口を尖らせながら、ヴァーンの手付きはいいってことよと言っている。
 今日はもう仕舞いにしよう、とクレイは店に広げた剣を拾い上げ、袋に片付け始めた。
 明日も来るかと尋いたのは、隣の店の爺いで、そのつもりだと答えたクレイに、じゃあこの場所を押さえといてやるよと香炉売りは笑った。
 クレイは爺さんに礼を言って、手早く店を畳んだ。その際、腰に提げていた剣も一緒に袋に入れたので、チキは売れなかったの? と尋いてみた。クレイは気が付いたように、ああ、これは売り物じゃない、と答えて、ガシャンと重い袋を担いだ。
 手を振る爺さんが見えなくなる程歩いた頃に。
「……何故ついて来る」
「何故ってお前」
 チキとクレイ、その隣に当たり前のように並んでいるヴァーンが、思い切り冷たい友人をどんと突いた。クレイは体を傾げて二歩程斜めに歩いたが、叩かれたのがチキなら、すっ転んで暫くまともに息も出来なかったか、悪くすれば打ち所を誤って死んだかもしれない。
「おい、チキ、こんな奴と二人じゃさぞ気詰まりだったろう。こっからは俺も同行してやるからな」
 嬉しいだろ? とヴァーンは笑う。クレイは、来るのか、と言っただけで、特に感想は無いらしい。ヴァーンは自分の背中に新しく担いだクレイの剣を親指で差して、
「まあ、こいつで悪いこたあないが、出来ればもう少しでかい剣が欲しいしな」
 と同行の理由を付け足した。
「留まるってことは、ここでまだ仕入れるんだろ?」
 ああ、とクレイは答える。そっかそっか、とヴァーンは続ける。
「切れ味はやっぱ、お前の剣がピカ一だからな。もう他のは使えねえ」
「……クレイは、剣売りだろ?」
 クレイとヴァーンが、揃ってチキに視線をくれた。
「剣を自分で鍛えるの? 仕入れるって?」
 ヴァーンがちらとクレイを見る。クレイは、剣売りだからな、とチキに話す。
「切れる剣を仕入れて売るだけだ。俺は鍛冶屋じゃない」
 商売不熱心だがな、とヴァーンはからかった。
 やがて三人は宿屋に着いた。宿屋の主人は物珍しそうに、大男と美男子と痩せた子供の三人連れをしげしげと眺めた。
「お部屋は生憎、二つしか空いておりませんが、一つは二人部屋に出来ますので」
 それでいい、とクレイは答えて、部屋の鍵を持って先導する主人の後を三人揃ってついて行った。主人は多分、クレイとチキを同じ部屋に宛てようと思ったのだろう。「では、そちらの大きな方はこちらで」と一部屋の前で立ち止まった時、「いや」とクレイは訂正した。
「一人部屋はこの子が使う」
「おや……それでよろしいので?」
 三人の顔を代わる代わる眺めて、主人は確認を取る。ヴァーンは眼をしばたかせ、「ああ……お前がいいなら俺は別に」と了承してチキを見た。
「え……そりゃあ、おいらは有難いけど……いいの?」
 いいんだ、とクレイは肯定する。
 では、と宿屋の主人は部屋の鍵を開け、それをチキに渡して、後の二人を二つ向こうの部屋まで案内して行った。宛てがわれた部屋の前に立って、主人が鍵を開けるのを見ているチキを、クレイは振り返る。
「何かあったらいつでも来い」
 うん、とチキは頷いた。「では、もう一つのベッドはすぐに運び込みますので」と宿の主人は引き返して行く。開いたドアに入りながら「何だ、俺と同部屋になりたいならそう言やあいいのに」とヴァーンはクレイを小突いたが、クレイはそれには答えなかった。
 それはチキには、随分立派な部屋に見えた。ベッドと水差しが置いてある小さな台が一つ切りの狭い部屋だが、チキの暮らしていた部屋より、いや道中泊まったどの宿屋より、綺麗で立派だ。村にいた頃のチキがいきなりこの部屋に連れて来られたら、気後れしてベッドが使えなかったろう。チキはクレイやヴァーンに感謝しながら、鞄を台の上に下ろし、そっとベッドに寝転んだ。
(気持ちいい……)
 クレイにもらった薬を飲んでから、体は随分調子がいい。勿論、ぐっすり眠ることも出来ない頃と比べてだから、健康体とは程遠いのだが。それでも村の爺さん達は、チキがこれ程ゆったりとベッドに横たわっていることなど、想像しないに違いない。
 そうだ、村の皆に手紙を書こうか。旅の途中で親切な人に薬をもらって、今は随分調子がいいこと。旅に出してもらった
お蔭様で、もしかしたら、すっかり元気になって、村に帰れるかもしれないこと。
 そうだ、そうしよう。思い立ってチキが体を起こした時、がたんがたんと、ベッドを運んで行く音が廊下から聞こえた。
 覗いてみると、宿屋の主人が、息子だろうか主人を少し細くした良く似た男と二人で、狭い廊下をえっちらえっちらと運んで来る。チキは二人部屋のドアを開けてやる為に、自分の部屋を飛び出した。意図がすぐに知れたのだろう、主人はこりゃあどうも、と礼を言う。
 クレイ、ヴァーン、ベッドが来たよ、と声をかけて、チキは二人部屋のドアを開けた。
「おう、ご苦労さん」
 肩越しに振り向いたヴァーンは、最初からあったベッドの前で体を屈めたまま、その辺に置いてくれ、と部屋の隅を指す。尤も、何とかもう一つベッドが入る、という程の広さしかないから、その辺も何もないのだが。広さの他には、チキの一人部屋と変わりない。
 運び込まれるベッドの為にチキはドアを押さえて、見た。クレイは眠っている。ヴァーンは、苦労して、クレイの革のチョッキを脱がせているのだ。
「……手伝おうか?」
 宿屋の二人がベッドを置いて出て行くと、チキはドアを離れて、クレイが転がされているベッドに寄った。
「いいさ、もう終わる」
 脱がせたチョッキをぽいと放ると、今度はブーツを脱がせにかかる。
 チキは床に落ちたチョッキを拾い上げて、クレイの荷袋の上に乗せた。
「あっという間に寝たんだね」
「まあな」
 やっぱり疲れていたのだろう。余り寝ていなかったのだ。そう言えばチキは、クレイが眠っているところを初めて見るのだ。子供のように靴を脱がせてもらっているのが、何となく可笑しい。
 両足とも脱がせたブーツをヴァーンは床に放り出す。それをチキが揃えるのを見て、「っと、こりゃすまねえ」と謝った。
 ふう、やれやれ、とヴァーンは自分も腰のベルトを外して上着を脱ぐ。自分の上着は、ベルトと一緒に今運び込まれたばかりのベッドの上に投げて……と言っても、ベッド二つの間はヴァーンの腕一本の長さしかなかったのだが……どすん、と上着の横に、ヴァーンは腰かけた。
「チキも座れ」
 勧められたが、こちらのベッドはクレイが寝ているし、と少し迷って、チキはヴァーンの隣に少し離れて腰を下ろす。
「年は幾つだ?」
 ヴァーンの笑顔は賑やかだ。
「十四。ヴァーンは?」
「俺は二十八だ。そうか、十四か。俺にもちっこい従妹がいてな。暫く会ってないが、確かそれっくらいになってるはずだ」
 自分の左腹の当たりをぽん、と叩いて、
「ここにな。その従妹が作ってくれたお守りがある」
 そりゃあちっこくて可愛かった、とヴァーンは笑う。嬉しそうだ。だから、チキはもう少しその従妹の話を聞こうと思った。
「お守り、見たいな」
「見たいか?」
 ヴァーンはシャツを捲り上げる。シャツの裏に、小さなポケットが付いていた。太い指をねじ込んで、ヴァーンが抓み出したのは、ヴァーンの指先程の小さな袋だ。元は綺麗な色をしていたのだろうが、もう随分色褪せていた。良く見ると、あちこち綻んでいる。
「まあ、あんまり上手な作りじゃないがな」
「何が入ってるの?」
「ハンナ……って名前なんだが、ハンナが大事にしてたガラス玉だ」
 そして、不意に真面目な顔になった。
「まさか、まだ、俺に黙って嫁に行く年じゃないよな」
 チキは瞬き、ぷっと吹く。
「ヴァーン、おと、お父さんみたいなこと言ってる」
 上体を折って笑いを堪えるチキに、いいだろ別に、と抗議して、ヴァーンはお守りを仕舞い込んだ。
「チキはどこから来たんだ」
「パルシャ村。すっごい辺鄙な村だよ。って言っても、村の中にいた時には、ちっともわからないことだったんだけど」
 パルシャ村か……聞かないなあ、とヴァーンは顎を手で擦る。
「一度も出たことがなかったのか?」
「うん。初めて村を出て……クレイに会ってびっくりした。村にいないもん、こういう人」
 あ、ヴァーンみたいな人もいないけど、と付け足すと、どう解釈したものか、そうだろそうだろ、と頷いた。
 ベッドの横に二人並んで腰掛けていると、自然、眼の前のクレイを眺める格好になる。
 ヴァーンはにやりと笑って、顎で寝ているクレイを指した。
「幾つに見える」
 呼吸も殆ど感じない程静かに眠っているクレイを見つめて、綺麗だなあ、と考えた。
「ううん……ヴァーンと同じ位かな。クレイの方が少し下?」
「正解は」
「正解は?」
 俺も知らない、とヴァーンは頷いた。
 チキは瞬く。ヴァーンとクレイは、随分仲が良さそうなのに。
「知らないの?」
「知らないなあ。ま、俺の方が若くてぴちぴちなのは間違いなさそうだが」
「……ふうん?」
 そうだな、後は、とヴァーンは壁に立て掛けられたクレイの剣の袋を指差す。
「あの中の一等古い一本が、奴の親父さんの忘れ形見だ、ってことかな。奴は違うが、親父さんは鍛冶屋だった」
 売り物ではない、と言った、あの一振りだろうか。
「それで、クレイと知り合ったの?」
「うん?」
「ヴァーンは剣士だから、やっぱりいい剣を鍛えてもらいに行ったんだろ?」
 ヴァーンはきょんとして、そしてにやにやと笑った。
「俺が剣士? そう言ったっけか?」
「え?」
「よし、いいもの見せてやろう」
 ヴァーンは人差し指を振り振り、小声で何やらぶつぶつと唱えた。すると、ヴァーンとチキの丁度真ん中に、突然指の長さ程の青い光球が現れた。
「えっ……?!」
 チキは驚いて身を引く。ヴァーンは寝ているクレイに遠慮した笑いをくっくっと漏らして、「綺麗だろ?」と指を振る。それにつれて、青い光はチキの方へと滑って来る。
「剣術は趣味だ」
 幾度も眼をしばたかせるチキを、ヴァーンは面白そうに眺めている。
「俺は魔法使いだよ」
「……魔法使い?」
「そ、こっちが本業」
 あんまり暇だったもんで、つい体も剣術も鍛えちまったって訳。陽気で逞しい大男の魔法使いは、そう言って、指振る手をぱっと開いた。すると光は、チキの鼻先で、ふっと消え失せた。




(続く)


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