ベイエリア・リズム・セクション結成〜ジャーニーへの生まれ変わり

(1973.2〜1974.2)


ハッピー・バースデイ解散後も、ハービー・ハーバードはあきらめたりぜず、新たにメンバーを探したりしながらも、バンド作りに奔走したようである。ニール・ショーンを中心としたバンド作りへの夢は、捨てないでいたようである。

バンドのメンバーとして、引っぱってきたのが下記のような人たちである。

ロス・ヴァロリー(ベース)・・・当時スティーヴ・ミラー・バンドのメンバーとして活躍していた。
ジョージ・ティックナー・・・グレイトフル・デッドのジェリー・ガルシアとのギター・バトルで名をあげた人物と言われるプレイリー・プリンス・・・チューブスのドラマー

このようなメンバーにより、”ベイエリア・リズム・セクション”が誕生する。

(第1期)1973.2〜1973.6

ヴォーカル ギター ベース ドラムス
(ロス・ヴァロリー) ニール・ショーン
ジョージ・ティックナー
ロス・ヴァロリー プレイリー・プリンス

そして、グレッグ・ローリーへ参加を要請し、1973年6月からは5人編成のグループとなる。

(第2期)1973.6〜1974.2 ここから、新しいグループ名”ジャーニー”として生まれ変わる。

ヴォーカル ギター キーボード ベース ドラムス
(グレッグ・ローリー) ニール・ショーン
ジョージ・ティックナー
グレッグ・ローリー ロス・ヴァロリー プレイリー・プリンス
(*注1)

また、1974年に入って、新しいグループ名を付けようとする動きがあり、オフィス・マネージャーのジョン・ヴィラヌーヴァの提案により、”ジャーニー”に決定される。(当時、ファンからグループ名の公募もしていたらしい)

(注1)プレイリー・プリンスは、1974年に入り、突如グループからの脱退を表明する。元々、パーマネントなメンバーになる気はなかったようで、2月まではセッション・ドラマーを起用することで、急場をしのいだようである。


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