さまざまな治療法

以下に紹介する『小児・思春期の「心の問題」診療ガイド』(Dr.MK Dulcan&Dr.DR Martini共著/メディカル・サイエンス・インターナショナル)という出版物は、「成人の精神医学の知識は持っているけれど、児童・青年精神医学は初心者」という臨床家のために書かれた参考書です。早い話が、DSM−4を用いて実際に子供の医療に当たろうとしている"専門家のために書かれた医学書"です。

DSMやICDの「発達障害」の診断基準を読んで、「私はこれに該当するのでは?」と疑われることは多いかもしれませんが、なにしろ子供時代のことなので、実際に診断がつく人・現在も診断&治療を必要としている人はそうそういるわけではありません。しかし、不登校や保健室登校をしている子供・問題行動を起こしている子供・あからさまな反抗や暴力的破壊行動を起こしている子供・教師が対応に苦慮している子供の中には、「本当はちゃんとした診断を受けて、しかるべき治療をした方がいいのではないか!?」と思えるような子供がいることも事実です。(しかし、日本では、教師が保護者に対して医療機関へかかることを勧める権限がないので、学校内で対応するしかありません。)

そこで、この本を治療のためのガイドブックとしてではなく、アメリカの児童青年精神医学の権威が、「アメリカ児童青年精神医学会」の科学文献と臨床的知識を豊富に引用している貴重な資料集として用いたいと思います。特に、児童・青年期に発症する「障害」と家族の関係についてのデータは貴重なものです。と言うのは、子供は「世の中」に単独に存在しているのではなく、親から遺伝子を貰い受け・親によって養育されていて・発達途上にあるヒトだからです。よく、「こういう子供がいるけれど、どういう指導をしたら良いでしょうか?」と聞かれますが、たいていの場合「一概に言えない」と答えるしかありません。何故なら、個体的な要因以上に、環境要因と親子関係の影響が大きいことがあるからです。

私にとって主題となるのは「発達障害」ですが、児童・青年期にみられる「障害」の全体像をつかむことから始めたいと思います。(実は、日常的に学校と関わっていると、「発達障害」のことを通常の「情緒障害」や養育の問題と勘違いされないように説明をしなければならないだけでなく、実際に危険信号をプンプン発している子供を多く見かけるので、これは決して他人事ではないのです。)

※邦題では「心の問題」となっていますが、原語はPsychiatryです。通常は「精神医学」と訳されることが多い用語です。


まずは、「児童・青年精神医学」全般にかかわる基本的な考え方から。


児童・青年期の精神障害には、以下のものがあげられます(DSM−4による区分)。
発達障害 精神遅滞・広汎性発達障害(自閉性障害)・特異的発達障害(学習障害・発達性協調運動障害・言語障害)・注意欠陥多動性障害
幼児期・小児期・青年期に初めて診断される障害 分離不安障害・幼児期または小児期の哺育&摂食障害(異食症・幼児期の反芻性障害)・チック障害・排泄障害(機能性遺糞症・機能性遺尿症)・選択性緘黙・幼児期または小児期早期の反応性愛着障害・行為障害・反抗挑戦性障害
小児期・青年期に始まることがある成人の障害 摂食障害(神経性無食欲症・神経性大食症)・物質関連障害(タバコ・アルコール・麻薬・覚醒剤・揮発性の薬物・精神刺激薬)・精神分裂病・気分障害(うつ病・躁鬱病)・不安障害(恐怖症・全般性不安障害・心的外傷後ストレス障害・強迫性障害・パニック障害)・性同一性障害・転換性障害・解離性障害・睡眠障害(不眠症・過眠症・夜驚症・夢遊病)・適応障害(抑うつ&不安&行為の障害)

『小児・思春期の「心の問題」診療ガイド』(目次ならびに具体的な鑑別診断に基づいて作成したもの)

子供の一番の“仕事”は成長し、さまざまな次元での変化を成し遂げていくことである。この時期の精神障害と精神症状については厳密すぎる記述をすると、発達しながら内部や外部の困難に対処していく子供の躍動感や生命力を捉え損ねてしまう。精神障害の治療においては、子供の変化する力は治療の助けになる。われわれは医師として、治療的介入と子供の成長過程の相互作用の力動を味方につけておく方がよい。

すべての小児期の障害は、もともとの精神障害の枠を超えて持続的な影響を後々まで及ぼすことがある。一般に発達途上の合併症は累積的な効果をもち、しばしば広範囲の機能障害を引き起こし、社会的・認知的・心理的発達を阻害するだけでなく、身体的発達をも障害することがある。進行性の学習の遅れ・学校不適応・低い自己評価・素行の乱れ・家族成員との関係の障害・仲間からの排除や無視などは小児期発症の精神障害によく認められる合併症である。早期の介入によってこのような発達への影響を軽減させることができる。

もともとの病因が何であれ、病気の経過には生物学的・認知的・力動的・家族的・対人関係的・社会経済的・社会文化的因子のすべてが関与する。発達早期の障害の影響は後に起こるチャンスや困難により、補償されることもあれば悪化することもある。家庭環境や社会環境は子供のもともとの長所を強化することもあれば、弱点をさらに拡大することもある。それぞれの患者の成人期における転帰は、治療の影響と危険因子および保護因子の相互作用の結果である。最終的な予後が、障害の重症度よりも、子供と家族の病気への対処法の学習能力により依存することもある。過剰な敏感さ(分離不安障害)、てこでも動かない頑固さ(反抗挑戦性障害)、制御できない活動性や熱中性(注意欠陥多動性障害)など、小児期には症状であったものを成人期の強みに変えていく人もいる。補償能力と良好な環境によっては、障害早期の予想をはるかに超えた達成と適応を成し遂げることがある。

『小児・思春期の「心の問題」診療ガイド』(序論/P1〜2)より

太字は原文のものではありません。

なにぶん発達途上にある子供のことなので、本人の資質の問題だけでなく、介入の時期・家族との関係・社会的な環境に大きく左右されます。


では、次に、「発達障害」がある場合について。


私自身が関わったことがある普通学級での「発達障害」児の様子と、親のするべきこと。
「障害」 親子・家族関係を主とした対処法。
  特徴と、よくみられる本態的な合併症

  • 全般的な発達の遅れがある。
  • 最終的な到達段階に限界がある。
  • コミュニケーション・日常生活技能・社会性・運動能力・行動障害などの、多岐にわたる適応機能障害がある。
  • 理解力の悪さとともに言語発達遅延があるので、自分の言いたいことがうまく表現できず、ストレスがたまったり他者と衝突しやすい。
  1. 自閉症(鑑別診断が必要)。
  2. ADHDの診断基準を満たす場合も多い(診断からは除外される)。
  • 子供の状態に落胆して否定的な見方しかできない親に対しては、反抗的になりやすい。
  • 子供の状態を肯定的に受け留めている親とは、衝突はしない。が、過保護になりやすい。また、親自身に教育力がないと行動修正されないまま経過する。
  • 正の強化による行動修正が不可欠。
  • 小学校6年生程度の学力の習得を目標とする(知的ボーダー児を含む)。
  • 学業よりも、社会適応技能の訓練・職業的技能の訓練を主にした方がよい。

  • 発達が遅延しているのではなく、非定型であり偏奇している。
  • 認知障害・機能障害・適応障害など、多岐にわたる広汎な障害があり、臨床像は一人一人違う。
  • 重症度にはかなりの幅があるが、対人関係障害は一貫している。
  1. 気分障害(うつ病・躁鬱病)。
  2. 不安障害(恐怖症・全般性不安障害・パニック障害など)。
  3. ADHDの症状を持っていることも多い(診断からは除外される。)
  4. 発達性協調運動障害。
  • 早期にさまざまな方法で積極的に治療することができると、顕著な改善を示す。
  • 軽症で、IQが高く・言語発達が良好・社会的技能が高く行動障害が少ない場合や、特定の突出した能力がある者では、就職や自立ができる。
  • しかし、一見言語は正常でも、対人交流や共感性の障害は持続する。成人後も孤立しがちで、反抗的なこともある。
  • 障害の性質と対処法を十分に理解した指導者や養育者に恵まれると、子供の能力を最大限に引き出すことができる。
  • 障害を否認しようとする親には、感情的な支援をする必要がある。

  • 健常児の男児に普通に見られる、不注意・過活動・衝動性と鑑別する必要がある。
  • 注意の持続や精神的努力を要する課題を完遂することが困難。
  • 典型的な混合型のADHDでは、規則を守ることができない・問題の解法が覚えられない・友達に対する振舞い方がわからない・乱雑で粗野な感じがする・内的な欲求や外的な挑発に対する抑制困難・危険なことを平気でする、などの様子がみられる。
  • 行動障害を伴う方が、発見されやすい。多動・衝動性がなく、反抗的態度をとらない不注意優勢型(ADD)だと、障害という認識が持ちにくく、見過ごされるケースが多い。
  1. 学習障害。
  2. 発達性協調運動障害。
  3. 反抗挑戦性障害。
  • 多動は発達と共に消失するが、他の症状(不注意・衝動性・反抗的な態度)は終生持続する。
  • 不適切な行動を、障害に起因するものだと認識せずに非難され続けると、自己評価の低下から二次的な障害を起こしやすくなる。
  • 子供の問題行動に対して干渉的で厳しい親だと、葛藤が生じやすい。(特に、反抗挑戦性障害が合併している場合に、顕著になる。)
  • 親が障害の性質と対処法を理解し、環境を整備することが最も重要。
  • ただし、親自身に精神疾患や人格障害があり、家族病理を抱えていると、行為障害を合併しやすくなる。(親が不都合を認識していない場合では特に、情緒的なこじれから治療的介入を受け付けなくなっていることが多い。)

  • さまざまな認知障害があり、ある特定の分野(読字・書字・計算)の基礎学力が著しく劣っている。
  • 学力以外にも統制能力の障害があり、ノートを取る・計画的に時間を配分する・プリントなどを整理して保存することなどができない場合が多い。
  • 葛藤耐性が低く、学習意欲がない。
  • 自己評価が低く、自分を「バカだ」とさかんに言う。
  1. 注意欠陥多動性障害。
  2. 発達性協調運動障害。
  • 障害という認識がなく、努力が足りない・怠けていると非難され続けると、自己評価を下げ、二次障害を起こしやすくなる。(うつ病・反抗挑戦性障害・行為障害など)
  • 学校で採用されている一般的な教育カリキュラムに従うことに困難があるので、特別な個人指導を行う必要がある。
  • 障害の種類に応じて、計算機・ワープロなどの使用を認めたり、テスト時に特別な環境を準備したりすることが望ましい。
  • 不得意分野が目立たない職種を選択することで、安定した社会生活を送ることができる。

「発達障害」児の場合は、できるだけ早く「障害」であることを認識して、関係障害をこじらせないことが、良好な予後に繋がります。

成人の治療とは対照的に、子供は通常誰かに連れられて治療場面にやってくる。もちろん子供が“患者”と呼ばれるが、実際は少なくとも2人のクライアントがいることになる。すなわち、親ないし保護者と子供であり、それぞれの欲求や願望が葛藤的な関係にあることもある。

『小児・思春期の「心の問題」診療ガイド』(序論/P4)より

しかし、治療後も、本態的な「障害」は生涯にわたって持続することを忘れないで、それぞれの「障害」の特性や重症度に応じて適応可能な環境を整備することが重要です。


次に、健常児の「情緒障害」について。


以下の子供たちは、「発達障害」児ではありません。

実際に、学校でよく見かける適応障害児(医療機関に関与する必要のない、軽症例)。
障害名 原因 対処法
分離不安障害 強い愛着対象を失った経験に基づく不安。

子供自身に自律性がなく、保護的な愛着対象者から「分離」することが恐怖になっている。

介助者と共に保健室に登校し、次第に教室に近づくように働きかける。

教室の見えるところに行く・教室を横切る・誰もいない教室に入ってみるなど、段階を追って学校への恐怖心を取り除く。

反抗挑戦性障害 親の養育態度への不満。

子供が、夫婦間の葛藤のはけ口にされていることがある。

親への反抗から起きている子供の不服従・挑発・怒りに反応して親がさらに処罰を厳しくする、という悪循環を断ち切る。

親や教師に対する不満を、陰でこそこそとやる「いじめ」で代償していることを見抜く必要がある。

反応性愛着障害 幼児期に厳しすぎる養育者に育てられたこと・親の子供への無関心などが原因で起きる、愛着形成の障害。

過度の馴れ馴れしさと、過剰な警戒心が入り混じっている。

親子の信頼関係を回復する。

適切な養育環境におく。

上のケースは、親子や家族間の葛藤が長期化して、家族以外の第三者との関係や学校での行動に表われるほど悪化した例です。しかし、こういう家族間の問題を解決するために医療的な措置が必要だとは通常は思わないので、よほどのことがあっても精神科を受診しようしません。医師が診るのは、完全な適応障害や人格障害になってから、或いは犯罪を起こして精神鑑定を必要とするほどにこじれにこじれた、重症なケースだけでしょう。

いずれのケースも、家族が問題に気づいて家庭環境を変えたり、養護教諭や他の相談機関の支援を受けるなどして、大事に至らずに済みました。この程度のことなら、学校では特に珍しいことではありません。でも、学校カウンセラーや養護教諭は、こういうことに熟知しているべきです。一過性の分離不安・欲求不満による不適切な行動や反抗的態度をとったり、頭痛や腹痛などの身体症状で精神的な不快感を表わすことは、ほとんどの子供の普通の反応です。このような、DSMで第四軸の「心理社会的および環境的問題」として特記することが十分にあるけれど、まだ第一軸の「精神医学的な診断基準」を完全に満たさないような段階から、子供が発しているSOSを感じ取るのは、親や教師の仕事です。

養育や環境に問題がある子供が起こすこういう「情緒障害」と、元々の適応能力に問題のある「発達障害」とは、抱えている問題も対処法も違います。一見、「情緒障害」のような症状を示しているけれど、その陰に見え隠れしている「発達障害」を見抜く眼力が要ります。


それから、治療的介入の手法にもいろいろあります。


何かの方法が、他人に効いたから自分にも有効だとは限りません。いままで、この「日記」などで取り上げた方法は、以下のものです。治療的介入の手段や精神療法は、これ以外にもあります。各々の障害や症状にはそれぞれ禁忌となる療法があるし、どういう状態の時期に行うかによって効果に違いがあり、実際に利用できる社会資源には限界があります。

このホームページで取り上げられた治療法
療法名 特徴 使われた場面
力動的精神療法 言語化する能力・洞察力を持ち合わせていることと、葛藤耐性が要求される。顕著な情緒的苦痛を持っていたり、ストレッサーにさらされている場合に有効。治療的退行のできる余裕が必要。 自分自身の治療過程で。
支持的精神療法 患児の対人関係が悪かったり親が敵意を持っている場合に、徹底的に、危機的な状況にある患児の味方になり支持する。 自閉症児たちに対して。
行動療法 子供の行動の変化をもたらすための正の強化をし、問題行動を減らして適応行動を増やす。 自分の子供の行動障害に対して。
親の教育 親に「障害」の特性を説明し、子供の行動に対する誤解を解く。 自閉症児の親たちに対して。

『小児・思春期の「心の問題」診療ガイド』(P221〜228)より

こうして並べてみると、「親へのカウンセリング」・「家族療法」や「集団療法」といった、私には絶対にできない部分が欠けていることがよくわかります。くれぐれも、こういう偏りを了解して、適性を確かめる前に真似をしないようにして下さい。また、私は、精神的に破綻してから医療機関にかかりましたが、知的な障害がないし、自分の"オカシサ"に気づき・より多くの知識を求めています。私の子供達は、早期発見・早期告知・早期療育ですべてを説明してきました。しかし、他の多くの場合では、「障害」を認知しようとしていなかったり、「障害」による不利益を被って来ていたりします。親子共に何らかの「発達障害」がある場合と、全く理解できない親子では違うし、親自身が未成熟だとまた違ってきます。

最後に、何故、突然こんなことをし始めたかというと、中学への進学を控えて、「自閉症」で「学習困難」があることよりも、ADHDで知的ボーダーという面が目立ち始めた長男の抱えている問題について、まとめてみる必要があったからです。


      

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