記事タイトル:2003年9月の『日記』 


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テーマ: それで。   
発達障害ではない子どもたちの教育問題への対処と、発達障害のある子どもたちへの特
別支援教育とでは、方法が違います。
どちらも深刻で、どちらも早急に何とかしなければならない問題です。両方をまぜこぜ
にせずに、同時に進行していく必要がある。

ということです。
[2003年9月29日 14時43分56秒]

テーマ: 自閉症の説明。   
{人とのかかわりが希薄・コミュニケーションに障害がある・共感性に欠ける}とこう並
べると、本物の自閉症の人を見たことのない人たちはどう思うか?←多くの人が、自分
の子どものことだと思ったことだろう。
別に、ゲーム・テレビ・ビデオ・パソコンが子守をしているからこうなった、というの
ではない。子ども文化と大人文化が隔絶してしまい、子どものやっていることに対して
大人が指導したり時間を共有したりといったことができなくなっていることが、問題な
のだと思う。コンピューターに詳しくない大人だと、こんなことに夢中になる理由が理
解できず、ただ禁止する・時間制限してしまう。または、その危険性も知らないし管理
することもできずに野放しにするかのどちらかになっている。
これらのハード面の有無にかかわらず、そもそもすれ違いだったり、感情的に接しすぎ
(愛憎両面で)だったり、腫れ物に触るような接し方をしていたりといった関係性の問題
が根底にあるのだ。

だから、
一般向けに自閉症を説明する時には、診断基準を機械的に並べるのではなく、

特徴的なかかわり方をしている。←「人とのかかわりがないとか薄い」ではない。

言葉の表面的な意味にとらわれやすく、知識の羅列になる傾向がある。←「コミュニケ
ーションに障害がある」ではない。

情報の読み取り方に特徴があるので、わかっていると思うようなことでも念入りに教え
る必要がある。←「想像力が欠如している/共感性に欠ける」ではない。

というように、実質的な状態像で説明しなければいけないと思う。
[2003年9月28日 22時53分11秒]

テーマ: 負け組の意地。   
昨日の、高校説明会。何校か来た中で、「日本人は、手先が器用、勤勉、協調性がある
から、お金を稼ぐことができている。しかし、今やその地位を他の国に奪われようとし
ている。勝ち残るために、しっかり勉強しなさい。」という、勝ち組の論理を展開して
いた人がいた。(これが、現実というものである。)
一方、私の隣には、じっと座って拘束されていることに耐えられずに、触覚が過敏にな
ってあっちこっち掻いたり服を直している長男。ちょっと我慢するように言ったら、今
度はその緊張が体内に押し込められて、ゲップが出たり、しゃっくりが止まらなくなっ
たりと、ささほーさである。
これが、発達性協調運動障害があって不器用、食感&味覚過敏があってひょろひょろの
筋力無しなので、絵がうまくて工作大好きなのに、美術が大の苦手。勉強は、学習障害
があって限界。アニメと電車とじゃれ合いとお遊びでのみ、人とかかわっている。根は
真面目だが、実行能力がないので、誰かの指示と監視がないと遂行できない。つまり、
あのおっさんの論理で言うと、完全な負け組み。
「こんちくしょーー!」と思ったが、それもまた現実なので、今日の『銭金スペシャ
ル』でも見せて、「人間、何とかけっこう生きていけるものだ。」と教えておこう。
でも、「感覚的なこだわり」がある限り、“銭金生活”もできない。

まあいいって、負け組には負け組なりに、何とか生き延びる方法を探していけばいい。
[2003年9月26日 11時13分38秒]

テーマ: 世の中。   
用事があって、外に出る。

今までは、分かってくれる人はパソコンの中にしかいなかったが、今は、あの山の向こ
うとか街のどこかにカエルちゃんたちがいっぱいいて、私の代わりに啓蒙活動をしてい
てくれるのだと信じることができる。そうしたら、世の中が、遠いものではなくなった
気がした。

「私は、葉っぱの上からなかなか降りて行けなかったあのカエルだ。」ということを分
かってもらいたくて、カエルちゃんたちを世の中に派遣したのに、侵入経路違反をして
近づいてくる野暮な人がいたら、私にとっては「あんまり、意味がない〜(注:ジョンレ
ノソの声で歌うべし)」になるかもしれない。けれど、世の中全体にとっては「少しは、
意味があった(注:同上)」になってくれたらいいなと思う。

それにもし、カエルちゃんたちがいっぱい働いてくれたら、二度とこんな、悲惨で不幸
で、誰もが心を痛めるような事件が起きることを防げるかもしれないし…。
そう、発達障害の人がいるのが当たり前で、違っているのだからそれなりの対応をする
ことこそが共生への近道になることを、みんなが知っている世の中になること。それ
が、カエルちゃんたちのお仕事。
[2003年9月26日 0時21分18秒]

テーマ: !   
わけもわからずに、無我夢中で生きてきた人を蹴落とすなどという非人道的なことは、
少なくとも私にはできない。
[2003年9月25日 11時35分28秒]

テーマ: 未診断・未治療   
ひとりひとりのケースは、常に、個々の例でしかありません。
一次的な障害の程度と、環境要因と周囲の対応との組み合わせの仕方によって、全く様
相が異なってくることも、自閉症の症状の一つとして考えてよいものでしょう。

「未診断・未治療」という一つのカテゴリーにくくってしまうのは、間違いです。

当事者たちを傷つけてまで、自身の社会的地位を築こうとする団体は、支援団体とは呼
べません。
[2003年9月25日 9時28分49秒]

テーマ: 自閉症の症状って、いったい何だったのだろうか?   
自閉症の三つ組みは、
○かかわり方が、自閉症でない人と違っていること。
○コミュニケーションにおける言葉の持つ役割が、自閉症でない人と違っていること。
○興味関心・注意の持ち方が、自閉症でない人と違っていること。
そしてその根っこには、認知や感覚の特異性がある。

「自閉症でない人との共感性が欠如している・自閉症でない人への想像力が欠如してい
る・自閉症でない人を困らせる強いこだわり傾向がある」という書き方をされると、全
く違うものになってしまう。
違っているのに、必死になって想像力を働かせ、文字や言葉を使って世の中を組み立
て、たくさんのルールや決まりを作ることで、どうにかこうにかつじつまを合わせて暮
らしている不安と苦痛が、その書き方からは感じられない。
そのズレと不安を解消していくことが自閉症を療育するということなのに、その書き方
からは、支援を求める声が聞こえてこない。

とにかく違う!

自閉症は、そこに書かれている人ではない!
[2003年9月25日 0時48分31秒]

テーマ: 100〜200人に一人もいるのだから。   
それはそれは、いろんな人がいるでしょう。

なかなか学校や社会に馴染めない人もいれば、適応の良い人もいるでしょう。
社会とのギャップを自覚し診断を求める人もいれば、その必要を感じていない人もいる
でしょう。
社会的に認められる技能や才能を持っている人もいれば、感覚的なこだわりばかりとい
う人もいるでしょう。
合併症の多い人や合併症の方が重大問題になっている人もいれば、自閉症そのものが主
症状の人もいるでしょう。
さまざまな身体症状や精神症状に苦しんでいる人もいれば、そういう症状があまりない
人もいるでしょう。

少なくとも私は、「あの星を励みに」とか「あの星を目指せ」というような抽象的なス
ローガンを糧にして生きているのではなく、「ゴールに向かって、目の前のハードルを
一つ一つ跳び越えていく」ことしかできません。
監督もコーチもなしに自分が今まで走ってきたトラックを、これからも走り続けるだけ
です。恐らく、観客席から眺めてみることもないし、表彰台に上がることもないでしょ
う。
[2003年9月22日 9時11分41秒]

テーマ: 機動力。   
同じ障害を持つ人の中にノーベル賞受賞者がいることは、普通と違う自分の性質に自信
を持てるという点では、励みになる。
しかしだからといって、私の生活は変わらない。どういうところを自覚して、どういう
ところを工夫して、どういう心がけで生きていけばいいか、私はこれからどうすれば良
いかということが具体的に見えてこなければ、次へ進むことができないからだ。
私にできることは、一つ一つ・できることを地道にやること。少なくとも、その一歩は
踏み出した。
特に何かが変わることもない。だって、今までやってきたことの続きだから。
[2003年9月21日 20時52分57秒]

テーマ: かかわり方が違うことと、かかわりが薄いということは、違います。   
元々の違いから、周囲とのズレが大きくなる。
自己コントロールの仕方も、教えてもらえない。
自分を失わずに、世の中を生きる方法が分からない。

かかわり方の違いを認めてもらえないことが、かかわりを薄くする。
必要なことを何一つする前に締め出してしまったら、本当に孤立するしかなくなってし
まう。
[2003年9月20日 23時36分55秒]

テーマ: 今日開発した、新たなテクニック。   
私は、パニックを起こすほどの深刻な聴覚過敏はないので、今までは耳栓をする必要は
ないと思っていた。確かに、人の話し声の中の何かだとか、スピーカーから出てくる音
の中の何かとか、いろんな音の中にちょっとずつ入っている不快成分が気になることは
なるけれど、我慢すれば何とかなっていると思っていた。
ところが、そういう音を聞いてボーっとしてしまったり、気持ち悪くなって何かを叩い
たりつねったりしたくなる程度でも、十分に体に悪いものだということに、ひょんなこ
とから昨日気づいてしまった。
そこで、昨日買った消音用の耳栓(大きすぎるので、3/5ぐらいにカットしたもの)を
さらに縦半分に切って、耳の穴の中ではなく耳たぶに引っ掛けるようにして詰めて、中
学の運動会に行ってみた。
たったこれだけのことで、疲れ方が全く違う。我慢できるからと踏ん張っていたこと
で、知らず知らずのうちにストレスを貯めてしまい、それを追い出すために余計な金と
時間を費やしていたなんて、ばっかみたい!と痛感しているところである。
[2003年9月19日 16時4分54秒]

テーマ: 100系引退。   
私は、前庭覚が過敏で、気温・湿度の変化にも弱いので、緯度・経度・高度の変動を伴
う移動はなるべく避けるようにしている。(ついでに書くと、建材の化学薬品とバネの入
ったふかふかベッドも厳禁。)

一度だけ300系に乗ったことがあるが、気持ち悪くなった。新幹線は、100系が限度。そ
の100系が引退したら、乗れるものがないじゃーん!

ちなみに、振子制御システムの383系は一度乗って懲りたので、絶対に乗らない。
[2003年9月19日 15時49分38秒]

テーマ: 中学校の運動会。   
なんと長縄は30回以上跳んだし、むかで競争は戦力にもならず足手まといにもならず
やっていたし、リレーもけっこう速く走っていた。そういえば、運動会の前だからと言
って心配な様子が何もなく、先生に電話することもなかった。今まで、運動会の前には
必ず一悶着あったこと自体を忘れていた。
今年の運動会に関して言えば、次男の社会恐怖の方が問題で、そちらの面倒を見る方が
たいへん。去年は、リレーが始まる直前にアマガエルが捕まって、カエルと一緒に走っ
た次男だが…。今年は、どうなることやら。小学校の運動会は、来週。

一方、私の方も、最低限の義務だけ果たせば良い・スモールトーク以上の余計な口は利
かなくていい・知っている人を見かけたからといってすべてに挨拶する必要はない・理
解できない地球人の世界には首を突っ込まない・できるところだけ参加する・ここにい
る人たちとは関係を持たなくて良いことなど、いろいろと諦めがついたので、非常に心
地よく、かつ疲れずに、今日の行事を過ごすことができた。
ズレていて当たり前で、ズレながら場を共にし、違和感を気にしない、ってことなんだ
ろうな。
[2003年9月19日 15時13分10秒]

テーマ: 活かすも殺すも…。   
今、次男は、月の観察を毎日やっている。そもそも、このエジソン君にとっては、毎日
同じことをコツコツやること自体が、かなりたいへんで、こっちも疲れてくる。
それがまた、せっかく月を見ても、記録に書く欠けていく箇所が、モノの見事に上下左
右が入れ替わっている。私が、形のことを聞いたのに、色のことを答える。まあ、これ
が、エジソン君の絵と工作の才能の源なのだが、言葉と書字と算数の障害の本質でもあ
るわけだ。しかも、それを指摘されると怒る。
世の中には、LD・ADHD丸出しで活躍している人はいっぱいいるが、その特異性を
活かせるのは、こういうところを笑い飛ばせる人なんじゃないかなとも思う。もっと
も、どこかに何かの取り柄があるからこそ、それができるのだろうけれど…。でも、何
かの取り柄があればもてはやされて、それがないとどん底っていう現実は、かんばしく
ない。

一方私は、自分にできないことは人がやって当たり前で、自分の欲望のためには人の人
格も命もどうでもいいと思っている育ち損ないに殺されないように、せっせと抗鬱剤を
飲んでいる。
発達障害の世界は、まさに月と同じ。輝いている部分と暗黒のdarksideとを行ったり来
たり。時には、体が真っ二つ。
[2003年9月18日 8時18分39秒]

テーマ: いい加減に…。   
犯罪が起きてから「そういえば・・・」と言うのは、やめにして欲しい!
[2003年9月16日 8時55分38秒]

テーマ: そもそも!   
例えば、『変光星』が出た時に、自閉症者自身の感覚・感じ方・考え方をそこから学ぼ
うとしなかったのに、ここ数年、海外の手記の翻訳書が出るようになって初めて「異文
化」として認めよう!と言い出す人が増えた。
それと同じように、外側から見ただけの勝手な解釈でスローガンを掲げることはしても
本人の心情にかなったものになっているかどうか確かめることなく“活動”を進めて来
ておいて、今までずっと存在を無視して来ておいて、何か用ができたからといって自分
たちの代表になってくれと頼まれたって、私は行きません。
[2003年9月12日 13時49分2秒]

テーマ: 脱会宣言!   
私の仕事は「療育」なので、「本人」としての扱いではどこにも行かない。「本人」と
しての心情は、口から語ることはしたくない。口で言うのは、常に“何か”の知識であ
り、コメントで十分。そういうのは、ホームページでやればいい。
それから、名簿に名前が載ったり、何かに属するということには耐えられない。
そして、本を出したからといって私がどこかに行くこともない。むしろ、カエルちゃん
たちを世に放ったので、私は出る必要がなくなった。
[2003年9月12日 13時38分18秒]

テーマ: 観察結果報告。   
【その1:地球人の観察編】
女の子&女の人の一番の気掛かりは、「きれいになりたい」ということらしい。
男の子&男の人の一番の気掛かりは、「かっこよくなりたい」ということらしい。
子どもにとっては、人から愛されている・人から大事にされていると実感できることが
重要で、誰かのためにがんばることで成長し、大人になるということは、恋をする・人
を好きになるということらしい。・・・へぇ〜?

【その2:地球人の書き物の分析編】
ADHDの多動と、不安・イライラ・混乱・言語化できない感情の表出である
自閉症の常同運動とが、地球人には識別できないらしい。それで、どちらも多動
と呼ばれているようだ。・・・ゆゆしきことである。

【その3:肝臓と腎臓編】
春先にウイルス性の肝炎になったお陰で、どうやら古い肝臓の細胞が壊されて新しい細
胞に入れ替わったようだ。また、どういうわけか、汗をかけるようになった。つまり、
自律神経が正常になっている。私の自律神経の異常の半分は生まれ持った神経異常によ
る生理的なものだけれど、明らかな自律神経失調状態の原因は、精神的なものだったこ
とを体感する毎日である。・・・一見すると喜ぶべきことだが、どん底に追い込まれた
まま何年過ごしていたかと考えると、怒るべきことである。
[2003年9月12日 9時23分46秒]

テーマ: 当事者に出席依頼をする際の注意事項。   
何かの集まりや講演会で当事者に出席依頼をする際には、以下の点を守ってください。

1、テーマ、話題の主旨をハッキリさせておくこと。
  また、どのように進行し、どのようなことを聞き話すのか、予め明確にしておくこ
  と。
2、上記のテーマにふさわしい人を選ぶこと。当日話すことはできても、後々、フラッ
  シュバックを起こすこともあるので、表面的な業績だけ見て勝手に人選しないこ
  と。
3、コーディネーターやゲストが誰なのか決まってから、当事者を選ぶこと。できれ
  ば、その場で初対面になるような関係ではなく、コーディネーターを務める人自身
  が出席依頼して集めることが望ましい。
4、出席者が決まったら、一人一人についての、忌避すべきこと・禁忌なものについて
  十分に把握し、配慮すること。

唐突ですが、必要なことなので…。
[2003年9月10日 10時49分44秒]

テーマ: 家族性、あれこれ。   
発達障害的な要素の少ない家族の中で育つと、「ADHDならそういうことをして当た
り前だろう/ASらしくていいじゃん」と思うようなことまで全部否定されてしまうの
で、二次障害の嵐になる可能性が高い。
しかし、家族全員が「何かあるぞ!?」という環境の中で育つのも、良し悪しだ。何し
ろ、「それ、そのまま放っといたら、困るんじゃないの?」と思うことのほとんどが、
全く気づかれないまま大きくなるので、一次的な障害が頑固になってしまう。そして、
地球上に暮らしている限り絶対に逃げられないことについては、「小さなイヤなことを
先送りすると、いつか大きなイヤなことになって襲い掛かってくる。」という結末が待
っている。

私の場合は、受動型PDD−NOSとおぼしき母親にとっては異質なものであった積極
奇異型ASの部分で対立してしまったものの、基本的には同じ。なので、「無理して外
に出なくていい」「アルバイトなんかしなくていい」と言われただけでなく、その場限
りでじゃれ合う人はいても“友だち”と呼べる人がいないどころか、“友だち”という
概念すらなかったことにも全く気づかれなかった。第一、いつまでたっても、隣家の人
の顔を覚えられなかったことにも、全然気づかれなかった。
(隣の家の敷地に誰かいれば隣の家の人だと思うから挨拶はするが、道で遭ったら未知
の人である。隣に住んでいる人の苗字を覚えていないと不便なので、窓を開け閉めする
たびにこっち側の家の人の苗字は○○、あっちは○○と、心の中で密かに指差し確認し
ていたことだって、母親は知らない。)

結局、あまりにも何も言われなかったが故に、自分で「これではいけない!」と考えて
しまい、極端に正反対なことに突っ走ってしまったのだけれど、それにもブレーキをか
けてくれなかった。
今となっては、「小さなイヤなことにNO!と言うことができていたなら、大きなイヤ
なことに潰されて病気にならずに済んだのに!」と思う。
[2003年9月9日 14時55分53秒]

テーマ: ライフサイクルと、本人のニーズ。   
男の子は活発なので、子どもの内にADHDと診断されることが多い。女の子は、子ど
もの内には表立った問題を起こさないが、成人後に精神科受診を求める傾向が強く、そ
の時初めてADDと診断されることが多い。
  ↑
男の子は社会的に不適切な行動を起こすことが多いが故に、子どもの頃に発達センター
に行くことになり、女の子は社会的に不適切な行動を起こすことは少ないが、自分が社
会に適応できていないことを自覚して成人後に精神科に行くことになる。
  ↑
男の子は社会性のなさの故に奇抜な行動をして子どもの内に診断されることになり、女
の子は社会性があるが故に問題を起こしにくいが、そのために診断の時期が遅れてしま
うだけでなく、診断を求める傾向も強くなる。

誰の目にも何らかの発達障害があるように見え、多くの人が「あの人が発達障害宣言を
してくれたらいいのに!」と密かに思っている人が、まったくその必要を感じていなく
て、誰の目にも何の問題もなく順調に社会生活を送っているように見えている人が、実
は悶々としている。なんてことは、よくある話だ。

本人のニーズと、医療体制と、支援体制がピッタリ一致するのは、とっても難しい。



以上、『ADD/ADHDという才能』(トム・ハートマン著)を読んで思ったこと。
[2003年9月7日 16時49分16秒]

テーマ: それでも…。   
「せっかく休みなのに、ダラダラやっていると休んだ気がしない。」と、勉強を集中し
てやり、休日を休日らしく過ごしたと実感するために、今長男は買い物に出かけた。
リュックの中から小銭を発見したので、きっとまた電車の本か何かを買ってくるに違い
ない。
[2003年9月7日 15時25分45秒]

テーマ: ガンダム争奪戦。   
良いオマケがついているものは、何故か体に悪いものが多い。チョコレートだとか、コ
ーラだとか…。今は、わけあってペプシコーラの買占めに忙しい。
(ちなみに、本物のガンダムマニアは、次男だけである。私は、敵キャラの形が好きで、
長男は参加するのが楽しいだけという、超マニアックな一家である。)

ところで、学力低下が深刻になったせいか、今年になって相次いで基礎学力重視のワー
クが出た。ここのところ特に、中学用のものが増えた。これがなかったので、今まで長
男のワーク探しに苦労したのだ。その、最近出たものを長男に見せたら、「俺のレベル
にピッタリ!」と喜んだ。それでも、午前中にやったのは、わずか五行。
量が多いわけでもない、自分の限界を超えているわけでもない、集中してやればすぐ終
わるのに、それでも一日かけてダラダラやっている。「好きなものになら集中できるけ
ど、勉強には集中できないから、休み休みやる方が合っている。」と言っているが、実
際はほとんどの時間、電車の本やNゲージを見ている。(ちなみに、長男にとって、本
というものは読むものではなく、写真を切るために世の中に送り出されるものであるら
しい。)
一方、次男は勉強が嫌いである。ADHDで集中できないことや、LDで分からないか
らではなく、根本的に嫌いなのだ。

まあ、ASやADHDやLDを超早期に発見して療育をし、不適応の芽を摘んで、社会
に適応するための基礎を固めるといっても、しょせんは同類同士の親子なので、結局は
一緒に遊んでしまう。
しかし、もし私が、自分と同じタイプのASDしか知らなかったら、今の子どもたちの
状態はとてもじゃないけど許せるもんじゃなかっただろう。確かに、長男が最初の医者
にADHDと言われる前までは、こういうところは不可解で、自分と違うものとして排
除しようとしていたように思う。
ところが、ADHDと言われた時に読み漁った本に描かれていたのは、私の弟や従兄弟
たちの姿だった。つまり、まったく初めて目にする光景ではなかったのだった。

発達障害の要素を持たない人にとっては、これらのすべてが許し難いもので、社会生活
の妨げにしかならないものに映っているのかと思うと、かなり恐いものがある。
かといって、親の方が全くこういう要素を持ち合せていなくてこれらのすべてを非凡で
特殊な才能だと勘違いしてしまったり、自分の子どものやっていることと同じことを自
分自身が子どもの頃にやっていたのでそれが普通だと思っていて、社会で生きていくた
めのスキルや戦略を身につけ損ねてしまうのは、悲しいことでもある。
[2003年9月7日 14時4分58秒]

テーマ: 苦渋の決断。   
ADDでもASでもPDD−NOSでも、表面上は上手につじつま合わせができている
成人の立場からすると、「問題行動がなくても、本人の精神的な苦痛を重視して障害と
して認めて欲しい」と訴えたいのはやまやま。なのに、子どもの発達障害に関しては、
それができない!

「単なる個性にすぎないのに、障害者にしようとしている!と言い張る人たち」と「事
細かに障害のことを知れば知るほど、直そう直そうとして虐待すれすれに目くじら立て
て子どもを追い込んでしまう人たち」がこの国に多いという現実。
一見まったく違う考え方のようだけれど、帰するところは、どちらも“違い”を認め
ることができないという心の壁。それそこが、一番の障害。
[2003年9月6日 18時10分5秒]

テーマ: なんでだろーシリーズ。   
アイドルの時は、ピーピー言っていた娘が、いまや好感度の高いお母さんタレント。

この「○○ピー語」というのは、自閉症の自分語に似ているようだけれど、人と人とが
それを使うことで会話し時代を共有するための流行語。性格的には正反対のものだ。
その幼稚さと奇抜さが大人社会にはひんしゅくを買ったけれど、一つの文化として広が
ったということは、ある一定の世代にとってはそれが自分たちの心情にかなっていたと
いうことなので、非常に社会的な言語であり、タレント自身もいたって社会的な振る舞
いをしていたことになる。
それが、今は、お上品なママさんタレント。立派な社会人の女性として羨望の的になっ
ている。

これが、同世代とうまくやっているということで、社会的な地位を築くということな
ら、私にはイラナイ。←元々ないから、そうなる心配すらなくて良かった♪
[2003年9月3日 9時58分24秒]

テーマ: もう一つの恐いこと。   
用語の氾濫と、使う人によって定義や概念が違っていて、お互いにそれを批判し合うバ
ベルの塔状態。
私は、人の方を見たいので、そのコトバを使うことによって、その人が抱えている問題
を解決できると思えば何でも使う。

ただ、医療の場合は、診断を誤ると薬の選択を誤ることになってしまったりするし、治
療法を間違うと一生の問題になってしまったりもする。福祉制度や保険適用もからんで
くることになれば、財政状態や政治の影響も受けることになるだろう。(はぁ、やだ
ね!)
[2003年9月2日 8時10分25秒]

テーマ: 見えないこと。   
こちらが信頼できる人、能力を形にしてくれる人、社会への道を開いてくれる人は、確
かにできた。
でも、「誰かのことを思っている」「誰かに大切に思われている」という、目に見えな
いことは分からない。第一私は、そういうことをメールのように文章だけで表現された
り、電話を通じて音声だけで伝えられることには抵抗がないのに、身体を通じて表され
ると拒絶してしまう。従って、電話の場合は、そこに抑揚や感情表現が加わっていると
身体になってしまうため、苦しくなる。

教える側の都合優先で、社会に適応するための指導の仕方ばっかりが巷に氾濫するよう
になってくると、こういう部分は“不都合”なため、封じ込まれてしまいそうで、恐
い。(けど、ワシは言うぞ!)
[2003年9月2日 8時1分35秒]

テーマ: ADHDとASの間。   
ちょっと前までは、ADHDやASの存在証明に必死になっていたこの業界だが、最近
になってそういうものが存在していることは証明しなくて良くなったら、ADHDと
ASの間にある中間領域をめぐって押し合いへしあいしているみたいで、やり切れなく
なる。
ADHDの側からは、ADHDの基準にないものを少しでも持っていると、何でもアス
ペルガー症候群にしたがるけれど、自閉症としての観点がイマイチ弱い。かといって、
自閉症の方はと言えば、PDDとスペクトラムとDAMPとNLDとの関係がごちゃご
ちゃして、ややっこしいことになっている。しかも、両方持っているとか診断の優先順
位だとか…。

こういう、議論のための議論をするのは、ただ虚しくて、切なくなる。

一人の人の状態を説明することでなく対処法を考えることが主で、自説を語ることより
も一人の人の精神的な安定と幸せを考えることを第一にしていさえすれば、何も違和感
を感じないはずなのだが…。
[2003年9月1日 23時33分32秒]

テーマ: 睡眠障害。   
生活リズムがズレていたり、活動水準にムラがあったりするので、発達障害に睡眠のト
ラブルはつきものだと思う。
私も、幼児期・学童期・思春期・青年期・成人以降とそれぞれに原因は違うけれど、昼
夜逆転したり、朝まったく起きられなかったり、夜ぜんぜん眠れなかったり、昼間に熟
睡したり、うつ病で動けなかったりと、いろーーーんなパターンを経験している。

で、長男が今、「寝つきが悪く・寝起きも悪い」状態なのだが、それでもこういう普通
の表現ができるようになったのは、ものすごーーーく落ち着いた状態といえる。
もっとも、私も、中高生の時はそんなものだったから、そんなものだと思っているの
で、長男がごにょごにょ言ってきてもあまり深刻に思っていないのは、良し悪しかもし
れない。

ただ、一つだけ言えるのは、自分で「自分の脳が活発になる時はどんな時か?」「自分
の脳が落ち着くのはどんな時か?」「どのような生活リズムが最も合っているか?」を
知っておくことが大切で、「これを使えば眠れる物」とか「体を起こすために何かをし
てもらうこと」に頼っている限り、堂々巡りを繰り返すということ。
今のところ、ADHDの次男の方は疲れて眠くなるまで起こしておくことが有効だが、
ウチら自閉症軍団の場合は、自分の脳の中で勝手に再生される「楽しいことと嫌なこ
と」を打ち消すための感覚入力が必要になっている。
私は、音として記憶している言葉や日中に会ってしまった人たちの様子がフラッシュバ
ックして来るので、お笑い&バラエティ系のテレビ番組に聞き入ることで眠ることがで
きる。で、長男の方は、好きな物や動く物を見ると興奮してしまうし、温覚と触覚に向
きやすい注意を聴覚で消すことはできないことも分かっている。どうやら、部屋にブル
ーライトをつけるのが、一番いいらしい。
[2003年9月1日 23時14分17秒]

※本人以外の書き込みはできません。
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