障害受容から新しいアイデンティティへ
『児童精神科医が語る−響きあう心を育てたい−』(佐々木正美著/岩崎学術出版社)より
身近な人の死を体験する時のように、人間が悲嘆のどん底から立ち直るまでには、通常一年は必要だという。その回復から再生のための心理過程(悲嘆のプロセス)を研究して、デーケン神父が提言している十余の段階を、(注:佐々木先生が)要約と一部障害児・者に関するものとするために変容して紹介する。〔P171〜172〕
1 | 精神的打撃と麻痺の状態 | 愛するわが子の障害という衝撃のために、一時的に現実感覚が麻痺する状態に陥る。一種の防衛的な心理機制と考えられる。 |
2 | 否認 | 子どもの障害という事実の受容を拒否する。自分の子どもに障害があるはずはないという思いが強くなり、障害を否定することができそうな事実にばかり注目して、障害を直視しない。診断を誤診であると信じこもうとする。 |
3 | パニック | 時間の経過とともに、障害から目をそむけ続けることができなくなって、否認や拒否ができなくなる時期が来る。障害があるのかないのか、収拾がつかない状態になり、一種のパニックに陥る。 |
4 | 怒りと不当感 | パニックというような混乱が徐々に収拾に向かってくると、子どもの問題が正確に見えてくる。それと同時にやり場のない怒りや、自分たちの家族にだけ不当に不平等な苦しみが負わされたという現実に対する受け容れがたい不当感が実感される。 |
5 | 敵意とルサンチマン(恨み) | 障害児をもたない家族などへの対象の不明確な嫉妬、羨望、敵意、恨みといった感情の処理に苦しむ。 |
6 | 罪意識 | 以上のような感情や心理状態の経過のなかで、問題の直視が進み気持ちが冷静さを取り戻す段階に入ると、外罰とか他罰的といわれる状態から、内罰とか自己罰的な気分への移行が始まり、罪責的な感情に支配される。障害のある子どもの出生に、親として明らかな過失や原因など何もないのに、因果関係の不明なままの罪責感すなわち自責の念に苦しむ人も多い。飲酒、喫煙、過労、服薬などを回顧的に点検して、苦悩する。悲嘆の感情を代表する心理的反応で過去の行為を悔やんで自分を責める。 |
7 | 孤独感と抑うつ感情 | 悲嘆の感情を克服するための、自然で健全な心理的過程であり、デーケン神父は周囲の援助が特に大切であることを強調している。 |
8 | 精神的混乱とアパシー(無欲・無関心) | 孤独や抑うつと近縁の感情で、日常生活における目標を見失った空虚な気持ちに支配されて、何をしたらよいのかわからなくなったり、何もしたくない状態になる。同じように周囲からの積極的な援助が必要である。 |
9 | あきらめから受容へ | 本格的な回復から再生の始まりである。「あきらめ」とは自分の置かれた状態を「明らかにする」ことで決して消極的な態度ではない。むしろ勇気をもって積極的に現実を直面するようになることである。 |
10 | 新しい希望、そしてユーモアと笑いの再発見 | ユーモアと笑いは健康的な生活に欠かせぬ要素であって、その復活は悲嘆の過程を乗り切った証しでもある。 |
11 | 新しいアイデンティティの誕生 | 苦悩に満ちた困難な過程を経て、新しい価値観やより成熟した人格をもつ者として生まれかわる。 |