−蛇足講座流−

取扱説明書

高(〜中)機能自閉症U君と最初に会った時、彼は45度の角度でまっすぐに地面を見つめ、何かごにょごにょ言いながら手で空を切っていました。そう、彼はすっかり剣士に成り切っていたのでした。私の呼びかけに応えるどころか、こちらを見もしませんでした。この時、彼は小学校(普通学級)一年生でした。

5才まで発語の無かったU君は、典型的(?)なカナー・タイプの自閉症児がすると言われていることはすべてやってきたそうです。走り回る・奇声をあげる・書類をまきちらす…。それでも、普通の子供として育てたいという両親の強い意志と、理解のある先生方に恵まれて、普通学級に今でも通っています。

といっても両親はすっかり手をこまねいていて、どうしていいかわからないというので私のところに尋ねてきたというわけです。実は、彼と私の息子は同級生でした。私は私でちょうど長男にありとあらゆる訓練をして孤軍奮闘し、やっと目鼻がついてきた時期でした。当時、私達親子は、一応病院には定期的に通院していましたが、家庭内で自己完結していて、担任の教師以外他との交流は一切無かったし関心も無かったので、まるで気がついていませんでした。

それはさておき、そのU君と私がいかにして係わりを持てるようになったかまとめてみたいと急に思い立ったのは、そこにアスペの人達との係わっていくためのヒントがあると思うからです。

では、まず始めに、彼と私が会話できるようになり、勉強を教えられるようになった経緯を説明します。

  1. 最初の日、私は嫌がる長男を無理やり連れて、彼の家に出向いて行きました。当然、同級生のこの二人の自閉症児はなじみのある赤の他人同士でした。まるで面識がないわけではなかったので、抵抗はあっても訪問することができました。
  2. 一番始めにしたこと。彼からの応答は一切無いまま、私は黙って持ってきたビデオをかけました。幼児用の「数の数え方」の教材です。二人の自閉児たちは、その教育的目的を完全に無視して盛りあがっていました。何にかと言うと、そこに登場するロボットが右手を上げると、二人揃って左手を上げていたのでした。以後すっかりロボットに成り切った二人は、部屋中を走りまわり、しまいには取っ組み合いのケンカになりました。で、その日私がやったことは、この二人のやっていることを彼のお母さんに逐一解説して、怒らないように説得することでした。
  3. 毎回違うビデオや玩具を持っていき、二人の子供は暴れまわり私は解説と説得、という状態が何回か続きました。最初の数ヶ月は、直接介入はほとんどしていません。一方、お母さんの方は、ありとあらゆる"できないこと"への心配を尋ねて来たので、私はそれができない理由を説明し今は時期尚早だと言っていたように記憶しています。
  4. そうこうしている内に、「この人は、理屈(彼独自の)に合わない事は要求してこない。第一、お母さんが怒ろうとすると止めてくれる。」という信用を完全に取りつけました。というところで、やっとお勉強のスタートです。
  5. 学校のお勉強ではなく、幼児用の教材を加工して作った「認知障害の治療教育」から始めたのは言うまでもありません。一週間かけて彼仕様の教材とごほうびの"剣"を作って持っていきました。始めは、ほとんどクイズやゲームで、もうとっくにそういうことは卒業している私の息子も強制的に参加させ、大いにダシに使いました。
  6. で、いよいよお勉強(LD対策の)です。机の上に紙と鉛筆という状況から"身の危険"を察知した彼は、案の定逃げ出しました。でも、その彼を私は追いかけまわして捕まえ、そして胎児の姿勢に丸めて抱きかかえました。体をそらし手足を伸ばして抵抗する幼児を、この姿勢にして強く抱きしめると大人しくなることは自分の息子で実験済みだったのでこうしたのです。私は彼を机の前に連行して、抱きかかえたまま、つまり私は椅子になって、やっとお勉強が始まりました。

現在の彼は、学力的には学年相応には程遠いですが、生活に必要な基本的な能力についてはなんとかやって行けそうになっています。また、アクション系のゲームが得意なので、友達もいます。

さて、ご父兄の皆さん、このことから何か読み取っていただけたでしょうか。この子の場合は、言葉と学習能力に遅れがあるので、相手の世界に入りこむスキがたくさんあって、比較的簡単なケースなのかもしれません。でも、学習・認知の障害がなくて、何でも一人でやってしまう子供でも、方法は同じだと思います。

要は、「いかにして信頼関係を作るか」です。その為には、「まず相手の言葉で喋る」ことです。一緒になって馬鹿なことをやっている内に、お互いの意見を主張し合えるようになります。そして、どうしても許せないことは強い口調で「ダメ」とも言えるし、また、それを受け容れる素地が出来ます。

でも、それができたら、今度は突き放しにかからないとタイヘンなことになることも覚悟しておいた方がいいと思います。「この人は安心できる」となると、きっとネチネチ・ベタベタとつきまとわれることになるでしょうから。(ちなみに、辻井先生はこの点に関して100点満点です。私から合格証を進呈します。イラナイでしょうけど!)

というわけで、私が過去に、私の勝手な思い込みで追い回してしまった皆さんに、この場を借りてお詫びいたします。って、誰も見てないか! とにもかくにもゴメンナサイ。


      

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