脳をやってしまいました。
2016年7月2日、呂律の回らなさと、左足の引きずりがひどくなり、日赤病院に行くと、脳梗塞と言われ、頭の痛みとか卒倒 失神とかもなくその場で入院、
、一晩病院で寝ていると 左片マヒとなってしまいました。当初より、尿道カテーテルやおしめもなくトイレは立ちましたが、その後回復は芳しくなく、左マヒはひどく、.
六ヶ月のリハビリ入院を経て12月29日に退院となりました。自宅改装工事ちゅうもあり、杖で数メートルやっと歩く状態です。親不孝をお許しください。
今後、更新はあるでしょうか。2016年12月31日

2015年4月11日
 ネットサーフしていて見つけた、トワイライトゾーン級のびっくり写真なので、ここに貼り付けておくことにする。
左はなんと、密閉キャブに改造された9600らしい。
右は秋田駅、秋田機関区にあった、デルタ線(機回し線)
いずれの写真もクリックすると大きな写真になるので、じっくり見てください。


2015年1月24日
  トーマスラジコン。工作ジャンルにするにはあんまりなのと、雑記帳も更新してなかったので、こちらでアップすることに。
いわゆるホビーラジコンではない、数千円のトイラジコンに台車ラジコンなるものがあって、その下回りをいただいて、というか、いらない所をあちこちカットして、ひっぱってトーマスを載せてマジックテープで結合、ラジコンにしてみた。ひっぱってトーマスはいろいろな声や音がでる。が、そもそもトーマスの顔だけが欲しくて購入したのだが、目論見は外れ、顔が小さすぎて放りだしておいたものである。5インチの上でも走らせようかと思っていたが、二千円の台車RCを見つけて、こんな有様に。
 この台車RCかなり有名らしく、ググルと凄まじくヒットする。同じものが三種類(三世代)くらいあるようだがスティック型送信機のものにした。660gのトマースを載せても軽快に走る。さすがにトイラジコンらしく電波は身の回りくらいしか届かない。動きはどうもプロポーショナルではなく、全開、ニュートラルの動きしかしないようだ。リビングで目の前を8の字走行できるようになるには、かなりの練習が必要だった。ちなみに対象年齢は15歳以上とあるので相当のものだ。こんなもの作ってどうするか、未定。

2014年2月11日

 蒸気機関車誕生―メカ異聞&製造工場見学記

あの有名な福島の協三工業製造の最新小型タンク機の製造工程が綴られている中で、[製造工程のルポルタージュを進めるなかで、メカニズムの摩訶不思議にタテ書きで切りこむという、渾身の力をこめた空前の試み。蒸気機関車のメカニズムで常識となっている、ある事柄に著者なりの疑問をぶつけてみた。]
というキャッチコピーの様に、本文中にも断わりがあるが、メカ音痴の撮り鉄の為の蒸機の解説といった感じの内容に、今までの通説だった、カットオフ(締切)後の蒸気の膨張という事象について、気圧線図(インジケータ.ダイヤグラム)に基ずく新たな考察等を投げかけている

2014年1月6日
 エリアなかいち、にある、秋田市にぎわい交流館で開かれている、みんなの鉄道ランドにいってきました。入場料800円なのですが、子供連れでないと乗り物に乗るには恥ずかしいものがあり、柵の外から見学に留めました。スーパーこまちの製造メーカーはどこなんでしょうか。
もらってきたパンフレットだけのせておきます。クリックすると大きな画像になります。

OTO 市場開放問題苦情処理体制  http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/oto/otodb/japanese/kujyou/kobetu/OTO190.html

OTO番号 190 各省庁番号 労-5
受付日付 昭和60年3月15日 受付省庁 経済企画庁
担当省庁 労働省 関係法令 労働安全衛生法
苦情申立者 国内業者 輸入先  
事例名 小型ボイラーに関し、
1.模型蒸気機関車の規制の見直し
2.工業用高圧洗浄機の規制の見直               
処理内容  ボイラーの安全基準を見直すこととしており、模型蒸気機関車のボイラー及び小型の工業用高圧洗浄機については使用に関する規制の適用除外の方向で検討を進める旨回答。  
処理分類 A 検討の方向 B
備考 昭和60年11月12日改善措置実施  

ライブスチーム
拾い物メモ
 サイドタンク内のハンドポンプが給水出来なくなる。
 一つの原因として、ボイラーが高圧の時、ハンドポンプで給水したまま 保管した場合このような状態になります。ハンドポンプの構造を考えてみてください。 プランジャーが引かれるとポンプ内部の圧力が負圧となり水が吸引されます。 今度は押すと圧力がかかりボイラー圧力以上に成った時給水されます。 その時、サクション側(給水側)のチェックバルブは(ボール)はその圧力 でボールシートに押さえつけられます。ボイラー圧力4kの場合4k以上の圧力がボールにかかっている。その状態で放置され固着に至ります。

対策として、走行終了して圧力を下げボイラー水をブローした時、給水 ポンプで軽く給水する。同様なことが軸同ポンプでも起こるので、機関車を
ゆっくり手で押してポンプを起動させる。 といったことをしておくのが対策です。
 5インチライブスチームの各部分の給油頻度
 軸動への注油タイミングって一日一回で十分だと思う。 自分は一日に10km以上走るけどそれで壊れたことはない。
各リンク部のボールベアが使われてないとろこには、半日に一回注油してる。注油しにくい場所へはピストルオイラを使えば注油できない場所はないと思う。
 コッペルを法隆寺で1日走らせているけど、朝給油したらそれだけ。 午前中は2時間くらい午後は1時間くらい走って居る。 当然横倒し。
クラウスも丸一日走らせているけど朝一回だけ。S6はエキセントリックタンブラーに給油パイプを付けているから イベントでの使用時のみ、午前と午後2回給油している。
 銀ロウ付け後の酸洗い
 銀ロウ付け後の酸洗いですが、私は当初トイレ洗剤のサンポールを使っていました。銅を酸洗いするとちゃんと色が青色にかわりました。手軽に使えると思います。
硫酸は私も簡単に手に入らないだろうと思っていました。実際、量販店系のドラッグストアーではまず扱っていませんでした。しかし意外と古い商店街にある小さな薬局が扱っていることが多いです。とても安いので良いと思います。濃硫酸を水で希釈して使っているので一瓶買えばかなり長く使えます。私は黒皮鉄板を酸洗いしたりするので結構使います。近所の古い薬局を回られるとよいと思います。

 危険!サンポール(類似品可)によるサビ落とし!錆び取り作戦
 酸洗い剤 (100g) ゆめ画材                        
 酸洗い剤(クエン酸) 100g:版画用品・版画材料:造ハウ.com


2013年11月2日 SL秋田こまち号C61運転はYahooボックスにその他の写真と共に移管アップしました。
2013年9月26日  単相200V専用ノンガス半自動アーク溶接機と自動遮光面

 YAHOOオークションでいわゆる支那製の溶接機が一円スタート売り切りで沢山出品されている時期があった。いたずら半分で安ければ落札しても良いと思い、入札していると20,750円で落札してしまった。これは安かったと思っていると、同じような出品が続き、落札相場はどんどん下がっていくではないか、初期には39,800円で出品されていたものであるが、余っているのだろうか、現在は19,800円で出品、落札されるようになっている(涙)。せっかくなので3t黒皮アングルとフラットバーで車両ラック用の線路1.5mを作ってみた。材料代は1000円かかっていない。昔、TIG溶接は少しやったことがあったが、アーク溶接はほぼ初めてである。結果は酷いものである、手前が一番出来の良いもので、とんでもない出来の方が多い。なによりもスパッタの付着が激しく後処理が大変なのだ。スパッタは溶接機本体やワイヤーに拠るところもあるらしいが、スパッタシートやスパッター防止スプレーなど工夫が必須のようだ。溶接は職人芸の世界だからね。

2013年8月26日  ネット上の情報収集での知識しかなかったのだが、庭園鉄道運営に非常に参考にさせていただいていた、茨城県の片岡庭園鉄道
 平成19年7月以来約6年間続けてきた運転会が事情により終了したそうだ。当鉄道と似たような規模の個人所有の市街地の空き地で運転会を行い、数台の保有車両とGゲージを併設し、地元町内に対する広報活動など、大いに参考になる庭園鉄道であった。
どんな事情によるものかは知る由もないが、4台の車両保有スタッフと岡鉄サポート婦人会などうらやましい限りであった。当庭園鉄道でも、もっと町内会にアピールしろとか、保育園を招待しろ、とか色々言う人は幾らでもいるが、そういう人は何か利権があるかと勘違いしている人がほとんどで、実際に手を動かし金を出す訳じゃない。長く続けるコツは、運転非公開、個人趣味に徹する事かな、とも最近は思う。

2013年7月15日
 異常気象の長雨がつづく14日に思い立って内陸線資料館にドライブがてら行ってきました。工作ネタは、屋外で木を切りたいのですが、雨で何ともなりません。本来この時期は、B10の工作の為に開けておく年間スケジュールだったのですが、全く頒布の気配がありません。
 資料館は阿仁合駅前にある休憩所「銀山亭」を改装したということなので。奥には囲炉裏と熊の剥製が飾られています。その他のパネルの展示などはWEB上で盛んに公開されているので省略。 帰り路に築堤の道路の上から田んぼを眺めていると、あぜ道に野生の熊を発見、写真を撮ろうと車を止めるも、すぐに森の中に走って逃げられました。野生の熊を見るのは人生初体験です。さすがマタギの里ですね。
 パネルの展示写真で興味があったのはこれくらい。右の客貨混合列車の客車の後ろにワフが付いているのは、まるで伊藤庭園鉄道。
そういえば、秋田県立博物館で開かれている、あきた大鉄道展、も早々に見に行ったけど、特に蒸機に深い思い入れがあるのだろうな、と言うのが良くわかる。うちのドルテや他の車両も夏の間は稼動しないだろうから、展示したりしても面白いだろうけど、依頼も接点もないしね。何やっても、秋田では孤高のライブスチーム趣味ということには変わりないでしょう。

2013年6月13日  今日も暑い、仙台に行って来てから、腕は真っ赤に焼け、皮さえむけはじめたところ、さすが日本海側と太平洋側は違うなと思っていると、秋田が異常気象になった。秋田地方気象台によると、秋田市で6月に真夏日が3日を数えるのは記録が残る1931年以来初めてだそうだ。どうも、ずっと体調がすぐれない。5月に4日間もドルテは走った訳だが、6月にもせめて1回くらいは運転会がしたいなと思っていると、真夏になってしまった。仙台の運転会でも、秋田では全くライブ普及の兆しが見られない、と愚痴をこぼすと、12月から4月まで雪じゃ、しょうがないよね。と言う話になったが、更に猛暑まであったのでは三重苦だ。
 セントラルのB10は催促の電話をすると、5月連休前には3回目を頒布しますとの事だったが、全く音沙汰ない、連絡を取り合っている、B11を作っている仲間にも届いていないそうだ、足掛け5年目に入ったB10の頒布だが明らかに遅すぎる。最終回のボイラーはもっとも待たされるらしいが、その前からこれでは、いったい何年掛かるのやら。OSも音沙汰ない今、ライブスチームを手に入れられるのは動輪舎だけになってしまうのか?
 ということで工作ネタが無くなっているのだが、実はこんなものを以前に買ってあるのだ。乗用鉄道模型界も動力近代化計画となったほうが乗客には受けが良いだろう。これを改造して、子供を先頭に乗せれば、そりゃバカ受け人気が出るだろうけど、そんな事して自分が楽しいのか?と問われれば、子供が喜んでいる姿を見ればうれしい、などという好々爺にはなりたくないと常々思っている。いつでも電車に乗る時は一番前に乗る鉄道少年でなくては。自分が楽しいのが一番で、乗客なんか運転を楽しくする為の、ウエイト替わりだ。
 と言いつつ、来年の内陸線のりものまつりがあったら、これで行こうかなと思っている(爆)、ミニSLと新幹線の饗宴、伝説の東京駅D51&0系同時発車、秋田駅でもあったっけ、じゃあ阿仁合駅だ、と妄想は膨らむけど、ひとりで2台は運転できない訳です。
 そういえば、のりものまつりで木製自動車を出展していた、秋田県立秋田技術専門校の校長先生ほか、メカトロニクス科の先生が、学生の工作のネタに乗用鉄道をつくらせたい、との事でわが家に見学に来て、レールの規格やらモーターやら車輪の規格とか工作機械とか、色々話が盛り上がった。来年は一緒にやれる車両が増えるといいな。

2013年4月24日
 ボイラー検査を行いました。
小型蒸気機関車製造者協会が平成8年に設立され、自主的な水圧検査を実施することになっています。ボイラー所有者(使用者)は、検査カードを携帯する、2年に一度安全弁吹出し圧力(ドルテは0.55Mpa)の1.5倍にて定期的に検査すること。と取扱いがきめられています。
 
 左から、0.9Mpaまで圧力をかけています。ボイラー検査は空気ではなく、圧縮されない水を充満し、真ん中の写真のように、安全弁の所に盲フタをして(OSからは別売りされています) 水圧テストポンプで加圧していきます。
 しかし、ごく僅かですが圧が下がっていきます。外観では漏れは見受けられません。もしやと思い煙室を開けてみると、ブロアーの先から水が漏れているを発見しました。まあボイラー本体の漏れではないので良しとしましょう(汗)。本来はボイラーすべてのフィッティングにメクラ詮をしてテストするものですから。ブロアーバルブを開けて、水を盛大に出してやるとゴミでも飛んだのでしょうか、かなり漏れ具合が減りました。
2013年4月17日  本年、2013年度の秋田内陸線 のりものまつり のパンフレットが出来上がり、早速いただきました。というのも、当庭園鉄道も阿仁合駅の裏にある川沿いの桜のきれいな河川公園で出張運転するからです。パンフレット裏表を大きな写真でリンクしておきますのでご覧下さい。
   2013 秋田内陸線のりものまつり
2013年4月9日
 先日、客人があり、デモンストレーションでドルテを昨年11月以来の圧縮空気運転してみると、見事に水面計付近から空気が漏れている。まずはOリングを交換しようとユニオンナットをはずすと、どうもガラスが割れているようなのだ。ユニオンナットを上まで引き上げると、左の写真のように割れてしまった。ガラス管をなんとか抜いてみると、右のように、丁度Oリングあたりのところが茶色くキズが付いている。どうも金属部分とこすれあっているようだ。ガラス管の上下の軸が通ってなく、傾いて取付けてしまうと、こういう風に割れる原因となるので念入りに調整した。圧縮空気運転は無事動いた。

2013年2月27日  祝 キタ〜10,000アクセス、最後のキリ番は自分で踏みました。(爆)  

2013年1月15日  下の記事を書いていると、こうゆうのをシンクロニシティと言うのだろか、東京、杉並区の不動産屋から案内が送られてきた。売主より仲介手数料及び宣伝広告費をお支払い致します。と言う物件だ、もし買いたい方がいましたら、当方の仲介で売主より頂く仲介手数料を買主の方にキャッシュバックしますから是非どうぞ。(まじ)

だいぶ昔に秋田市の有楽座(映画館ビル)を売ってくれと言う依頼があって、首都圏に広告を打ったのだが、全く反響が無かった思い出がある。

平成7年新築だから、子供と一緒に住もうとして大きな家を建てたけど、(建ぺい率、容積率、共になしと言うところが凄い)東京に住むことになって、東京の不動産屋に売却を依頼したとか。大きなお世話の推測でした。


法令に基ずく掲示
秋田県知事(2)第1993号
宅地建物取引主任者(秋田)第3357号
2013年1月15日

 いすみ鉄道公募社長 危機を乗り越える夢と戦略。
秋田内陸線と地域のかかわりを考えるフォーラムで講演したらしい、赤字ローカル線を再建させた公募社長のいすみ鉄道鳥塚氏の著書。この本の売上も個人でなく、いすみ鉄道の収益になるらしい。地方ローカル線は運賃収入をあげようとしても無理、鉄道会社でも周辺地域と共にブランド化、観光地化となり物販業として売上アップを目指さなければいけないということらしいけど、総費用ン百万円かけて、C58の動輪を購入とか、夢は蒸気機関車の運行、とまで公言するなど、数々の有言実行の活動は素晴らしい。
鳥塚社長が雪の秋田を訪れて、「内陸線はローカル線の存在がひときわ輝いている鉄道です。どういうことかというと、採算云々ではなくて、こんなに雪が降る山間では車じゃ話になりません。」(個人的には大いに?)と書いてあるブログはこちら。

 秋田内陸線に行ってきました。

2013年1月4日
2013年1月10日
 雪の正月休みの中、買ったままで読んでいない本を読もうと思いながら、また新しい本を買ってしまいました。
ある機関士の回想”の著者であり、蒸気機関車EXなどにも多数執筆されている、川端新二氏の新書
、15歳の機関助手。前作にも記述されている内容もあるが、前作の機関車に重点を置いた内容に対して、今回はより蒸気機関車と人に係わる想いと、副題に、戦火をくぐり抜けた汽車と少年、とあるが、戦争末期まで機関車の整備は行き届いており、機関車の状態や石炭の質が悪くなり乗務に苦労したのは、実は戦争が終わり、平和が到来してからであったなどの興味深い史実が満載。
    この時期が本当のボロガマか、ないねん出版2004年刊(蔵書より)

2012年12月11日  最近読んだ本の紹介です。『蒸気機関車の動態保存』(青田孝著 交通新聞社新書 2012年8月15日 840円)
副題に「地方私鉄の救世主になりうるか」とあるとおり、蒸機の動態保存がはたしてどのくらいの経済効果をもつものか、といった経済的観点から述べられています。とはいえ、現実に蒸機を運行している地方私鉄は真岡・秩父・大井川の三社だけですが、動態保存のパイオニアである大井川鉄道の経緯が詳しく述べられています。
それだけではなく、蒸気機関車に火を入れるやり方は、国鉄などでは火床に石炭を敷き詰め、その上に薪を置き、火をつけるが、大井川鉄道では石炭を使わない、とか、国内ではボイラーの需要が無く、(ボイラー免許のいらない湯沸し器が進化した為)サッパボイラーでは蒸気機関車の仕事が無かったら会社を畳んだほうがいい、と言う颯波社長の話などの技術的な話と、D51498のオリエントエキスプレスなど歴史的な話など面白い話が一杯です。

2012年11月22日 SLあきた路号のC6120の写真をYAHOOボックスにアップロードしました。
11/10小野さんから頂いたC61の写真もアップしました、キャブ内の写真が秀逸です。11/12小野さんから頂いた蒸機の写真を更にアップしました。
C6120の写真のYAHOOボックス内のONOフォルダーにあります

2012年11月5日 4日に運転したドルテの修理と掃除をした。まず、少し使ったC61の石炭だが、マンデリ炭に比べ灰は煙管のつまり具合は少ないような気もするが、周回数がいつもの半分くらいで少ないので単純に比較は出来ない、まだ様子見と言うことで。汽笛バルブは分解して反対側から押してやれば抜ける程度だったが、確かに一杯まで押し込んでしまうと動かなくなってしまう。原因は色々理由付けは出来るだろうが不明、とりあえず擦りあわせして動くようにして、元の通り組立てておいたが、間にグローブバルブを入れるか検討中。不調のハンドポンプは取り出し分解するにはサイドタンクまでばらさなくてはならないので非常に面倒、なんとか良い方法がないかと試行錯誤した、エアーで吹いてやっても出口側からではチェックバルブの構造上、意味がない、逆にポンプで吸ってやったらと、試したがうまくいかない。終いには、サイドタンクをはずし熱湯を入れ、シャカシャカ振ってやると見事に直った。水で振った時は駄目だったので、お湯が何かを溶かしたのは間違いない。その後組立てて水でテストしたが大丈夫ようだ。一応、イオン交換樹脂使用の軟水は使っているのだが、水が悪いのかなあ。
2012年10月30日  3月19日に昭島のハチロクを書きましたが、なんと昭島駅で入替中の86の写真を発見しました、無断リンクですがこちらからどうぞ
2012年10月25日  家の中にいても朝晩汽笛が聞こえる至福の一週間が終わりました。トップページに掲載していた、SLあきた路号のC6120の写真をYAHOOボックスにアップロードしました。まだ公開していない写真と動画も公開してあります。動画はダウンロードしないと見られないようです。関連して一般公開禁止の写真フォルダもあります、見ないでください。11/10小野さんから頂いたC61の写真もアップしました、キャブ内の写真が秀逸です。

2012年9月15日 秋田車両センターの一般公開に行ってきました。E6系が目玉なのでしょうが、関心は無く。興味があるのは機関車や転車台そしてミニSLです。YAHOOボックスにアップロードしてありますのでご覧ください。噂によれば相当状態は悪く、キャブも大分変形して尻下がりになり、もともと空転しまくりの状態に、発車時は人力で押し出してやるような状態でした。

2012年8月14日

汽車と模型
観察と実験文庫
渡辺精一著
 小学校5年の時に転校した学校の教室に、図書室ではない、小さな小さな学級文庫があった。その小さな書棚の中にライブスチームの本があった。いわゆるSLブームの頃だが、転校したてのせいもあるだろうが、その本を読んでいると、「本がほんとに好きなのね、図書室があるからね」と担任の先生にほめられた事を覚えている。その本は当時でもボロボロで最後の方の数ページが無く、発行年など解らず、左写真のような装丁では無く、全面背表紙の色だったような記憶がある。その中で、ボイラーにあう銅管が無ければ銅板を丸めてつぎ合わせる工法が紹介されているのだが、缶詰のつなぎ目の様に切り込みを入れてカラミ合わせて銀ロウ付けする方法が載せられていて、子供心にもそんなもんで大丈夫かと思った事や、ボイラーの漏れにはオートミールをすりつぶし蒸気試験をするとふさがる、とか、圧力計のブルドン管まで自作して、圧力目盛りさえも手書きで入れる工作に驚いた事を40年以上経った今でも強烈に覚えているのである。
小学校5年の事である。TVゲームしかしない今の子供と違い、その当時の小学生はUコンを小学校の校庭で飛ばすのが大流行でしばらくして、校庭では禁止、と朝礼で校長先生から宣言される工作時代だったのである。
そして、その本は今だから告白するが、自分で学級図書委員になって返却印を自分で付けて、かっぱらってしまったのである。そのまま進んでいればライブの神童になったかもしれないが、1970年八高線無煙化とともに、多くの蒸気ファンがそうであったように、「またも消え行く汽車ポッポ」と安っぽくメディアに取り上げられるSLブームに違和感を感じ、さっさと他の趣味に行ってしまい、その本も、とっとと捨ててしまっただろう。
昨今、にわかにライブスチーマーになって、ライブの本を集めるようになった時にもこの本は忘れられずにいたが、いかんせん書名も何も解らなかった。田口武二郎氏の「蒸気機関車の作り方」の復刻版が出たときも、その本かと思い期待して購入したのだが全くちがった。
先日、ヤフーオークションにずいぶん高価でボロボロ、NR,NCでと言うこの本が出品されていたのだが、思い切って入札してみた、ボッタクリ値段と思うほど高価な為か、さすがに競合者も居ず落札。この本が見事にその本であったのである。前述のボイラーも圧力計もまさに記述があった、内容的には同氏の「ライブスチーム―模型機関車の設計と製作」の先行本の様な感じである。数値や計算式は同氏の「ライブスチーム」の方がずっと詳しく載っている。その本は最近は大分プレミアがついているようだが、昔、古本でだいぶ安く購入できた。今回のこの本は実に昭和30年初版の定価の50倍近い値段ではあったが、実に40年以上の時を経ての邂逅である。目標を達成した後の、うれしいような寂しいような複雑な気持ちである。

2012年7月10日 7月8日の運転会で当鉄道が目的の常連さんが非常に増えたのはいいが、なんとも手狭である。一列に整列乗車させてしまう手もあるが、怖がる子供を「お母さんと一緒に乗れば大丈夫」と勧めるのが当、地方ローカル線のモットーではある。また昨今のデジタル技術の進歩で一億総カメラマンとなり、近くで写真を撮りたがるので一層混雑に拍車が掛かる
そもそも当庭園鉄道を開放しているのは鉄道模型趣味の普及のためである、だからあなたの車両も走らせませんか、と公開しているわけだ。自分で鉄道車両をつくり運転したい、でも場所がない(特に秋田では)そういう人の為に他人の私有地を借りて開放している訳なのだが、(以前、この場所でこの広さで、空き地では相当余裕のある人ですね、と皮肉られた事があったが、)そういう方向には全く進んでいない。同好の志が10人位集まれば、きっと市有地の公園に常設線路を持つ事だって可能だろう、事実日本中で広まっている。そうなればこんな固定資産税をとられる土地など売り払いたいのだ。車両についての質問も、わたしも出来ますか?などの質問は全く無いようだ。今回、細田氏が持ち込んだ、てトロ127も7万円からするものだが、単なる遊具としてしか見られていないのではないだろうか。
鉄道と言うものは多くの見えない人達に支えられて初めて運行できるのだ。それ故、運転士は保線夫の片手を挙げた退避の合図に敬礼を持って感謝を表すのである。そういうものが学べるような体制が出来ないと、ただの公園の遊具だ(ここは公園では無く私園だ)信号を守る事、手旗に従う事。閉塞区間を理解する事を実践しなくてはならないのだ。今回も三人のボランティアではドルテの保火にてんてこ舞いで、てトロ発車時に確認もせず動きだし、乗客がひっくりかえりそうな事が何度も見受けられた。次回はてトロと同時に併走しよう、そして発車合図は手旗、入場信号は信号器とし、山手線のようなホームから次の列車がもう見えている状況で安全運転を徹底したい。その為には常連さんに積極的に駅員として協力をお願いしようと思う、子供の写真の背景としてだけの当鉄道の存在価値であれば、写真を撮って一回乗ったらとっとと帰って欲しい。と今回はあえて辛口な宣言をする。今まで皆さんに声を掛けなかったこちら側が悪いのだが、きっと皆、喜んで電車ごっこに協力してくれるだろうと思っている。ただし制帽をかぶる事。
2012年7月5日  無煙炭の購入と一緒に水面計のガラス管を購入しておいたのだが、本日、次回運転に向けてエアーテストをしてみると、なんと水面計からエア漏れを発見、こういうのをシンクロニシティと言うのだね。ここは締め付けすぎるとガラス管が割れるし、水面計のガードがあってやりにくい、釜が暖まれば止まるレベルかも知れないが、締め直しておいた。

2012年6月1日  B10のサイドロッドの工作をアップして、見直したDVDがある、そう、あの 「SL復活 C571よ永遠に」 の修復作業だ。それによればC57のクランクピンと主連棒のメタルの隙間は 0,25o以下だそうだ。結構あるのか、それしかないと見るのか?
2012年5月2日 ドルテのシリンダドレンの修理をした、横倒しにして下回りも掃除した。ドレンの修理には6mmの薄いスパナが必要なようで、では新品時はどうやったかと言うと記憶に無い、百均ででも買ってきてグラインダーで作ろう、今回はそこいら辺の板切れでスパナを作ったが見事に口が開いてしまい良く閉まってはいない。後はキャブのネジが大分緩んでいた、次回の運転前に増締めを忘れない為にここに記しておく。
2012年3月19日 昭島のハチロク
三月になり一時期暖かい日もありだいぶ雪も解けたが、まだまだ降雪があり寒い日がつづく。下に東京都昭島市の出身だと書いたが、更新ネタもないので、遠くはなれた秋田の地から、大昔の話をひとつ。東京都下の青梅線、中神駅から立川基地への専用引込線があった。使われなくなっても長らく(20年間)線路が撤去されず、やっと遊歩道になった。これはかなり有名なネタで、ググるとかなりヒットする。中神駅を出てすぐ左に大きくカーブする、その先に公務員住宅があり、昔は二階建て、上下二部屋しかない長屋、今風で言えばテラスハウスだが、そこに小学校4年まで住んでいたのだ。カーブの先に踏切があり、結構広い道なのに遮断機はなかった、もっとも付近の踏切にも何処にも遮断機はなっかたと思う。そこに母親に手を引かれて待っていると、前に旗を振る人を乗せ、真っ黒な物が来た。  記憶はこれだけである、だが鮮明に一回だけ記憶している。
八王子区の86はS41.3.25には中神の立川基地専用線もDD13と交替したため、全機火を落とした。とある本で知ることになり、やっとあれはハチロクだったとわかったのだ。セントラルに訪問した際に加藤社長に聞くと、さすがに良く知っていて、セントラルが86にこだわっている理由のひとつかと勝手に思い込んでいる。

2012年2月15日
2012年3月20日
     
 所謂、ライブスチームではない鉄道模型FANにもナローゲージ嗜好の方は多いが、ライブスチーマーもしかりである。これは、たとえば5インチでも、国鉄の大型、いや普通の機関車をファインスケールで作ってしまうと、とんでも無いことになってしまうと言う理由が大きな部分を占めることは間違いないだろう。自分もドルテを所有してから、やっと軽便鉄道に興味を持つようになった。軍機保護法下の汽車・軽便などの有名な本もあるが、高価で大きくて、いまいち購入できなかった。そこで最近良く眺めている本がこれ。小型蒸気機関車全記録東日本編、西日本編
 
 私は以前 都下、昭島、立川とに長いこと住んでいて、あの有名な玉川上水駅の朝比奈、鉄連のEタンクの実物を触っているのだ、それは小学生の時、村山団地に引っ越した友達の所に遊びに行く為に、昭島から自転車で行く途中に玉川上水駅で発見したのだ、小学校4年くらいのはずだ。勿論カメラなど持ってはいない。しかし塗装仕立てのように綺麗であったのに、キャブの窓は皆、鉄板で溶接されていて中に入れなかったこと、そして小さな動輪が内側にあって、なんだこりゃ、と思ったことを記憶している。その後も玉川上水遊歩道で遊びながら、遊歩道か資材置場か良くわからない場所で、何で西武鉄道のこんな駅にと いつも思いながら、いつの間にか無くなった。朝比奈だ鉄連だ、などと知ることになったのは何十年も後のことである。

2012年2月8日 大雪、寒波で更新も怠りがちです、かねてより録画してあった、2011.10.13 AAB スーパーJチャンネル 特集「夢をかなえた 庭園鉄道 」放送時間帯からか見られなかったと言う人が多いのでテレビ放送をアップロードしました運輸日報からどうぞ
2012年1月12日 いやはや去年も結構な雪だったが今年も凄い。去年の今頃はドルテを作っていた訳だが、OS製はひたすら組立てるだけなのでやる気も出たが、まるっきり新規のものはなんとも体が動かない。結構屋外でバンドソーで鉄を切ったり、丸のこで木を切ったりしていたのが、雪と寒さに自宅と事務所の雪かきで筋肉痛の三重苦でやる気無し、機関助手にはなれない歳である。TOPページの写真を更新したが、これだけ雪が積もると、雪が降らなくなっても雪解けに一月位要してしまうだろう。桜と言えば卒業式の三月だろうが、秋田では五月のゴールデンウイーク、その頃もまだ寒く、それから一気に暑くなる。いわゆるさわやかな季節がとても短いのだ。

2011年12月11日 なんとも残念ながら、冬季休業宣言とする。十月の運行を最後に7週連続の雨の日曜日である。次回の運行の為に色々準備したものも多いのだが正直、もう寒くてやってられない。関東、関西圏で冬にも運転会をばんばん開ける地域はうらやましい限りである。動物園も遊園地も屋外の鉄道公園なども皆、冬季閉鎖である。以前にも書いたが、秋田の日照時間は日本一少ない、それが色白の秋田小町の要因らしいが、困ったことに日本一は他にも沢山あって、高齢化率、に自殺者数、人口減少率、高校生減少率など、さらには東京からは新幹線で青森に行く方が早い、と言う現象も起きている。3.11で東北地方、唯一死者の出なかった県であり、首都圏よりも放射能の影響が少ない県ではあるが、これも辺境の地であると言うことだろう。セントラルのB10は全く音沙汰無い、それでも定期的にHPを見に来てくれる人の為に、あまり乗っていない電動ネタやNゲージネタなどを更新していきたいと思っている。ライブスチームのHPというにはお粗末な、当HPではあるが、過去に沢山あったライブスチームのHPがリンク切れに続々なってるのが多く感じるのは、私だけではないと思う。
2011年11月20日 雪が降る前にもう一度運行したいとは思っているが、なんとも秋田市の天気は変わりやすい、記憶にある限り4週連続の雨の日曜日となった。真夏の様な日差しが射していたかと思うと、5分後には今にも降りそうな曇り空になる。あと、驚くのは冬の稲妻である、アリスが歌にするぐらいだから、珍しい事なのだろう。やはり雷は夏である、正月の稲妻は秋田市で初めて経験したような気がする。これは海と山が接近している地形によるものだと思う、大気が不安定なのだ。屋根つきでも外に放置してある自転車などもあっという間にさびてしまう。潮風のせいだろう。海水浴場はいくつかあるが、その砂浜の規模には驚く、狭いのだ、それでもお隣の県はもっと海水浴場がなくて、秋田の海水浴場に来ると聞く。あぁ日本海。ライブスチームは石炭を燃やしているので、雨だ、それ撤収と言うわけにはいかない、特にドルテはボイラーをばらして車に積み込むため、火が落ちても、ボイラーが冷めないと手で持てないのだ。本日も朝は日が射していた、お手伝いして下さる方にすぐ連絡しようと思ったが、遠くの空はまるで雨雲だ、その後も不安定な天気の繰り返し、9時から13時まで天気が持てばいいのだが、準備もしていないので止めることにした。案の定昼過ぎから、土砂降りに近い降りになった。まだ本年中はあきらめていないので、もし楽しみにしている人がいたら、待っててね。


2011年11月7日  HPで駅員さんを募集したら、二名の方からメールを頂いた。早速準備したのが 赤と青の手旗、何処でも売っていそうだがなかなか無く、結局、ネット上を探しまくり 安全サービスYahoo!店 で見つけることが出来た。ヤフオクで 子供用鉄道制服サイズ150 も勢いに乗って落札、競合入札者はいなかった(笑)。
 秋田は高齢者の割合が来年、ついに日本一になるという、町内単位で子供主体の何かの催しは成り立たないらしい。これを着るような子供もいないだろうし、たまたま通りすがりの子供に、これを着て記念写真をどうぞ、などという太っ腹なサービス精神もまったく無い。では、何で買ったんだと言われそうだが、いつか使う日も来るだろう。
 鉄オタとして子供をダシに電車ごっこをやる必要はない、例えば、Nゲージでは電車ごっこも出来ないだろう。(もっともNゲージの無線カメラ車両にモニターディスプレイ、運転台型トラコンで、スタフを指差し、定通、とか言いながら運転していたが、遊びに来た人に薦めたら、誰もやらなかった(汗)。 5インチは人が乗れる以上、輸送機関だ、もう、ごっこ ではない、適当な場所で、どうぞ乗って下さい、では行きますよ、と後ろも確認しないで発車、停車定位置も無く適当にとまる、では「運転手は君だ、車掌は僕だ」の電車ごっこ以下だ。15インチで多くのボランティアの協力でやっている処もある。5インチだから、その3分の1とか、人いねがー。

2011年10月30日 駅員ボランティア大募集帽子貸与
の続き
 人が乗れる鉄道なのだから、駅員がいれば 
乗客をきちんと誘導、乗車させて、信号を赤から青に切り替え、発車オーライの手旗合図
機関士はそれを受けて、出発進行の点呼、汽笛を鳴らして、発進、
2周するので 通過のときは 青旗で場内進入を促し、通過時、挙手敬礼、前後指差し点呼。
停車の時は 信号を赤に切り替え、青旗で停車位置誘導、赤旗で定位置停車。  ぐらいのことはやりたいのだが、そんなこと事、恥ずかしくて出来ない、子供じゃあるまいし、と大人はなるので、子供駅員も大歓迎。 そして周回数、大人、子供別乗客数カウンターをカウントする。4周ごとに水を補給する。大混雑するかと思えば、誰もいなくなる時間もある、そういうときは呼び込みキャッチまではいかないが、こわごわと覗いている人に、どうぞ、乗れますよと声を掛ける。 以上が出来る駅員ボランティア大募集
2011年10月24日 集めた国鉄の正帽、略帽
10月の運行が終わり、新聞にURLが載ったり、検索エンジンにヒットするようになり、HPには、まずまずの訪問者があるが、HP開設以来、メールが来たのは一人だけ、それも埼玉県からだ。私も一緒に走らせてもらっていいですか、と言う話は全く無い。恐るべし秋田県。プロローグに少し愚痴ったが、本来こういった趣味は、自己完結型で、乗客やギャラリーが無くても、自分ひとりでぐるぐる回っていたって楽しめる。貨物列車がそうだ。だが実際、人が集まりすぎる、それはそれでうれしい事なのだろうが、現実には客扱掛が必要なのだ。家庭菜園の一部を使わせてもらっているので、人が近くで見学出来る広いスペースはそれほどない、前回も大人が知らない間に、案内看板で指定した以外の場所から入り込んでいた。チェーンが張ってあるにも係わらず、何の断りも無くだ。ここで見ていいですか、とか一声かけてよ、私有地だよ。
 乗車待ちをしている子供の中には、安全弁などの蒸気にビビッて、怖〜い、乗るのやだ、と固まってしまう子供がいる、乗らないんだったら、後ろの人に譲れば良いのだが、本当に恐怖に立ちすくんで後ろの人が通れなくなってしまうのだ。また、親が自分の子供だけの写真を撮りたいだろうから、家族単位で乗せてあげたいと思っている、すると あいている席にちゃっかり何度も乗る子供もいるのだ。そういう時は、何回でも乗っていいから、待っててね、と さとせばいいのだが、それらをやる人がいない。家族等の協力は無い、たとえその場にいても、見ず知らずの人にコミュニケーションをとるのが苦手な(出来ない)人ばかりなのだ、県民性なのだろうか。発車前の機関士は忙しい、水を補給して、石炭をくべて、蒸気の上がりを確認する。更に、客扱いをして、乗る順番を決めて、見学者の質問にも一人で答えなくてはならないのだ。
 何がいいたいかと言うと、☆☆運客ボランティア大募集☆☆ナノダ。
 鉄道の帽子をかぶっている係員の指示に従って下さい、と注意書きを掲げるのだ。そのために正帽、略帽、大小2個ずつ集めたのだ。かぶらない人は関係者とはみなさない。もし、また映像メディアの取材があったら、キャスターでも女子アナでもいいから、運客中は帽子をかぶらせ、一日駅員で、発車オーライという構成の企画しか受付ない事にしようと思う。自分へのインタビューはもういい、駅員さんをやってくれ。ちなみに駅長の帽子は無いので(笑)。
と言うことで、

 子供が好き、もしくは人に指図するのが好きな人、駅員ボランティア大募集 帽子貸与
メールください。 まあ、何の反応もないだろうけど。(汗)  (続く)

2011年10月19日  長らく鉄道模型店が無かった秋田市に8月、新しいお店がオープンした。人の噂話を聞いてから、やっと行ってみた。ほとんど、N関係なのは致し方ないが、その中で見つけたのが これ。どう見てもライブスチーマが菜っ葉服の胸に付けるものでしょう。   
発売 フレイトライナー 製造 村上木工挽物有限会社 職名札セット 機関士車掌1500円との事。
 ちなみにこのお店、消費税をサービスの定価販売というスタンス。すべて商品は外税表示か、という疑問はあるが、経済効率ではなく暖かく見守る必要がある、と言ったら、上から目線で不遜だよね、蒸気機関に経済効率の話はご法度、何しろトイザラスに新幹線セットしか秋田市には無かったのだから。

2011年10月18日 2011年8月よりHPを公開していたのだが、検索エンジンには全くヒットしなかった。それもそのはず、検索ロボットと言うのは既に登録された、他人のリンク集からアドレスを辿って登録する仕組みらしい。いきなりHPを公開だけしても、世界中のURL数からすれば一生かかっても、検索ロボットが辿り着かないこともあるそうだ。確かに、いくつかリンクをお願いしたサイトのリンク集にヒットする様になった。ネット上でいろいろ調べると、グーグルにはウエブマスターツールと言うものがあり、それに登録すると良いらしい。グーグルアカウントはスマホで自動的に加入したので、そのID,PWで登録できた。ヤフーでも、なんとか登録、と言うところにサイト登録をしたのだが、ヤフーはGoogleの検索エンジンを採用しているそうだから意味が無かったか。反映されるまで数ヶ月かかるという説明もあったが、しかし、昨日の登録の甲斐あって本日、秋田 庭園鉄道 5インチのワードでなんと、1ページ目に表示されるようになった。めでたしめでたし
プロローグ ライブスチームどころか乗用鉄道模型の噂も聞いたことのない、後進県 秋田。私のOSライブスチームクラブの会員Noは 12-01 栄光のトップNo、初めてのユーザーだそう。(12はどうやら県別に割振られているらしい)
その中で大潟村、村営の9600と国鉄(今は私営?)のD51とC57がある。当鉄道に来る人も、大潟村には毎年必ず乗りに行くなんて人もいる、(一周100円だよ)。今までされた質問は、いくらですか、売ってるんですか、市でやってるんですか、(違う)じゃあ、誰のですか、JRの方ですか、誰の土地ですか、お金取るんですか、、、、、、わたしもやりたいのですが、などとは決して聞かれたことはない。人口減少率日本のワーストに入るほど、土地は余っているんだから、同好の趣味人が多ければ、行政とタイアップするライブ振興県のようになるのは簡単だろうに。そのくせ秋田は、えぶりこき、(見栄っ張りという意味の方言)車を直ぐに(3年で)買い替えるので有名なのだ。車検を1回通して、新車を我慢すれば、ライブくらい買えるだろうと思うが、モデルニクス等の電動だっていいし。
 ライブスチームは2時間運用したら、後始末、掃除に2時間はかかるのはあたりまえ、見学させて下さい、いい趣味ですね、素晴らしいですね、何か手伝いましょうか、と言ってくる人は沢山いるが、じゃあ煙管突きに、煙室のシンダー掃除して、とは言えない。いや、今度はボイラーが冷めて車に積めるようになるまで、その場で煙管掃除しようかと考えている、もちろん見学者にやらせるんだ。それとも、庫内手ボランティア募集(蒸気機関車の構造の勉強が出来ます)とでも書いて看板を立てるか。見学者のなかで鉄道好きだと言う小学生をつかまえて、近くで見ていいから、と言って、自販機でお茶買ってこい、とか 集計カウンター押せ、とか 水補給しろ、とか ハンドポンプ100回押してろ、とか位はやらせてる、もちろん本人は嬉々としてやっていたけど、その後は二度と来なかった(汗)、
 やはり蒸気機関車扱い掛の究極は煤掃除に尽きる。あんた それでも蒸機ファンなの、と言われそうだが、なんたって オーナーでボイラー免許までもっている有資格者の機関士だ。構造に熟知するまでは、当然下積みの庫内手、試験に合格するまでは神聖な加減弁に触ることも許されない。なんてね。だから蒸気機関車は廃止されるんだって。と言っても、知合いの来客者には運転させてあげない訳にはいかないでしょ、今のままでは目を離せない、水面計なんか見ない(見れない)人が多すぎる、トイレにも行けない、一人でビーチパラソル3ヶ片付けて、あ〜あ誰か同じ趣味の人いませんかね。

八高線 金子坂のD51