Interview








Virgin Music Taiwanのホームページより
2005-6-27日付記事を転載・和訳させて頂きました。

【江西テレビ放送 記者 陸莎莎】
■江美hの歌を聴いたのは、彼女の『我愛王菲』、『東京鉄塔的幸福』などでだった。これらの美しい歌で彼女を知る人はますます増えた。
6月16日、江美hは江西衛星放送の《明星面対面》にゲストとして登場した。
その日の午後、私は小美の宿泊先を訪れ、彼女に30分あまりのインタビューをした。
取材ではあったが、小美は私をまるで古くからの友達とおしゃべりをしているような気分にしてくれた。

【音楽:一篇の優美な詩】
■席に着くとすぐに、話題は自然と小美の最新アルバム、『恋人心中有一首詩』のことになった。小美インタビューの前に私は既にこのアルバムを聴いていた。
感情を表現する不思議な力を、音楽は備えている。ヘッドホンを着けるとすぐに一個の詩の世界へと旅立つことができる。
小美の歌を聴くことは一篇の詩を体験することと同じなのだ。
この中で、小美の巧みな歌唱だけでなく、7人の"詩人"たちが陣を固めている。
このアルバム中、"[女乃]茶"こと劉若英、趙薇、袁泉、そして小美本人など8名のスターからなる超豪華な陣容が詩人に姿を変えて、それぞれの特色ある声でアルバムの中の歌詞を朗読している。
彼らはみなそれぞれの感覚で歌詞を朗読し、さまざまなBGMがそれに添えられている。
小美の11曲の歌とともに一気に聴くことで、アルバム全体がひとつの詩の世界を構築していることを感じられる。
これら8名の"詩人"たちの話題になったとき、小美はとくに"[女乃]茶"劉若英についてこう語った。
「私と"[女乃]茶"が共演したのはこれが初めてなの。でもこれより以前に彼女のコンサートに私がゲスト出演したことはあったわ。私は彼女が歌がうまいだけじゃなくて、演技に天賦の才があると思う。生まれつき女優としての素質があると思うな」と小美は"[女乃]茶"の演技を絶賛した。

【演技:ミュージカルが大好き】
■私は小美が演じることがずっと好きだったと聞いていた。私たちは彼女が出演した舞台、『[足包]路天使』について話した。
小美自身は、映画とミュージカルのステージについて異なった見方をしている。
映画やテレビドラマを避けているわけではないけれども、しかし彼女が好きなのは舞台劇なのだ。そしてミュージカルには今後も出演し続けたいと思っている。
ミュージカルには演技以外にも歌唱力が要求される。そしてそれは小美にとっては挑戦し甲斐のあることであり、また彼女を幸福にさせることでもある。
興奮ぎみに小美は言う、「ミュージカルと観客の関係はよりダイレクトなの。ステージの下で拍手の音が鳴り始めると私はすぐそれに感染して、ますますノッて来るのよ」
「もし本当に映画に出るとしたら、私が一番共演したい相手役の俳優さんはね……」
小美は首をかしげて真剣に考え始める。と、突然叫んだ。
「梁朝偉(トニー・レオン)よ! 彼ってすごく男っぽい感じじゃない?」

【美しさ:ありきたりの女の子じゃない】
■多くの人が江美hは"第二眼美女"だという。小美自身、笑いながら認める。
「私は以前はいつもボーイッシュな服ばかり着ていた。やや改まった場所でしかスカートなんて穿いたことなかったの。でも普段スカートを買うのは大好きなのよ。買ってきて家の中に吊るして眺めるの。でも穿いて出掛けることはしなかったの。」
でも今私の目の前に坐っている小美は、白いレースの上衣に、肩まであるおしゃれなロングヘアで、それが彼女を大人っぽく美しく見せている。
私がそう言うと、小美は笑って言った。
「そうね、私はとても変わったと思う。たぶんいろんな経験をしたから、成長したのかな。」
アルバムのMVの中で、彼女のスタイルは以前と較べて大きく変わった。
ウエディングドレスを彷彿とさせる色鮮やかなエプロンを着け、以前のジーンズを好んで穿いた小美は、いまや大人の女性の魅力に溢れている。

【まじめさ:音楽のために努力する】
■歌謡界ではほとんどすべての歌手がみな李宗盛(ジョナサン・リー)のことを"兄貴"と慕って尊敬している。小美も例外ではない。
長い間の夢が今回のアルバムでついに実現した。
アルバム中の1曲、『芥末不辣』は"兄貴"が自らプロデュースした。
この歌のために、小美は少なからず苦労を味わった。
■"兄貴"はここ数年ずっと北京で活動しているため、小美は録音のため北京へと飛んだ。
北京でのレコーディングのとき、彼女はレコーディング・エンジニアと一緒にスタジオで彼を待っていた。そのときの彼女は緊張のため手のひらは汗びっしょりで、心臓の動悸が激しくなった。ジョナサン兄さんはおっかないだろうか? 私はひどくダメだしされるんじゃないだろうか?
このようにして待つこと数分、"兄貴"がついに姿を現した。しかし誰も想像もしなかったことだが、ドアを押す"兄貴"のその手が見えたときに、小美は泣き出してしまったのだ。
"兄貴"もエンジニアたちもみなどうしていいかわからず、"兄貴"は笑いながら小美を慰めた。「僕がまだ何も言ってないのに、どうして泣いたりするんだい?」
「そのとき私はあまりに緊張しすぎてて、そんなに大げさな反応をしてしまったのね。兄さんは厳しいけれどとてもいい人だった」と小美は私に言った。
小美の、音楽に対する真剣な態度は"兄貴"を喜ばせ、彼女の力量を惜しみなく絶賛した。
そのときの曲、『芥末不辣』は、小美の個性があますところなく発揮されている。

【涙:心の中の父への想い】
■アルバムの中で最も思い入れのある一曲は?との私の問いに彼女は黙ってしばらく考え込み、少ししてからゆっくりと答えた。
「『有一天』ね。張震嶽が作ってくれた曲なの」
この曲ができたのは、実は偶然だったと小美は言う。
■話は小美がミュージカル『[足包]路天使』に出演していたときに遡る。
その舞台の下稽古のさなか、小美の父親は病気で急逝したのだった。
当時の小美の悲しみは大きかった。話がそのことに及ぶと、小美は軽くゆっくりと頭を振りながら語った。
「実は父とは生前、ちょっぴりうまく行っていなかったの。ちょっとした行き違いがあって。
父が亡くなってしまって、もう父の口から私を許すという言葉を聞くことはできなくなった。
あんな程度のいざこざが私と父の間の感情に影響していたわけじゃないって、わかってる。
父が心の中ではもう私のことを怒ってはいなかったということもね。でも、やっぱり辛いの。
すごく後悔してる。」
■小美は張震嶽と一度話す機会があり、二人はともに近年、大なり小なり、生命に関する経験をしたことを話し合った。
話し始めたとき、小美はまだ何も考えず楽しく喋っていたが、次第に感情が昂ぶってきて、父の突然の死で受けた悲しみに話が及ぶと、二度と伝えることができないことへの後悔の念が押し寄せてきて、小美は話せば話すほどに悲しくなってきた。
張震嶽は黙って、ただ小美の頭を軽くポンポンと叩いた。そして彼女に言った。
「いずれみんな思い出になるさ。」
数日後、張震嶽は『有一天』となる曲を小美の元に送った。
小美はレコーディング・スタジオで坐ってその曲のイントロを聞いただけで、涙が溢れて止まらなくなった。
「阿嶽は完全に私の父への想いを描き出していた」。目の縁を赤くして小美は言った。
彼女の悲しげな様子を見ると私は申し訳ない気持ちになり、小美の悲しみを思い出させるこの話題を持ち出したことを後悔した。
けれども彼女はすぐにそっと私に言った。彼女は父が自分に寄せていた期待を裏切ってはいないということを。彼女は以前にも増して積極的に毎日を生きるようになった。
小美が描き出した詩情のように力強く、音楽というこの一筋の道の上を彼女が歩み続けることを、我々は願ってやまない。