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吉田〜御油〜赤坂〜本宿(約16km)

2005月3月20日(日)

新居〜吉田本宿〜矢作橋(岡崎)

青春18切符を購入して、ムーンライトながら(東京駅23:43発)で豊橋へ。途中、小田原で中央線沿線火災の影響で乗り遅れた客を待つため15分停車も、通路まで満員の乗客を乗せて、豊橋には予定通り4:22に到着しました。

豊橋駅吉田宿本陣跡前回同様、駅前のローソンで弁当を買って早めの朝食。5:12に豊橋駅を出発しました。路面電車の線路に沿って進み、5:30に札木駅、そして前回Goal地点の吉田宿本陣跡に到着しました。5分ほど歩くと右折、さらに5分で吉田宿西惣門跡を通過し、5:50に豊川にかかる豊橋を渡りました。

吉田宿西惣門豊橋より豊川をのぞむ

豊橋を渡るとすぐ左折(ここにも標識があるのでわかりやすいです)、豊川に沿って進み、下地町に入って6:00に聖眼寺を通過しました。さらに道なりに進み、6:20にサークルKに到着して一休みしました。

6:32に再び歩き出し、6:45に豊川放水路にかかる高橋(たかばし)を渡って小坂井町へ。6:50頃、飯田線の踏切で列車の通過待ちをして、さらに道なりに進みます。

7:15に伊奈村立場茶屋・加藤家跡で10分休憩。ここには松尾芭蕉の句碑「かくさぬそ 宿は菜汁に 唐がらし」があります。しかし、この句は宿の飯を詠んだものでしょうか…

やぎのいる風景7:35 小川を渡りましたが、ここの土手には山羊がいます。「NPO法人・やぎのいる風景」が飼っているそうです。Mihoの足が止まってしまったので(笑)、しばらくほっといておきました。7:45にやっとMihoが動き出したので再出発です。

本坂越の追分とにかくひたすら道なりで、8:25に国道1号に合流。10分ほど国道1号を歩き、8:35に国府町藪下で斜め左にそれていきました。8:55に御油一里塚、大社神社で一休み。すぐのところに本坂越の追分があり、見附宿で別れた姫街道と合流します。

9:14、御油宿の手前で猫を発見。首輪はしてませんでしたが、人なつっこい猫で、Mihoが抱きかかえると甘えていました。
  (しかし、今回は動物遭遇の時刻が妙に細かい…記録係はもちろんMiho)。

醤油樽とMiho御油宿御油宿手前で右折、左折と大きく曲がり、9:25に御油宿本陣を通過、御油宿は他の宿場よりも格子や漆喰壁などの旧家が軒を並べていて大変風情のあるところです。9:34には古民家の貸家を発見、古民家らばぁのMihoは指をくわえて見つめたあげく、連絡先電話番号をメモしていました。

9:40に御油の松並木に入りました。御油宿と赤坂宿の間に600m続く松並木は、国指定天然記念物だそうです。東海道中膝栗毛で弥次さん・喜多さんが狐に化かされたところでもあるそうです。

御油の松並木御油の松並木

関川神社の大樟大橋屋9:50に赤坂宿見附跡、9:55に関川神社を通過して、赤坂宿本陣跡を過ぎて10:00に大橋屋に到着。元は鯉屋といった旅籠で今でも予約すれば宿泊可能だそうです。中を見物させていただき、10:10に出発しました。

すぐ近くに「よらまいかん」という休憩所があり、ここで25分休憩。10:35に出発して、道なりに進み、11:25に関屋で国道1号に合流しました。しばらく国道1号を進んで、12:00に本宿で国道1号と分岐して街道に沿って法蔵寺に到着しました。

近藤勇の首塚松平広忠の墓法蔵寺は、大宝元年(701)に行基が開基した寺で、徳川家康が幼年期を過ごした場所と言われています。さらに、松平氏一族の墓があり、家康の父・松平広忠の墓もありました。また、なぜか新撰組局長・近藤勇の首塚もあります。なんでも板橋で処刑され、京の三条大橋に首がさらされていたのを三晩めに新撰組関係者が盗み出し、勇が懇意にしていた住職がこの法蔵寺の住職に就任していた縁で首が持ち込まれたのだそうです。

名鉄 本宿駅12:20に法蔵寺を出発、標識に従って名鉄・本宿駅に到着し、本日のGoalとしました。

Goal後は、名鉄の快速特急(東岡崎で乗り替え)の展望席で名古屋に向かい、大須観音近くの「たから」という味噌煮込みうどんの店で昼食をとり、名古屋駅15:12発の新快速・浜松行き→熱海行き→東京行きと乗り継いで21:46に東京に到着しました。


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