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瀬田〜三条大橋(約16km)

2006月5月3日(水)

関〜坂下〜土山〜水口

5月2日の夜、東京を出発しようとしたら車のバッテリーが×。JAFに来ていただいて充電をし、出発するや中央高速が事故渋滞。GWの3連休に突入するので車の多いこと多いこと。あげくのはてに名神高速でも事故渋滞をくらい、守山のホテルに到着したのは朝9時過ぎでした。

石山駅前の芭蕉像ホテルをすぐに出て、守山駅から東海道本線の新快速で石山駅へ、京阪電車に乗り換えて前回の終着地、唐橋前駅からスタートです。

唐橋駅前10:15、唐橋前駅を出発。瀬田の唐橋からの道を1区画ほど歩き、石山駅に向かって右に折れます。そのまままっすぐ進み、京阪電車の踏切を越えてJR石山駅に到着します。

NEC関西駅の自由通路を反対側に降りると、そこにはNECの工場がど〜んと控えています。NEC関西本社・大津工場です。1995年の阪神大震災の際には、ボランティアとしても活躍したとAkioの蘊蓄。

今井兼平の墓東海道は、NEC関西の敷地を琵琶湖の方に回っていく道ですが、工場裏に「今井兼平の墓」があるというのでそちらに行ってみました。今井兼平は、木曽義仲の乳兄弟であり巴御前の兄にあたります。粟津の松原に逃げ込んだ義仲を逃がすために壮烈な最期を遂げたのだそうです。今井兼平の墓には結構な人数の観光客がいました。さすがGW、東海道を歩く人もかなりいるようです。


NEC関西・本社正門前さて、再び石山駅前に戻り、NEC関西の敷地に沿っててくてくと歩いていきます。道なりに進んで日本電気硝子の本社を過ぎ、つきあたりを左に折れてクランクを過ぎると京阪電車の踏切があります。踏切を渡ると若宮八幡神社、この日は瀬田五社御輿巡幸の祭りで御輿の準備に大わらわでした。Akioのイベント遭遇体質は健在です(^^;)

若宮八幡神社の御輿しばらく、御輿の準備を眺め、道を右に折れると、再び京阪電車の踏切。京阪瓦ヶ浜駅です。さらに5分ほど歩いて篠津神社、道を左に折れて中庄駅の手前で右に曲がります。膳所神社を過ぎ、和田神社の先で左斜め方向に進み、お寺を迂回するように巻くと、石坐神社です。五社の中でもっとも古いとのことです。

篠津神社の御輿迎え所(Miho’s古民家大賞)和田神社の御輿

さらにしばらく歩いて、12:15に義仲寺に到着しました。名前からわかるように木曽義仲が敗死し、葬られた場所で墓があります。また、まったく知らなかったのですが、松尾芭蕉の墓もここにあります。遺言により義仲寺に葬られたのだそうです。芭蕉、弟子の句碑も多数(19個)あるそうです。

ここでMihoは池の亀を見つけて、ガメラごっこをしていました。たぬきなのに動物虐待ではないでしょうか?

行春をあふみの人とおしみける 芭蕉桃青義仲寺のネコヤナギ巴塚

木曽義仲公の墓松尾芭蕉翁の墓芭蕉句碑「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」

芭蕉とたぬき芭蕉句碑「古池や蛙飛こむ水の音」

20分ほど休憩しましたが、昼も過ぎたので近くの西武大津で昼食。13:55に再び出発しました。

大津事件碑ひたすら道なりに進み、京阪電車を越えて14:25に大津事件碑に到着。「此附近露国皇太子殿下遭難之地」と刻まれている碑がありますが、大津事件とは、日本を訪れていたロシアの皇太子ニコライ(後にロシア革命によって殺害されたロシア最後の皇帝ニコライ2世)を巡査・津田三蔵がサーベルで斬りつけた事件です。1891年、まだまだ日本は欧米列強を相手にかろうじて植民地化を免れていた頃で、明治天皇が京都まで駆けつけて皇太子を見舞うという日本中が驚天動地した事件でした。

逢坂関跡さらに5分ほど歩くと、札の辻(京町一丁目)。国道161号を左に折れて14:45に蝉丸神社下社で5分休憩。14:58に国道1号に合流します。名神高速の上を越えて、大きく西に曲がり、大谷駅の手前で右に逸れると逢坂関跡です。15:12に通過しました。


再び国道1号に戻り、逢坂山を抜けると名神高速との分岐です。15時27分31秒、行く先に京都の街が見えてきました!

15:47、山科追分道標を右に進みます。左は伏見道、伏見・淀・枚方・守口を経て大阪京橋に至る道です。こちらは東海道五十七次とも呼ばれますが、私たちの目的は東海道五十三次ですので、右に進みます。

山科追分道標滋賀県と京都府の県境このあたりは東海道の三条大橋方向に向かって右手側が滋賀県、左手側が京都府です。道の右と左で府県も町名も違います。さらには、車のナンバープレートまで、滋賀と京都、別々です。向かいの家なのにです。

さて、京阪京津線に並行に東海道を進み、15:55に国道1号(旧道)と交差、歩道橋を渡ってちょっと進むと花山の方、左手の細い道に入ります。御陵(みささぎ)の坂道を登っていき、17:00頃に再び国道1号に戻ります。

そろそろ足もへばって来ましたが、ふんばって歩き、17:45に蹴上を通過、左に大きく曲がるとその先は三条大橋です。そして、東山を越え、18:08、ついに三条大橋に到着です!!!

三条大橋三条大橋

2003年5月から歩き始めてまる3年、月1回ペースで歩き続け、かかった交通費は考えたくもない(笑)、ようやくのGoalを迎えることができました。夕日が沈んでいくのを河原で眺め、夜になってから四条に行き、かんざし屋でMihoが自分にご褒美のかんざし購入(足りなくてAkioから借金していました…)。その後は二条の居酒屋『赤垣屋』で祝杯をあげました。


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