萬屋骨董品店

 


 迷宮都市カイロの魔法街キリエ。
 占い師や魔道士の屋敷が立ち並ぶその一画に、ちょっぴり風変わりな一軒の店がある。
 淡い燐光を放つターコイズブルーの看板が目印のその店の名前は萬屋骨董品店。
 白い髪の主と二匹の猫が棲むその店に、その日、特大級の嵐が訪れつつあった。
 

■□■


 カランカランと涼やかに鈴が鳴って、通りに面した萬屋骨董品店の扉が開く。
 入り口に背を向けて何やら書き物をしていた店主のサカキは、営業用としては完璧な笑みを端正な顔に浮かべて振り返った。
 「いらっしゃいま――」
 せ、と続く筈の言葉は、しかし、音にならないまま宙に消える。
 「猫を被らせたら界隈一」と密かに目されているサカキらしからぬ反応にカウンターの奥から何事かと顔を出したルーは、入って来た客を一目見るなり素っ頓狂な声を上げた。
 「アトラ!?」
 珍事には事欠かないこの店の主と連れを驚かせる事に成功したその人物は、邪気のない笑顔で物珍しそうに店内を眺め回している。
 神聖都市カグラに在るソフィア寺院の大神官、アトラハシス。
 それが、意外な客人の正体だった。
 年の頃は20歳そこそこと仰々しい肩書きに似合わぬ若さだが、周囲からはなかなかの切れ者と評判の人物だ。
 ついでに言うと、彼個人を良く知る身内からはクセモノと評されていたりする。
 閑話休題。
 さすがに人目を憚ったのか常であればさらりと背中に流している黒髪は束ねているし、服装も当然床の上を引き摺って歩くような厳かな式服ではなく、貴族の子弟が騎乗する際に身につけるような簡略服の上から大きなフードのついた外套を羽織った身軽な旅装だ。
 それでも、薄暗い店内を照らすランプの明かりに照らされて真紅に揺れる瞳を細めて微笑む様は、冒し難くも神秘的な雰囲気を醸し出している。
 が、生憎それで感銘を受けるほど、サカキもルーも信心深くもなければ初心でもなかった。
 一時の衝撃から立ち直ったサカキは、形の良い眉を顰めて不審感を表す。
 「何で貴方が此処にいるんです?」
 「酷いな。それがお客様に対する態度かい?」
 にこやかな笑みを湛えたままアトラハシスが申し立てた苦情を、サカキは素気無くあしらった。
 「「普通の」お客様でしたら相応の礼を尽くさせていただきますけどね」
 「うわ、傷つくなぁ」
 言外に客扱いには値しないと告げられたアトラハシスが、大袈裟に胸を押さえて嘆いてみせる。
 サカキは取り合わず、冷ややかな一瞥ともっと冷ややかな言葉を投げかけた。
 「大神官様ともあろう方が寺院を離れるなんて、どういう了見ですか」
 聖職者は信仰を魔法の原動力とする。
 同時に、彼等が捧げる祈りは神に帰依する人心を纏め上げて大きな力を生み出す。
 寺院に帰属し、寺院を支えるべき神官…その長たる大神官が軽々しく座を空けるなど、通常では許されない事だった。
 だが、アトラハシスはほえほえと微笑んでこう告げる。
 「あぁ、それなら大丈夫。賑やかなカーバンクルが留守番を務めてくれているからね」
 「…なるほど」
 太陽の王族のルーが陽の光を、月の王族のデューが月の光を統べるように、神官であるアトラハシスは命の光を統べる。
 光の魔法を増幅する幻獣カーバンクルに力の一片なりとも預けて来たというのなら、非常事態でも起きない限り寺院の守りに問題が生じる事はないだろう。
 …周囲の人間が、アノ騒々しさに辟易する事はあるかもしれないが。
 以前別の「お得意様」が齎した騒ぎに思いを馳せたのも束の間、サカキは表情を改める。
 「で?一体何事です?」
 アトラハシスの立場を理解しているサカキは、口では何だかんだと言っても彼には常に協力的だった。
 用があるなら、わざわざ隣町のカイロまで足を運ばなくてもいつものように呼び出せば、文句の1つや2つ…3つか4つか、場合によっては5つかもしれないが…は零しても、寺院に出向くつもりはある。
 アトラハシスの方もそれは承知している筈だった。
 それをこうしてお忍びでこの店を訪れたという事は、余程極秘かつ重大な話か厄介事か、或いはその両方を持ち込んだのだろう。
 内心溜息を落とすサカキに、アトラハシスはにこやかに頷く。
 「うん、ちょっと難しい品を見て欲しくてね」
 そうして、外套の下に提げていた鞄から、いそいそと問題の品を取り出した。
 「【時の翁の時計】って銘が入った置物で、闇市で押収された物なんだけど」
 「それ――っ!」
 好奇心に駆られてアトラハシスの手許を遠巻きに覗き込んでいたルーが、だんっと勢い良くカウンターに手を突いて立ち上がる。
 その背後で、カランと高く澄んだ音が鳴り響いた。
 来客の気配を察したのだろう。茶器一式を運んで来た銀の盆を取り落としたデューが、店の奥へと続く廊下の入り口で立ち竦んでいる。
 「…【真逆の時象儀】」
 戦慄く彼女の唇から、聞こえるか聞こえないかの声が零れ落ちた。
 

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