萬屋骨董品店

 


 迷宮都市カイロの魔法街キリエ。
 占い師や魔道士の屋敷が立ち並ぶその一画に、ちょっぴり風変わりな一軒の店がある。
 淡い燐光を放つターコイズブルーの看板が目印のその店の名前は萬屋骨董品店。
 白い髪の主と二匹の猫が棲むその店の扉に、その日は珍しく「臨時休業」のプレートが掲げられていた。
 

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 所変わってカイロのお隣、神聖都市カグラのソフィア寺院。
 実質的にカグラの街を統べる立場にある大神官様の執務室に、萬屋骨董品店の主とその連れの2匹の仔猫の姿があった。
 実は、このソフィア寺院、萬屋骨董品店のお得意様だったりする。
 とかく聖職に求められるのは格式ばった重厚さと厳粛なまでの神聖さである。
 俗世的な欲を想起させる煌びやかさや華美さとは相容れないが、かといって質素倹約の謳い文句そのままに在っては多くの民の信仰に値うだけの威容を保てない。
 そこで目をつけられたのが骨董品だった。
 もちろん、ただの使い古しでは意味がない。長い時に耐え得る質の高さ、流行廃りに左右されない品位、いつまでも色褪せない芸術的価値、それらに歴史の重さが加わって、初めて寺院で用いられるのに相応しいものとなるのだ。
 そういった意味で、萬屋骨董品店の扱う商品は極めて優秀だった。
 聖堂で使う儀式用の燭台や神像にはじまり、廊下の壁に飾られた神話世界を描いたタペストリーや絵画、貴賓室の調度品に至るまで、店主サカキが見繕った品は数知れない。
 だが、彼が大神官に直接拝謁を許されている理由はそれだけではなかった。
 「大神官アトラハシス様におかれましてはご機嫌麗しく」
 「その思いっきり棒読みな口上はやめてくれないかな」
 抑揚のない声でバカ丁寧な挨拶を述べるサカキを苦笑混じりに遮って、この部屋の主が口を開く。
 ソフィア寺院の大神官などという立場にしては、随分と若い人物だった。
 光の加減で時折真紅に見えるカッパーの瞳と背中を覆う黒髪が神秘的な印象を与えるものの、にこやかな笑顔には未だ少年の面影が残る。
 おそらく20歳そこそこ――下手をすると10代かもしれない。
 アトラハシスは、見た目の年齢に相応しい無邪気さでサカキに微笑みかけた。
 「僕と貴方の仲じゃないか?」
 だが、彼の本性を知るサカキは笑顔に誑される事なく素っ気無く切り返す。
 「どんな仲です?」
 「冷たいなぁ。ねぇ、ルー、デュー?」
 わざとらしく傷ついた顔をして自分の腕の中のソレルとブルーシルバーの仔猫を撫でるアトラハシスに、サカキは大仰に溜息を落とした。
 傍にあった机の上に2匹の仔猫を下ろしてやりながら、麗しくない機嫌を隠そうともせずにこう問いかける。
 「貴方からの呼び出しなんて碌な事じゃないでしょう。今度は何を押しつけようって言うんです?」
 アトラハシスは、萬屋骨董品店にとって単なるお得意様ではなく、商品の提供元としても馴染みの取引相手だった。
 信者から寺院に寄贈された品は、信仰に縁の深いものを除いてすべて売り払われ、寺院の運営資金となる。
 裕福な商人や古くからの名家から寄せられる品物の中には思わぬ掘り出し物も多く、サカキにとって寺院との取引は悪くないものだった。
 寺院の側からしても、確かな目利きであると同時に呪法具等への造詣も深いサカキは優良な顧客と言える。
 だが、魔法関係の品に詳しい事が、サカキにとっては仇となった。
 寺院に寄贈される財宝は、その性質上純粋に好意からなるものばかりではない。
 呪いのかけられた宝や持ち主に制御できない魔力を秘めた品を或いは封じ、或いは浄める目的で納められる事も多々ある。
 そういった曰く付きのお宝をも捌く事の出来る数少ない店が、魔法街キリエに名高い萬屋骨董品店だった。
 大神官の地位に着く前から度々厄介な品を持ち込んできたアトラハシスを相手に、サカキが多少警戒するのも無理はない。
 それでも、何だかんだと言って付き合いが切れないあたりは所謂類友というやつなのかもしれないが。
 サカキのつれない態度にもめげず、腕の中にデューを抱き上げて――ルーには危うく爪を立てられそうになった――アトラハシスは明日の空模様について語るような気軽さで本日の用件を切り出す。
 「実は、寺院の特別宝物庫の鍵が盗まれたらしいんだ」
 その声は、いっそ朗らか過ぎるほどに朗らかだった。

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