
夢解き夢占夢違え、夢見合わせに夢詣で。
凡そ夢に纏わる万象に於いて右に出る者はないと評判の店、夢商いの御伽屋「綴」。
板塀に囲まれた広大な敷地に建つ木造平屋建ての古風な佇まいのその屋敷は、とかく珍事には事欠かぬ迷宮都市カイロの魔法街キリエにあって1、2を争う風変わりさを誇る謎の館として外つ国にも秘かに知れ渡っていた。
※※※
カラカラと軽やかな音を立てて、店先の引き戸が開かれる。
「いらせられませ」
檜の香りも高い総板張りの間、その中央に置かれた帳台に座して客人を待ち受けていた綴は優雅な所作で出迎えの口上を述べた。
「遠方よりはるばると、ようこそお越しくださいました。夢商いの御伽屋「綴」、主の綴《ツヅリ》でございます」
表の木戸には、本日休業の木札が掛けられている。
実は、「綴」の臨時休業は珍しい事ではない。
一風変わった造りの店構えの夢商い屋の噂は迷宮都市カイロの外にも広まっており、評判を伝にわざわざ他国から訪ねて来る客も少なくない。
中には、詮索されては困る事情を抱えた者が人目を避けて訪れたり、やんごとなき身の上の人物がお忍びで来店するような事もあった。
後々の厄介事を防ぐという意味合いもあって、その手の客を迎える時は店を貸し切りにする。
本日現れた二人連れも、そういった類に属する客だった。
白小袖に緋袴の巫女装束の綴や白い狩衣の斎子達とは趣を異にするが、彼等の身形もこの辺りでは見かけない異邦のものだ。
蜻蛉頭と呼ばれる布を縒った釦で前を止めた上着は立て襟で、下はゆったりとした幅広の袴、底板のない皮製の靴を履き、黒髪を後ろに撫でつけた頭には六角帽を被っている。
何れも質素な墨染めの布地が使われていたが、唯一右の腰に下げられた鎖の先に光る徽章だけが混じり気のない銀細工と見て取れた。
翼を広げた鳳凰の意匠が刻まれたそれにちらと目を遣って、綴は慇懃に問いかける。
「して、鳳鸞《ホウラン》教国にて神事に携わるご身分の方が、一介の夢商いにどのような御用で?」
帳台の背後に据えられた木彫りの衝立を隔てた廊下の入り口から様子を窺っていた胡蝶は、綴の口から出た異国の名に首を傾げた。
「鳳鸞教国って言ったら、鳳凰を天意の化身として祀る宗教国よね?確か、代々玉鳳《ギョクホウ》を名乗る巫覡王が聖皇として親政を敷いてるんじゃなかったかしら?」
胡蝶に付き合わされる形でその場に居合わせた空蝉が、潜めた声で彼女の疑問に応じる。
「そう。ただし、宗教国と言っても個人の信仰に制約はない。鳳鸞教の教え自体が、対価を求めぬ救いと癒しを尊んでいるからな」
それを聞いた胡蝶は、皮肉な調子で感心してみせた。
「へぇ、随分と寛容だこと。そんな調子でよく教団が潰れたりしないものね」
迷宮都市カイロでは、神聖都市カグラと隣り合っている事もあって光と叡智の神ソフィアへの信仰が主流となっている。
ソフィア寺院の戒律は緩やかで異教の民を排斥するような事もなかったが、自らの神を信じぬ者にまで手を差し伸べる程寛容――と言えば聞こえは良いが有り体に言ってしまえば御目出度くはなかった。
辛らつな胡蝶の物言いに微苦笑を浮かべつつ、空蝉は己の知る事情を説明する。
「あの国では、子供の誕生から死後の供養まで様々な行事が鳳鸞教の儀礼に則って執り行われる。宗教そのものが生活と慣習に根づいているから、敢えて疑問を差し挟む者もない。それでも頑迷に帰依を拒むのであれば相応の志が有っての事だろうから、無理強いしたところで真の信仰には至らないだろうと見做されるんだよ」
「なるほどねぇ」
今度はそれなりに納得した様子で頷いて、胡蝶は再び首を捻る。
「だからって、仮にも神の僕を名乗る身でこんな風に街の術士を頼るのはさすがに教団の体面に関わると思うけど」
胡蝶の推察通り、表面的には謙虚な綴の問いかけに、男達は一瞬気まずげな表情で顔を見合わせた。
だが、わざわざ異国の怪しげな術屋を頼らねばならぬほど逼迫した状況が、彼等の躊躇いを払拭する。
姿勢を正して綴に向き直った二人連れは、苦渋に満ちた面持ちで口を開いた。
「如何にも、我等は玉鳳猊下にお仕えする身。本来であれば如何な艱難辛苦と雖も信仰と修養によって乗り越えて然るべき立場に在る事は重々承知しております」
「しかし、此度の仕儀は人智を超えた怪異にて、我等の手に余り申す。それ故、恥を忍んでこのように内々に相談に伺った次第」
重い口調で語られる彼等の苦境を、綴はさしたる感銘を受けた様子もなく聞き流す。
異教の神官達は綴の反応の薄さに戸惑っているようだったが、一通り自らの言い分を述べ終えると漸く本題を切り出した。
「まずは、こちらをご覧頂きたい」
年長の男の目配せを受けて、若い方の男が懐から桐製の小箱を取り出す。
蓋を開け、中に入った品を指し示しながら、男は綴の顔色を窺うように見据えてこう尋ねてきた。
「この札に見覚えは?」
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