夢商い 御伽屋 綴


 夢解き夢占夢違え、夢見合わせに夢詣で。
 凡そ夢に纏わる万象に於いて右に出る者はないと評判の店、夢商いの御伽屋「綴」。
 板塀に囲まれた広大な敷地に建つ木造平屋建ての古風な佇まいのその屋敷は、とかく珍事には事欠かぬ迷宮都市カイロの魔法街キリエにあって1、2を争う風変わりさを誇る謎の館として知られている。
 そして、その住人達もまた、幾多の謎と秘めていると専らの噂だった。
 

※※※


 バンッ、と耳障りな音と共に、木彫りの引き戸が乱暴に開け放たれる。
 荒々しい足取りで乗り込んで来たのは、険相の男達だった。
 やたらと気位の高そうな青年と、その取り巻きと思しき血気に逸った若者が数名。何れも腰に太刀を佩き、そこそこ上等な衣服に筋骨逞しい身体を包んでいる。
 その身なりから察するにそんじょそこらの荒くれ者という訳ではなさそうだが、腕に物を言わせる傍若無人な立ち居振る舞いを見るにつけ、性質の悪さでは五十歩百歩といったところであろう。
 それでも、そこはそれ、一応相手は客人である。
 板張りの間の中央に置かれた帳台で煙管を吹かしていた店主の綴は、闖入者に向けて如才なく微笑みかけた。
 「いらせられませ、夢商いの御伽屋「綴」へようこそ。本日は、どのような御用向きでしょう?」
 白小袖に緋袴の巫女装束で艶冶に笑うその様は、異国情緒溢れる調度の数々と相俟って何とも典雅な風情を醸し出す。
 だが、雅を解さぬ不調法な輩には、綴の丁重な出迎えも意味を成さなかった。
 強面の男達を引き連れた青年は、人を使う事に慣れた者の傲慢さでこう命じる。
 「揚羽という娘を出してもらおう」
 「はて、当店にはそのような名の斎子はおりませぬが」
 居丈高な物言いにも動じず、綴は僅かに首を傾げてそう応えた。

 その様子が癪に障ったのだろう。
 取り巻きの男達が、口々に綴を恫喝する。
 「とぼけるな!」
 「年の頃は15ばかり、代赭の巻き毛の娘だ。この店に出入りしているのを見た者がいる。下手に隠し立てすると碌な事にならんぞ!」
 息巻く男達に詰め寄られても、綴は顔色ひとつ変える事はなかった。
 深い闇色の双眸に怖いほどに美しい笑みを湛え、慇懃に口を開く。
 「どうやら、お客様方は何やら勘違い為されていらっしゃるご様子。当店は夢商いの店、夢に纏わる品は商えど、失せ物捜しや花売りは請け負っておりませぬ。人捜しなら警吏の詰め所か酒場へ、一夜の相手をお求めなら花街へお越しなさいませ」
 物柔らかな口調で吐かれた痛烈な侮蔑に、男達は忽ち色をなした。
 「貴様っ、我々を愚弄するつもりか!?」
 自尊心の塊のような青年は、周囲が留める間も有らばこそ、あっさりと激昂して綴に殴りかかる。
 痛恨の一撃を放つ筈だったその腕は、しかし、脇から伸ばされた繊手に引き止められた。
 いつの間に現れたのか、きっちりと編んだ栗色の髪を両耳の上に纏め上げ白い狩衣を纏った少女が、細身の片刃剣を片手に綴を護るように男の前に立ちはだかっている。
 ほっそりとした指は確かに嫋やかな乙女のものだというのに、そこに込められた力は侮り難い。
 更に、開け放たれたままの戸口から投げかけられた声が、男達の立場を悪化させた。
 「こんなところで刀を抜くなんて、空蝉ってば物騒だなぁ。一体何の騒ぎなわけ?」
 飄然とした態度とは裏腹に、店内を覗き込む年若い男の手は油断なく腰に挿した剣の柄に掛けられている。
 いつでも加勢するつもりがある事を端的な態度で示す黒髪の青年を、綴はくだけた表情で迎え入れた。
 「おや、ラズ様、いらせられませ」
 「こんちは。蜻蛉、いる?」
 「えぇ。いつものように、桔梗の間に詰めております」
 先客である自分達を無視しておっとりとした遣り取りを交わす2人に苛立った男達は、今度は青年を相手に食って掛かる。
 「何だ貴様は」
 「部外者は口出し無用。大人しく退けば良し。さもなくば痛い目を見るぞ」
 一触即発の空気が動き出す直前、太く通る声が血気に逸る男達を一喝した。
 「よさぬか、莫迦者」
 「ノスリ殿!」

 声のした方を振り返った男達が、一様に身を硬くする。
 ノスリと呼ばれた男は、険しい顔つきで男達を見据えると彼等の軽挙を叱責した。
 「このように市井の民に迷惑を掛けるとは何事か」
 「しかしっ」
 「反駁は許さん。軽率な振る舞いは主の名に瑕をつけるものと心得よ」
 そろそろ四十路に手が届こうかという年齢以上の威厳に満ちた一言が、それ以上の反論を封じ込める。
 ぎりりと忌々しげに歯噛みをした男達は、ぴしゃりと叩きつけるように木戸を閉ざして足音も荒く去って行った。
 「やれやれ、騒々しいお出でだと思えば、去り際も慌しい事」
 「部下がとんだ無礼を働いたようで申し訳ない」
 まるで危機感の感じられない調子でごちる綴に、ノスリは深く腰を折る。
 「私は芙瑶《フヨウ》の国の近衛を率いるノスリと申す。王命によりさる姫君を捜索中、こちらで良く似た娘御を見かけたと聞き及んだ若手の下士官等が、功を焦って押しかけた次第」
 「要は、監督不行き届きってコト?」
 「ラズ殿」
 横から口を挿む青年を綴は軽く睨んで嗜めたが、当のノスリは遠慮のない指摘を苦笑して受け止めた。
 「誠に面目ない。彼等には良く言って聞かせる故、此度はご寛恕願いたい」
 立場に拘泥しない潔さでもう1度頭を下げて立ち去るノスリの背を見送った青年が、不思議そうに首を捻る。
 「代赭の巻き毛って言ったら、胡蝶の事だろ?芙瑶はここ十年程内乱が続いてたのが漸く落ち着いたばっかりだった筈。そんな国の近衛隊長が何の用だろ?」
 綴は、ただ黙って精緻な手彫り細工の衝立の陰に佇む人影に労わるような眼差しを投げかけた。