夢商い 御伽屋 綴


 「こんちわー」
 カラカラと表の木戸が滑る音と同時に、陽気な声が「綴」の店先に響き渡る。
 「ラズだけど、蜻蛉いる?」
 「また貴方なの?」
 ラズの顔を見るなり、偶々店先に居合わせた代赭の髪の少女は疎ましげに眉を顰めた。
 結果的に蜻蛉を苦しめてしまったラズに、少女は良い印象を持っていないらしい。
 ラズが返答に窮していると、店の奥から綴が顔を出す。
 「おや、ラザワード様。いらせられませ。何か不都合がございましたか」
 「いや。お陰様で夢見も良くなったし、父上の具合も快方に向かってるし」
 「だから、この間のお礼に来たんだ」と微笑むラズに、綴は訝しげに首を捻った。
 「謝礼なら先日頂戴いたしましたが?」
 「うん。今日は、蜻蛉に個人的に、ね」
 そう言って、ラズは小間物屋の包みをちらつかせる。
 その店は、質の良い細工物や少女好みの装飾品を扱う事に掛けてはキリエでも指折りの名店だった。
 ついでに、そういった売り物を護符に仕立ててくれる事でも知られている。 
 だが、蜻蛉への贈り物にその店の品を選んだラズの意図を知っても、少女の態度は変わらなかった。
 「だいたい、何で未だにラズなんて名乗ってるのよ」
 にこやかに振舞うラズを白い目で見遣って、胡散臭そうに尋ねて寄越す。
 ラズは、街の女達に評判の甘い笑顔でこう答えた。
 「蜻蛉には、「ラピスヴィナ家のラザワード」じゃなくて、ただのラズとして逢いたいんだ」
 しかし、見ようによっては軽薄で気障ったらしいとも取れるその態度が、かえって少女の神経を逆撫でしたらしい。
 「何よ、本名で逢うのが後ろ暗いって言うの?それとも、斎子風情に名乗る名じゃないってワケ?」
 険のある眼差しで噛み付いてくる少女に困惑しつつ、ラズは正直に真意を語る。
 「そんなんじゃないよ。ただ、家の名前とか身分とか関係なしに、1人の男として接して欲しいなと思って」
 誠意こそ伝わるものの結構恥ずかしい台詞を何の衒いもなく言ってのけるラズに、少女は気を殺がれてしまった。
 「…あっそ」
 脱力する少女に、事の成り行きを暢気に見守っていた綴がこう申しつける。
 「胡蝶、ラズ様を桔梗の間へお連れしなさい」
 「えー、でも、」
 綴は、物言いたげな少女を視線1つで黙らせると、浮かれているラズの耳には届かぬよう声を潜めて囁いた。
 「「綴」は夢を商う店。夢が結んだ縁でもあれば、これもまたひとつの夢と言えない事もないでしょう?」
 

※※※


 夢解き夢占夢違え、夢見合わせに夢詣で。
 凡そ夢に纏わる万象に於いて右に出る者はないと評判の店、夢商いの御伽屋「綴」。
 板塀に囲まれた広大な敷地に建つ木造平屋建ての古風な佇まいのその屋敷では、今日も様々な夢が語られているようだ。