夢商い 御伽屋 綴


 夢解き夢占夢違え、夢見合わせに夢詣で。
 凡そ夢に纏わる万象に於いて右に出る者はないと評判の店、夢商いの御伽屋「綴」。
 板塀に囲まれた広大な敷地に建つ木造平屋建ての古風な佇まいのその屋敷は、とかく珍事には事欠かぬ迷宮都市カイロの魔法街キリエにあって1、2を争う風変わりさを誇る謎の館として知られていた。
 

※※※


 「いらせられませ」
 檜の総板張りの間の中央に置かれた帳台に座した綴は、揃えた手を床につき、深々と面を伏せて客人を出迎える。
 「夢商いの御伽屋「綴」へようこそ。主の綴《ツヅリ》でございます」
 「ここで夢占をしてるって聞いたんだけど?」
 本日の客人は、年若い青年だった。
 白小袖に緋袴の巫女装束や異国情緒溢れる調度品が物珍しいのか、好奇心に目を輝かせてきょろきょろと辺りを見回しながら、青年は軽い調子でそう切り出す。
 癖の強い黒髪に彫りの深い、けれどすっきりとした顔立ちの、なかなかの美男子だった。
 細いがくっきりとした眉とすっと通った鼻梁は凛々しさを感じさせるが、全体の造作が醸し出す甘やかな雰囲気はどちらかというと優男といった印象を見る者に抱かせる。
 小奇麗な身なりは、裕福な商家の道楽息子か貴族の坊々を思わせた。
 妙に世慣れた風なのは、それだけ遊び慣れているという事なのだろう。
 口許に漂う不敵とも取れる余裕の笑みも、軽佻浮薄な口調も、如何にも今時の若者といった態だ。
 だが、身に纏った空気が、凡庸を装う彼の擬態を裏切っていた。
 まず、身のこなしが違う。
 彼の何気ない立ち居振る舞いの端々には、持って生まれた気品が垣間見える。
 更に、仕立ての良い革製の上着の下に身に着けた剣帯も、市井の民には無縁のものだった。
 何より、鋭い眼光を宿した黒瞳が、彼の意志の強さを物語っている。
 どれほど浅薄な若者として振舞おうと、数多くの訳有りの客と接してきた綴の目は誤魔化せなかった。
 しかし、有能な商売人でもある綴は、不必要に客の素性を詮索する代わりに愛想の良い笑顔で用件を伺う。
 「夢占いをお望みですか」
 「ま、そんなとこ」
 冷やかしがてら通りすがりにふらりと立ち寄ってみたというスタンスを貫くつもりなのだろう。
 青年は、飽く迄軽薄な口調は改めないまま綴の問いに応じる。
 「お名前は?」
 「ラズ」
 「ラズ様」
 綴は、青年が告げた名前を深吟するようにゆっくりと舌に乗せた。
 深く見透かせない闇色の眸が、ラズと名乗った青年の黒瞳をじっと凝視する。
 ややあって、綴は赤い唇に艶やかな笑みを閃かせた。
 どうやら、客としての青年は綴の眼鏡に適ったらしい。
 しなやかな動作で席を立った綴は、奥の間へと続く帳に手を掛けて客人を招く。
 「こちらへ。夢解きを得手とする斎子の許へ案内いたしましょう」