アナたち一行が持ち込んだ自家発電装置は、旧校舎の影の目立たない場所に設置されている。
 事前に確認しておいた現場に向かっていたステラは、フェンス越しにランの姿を見つけて足を速めた。
 「ラン!」
 援軍の到着を告げる為に短く呼ばわった声に被さるように乾いた破裂音が響き、勢い込んで角を曲がったステラの足元に数発の銃弾が撃ち込まれる。
 咄嗟に身軽い動きで凶弾を躱して片膝をついたステラは、ひくりと頬を引き攣らせた。
 「おいおい、冗談だろ?」
 彼の視線は、銃口をこちらに向けたまま建物の影に紛れるようにして立つ人影へと向けられている。
 浅黒い肌の色や着崩した戦闘服から察するに、治安維持の為に駐留したいしている監視部隊ではなく、地元の自衛団辺りに属する兵士なのだろう。
 会場の警備に当たっている警官隊の面々も顔馴染みの兵隊が相手では見回りか応援くらいにしか思わないだろうし、そもそも彼自身が警備担当者だった可能性もある。
 いずれにせよ、外部からの侵入者を想定した警備の盲点を突かれた状態である事に変わりはない。
 僅かの間にそれだけの判断を下しつつ、相手を刺激しないよう殊更のんびりとした動作で体を起こすステラに、ランは感情の乱れを窺わせない落ち着いた調子で問いを放つ。
 「会場の方は?」
 「心配すんな。ルディの結界が効いてるから、銃声も聞こえてない筈だ」
 それより、と嫌そうに溜め息を吐いて、ステラはランの隣に並び立った。
 「人間相手は俺等の管轄じゃねぇだろ」
 「そうとも言い切れないな」
 そう言い様、ランは軽い腕の一振りで男に向けて光の矢を放つ。
 物理的な実体を持たない矢は男の体を貫く事無くすり抜けただけだったが、その一瞬、彼の足元に現れた影は蠢く蛇を思わせる奇妙な動きを示した。
 「…なるほど。単純に護衛が刺客に豹変って話じゃねぇのか」
 「心の隙を突かれて憑依されたんだろう」
 注意して見れば、銃を構える腕には不自然な力が入り、内なる拮抗の表れでもあるかのような震えを帯びている。
 「どけ…あの魔女から子供達を守らないと…」
 『そうだ、あの女は子供達を誑かす魔性ぞ。排除せねばならんよなぁ?』
 焦点の定まらない目をしてぶつぶつとつぶやき続ける男の耳元に、狡猾な魔物はぬるりと纏わりつくような声音で囁きかけた。
 『その前に、まずは目の前の邪魔者を消そうかのぉ?』
 ステラは、ふんと短く鼻を鳴らすと、ちらりとランに視線を投げて対策を問う。
 「で、どうする?」
 「憑いている魔物を落として祓う」
 「…簡単に言ってくれるな」
 魔物そのものは、おそらくそれほど高位の存在ではないのだろう。
 対象の意思の全てを奪うのではなく誘惑者に徹する手段は、正気に返った後に当人に残る罪悪感を思えば悪辣だが、完全に人格を乗っ取るだけの力を持たぬ証でもある。
 勿論、中には強大な力を持ちながら人を惑わす事を愉しむ性質の悪い輩もいるが、ランの放った光矢であっさりと馬脚を露す辺り、後者の可能性は低い。
 だが、取り憑かれた相手は戦闘訓練を受けた兵士で、しかも間の悪い事に銃を手にしている。
 戦って勝てない相手ではないが、迂闊に攻撃すれば互いに無傷で済む保証はない。
 魔法で一般人を傷つけるような事態はできるだけ回避するという
LUX CRUXの方針もあって、ステラが攻め手を決めあぐねていると、背後から第三の声が割って入って来た。
 「あの男の動きを止める事が出来れば良いのですね?」
 「ニコル!?」
 ステラが曲がって来たのと同じ角から姿を現したのは、ステージ脇に待機している筈のニコルだった。
 油断なく敵に向き合いつつも物問いたげなステラの思考を読んだかのように、ニコルはこの場に駆けつけた理由を端的に告げる。
 「銃が発砲されたのを感知しました」
 「…」
 つい今しがたルディの結界の効力を保証したばかりのステラは、自説と矛盾する言い分を口にしたニコルを疑わしげに横目で見遣った。
 しかし、ニコルは己に向けられる疑惑をものともせずに、冷静に事実を指摘していく。
 「貴方達の本分は対人戦闘ではない筈。紛いなりにも本職の軍人相手では分が悪い。私が彼を抑えます」
 「ちっ」
 反論の隙を与えず駆け出すニコルの後ろ姿に短く舌を打ったステラは、それでも彼を援助すべく風を巻き起こした。
 舞い上がる砂埃が、束の間互いの視界を奪う。
 一瞬の後に、男は銃を持つ腕を背中側に捻り上げられる形でニコルに組み伏せられていた。
 同時に、素早く身を寄せたランが、男の額に左手を翳して破邪の詞を口にする。
 「天の理の前に、邪たる者の隠れたるは能わず。顕現せよ」
 厳然たる響きを持つその声には、魔力に縛られる者を聖魔を問わず従える絶対的な力があった。
 男の口から苦鳴が漏れ、全身が瘧のように震えだす。
 喉の奥から絞り出されるような呻き声は次第に荒々しい吐息と混じり合い、最後には獣じみた咆哮と化した。
 一際大きく震えた後にがくりと弛緩した男の身体から、闇よりも尚昏い暗黒色の靄が立ち上る。
 黒々とした靄は、やがて2匹の大蛇が絡み合ったような醜悪な姿へと結実した。
 『おのれ、小童が!邪魔立てするか!』
 毒の滴る牙を剥き、憎悪に声を滾らせる魔物を前に、ステラは臆する事無く精霊銀の鞭を抜き放つ。
 「焼き払え、火精【イグニス】!」
 敢然と命じるステラの声と共に、純粋な炎を纏った鞭が闇を切り裂いた。

  

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