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太陽の光は弱々しく、風は身を斬るような冷たさで、大地さえ夏の間に蓄えておいた熱を失って深々とした冷気を帯びる。 それでも、明けない夜がないように、終わらない冬もない。 冬枯れの木立の間から麗らかな陽射しが降り注ぎ、何処からともなく小鳥達の声が聞こえ始めると、人々の顔にも笑みが灯る。 凍えて凝り固まっていた身体が解れれば、自然と気持ちも浮き立つというものだ。 だが、此処魔導騎士団LUX CRUX年少部隊の隊舎にある談話室では、先程から何やら重苦しい唸り声が響いていた。 「うー、どうするかなぁ」 机上に広げたスケジュールを前に頭を抱えているステラの傍に寄って来たルディが、ホットチョコレートの入ったカップを差し出しつつその手元を覗き込む。 「春休みの申告?」 魔導騎士団LUX CRUX年少部隊の教育部門では、9月始まりの冬学期と4月始まりの夏学期の二学期制を採用している。 その為、学年の区切りとなる夏期休暇や年末年始の冬期休暇と並んで、学期の合間にあたる3月から4月にかけても比較的長期に渡る春期休暇が設定されているのだ。 学校が休みの間は、年少部隊までの隊員は原則として騎士団の任務も免除される。 これは、未だ保護を必要とする子供達を親元へと帰省させる為の措置だった。 もちろん、諸般の事情で帰る場所を持たない者も少なくない為、隊舎での生活には不自由がないよう手配されているし、年嵩の隊員ともなると旅行や短期留学等に休暇を費やす者も多い。 いずれにせよ、大抵の隊員は、長期休暇の訪れを心待ちにしていた。 ステラの性格から言っても休みと聞けば真っ先に浮かれそうなものなのだが、何故かその顔色はいまいち冴えない。 「今年は思いっきりイースターとぶつかっちまってるからなぁ」 「あぁ、お祖母ちゃんが来るんだ?」 長年の付き合いから、ステラの屈託の原因に思い至ったのだろう。 ルディは、深々と溜め息を落とすステラに同情的な眼差しを向ける。 一方、事情を知らないティアラは、ステラの向かいの席に腰を下ろしながら他意のない無邪気さで真っ直ぐに問いを投げかけた。 「お祖母さまと仲良くないの?」 「んー、仲良いとか悪いとか、そーゆーのとはまたちょっと違うんだけどな…」 歯切れの悪いステラに助け舟を出すように、ルディがこんな提案をする。 「今年も家に来る?」 「…そうするかな」 そう答えるステラの肩から少しだけ力が抜けたのを見て取ったルディは、どうせなら、とティアラ達にも誘いを向けた。 「ティアラとランは?せっかくだから、みんなで遊びに来れば?家なら此処からそんなに遠くないし」 「うん、行きたい!あ、でも…」 ぱっと目を輝かせたティアラだったが、ふと声の調子を落とすと、窺うように隣に座るランの顔を見遣る。 ランは、ティアラの不安を和らげるように、優しく微笑みながら頷いてみせた。 「行っておいで」 今度こそ嬉しそうに顔を綻ばせるティアラを横目に、ルディは言外に不同行を告げたランへと向き直る。 「ランはダメ?」 その視線から自分への気遣いを感じ取ったランは、日頃の己の所業を顧みて微かに苦笑しつつこう応えた。 「たまには、家の方にも顔を出さないとね」 長を降りたとは言っても、ランは月瑠の家と縁を切ったわけではない。 大きな魔法を使う事には制約があっても魔導に関する知識は健在だし、幼い頃から培ってきた経験や人脈を持つランを頼る向きもあるのだろう。 そう納得しかけたステラとルディだったが、ティアラの反応は予想の斜め上を行くものだった。 「そっか、魁【カイ】サマが拗ねちゃうものね」 「魁サマ?」 「そう、霊獣王の魁サマ。ランは、魁サマのお気に入りなの」 霊獣王といえば月瑠家の守護神とされる崇拝すべき存在の筈なのだが、ティアラの口ぶりからはご大層な肩書きにそぐわぬ親近感のようなものが感じられる。 何とも曰く言い難い微妙なニュアンスの発言にステラとルディが顔を見合わせていると、年少部隊の副隊長を務めるキーラムがにこやかに歩み寄って来た。 「あぁ、丁度良いところに」 いつも通り人当たりの良いキーラムの態度に反して、ステラ達はひしひしと嫌な予感を抱く。 案の定、彼の口から齎されたのは、あまり有り難くない指令だった。 「休暇の話で盛り上がっているところを申し訳ないが、プリンセス・ガードに特別任務だ。10分後に司令部に出頭するようにとの隊長からの言伝だよ」 天を仰いで溜め息を吐くルディに、机に突っ伏すステラ。 ランは僅かに肩を竦め、ティアラはほんわりと苦笑を零す。 それぞれがそれぞれらしい仕草で諦観を表して、一行は招請に応じるべく席を立った。 |