正月休みが明けて最初の土曜日の午後、魔導騎士団LUX CRUX年少部隊の宿舎に在る食堂で、ステラ達プリンセスガードの面々は遅めの昼食を取っていた。
 年少部隊でも名の知れた存在である彼等は、他の子供達と較べて任務に出動する機会が多い。
 騎士団員としては実戦で腕を磨けるのは良い事なのだが、反面どうしても授業を欠席する羽目になりがちだった。
 騎士団の任務に起因する事なので学校側もレポートの提出・添削や個別指導等で便宜を図ってくれてはいるものの、どうしても
補習授業に頼らざるを得ない部分も出て来る。
 本日の昼食が遅れたのも、通常の授業が終わった後に年末に受けていなければいけない試験を済ませてきた所為だった。
 食欲旺盛な育ち盛りの身でオアズケを食らえば、当然空腹に拍車が掛かろうというものだ。
 ステラは一心不乱にフィッシュフライに齧りついているし、ルディとティアラも一先ずお喋りは後回しにして専ら食事の為に口を動かしている。
 だが、ただ1人ランだけは、浮かない表情でスプーンを手に頬杖をついていた。
 向かいに座っていたティアラが、彼にしては珍しく行儀の悪い仕草とほとんど手のつけられていない食器類を目にして心配そうに声を掛ける。
 「大丈夫?」
 その声に我に返ったランは、すぐにいつものように穏やかなティアラの為だけの笑顔を作った。
 「大丈夫だよ、ちょっと疲れてるだけだから」
 「無茶なスケジュール組んでるからだろ」
 ティアラの隣でパンの積み上がった籠に手を伸ばしつつ、ステラがぶっきらぼうに口を挿む。
 「ただでさえ【月】の魔法使いは必修カリキュラムが多いってのに、進学クラスの授業まで択ってるだろ?どっかで手抜かないと、そのうちぶっ倒れるぞ」
 突き放すような口調だが、無意識に顰められた眉からはランを案ずる本心が窺える。
 ランは、敢えて反論する事はせず、ゆったりとした手つきでスープを口に運び始めた。
 釣られて、他のメンバーも食事を再開する。
 と、廊下に続く扉が開いて、ひょっこりと胡桃色の頭が現れた。
 「ルディ、いる?」
 「シゲル」
 閑散とした食堂を覗き込んできょろきょろしている友人に、ルディは軽く手を上げて合図を送る。
 4分の1だけ北欧の血を引く日本人の薬師のシゲルは、日当たりの良い窓辺の席に陣取ったルディ達に気づくと、カウンターでセルフサービスのコーヒーを淹れがてらいそいそと歩み寄って来た。
 やや明るめの髪の色はノルウェー人である祖父譲りだが――ちなみに「シゲル」という名前も、祖父が輝きを意味するルーン文字から付けたらしい――、彼の国の出身者の例に漏れず縁無しの丸眼鏡を掛けた顔立ちにはまだあどけなさが残っているし、体格も同じ年の筈のステラ達と較べて随分と小柄で頼りなげに見える。
 そんな幼い外見の所為で侮られがちなシゲルだが、実際には【翠の木星】の徽章を持つ優秀な錬金術師であり、幼等部からの繰り上がり組みの中でも将来を嘱望されているメンバーの1人でもあった。
 コーヒーカップを片手にルディの隣に腰を下ろしたシゲルは、前置きも無しに用件を口にする。
 「この間のジギタリスの葉、また送ってもらえる?先輩達、俺の分まで使っちゃうんだもん」
 ルディは、昔馴染みでお得意サマでもあるシゲルの要望をにこやかに快諾した。
 「良いよ。他にも欲しい物があったらリストアップしておいて。お祖母ちゃんに伝えとくから」
 「サンキュ、凄い助かる」
 「ルディのお家って薬屋さんなの?」
 その遣り取りをきょとんとした顔で見守っていたティアラが、不思議そうに首を傾げて2人を見つめる。
 一瞬虚を突かれたといった感じで目を瞬かせたルディは、はにかんだ笑みを浮かべてこう応えた。
 「うーん、薬屋っていうか、お祖母ちゃんが薬草園やってるんだ」
 「ルディの家の薬草
LUX CRUX内でも評判が良いんだ。おかげで【木星】のクラスじゃ取り合いになったりしてるってわけ」
 自分の事のように誇らしげに話すシゲルに、ルディは微かに苦笑する。
 「本職は別にあるんだけどね」
 「え、そうなの?」
 意外そうに尋ね返すシゲルに頷いて、ルディは生家の事情を語り始めた。
 「うちは代々地脈を読んで守護の結界を張ったり妖を封印をしたりする地鎮を生業にしてるんだ。でも、一応あの辺りはキリスト教圏だからね。昔は魔女狩りとかもあったみたいで、そーゆーのって、教会の公認を得られない術士なんて格好の標的でしょ?だから、表向きは無害で有益な薬売りって事にしてたんだって。で、そのまま趣味と実益を兼ねた副業になってるらしいよ」
 「あー、そっか、そーゆー事か」
 おっとりとした語り口に似合わぬルディの家の深刻な過去に、シゲルは苦い表情で天を仰ぐ。
 「俺の家の方は、あんまりそういうのないから気が回んなかったわ。何せ森羅万象何でも神格化して八百万の神とか言っちゃうお国柄だからなぁ。魔法にしたって、神に通じる力、神通力なんて崇められちゃうくらいだし。もちろん村八分とかって迫害されるケースもないわけじゃないし、時の権力者に逆らえば鬼呼ばわりされた上に殲滅されちゃったりするけど、どっちかって言ったら魔導士って畏敬の対象なんだよね。ランの処もそんな感じだろ?」
 そう問われたランは、軽く肩を竦めて見せた。
 「他人に危害を加えたり徒に利に走ったりせずに己を律している限りは、ね」
 「だよな。むしろ最近の方が差別とか厭な感じだよ。宗教的な対立も後を絶たないし、ヤな世の中だねぇ」
 年不相応な感慨を込めてぼやくシゲルに、ルディとランの唇から笑みが零れる。
 一方、重苦しい話題よりも好きな女の子の秘密に関心を持つ「思春期真っ只中の真っ当な青少年」なステラは、丁度良い機会だとさりげない調子でこんな質問を口にした。
 「そういえば、ティアラの家ってどんな感じ?」
 出会って早数ヶ月、パーティーを組んでいる事もあって格段に親しくはなったものの、互いのプライベートについては未だに知らない事の方が多い。
 謎のひとつも解ければと軽い気持ちで訊ねたステラに対し、ティアラの返答は思わぬものだった。
 ことりと愛らしい仕草で小首を傾げて、ティアラはこう答えたのだ。
 「良く解んない。ちっちゃい頃の事とか、覚えてないから」
 訊いてはいけない事を訊いてしまったかと慌てるステラを他所に、ティアラはほわりと幸せそうに微笑んで続ける。
 「気がついたらランの家にいて、それからずっと一緒なの。だから月瑠の家があたしのお家なのかな」
 「それって…」
 どういう事かと問いかけたステラの言葉は、上目遣いのランの眼差しに鋭く遮られた。
 微妙に気まずい沈黙が、人気のない食堂を支配する。
 やけに張り詰めた雰囲気を破ったのは、同時になった4つの電子音だった。
 「あー、呼び出しだ」
 制服のポケットから一見携帯ゲーム機のような機械を取り出して画面を確認したルディが溜息を落とし、ステラはげんなりとテーブルの上に顔を伏せる。
 「まだ飯食い終わってないのに」
 「売れっ子は辛いねぇ」
 友人のささやかな不幸を揶揄う口調で茶化したシゲルは、残りのコーヒーを飲み干すと一足早く席を立った。
 「じゃ、悪いけど後でメールするから」
 「うん、了解」
 ひらひらと手を振って立ち去るシゲルに律儀に返事をしながらも、ルディはデザートのヨーグルトを名残惜しそうに眺めている。
 食べかけのパンを大急ぎでミルクで流し込んだステラは、もう一度溜息を吐いてから気分を切り替えるように勢い良く立ち上がった。
 「しゃあない、仕事仕事」
 それでも、立ち去り際にもう1つパンを掴んで行くのは忘れない辺りは、さすがと言うべきかもしれない。




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