籠の中の鳥は本当に空に焦がれるのだろうか CAGECAGECAGECAGE   



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ひとつがいの獅子
ひとつがいの兎
ひとつがいの狼
ひとつがいの羊


生い繁る樹木
咲き誇る草花
水辺には魚と
囀る小鳥


餓えも寒さもない
小さな楽園に
ひとりの少年と
ひとりの少女

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 「発見しました」
 コンピューターを操作していた若いオペレーターが、モニターを示して告げた。
 「このポイントから、微弱な生体反応がキャッチされています」
 彼の言葉通り、粒子の粗いモノクロームの画面の一点に熱反応を示すランプが明々と灯っている。
 垂直離着陸機の窓から、男は
眼下に広がる殷れた都市の残骸を眺め遣った。
 
数年前の内戦の後、復興される事もなく放置されたこの街の一画で不法にエネルギーが消費されているとの通報を電力会社から受けたのが1か月前の事だった。
 ゲリラの残党が立て籠もっている惧れもあるからと軍の特殊部隊が調査した結果、信じ難い事に何者かが今もこの瓦礫の街で生活を営んでいるらしい事が判明した。しかも、その住人はまだ成人もしていない子供だという。
 「着陸する」
 男の簡潔な命令を受けて、
部隊を載せた垂直離着陸機は街外れの広場に降り立った。

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「ナミが好きだよ」
少年が囁き
「ナギが好きだよ」
少女が応える


目を醒ましたら
手を繋いで歩いて
星の降る夜には
寄り添って眠って


「ずっと一緒だね」
絡め合う小指と
「ずっと一緒だよ」
交わした誓い

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 その建物は、廃墟に打ち捨てられた植物園のようだった。
 報告によると隣接していた病院の関連施設だったとの事だが、医療機関に独特の寒々とした清潔さは感じられない。
 幾重にも張り巡らされた有刺鉄線と高い鉄格子は、蔦に絡まれた鳥籠を思わせた。
 「これより、作戦を開始する」
 整然と隊列を組む隊員に、男は落ち着いた声で指示を出す。
 「目的は対象の保護。武器の使用は極力避ける事。医療班は入り口で待機。工作班は周囲の建物の倒壊に警戒するように」
 「了解!」
 短い返答を残して、兵士達は速やかに任務に就いていった。
 部下の背を見送る男の口から、決意と責任感に満ちた呟きが漏れる。
 「あの子を、この閉ざされた世界から開放してやらなくては」

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狂ったように
叩かれる扉
獣が啼き叫び
鳥達は逃げ惑う


罅割れた空から
降り注ぐ欠片
軋んだ音をたてて
崩れていく心象風景


「入って来ないで!」
願いも空しく
楽園の扉は
遂に開かれた

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 扉を開けた瞬間、彼等は驚嘆のあまり息を呑んでその場に立ち尽くした。
 其処は、お伽噺に語られる理想郷だった。
 獅子は兎を襲わず、狼は羊を護るように立ちはだかっていた。
 青い空の下、鬱蒼と茂る樹木の間からは小川の流れる涼やかな水音が響き、緑の野には花々が清楚に咲き誇っていた。
 しかし、彼等の侵入が、この世界に掛けられた魔法を打ち消してしまった。
 壊れかけたTVのようにジジッと景色が滲み、次の瞬間にはすべてが幻と化した。
 獅子は消えた。
 兎も消えた。
 狼も、羊も、魚も鳥達も。
 後に遺されたのは、急速に干乾び朽ちていく木々と、セルロイドの骨格標本ばかりだ。
 硝子張りの天井の向こう、どんよりと曇った灰色の空の下で落ち着かなげに辺りを見回していた一行は、我に返ると課せられた任務を果たす為に森の名残に足を踏み入れた。
 唯一変わらぬ水音を頼りに、そろそろと慎重に歩を進める。
 やがて、辿り着いた泉の畔で、彼等は捜し求めていた目標を発見した。
 水面に張り出した大木の枝の下に、少女がひとり、ひっそりと腰掛けている。
 そのすぐ傍には、彼女の膝の上に頭を預けて横たわる少年の姿もあった。
 「莫迦な人達」
 歌うような少女の声につられるように、彼等は彼女の手許へと視線を落とす。
 そして、そこに見出した物に絶句した。
 彼女の膝で眠る少年の肌はあちこちが赤紫色に変色し、ところどころに黒い斑点さえ浮かび上がっていたのだ。
 そのあまりの無残さに、ある者は顔を蒼褪めさせ、ある者は口許を覆って顔を背けた。
 だが、少女は彼等の態度には微塵の関心も示さず、ただ愛しげに少年の亡骸を抱き寄せる。
 その瞳は、腕の中の少年だけを映し出す事でその他のすべてを拒んでいた。
 「これはあなた達の過ち」
 責めるでもなく、激昂もぜす、変わり果てた姿の少年に頬を寄せて、少女は彼等に罪の在り処を告げる。
 「彼は、此処でしか生きていけない身体だったのに」
 それを最期に、存在の意味を喪った少女は彼等の目の前で物言わぬ人形へと還った。

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ひとつがいの獅子
ひとつがいの兎
ひとつがいの狼
ひとつがいの羊


生い繁る樹木
咲き誇る草花
水辺には魚と
囀る小鳥


ひとりの少年と
人形の少女が
仮初めの楽園で
永遠を夢見た

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