「…お願いします」
 情けないような、でもわくわくするような気分でちょっぴり下手に出てみた君に、クロウはにっこりと魅力的に微笑んだ。
 それから、どこか血を騒がせる物騒な笑顔のまま、軽く腕を一振りする。
 すると、彼女が掲げた杖の先にゆらゆらと揺らめく火の玉が現れた。
 だが、魔法の火が放たれる直前、鋭い声がクロウの動きを止める。
 「お待ち!」
 びっくりして声のした方を振り返ると、バニーガールと呼ぶには少々薹の立った女性が茂みの中から飛び出して来た。
 …何でバニーガールなんて例えを出したのかと言えば、彼女の頭の上に兎の耳が揺れていたからだ。
 ――この国では、兎耳付きヘアバンドでも流行ってるのかな?
 君の心がちょっと現実逃避をして遠くに散歩に出かけている間にも、エプロン姿の彼女はクロウを頭ごなしに叱りつけている。
 「全く、何考えてるんだい!?こんなところで火を使うなんて!」
 「だって、ここの茂みときたら棘だらけなんだもの」
 「だからって、類焼したらここいらに住んでる者にとっちゃいい迷惑だろ?ちょっとは周りの事も考えな!」
 ぽっちゃりした小柄な身体に似合わぬ威勢の良さは、いかにも下町の女将さんといった感じだった。
 迂闊に逆らったりしたらフライパンでぶっ叩かれるに違いない。
 つらつらとそんな事を考えているうちに言いたい事を言って気が済んだらしい彼女は、腰に手をあてて大仰に溜息をついた。
 それから、君に背を向けながらこう告げる。
 「ほら、ついておいで。私達が使ってる抜け道を教えてやるよ」
 クロウは、君と目が合うと肩を竦めて兎耳の小母さんの後に続いた。
 君も、素直に2人を追う。
 案内された先は、地下へと続く穴の入り口だった。
 「このトンネルは茂みの下を通ってるんだ。これなら棘に引っかかれずに済むだろう?」
 意気揚々と話す小母さんには申し訳ないけれど、穴の中を覗いた君はクロウと顔を見合わせてしまう。
 確かに茨には引っかからないかもしれないけど、いつ崩れてくるかも解らない暗く狭い道を行く事には2人とも若干抵抗があったのだ。
 でも、せっかくの申し出を断わるのも忍びないので――半分くらいは小母さんを恐れてる所為もあったけど――君達は、その抜け道を使わせてもらうことにした。
 杖の先に光を灯し直したクロウが、先に地下トンネルへと入って行く。
 「あ、そうそう!」
 意を決して穴に足を踏み入れかけた君を、小母さんが不意に呼び止めた。
 エプロンのポケットを何やらがさごそと探っていた彼女は、君の腕を掴むと上向きに開かせた掌に何かを載せてこう言う。
 「これを持ってお行き。私には必要のないものだからね」
 そう言って彼女が君に握らせてくれたのは、「a(3)」と書かれた謎の欠片だった。
 何に使うのか見当もつかなかったけれど、とりあえず君は受け取ったそれを大切にポケットに仕舞い込む。
 女性の勘と年長者の知恵は、しばしば思いも拠らない「何か」を秘めているものだ。
 「気をつけて行くんだよ!」
 大きく手を振る彼女に頷いてみせて、君はクロウの後を追いかけた。



 そうしていい加減暗闇に飽きた頃、少しずつ明るくなるトンネルの向こうに小さな広場が見えてきた。
 

先へ進む。