ある晩、君がベッドに寝っ転がってその日見てきたばかりのファンタジー映画のパンフレットを広げていると、こつこつと窓ガラスを叩く音が聞こえてきた。
 何気なく見上げた時計の針は23時50分を指している。
 遊びに来た友達が呼びかけの代わりにこんな風に窓を叩く事があるけれど、それにしてはちょっと時間が遅過ぎる。ハロウィンでもあるまいし、こんな夜中に出歩いて親に見つかりでもしたらこっぴどく叱られるだろう。
 ――誰だろう?こんな時間に…。
 不思議に思いつつカーテンを開けると、窓の外にこげ茶色のローブに身を包んだ老人が立っていた。
 ふさふさのやけに立派な眉毛をした男は、君を見ると目顔で窓を開けるよう訴えてよこす。
 彼の顔に見覚えはないし、知らない人を――まして大の大人を寝室に招き入れるなんて言語道断だと思う。
 でも、紳士然とした身なりや老賢者じみた様子は悪人には見えなかったし、何よりこちらを見つめる彼の眼差しの真摯さを無碍には出来なかった。
 君は、警戒しながらも鍵を外して窓を開ける。
 すると、老人は予想外に軽い身のこなしで窓枠を跨いで部屋の中に入って来た。
 乱れた服の裾を直し、居住まいを正すと、胸に手をあてて深々と頭を下げる。 
 「このような夜分にこのような場所から突然ご訪問する無礼をお許しくだされ」
 まるで王侯貴族にでも対するような礼の尽くし方に呆気にとられた君は、「はぁ」と間の抜けた相槌を打つしかなかった。
 それに気を悪くした風もなく、老人は続ける。
 「私は、フォレスト王国の大臣を務めるオウルと申します。今宵は勇敢なるあなた様を見込んでお願いに上がりました」
 フォレスト王国なんて聞いた事もない。だいたい、普通一国の大臣が自ら見知らぬ子供の家を訪ねて来たりするものなのか?
 おそらく思いっきり顔に現れているであろう君の疑問を、オウルと名乗った老人は敢えて抹殺する。
 或いは、本当に気づかなかったのかもしれない。
 「実は、最近になって我が王国内に邪悪な蛇王が現れたのです」
 そう切り出した彼の表情は、真剣そのものだった。
 「彼奴めの狙いは王家に伝わる生命の宝珠です。どうか、悪しき蛇王を倒し、我が王国の宝をお守りいただけないでしょうか?」
 ――これは夢だろうか?
 オウルの申し出に、君は正気を疑って目を瞬かせた。
 漫画の読み過ぎか、ゲームのし過ぎか…だって、こんな子供に国の大事を託すなんて、現実じゃ考えられないじゃないか。
 …だけど、正直悪い気はしなかった。
 こんな風に、物語の主人公になって冒険するのも良いかもしれない。
 

冒険に出かける。
…止めときます。