君は、自棄を起こして崖に向かう道を選んだ。
 どうせどの道を選んでも一筋縄じゃいかないんだったら、いっその事1番厄介なルートに行ってやろうじゃないか!などと開き直ってもみる。
 だが、実際に崖の上に辿り着いて下から吹き上げる風を顔に受けた途端、君は軽率な行動を悔やんだ。
 ――って言うか、これはいくら何でも無理でしょ?
 あはは、と乾いた笑いを浮かべつつ、じわじわと淵から後退する。
 そのまま元来た道を戻ろうと崖に背を向けた君は、危うく其処にいた人物に蹴躓くところだった。
 いつの間に現れたのか、ごつごつと角の生えた兜を被った兵士が膝をついて君を見上げていたのだ。
 「お待ち申しておりました」
 鎧兜ばかりか言葉遣いや立ち居振る舞いまで大袈裟な相手にちょっと目を瞠った君だったけれど、大剣を持った剣士や杖を持った魔法使いがいるくらいだからこういうちょっと時代がかったカッコの兵士がいてもおかしくはないのだと思い直す。
 兵士の方は、純粋に賛嘆の念を込めた眼差しで君を見つめて口を開いた。
 「この道を選ばれるとは、さすがに勇気のある方であらせられる」
 そんな風に言われると、勢いで此処に来てしまったのだとは言い出し辛くて、君は曖昧に「はぁ」とだけ
応える。
 それをどう取ったのか、兵士はすっくとその場に立ち上がると、至って真面目な表情でこう続けた。
 「されど、この崖を下るのは如何にあなた様とて荷が勝ちまする。ついては、この私めが失礼して御身をお運び申し上げましょう」
 「えっ!?ちょっ、待――っ!!」
 止める暇もあらばこそ、兵士は君の身体を軽々と肩に担ぎ上げる。
 そして、何の躊躇いもなく、一目散に崖を下り始めた。
 「わぁーっ!!」
 ひょいひょいと岩場を蹴って駆け下りる兵士の足取りは、確かに人1人背負っているとは思えないほど軽やかで危うげがない。
 それでも、担がれている君にとって、気分はちょっとした絶叫マシンだった。



 時間にすればほんの一瞬とはいえ生きた心地のしない崖下りから解放されて地面に下ろされた君は、張り出した岩が落とす影の中でチカッと小さな光が瞬いたのに気づいた。
 その場に屈んで目を凝らすと、何か複雑な形をした欠片が月明かりを反射している。
 「d(5)」と書かれたその欠片を拾い上げた時、絹を裂くような悲鳴が辺りに響き渡った。
 目の前の低木の茂みの向こうから、ただならぬ不穏な気配が漂ってくる。
 「蛇王か!」
 短く叫んだ君は、勢い良く茂みを飛び越えた。
 

待ってろ!蛇王!