とりあえず君は、小川とやらがどの程度のものなのか見に行ってみることにした。
 一応防水仕様のシューズを履いてるから、浅瀬でもあれば渡れないこともないと思ったのだ。
 だが、実際その川を目にして、その望みは費えた。
 確かに、川幅はけして広くない。
 でも、滔々と渦巻く流れは早く、水深もそれなりにある。徒歩での渡河はちょっと無理だ。
 ――まさか、泳いで渡る訳にもいかないしなぁ。
 此処はやはり素直に引き返すべきかと君が迷っていると、不意に脇から誰かが話しかけてきた。
 「もしかして、この川を渡るつもりかい?」
 振り向くと、オーカーのつなぎを着た小柄な男が川縁に座り込んでいる。
 彼がどれくらい小柄かというと、おそらく立ち上がってもその身長はせいぜい君の腰の高さに届くか届かないかという程度だ。
 男は、君の当惑には構わずのんびりと口を開いた。
 「運が悪かったねぇ。普段ならあんたみたいに大きい人なら歩いてもどうって事ない流れなんだけど、この間の雨で増水しててね」
 おかげでご覧の通り、と顎をしゃくる男に、君はがっかりと肩を落とす。
 「そっか…」
 その君の失望ぶりがよほど深刻に見えたのだろう。
 男は、僅かに考え込む素振りを見せると、何事か思い至って立ち上がった。
 「ちょっと待ってな」
 そう言いおいて、水辺を覆う葦の茂みに向かって声を投げかける。
 「おーい!ちょっと良いかい?」
 「何だい?」
 「どうしたね?」
 彼の呼びかけに応えて、同じような身なりの男達がわらわらと茂みから顔を出した。
 みんな似たような顔立ちをしていて、しかも、どういうわけか揃いも揃ってちょっと大きめな前歯が目につく。
 ――ひょっとして、出っ歯の家系なのかな?
 君がかなり失礼な事を考えているとも知らず、男は仲間達に事情を説明する。
 「こちらさんが、向こう岸に用があるらしいんだ。すまんがちょっくら橋をこさえるのを手伝ってくれ」
 そんな簡単に橋を作るなんて、と高をくくる君とは裏腹に、集まった男達は軽く「あいよ」と答えるとてきぱきと動き始めた。
 何処からともなく丸太や蔦を持ち寄っては手際良く組み合わせ、見る見るうちにに仮造りの橋を完成させてしまう。
 「ほら、お待ちどうさん」
 仲間に指示を出しつつ一部始終を見守っていた最初の男は、橋が出来上がるとにこやかに君を振り返った。
 「これで向こう岸に渡れるだろう?」
 「…うん、ありがとう!」
 感謝で一杯の君に、男は「良いってコトよ」と大らかに笑ってのける。
 「何だか知らんが、まぁ、頑張んな」
 そう言って目を細める彼に見送られて、君は相棒共々川縁を後にした。



 少々足許の危うい橋を渡り終えて反対側の岸辺に降り立った君は、河原の砂の中にチカッと小さな光が瞬いたのに気づいた。
 その場に屈んで目を凝らすと、何か複雑な形をした欠片が月明かりを反射している。
 「i(6)」と書かれたその欠片を拾い上げた時、絹を裂くような悲鳴が辺りに響き渡った。
 目の前の低木の茂みの向こうから、ただならぬ不穏な気配が漂ってくる。
 「蛇王か!」
 短く叫んだ君は、勢い良く茂みを飛び越えた。
 

待ってろ!蛇王!