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 アイゼン浅瀬の戦い【2】


 こうして、最初の戦いは終わった。
 第2の戦いについては、そのすぐ後に続いて起こったずっと大きな出来事のおかげで詳細な報告はなされていない。
 セオドレドの死の知らせがその翌日角笛城にいた彼の許に届くと、西の谷のエルケンブランドは西の軍団の指揮に就いた。
 彼は、その事実を知らせると共にセオデンに彼の息子の最期の言葉を届ける為の使者を、直ちに割けるだけの兵力と共にエオメルを派遣して欲しいという彼自身の嘆願を添えてエドラスへと送り出した。
 「エドラスの守りは、この西の地にて築かれるべきです」
 彼はこう進言した。
 「エドラスそのものが包囲されるまで手を拱いていてはなりません」
 だが、グリマは、この忠告の不躾さを対応をより遅れさせようという彼の意図に利用した。
 彼がガンダルフに打ち負かされるまで、如何なる対応も取られなかった。
 エオメルと王自身と共に補強部隊は3月2日の午後に出立したが、その夜浅瀬では第2の戦いに敗れ、ローハンへの侵略が開始された。
 エルケンブランドは、直ちに戦場に赴く事はしなかった。
 全ては混乱の最中にあった。
 彼にはどの隊がすぐに召集できるか解らなかったし、セオドレドの軍勢が実際にどれほどの損害を蒙ったのか見積もる事も出来なかったのだ。
 彼は、侵略は差し迫っているものの、しっかりした備えを行って軍勢を配置した角笛城の要塞が弱体化するまではサルマンは敢えてエドラスへの攻撃の為に東方を通過する事はないと適切に判断した。
 こうした作業と、西の谷の集め得る全ての兵を招集する為に、彼は3日間を費やした。
 彼は、彼自身が到着するまでの間の戦場の指揮権をグリムボルドに与えたが、エドラスにおける召集に応えていたエルフヘルムと彼の騎士達については指揮下にないものと見做した。
 2人の指揮官は、しかし、親しい友人であり共に忠実で賢明な人物であったし、彼等の間に意思の相違は見られなかった。
 彼等の軍勢の配置は、彼等の異なる意見の歩み寄りによって為された。
 エルフヘルムは、サルマンが彼の目的に合わせてアイゼン川のどちら側からも軍勢を送れる事がはっきりしており、かつその当面の目的が疑いもなくエドラスからの効果的な援軍が来る前に西の谷を侵略して角笛城を取り囲む事である以上、浅瀬は最早重要ではなく、それどころか何処か他のより重要な地に配すべき人員を留め置く為の罠であると考えた。
 サルマンの兵力、その大部分は、彼の目的の為にアイゼン川の東側を下って来るだろう。
 そうすれば、たとえその行程が起伏の多い道なき大地であり、彼等の接近がゆっくりなものになるとしても、彼等は浅瀬の通路を突破する必要がなくなるのだ。
 それ故、エルフヘルムは浅瀬を放棄すべきだと忠告した。
 戦い得る全ての歩兵を東側に集め、浅瀬の北数マイルの位置を西から東に走る長い坂で敵の前進を遅らせるように配置する。
 騎兵については其処から東に退き、前進してきた敵が守備隊と交戦し始めたところで側面から突撃して多大な衝撃を与え、彼等を川の中へと追いやる。
 「アイゼン川を我々ではなく我等が敵への罠となさしめよう」
 一方、グリムボルドには浅瀬を放棄する意志はなかった。
 これは彼やエルケンブランドの育った西の谷の伝統による部分もあったが、全く理由のないものではなかった。
 「我々は知らない」
 彼は言った。
 「サルマンが今尚どれだけの軍勢を支配下に置いているのか。だが、もし彼の目的が西の谷を略奪し守備隊をヘルム峡谷に追いやって封じ込める事にあるなら、それは非常に強大なものだろう。彼は、すぐに全貌を表す事は好むまい。もし、我々全軍が北部に集合したとして、我々がどのように防御を敷いたのかを推測するなり悟るなりし次第、彼はきっと全速力で大軍勢をアイゼンガルドから下らせ、無防備な浅瀬を横切って我々の背後へと送り出すだろう」
 結局、グリムボルドは彼の歩兵の大部分を浅瀬の西端に配置し、彼等に通路を守る駐屯地で強固な守備態勢をとらせた。
 彼は、彼の麾下に入ったセオドレドの騎兵を含む残りの兵達と共に東岸に残った。
 小島は守る者もなく残された。
 エルフヘルムは、しかし、彼の騎士を引き連れていき、彼が主要な防御を置きたいと望んでいた道筋に配置した。
 彼の目的は、川の東岸を下ってくる敵を出来るだけ早期に発見し、浅瀬に到着する前に追い払う事だった。
 ともかくあり得そうな害悪はすべて為され、彼等は惨状にあった。
 サルマンの力はあまりに強大だった。
 彼の攻撃は昼間に始められ、3月2日の昼前には精鋭から成る強力な部隊がアイゼンガルドからの道を下って来て浅瀬の西の要塞を襲った。
 この部隊は、実は彼の持つ兵力のほんの一部分にしか過ぎず、弱体化した守りを排除するのに充分な程度以上の規模ではなかった。
 しかし、浅瀬の守備隊は数の上でのかなりの不利にも拘らず断固として抵抗した。
 だが、双方の要塞が激しく交戦していた時、遂にウルク=ハイの大軍が通路へと押し寄せ、浅瀬を渡り始めた。
 グリムボルドは、エルフヘルムが東側の攻撃を寄せつけず、彼が残して来た全ての兵を連れて浅瀬を渡って来て彼等を戦場に戻してくれるのを当てにしていた――しばらくの間は。
 しかし、敵の指揮官が大群を投入するとそれどころではなくなり、防御は崩された。
 グリムボルドは、アイゼン川を横切っての撤退を余儀なくされた。
 日暮れが近かった。
 彼は多大な損害を蒙ったが、ずっと多くの損害を敵(主としてオーク)に与えたし、未だ東岸をしっかりと維持していた。
 敵は、まだ浅瀬を渡って急な坂を上り詰め彼を撃退しようとは試みていなかった。
 エルフヘルムは、この戦闘に参加する事は出来なかった。
 夕闇の中を、彼は一行を引き連れてグリムボルドの野営地に退くと、配下の兵達を幾つかのグループに分けて北方及び東方からの攻撃に対する障壁として野営地から少し離れた場所に配置した。
 南方から悪しき物が来る事は予期していなかったし、救援部隊を期待してもいた。
 浅瀬を横切って撤退した後、ただちにエドラスとエルケンブランドの許に窮状を伝える使者が派遣された。
 望みを超えた救いが早急に齎されない限り、然程しないうちにより大きな害悪が起こる事を恐れ、且つ知っていた守備隊は、彼等が制圧される前にサルマンの進軍を遅らせようと備えた。
 ほとんどの者が防備にあたり、ほんの数人が急いで束の間の急速を取り、眠れるだけでも眠っておこうと試みていた。
 グリムボルドとエルケンブランドは一睡もせず、明日という日に何が起こるのか不安に思いながらも夜明けを待ち侘びていた。
 それほど待つ必要はなかった。
 彼等が北から下って来た赤い光の点が既にすぐ近くの川の西側まで迫っているのを目にしたのは夜の更けきる前の事だった。
 それはサルマンが温存していて、今は西の谷を征服する為の戦いを委ねられた全軍の先兵だった。
 かなりの速度で押し寄せた彼等は、突然炎に包まれたかのように見えた。
 大軍の隊長が手にしていた数百の松明が点され、既に西岸に配されていた兵の流れに合流した彼等は憎しみの喚声を上げながらあたかも炎の川のように浅瀬を押し流した。
 大規模な弓箭隊がいれば彼等に松明の灯を後悔させる事も出来たかもしれないが、グリムボルドは僅かな射者しか連れていなかった。
 彼は東岸を守りきれず、其処から撤退させられて野営地に強固な盾の壁を築いた。
 すぐに彼等は取り囲まれ、攻撃側は彼等の間に松明を投げつけ、中には貯蔵庫を燃やしグリムボルドが未だに維持していた馬を脅かそうと盾の壁の頭上を越えて投げ込む者もあった。
 だが、盾の壁は破れなかった。
 オークがその能力の問題でこの手の戦いには役に立たない事から、残忍な褐色人の国の山男の部隊が投入された。
 しかし、その憎悪にも拘らず褐色人達は今なおロヒアリムと面と向かうと彼等を恐れたし、戦の技術に欠け、装備も貧弱だった。
 盾の壁は未だ保たれていた。
 グリムボルドは空しくエルフヘルムからの援助が到着するのを待ち望んでいた。
 だが、誰も来なかった。
 遂に、彼はこういった絶望的な状況に陥った時の為に立てておいた策略を実行に移す決意を固めた。
 彼はエルフヘルムの賢明さを認め、彼が命じれば兵達は全員が倒れるまで戦うだろうがそのような蛮勇は何らエルケブランドの助けにはならず、たとえ彼自身が不名誉な目を見ようとも囲いを破って南方に逃れた兵士の方が役立つであろう事を理解した。
 その夜はどんよりと曇って昏かったが、今や満ちた月は漂う雲を縫って輝き始めた。
 風が東から吹いて来た。
 夜明けと共にローハンを通過し、次の晩突如としてヘルム峡谷を襲った大きな嵐の前触れだった。
 グリムボルドは、突然ほとんどの松明が消され襲撃の激しさが和らいだ事に気づいた。
 彼は、それ故すぐに馬と共にある騎士達、騎馬軍団の半数にも満たなかったが、彼等を騎乗させドゥンヘーレの指揮下に置いた。
 盾の壁の東側が開かれ、其処から出た騎兵達はそちら側の敵を駆逐した。
 彼等は野営地の北と南に敵を分割し向きを変えさせてから突撃をかけた。
 
この思いがけない術策はある程度の間成功を収めた。
 敵は混乱し、狼狽した。
 彼等の多くは、最初、大規模な騎馬の軍団が東からやって来たのだと考えた。
 グリムボルド自身は先に選んでおいた精鋭の兵達と共に徒歩で後衛に留まり、彼等とドゥンヘーレ配下の騎兵とで残りの者達が能う限りの速さで撤退する間援護した。
 だが、サルマン軍の指揮官はすぐに盾の壁が崩れ守備陣が脱出している事に気づいた。
 幸運にも、月は雲に覆われ辺りは再び闇に包まれたし、彼は焦っていた。
 浅瀬を占領した今、彼は彼の軍団に暗闇の中遠くまで逃亡者を追跡する事を許さなかった。
 彼はその軍勢を出来る限り最良の状態に集合させ、南方への道を取らせた。
 そういった訳で、グリムボルドの軍の多くの者が生き残った。
 彼等は夜の中に四散させられたが、グリムボルドが命令しておいた通り、彼等は公道を離れアイゼン川が西に大きく折れる場所の東に向かって道を取った。
 彼等は全く敵と遭遇しなかった事に安堵しながらも驚いた。
 彼等は大軍が既に数時間前に南へと向かい、今やアイゼンガルドを守っているのが僅かな兵とそれ自体の城壁と門の強固さだけだという事を知らなかったのだ。
 それは、エルフヘルムからの救援が来なかった理由でもあった。
 実は、サルマンの軍勢の半数以上はアイゼン川の東を下って送り出されていたた。
 彼等は明かりを持たず、道のない荒れた土地を通った為に西の師団よりゆっくりとした速度でやって来た。
 だが、彼等に先立って、かなり多くの恐ろしいウルフライダーが静粛かつ迅速に進んでいた。
 エルフヘルムが川の彼の側から接近する敵についての警告を受ける前にウルフライダー達は彼とグリムボルドの野営地との間に入り込み、彼が従えていたそれぞれのグループを取り囲もうとさえ試みていた。
 辺りは暗く、彼の軍勢は秩序を失った。
 彼は、集められるだけの騎兵を周りに呼び寄せたが、東方へ撤退する事を余儀なくされた。
 エルフヘルムは、ウルフライダーに襲われた時点でグリムボルドが苦境にある事を知っていて彼を助けようとしていたが、彼の許には辿り着く事は出来なかった。
 しかし、エルフヘルムはまた、ウルフライダーが彼が対抗するには余りに強大な南方への道を固める軍勢の先触れに過ぎない事を的確に推測した。
 夜はじりじりと過ぎ、彼はただひたすら夜が明けるのを待つしかなかった。
 その後何が起きたのかははっきりしておらず、ただガンダルフのみが全貌を知っていた。
 彼は、3月3日の午後遅くになって惨劇の情報を得た。
 王はその時角笛城へと向かう小道と公道が交差する場所から然程離れていない東の地にいた。
 そこからアイゼンガルドまでは、直線で約90マイルほどの距離だった。
 ガンダルフは飛蔭の出せる最高速度で駆けたのだろう。
 彼は宵のうちにアイゼンガルドに辿り着き、20分もしないうちに其処を後にした。
 外界を往復する最短ルートを行く途中で浅瀬の近くを通りかかった彼は、南方にエルケンブランドを探しに戻る過程でグリムボルドとエルフヘルムに遭遇したに違いない。
 彼等は、ガンダルフが飛蔭に乗って現れただけでなく使者のケオルと彼が携えていたメッセージを知っていた事から、彼が王の為に行動している事を確信し、彼の忠告に従って命令を下した。
 グリムボルドの兵はエルケンブランドに合流すべく南に送られた…。


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