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 指輪物語・エピローグ


 ホビット庄暦1436年3月のある夜、サムワイズ・ギャムジーは袋小路屋敷で彼の研究にうちこんでいました。
 彼は使い込まれた古い机に向かって、度々考え事の為に手を止めながらゆっくりとした実直な文字で紙片に書き込みをしていました。
 そばにある本立ての上には、大きな赤い本が原稿の状態で置いてありました。
 ほんの少し前まで、彼は声に出してこの本を家族に読んで聞かせていました。
 その日は特別な日――彼の娘のエラノールの誕生日だったからです。
 その夜、夕食の前に、彼はようやくその本の1番お終いの部分に辿り着きました。
 このお話には、省略した方が良いだろうと思ったところを省いても何ヶ月もかかるような幾つもの章に亘る長い経緯があって、彼は何日もの間ひたすら物語を朗読してきました。
 誕生日の朗読では、すぐ隣にエラノールが、それからフロド坊やにロージー嬢や、幼いメリーとピピンもいました。
 でも、他の子供達はそこにはいませんでした。
 赤表紙本はまだ彼等には早過ぎたので、差し支えないようベッドに入っていたのです。
 ゴールディロックスはまだたったの5歳でした。
 フロドの予言はほんの少し外れて、彼女はピピンの後に生まれたのです。
 でも、彼女は末っ子ではありませんでした。
 サムワイズとローズは、この年に生まれたビルボを入れると子供の数の多さでトゥック翁に肩を並べていました。
 小さなハムとデイジー、プリムローズは、まだ揺り篭の中にいました。
 今、サムは束の間の休息をとっていました。
 夕食は終わりました。
 エラノールだけが、誕生日という事でまた起きていて、彼と一緒にいました。
 彼女は物音を立てずに座り込んで暖炉の火をじっと眺めていたのですが、今は再び父親を見つめていました。
 彼女は、他のホビットの娘達より白い肌を持つほっそりとした美しい少女で、火明かりが彼女の赤みがかった金髪をきらきらと輝かせていました。
 彼女には、親譲りではありませんでしたが、エルフの優美さの記憶が受け継がれていました。
 「何をしてるの?サム父さま」
 彼女は、遂に口を開きました。
 「父さまは休むつもりだって言ったから、私、お話しして欲しいなって思ったの」
 「ちょっと待っておくれ、エラノールや」
 サムは、そばまでやって来て彼の身体に腕を乗せ、肩越しにじっと見つめるエラノールにそう言いました。
 「問答集みたい」
 と、エラノールが言いました。
 「あぁ、その通りだとも」
 サムはそう答えました。
 「フロドの旦那は、おらにこの本のお終いの何ページかを残してっただ。でも、おらは未だに思い切って手をつけられずにいるだよ。まだビルボの旦那が言ってたように覚え書きを作ってるところだ。ここにはローズ母さんやおまえや子供達の質問が書きつけてあって、おらは答えが解るたんびにそれを書き込んでるだ。大抵の質問はおまえのだよ。何しろ、おまえだけは1度ならずこの本の中身を最後まですっかり聞いてるからなぁ」
 「3回よ」
 エラノールは、サムの手の下敷きになった書物を注意深く眺めながら言いました。



  問:ドワーフについて
     フロド坊やは彼等が1番好きだと言っている。
     ギムリはどうしているか?モリアの坑道は再び解放されたのか?オーク共は残っているのか?
  答:ギムリについて
     彼は王の為に働くと言っていた通り、北の地から大勢の仲間を連れて帰って来た。
     彼等は余りにも長く其処で働いていた為にその地に慣れ親しみ、都からそう遠くない白の山脈に
    移り住んだ。
     ギムリは、年に1度は燦光洞を訪れている。
     どうしてそれを知っているか?しばしば彼にとって大切な場所であるミナス・ティリスに戻って
    いるぺレグリン殿からの情報である。
    モリアについて
     どんな情報も耳にしていない。
     おそらく、ドゥリンに関する予言は我々の時代のものではないのだろう。
     昏き場所は、尚多くの浄めを必要としている。
     モリアの広間から邪悪な生き物を排除するには、まだ多くの問題があり、たくさんの大胆な偉業
    が行われるのではないかと思う。
     ああいった場所には、本当にたくさんのオーク共が取り残されているから。
     それらを完全に取り除き終える事はありそうにない。

  問:レゴラスについて
     彼は王の許に戻ったのか?そして其処に留まるのか?
  答: 彼は戻って来た。
     彼は、ギムリと共に緑森大森林(今ではそう呼ばれているのだ)から彼の民の多くを連れて来た。
     エルフとドワーフの一団が連れ立って旅する様は素晴らしい眺めだったと言われている。
     エルフ達は、都とファラミア公の住む土地をかつてなかったほど美しく作り上げた。
     そう、レゴラスはギムリがそうしている限り其処に留まるだろう。
     だが、いつの日か彼は海に向かうと思う。
     これらすべては、白い家に住まうエオウィン公妃を訪ねたメリアドク殿が話してくれた事である。

  問:馬達について
     メリーはこの事について関心を抱いている。彼は自分の仔馬を切望している。
     騎士達は、どれだけの馬を合戦で失ったのか?また現在どれだけの馬を得たのか?レゴラスの馬
    はどうなったのか?ガンダルフは飛蔭をどうしたのか?
  答: もちろん、飛蔭はガンダルフと共に白い船に乗った。
     私はそれを自分の目で見た。
     アイゼンガルドで、レゴラスが彼の馬をローハンへ戻るようにと放すのも目にした。
     メリアドク殿は、どれだけの馬が失われたかは知らないが、今ではもはや馬を盗む者もいなくなっ
    たので、以前よりたくさんの馬がいると語っている。
     騎士達はまた、特に馬鍬谷において白、茶色、灰色の多くの仔馬を飼っている。
     来年エオメル王を伺候して戻る際には、彼は同じ名を持つメリーの為に仔馬を1頭連れ帰るつも
    りだ。

  問:エントについて
     エラノールは、彼等についてもっと聞きたがっている。
     ファンゴルンの森で、レゴラスは何を見たのか?今でも彼は木の鬚と会っているのか?
     ロージー嬢やはエント女の事をとても気にかけている。森にいる時は、いつでも彼女達を捜して
    いる。
     彼女達は見つかるのか?ロージーは彼女達が存在していて欲しいと思っている。
  答: 聞いた限りでは、レゴラスとギムリは何を目にしたのか語っていない。
     あの日々以来、誰かがエントを見たという話も聞いていない。
     エント達はとても神秘的で、大きいと小さいとを問わず人々を好まない。
     エント女が見つかると良いとは思うが、その問題はホビットがどうこうするにはあまりに古く深
    刻過ぎるのではないかと思う。
     もしかしたら、エント女達は見つかる事を望んでいないのかもしれないし、エント達は今では捜
    す事に疲れきっているのかもしれない。



 「やれやれ、おまえ」
 サムは言いました。
 「この1番上のページ、今日の分はこれだけときたもんだ」
 彼は溜息をつきました。
 「こういうのは、この本に載せるには相応しくねぇだ。フロドの旦那が書いたみてぇな物語の一節にもなんねぇ。でも、おらは何とかして尤もらしい形であと1章か2章仕上げなきゃなんねぇだよ。メリアドクの旦那は手伝ってくれるかもしんねぇ。書き物に長けてなさるし、なんたっていろんな植物についての素晴らしい本を作ってるからな」
 「今夜はもう書き物はやめて。私とお話しして、サム父さま」
 そう言って、エラノールは彼を暖炉のそばの席まで引っ張っていきました。
 「聞かせて」
 一緒に並んで腰掛けて、柔らかな金色の光に顔を照らされながら、彼女は言いました。
 「ロリアンの事を聞かせて。サム父さま、今でも私のお花は其処で育ってるの?」
 「あぁ。ケレボルンの殿は今も彼の民と木々の間で暮らしてるし、おまえの花は今でもあそこで育ってるに違いねぇだ。でも、今ではおらにはおまえっちゅう見るべきものがあるし、そんなに追い求めるつもりはねぇだよ」
 「でも、私は自分の事を見たいわけじゃないわ、父さま。もっと他のものが見たいの。王様とアルウェン王妃様が出逢ったアムロスの丘や銀色の木々、それと、常緑の芝草の中の小さな白いニフレディルと金色のエラノールを見たいわ。それから、エルフ達が歌うのを聴きたいの」
 「それなら、たぶんいつか叶うだろうよ、エラノール。おらもおまえくらいの年の頃から、ちっとも望みがあるようには思えなかったのに長い事同じように言ってたもんだ。そんでも、おらはそれらを見たし、聴いたっちゅうわけだ」
 「私は、彼等がみんな船出してしまうんじゃないかって心配なの、サム父さま。近いうちにこの中つ国からは誰もいなくなって、あらゆる場所がただの場所になって、そして」
 「そして、何だね?エラノール」
 「そして、光は薄れていくの」
 「そうだな」
 サムは言いました。
 「光は薄れていってるだよ、エラノール。でも、今はまだ消えちまったわけじゃねぇ。それに、おまえっちゅう話し相手を得て、今ではエルフの光が完全に消えちまう事はねぇんじゃねえかと思っとる。それを見た事がねぇ人達だって、その光を思い出せるように思うんだ。たとえそれが、」
 彼は深々と息をつきました。
 「おらがそうだったように、本当に目にするのとは違ってるとしてもな」
 「お話の中の、本当の出来事みたいに?」
 エラノールは言いました。
 「たとえそれが実際にあった事でも、物語になると多少は違っちゃうもの。昔に戻れたら良いのに!」
 「おら達みてぇなのは、しばしばそう願うもんだ」
 そう、サムは言いました。
 「おまえは偉大な時代の終わりに生まれただよ、エラノール。でも、たとえその時が終わるとしても、おら達が話してる通り、物事っちゅうのはそんなに急に終わったりはしないもんだ。冬の日の入りに似てな。上のエルフ達は、今はほとんどがエルロンドの殿と一緒に行っちまっただ。でも、全部が全部っちゅうわけじゃねぇ。残ってる方達は、今しばらくは待っててくださるだろう。それから、それ以外で1度は中つ国にあったものは、もっと後々まで残るだろう。まだまだおまえが出会うものはあるし、それに、ことによると思ったより早くそれを見る事になるかもしんねぇぞ」



 エラノールが再び口を開くまでに、しばしの沈黙がありました。
 「私、最初は王様にお別れを告げた時ケレボルンの殿が言った意味が解らなかったの」
 彼女はそうきりだしました。
 「でも、今なら解ると思う。彼は、アルウェン王妃は中つ国に残るけど、ガラドリエルの奥方は自分を置いて去ってしまうって知ってたんだわ。それは、彼にとってとても哀しい事だったと思うの。それから、サム父さまにとっても」
 彼女の手はサムに触れ、ほっそりした指で彼の茶色い手を握り締めました。
 「父さまの大切な人も行ってしまったわ。指輪のフロドが私を知っていてくれるのは嬉しいけど、私も彼と逢った事を覚えてられたら良かったのに」
 「哀しかっただよ、エラノール」
 サムは、彼女の髪に口づけて言いました。
 「哀しかった、でも、今は違う。どうしてかって?うーん、ひとつには、フロドの旦那がエルフの光が薄れない場所に行ったって事だな。旦那はそれだけの事をなさっただ。だが、おらにもおらの恩寵があっただよ。おらは、たくさんの宝物を手に入れた。とても恵まれたホビットだ。それから、他にももうひとつ理由がある。これまで誰かに話した事もなければ、本の中にもまだ書いてない秘密をおまえにそっと話してやろう。フロドの旦那は、旅立つ前におまえの時も来るだろうとおっしゃっただ。おらは、待つ事が出来る。おら達はたぶんはっきりとさよならは言わなかっただ。だが、おらは待てる。おらは、エルフ達からとにかくいろんな事を学んだ。彼等は、時間っちゅうもんについてあんまり思い悩んだりしねぇだ。思うに、ケレボルンの殿は、エルフのやり方で言えば彼の木々に囲まれて今でも幸せなんじゃねぇだろうか。彼の時はまだ来ねぇし、自分の土地にまだ倦み疲れてもいねぇ。いつか疲れちまったら、その時は旅立つ事が出来るってわけだ」
 「そして、倦み疲れる時が来たら、サム父さまも行ってしまうのね。父さまはエルフと一緒に楽園に行くんだわ。そうしたら、私も一緒に行く。私は、アルウェン王妃がエルロンドの殿と離れ離れになったみたいに父さまから離れたりしないわ」
 「もしかして、もしかしたらの話だよ」
 サムは、そう言って彼女に優しく口づけました。
 「ひょっとしたら、そうはならねぇかもしれん。ルシアンとアルウェン王妃の選択は多くの人に訪れるだよ、エラノール。それに似たような事はな。そんで、時の至らねぇうちに選択を済ますのは賢いやり方じゃねぇ。それに、おまえが15の春を迎えた娘でも、そろそろベッドに行くべきだとおらは思うだ。ローズ母さんに話す事があるしな」



 エラノールは立ち上がると、既に白髪の混じり始めたサムの茶色い巻き毛を軽く撫でました。
 「おやすみ、サム父さま。でも」
 「「おやすみ、でも」ってのは気に入らねぇな」
 「でも、それを私に最初に見せてくれないの?って言おうとしたのよ」
 「何をおまえに見せるだって?」
 「もちろん、王様からのお手紙よ。もう1週間以上も前に受け取ったでしょう?」
 サムは驚いて居ずまいを正しました。
 「何とまぁ!」
 サムは言いました。
 「物語は繰り返すだ!そんで、おまえはすっかりしっぺ返しされるだよ。おら達は可哀想なフロドの旦那をスパイしたもんだ!でもって、今度はおら達自身がスパイされてるっちゅうわけだ。おら達以上に悪意のねぇもんであるように祈るがな。だが、どうやっておまえはその事を知ったんだね?」
 「スパイする必要なんてなかったわ」
 エラノールは答えました。
 「内緒にしておくつもりだったにしては、父さまは充分注意深いとは言えなかったもの。その手紙は、先週の水曜日の朝早くに南四が一庄の郵便局から届いたわ。私は父さまがそれを手にするのを見たの。大きな黒い封緘のある白い絹の封筒――あの本の物語を聞いた事があれば、誰だってすぐにそれが王様からの物だって解るわ。良いニュースなの?私に見せてくれないの?サム父さま」
 「そうだな、そんだけ洞察力があるんなら、見せても構わねぇだろう」
 サムはそう口にしました。
 「だが、謀はなしだ。それを見せたら、おまえは大人の仲間入りをして、公正に振舞わねばならねぇぞ。他のみんなには、おらが良いと思った時に話すつもりだ。王様が来る予定だってな」
 「王様が此処に来るの?」
 エラノールは叫びました。
 「袋小路屋敷に?」
 「いいや」
 サムは言いました。
 「だが、彼は再び北の地にやって来る。おまえが小さかった頃以来の事だが、彼のお屋敷は今では準備が整っとるだ。彼は、ホビット庄には入って来なさらねぇだろう。「ごろつき」の事があってから彼は大きい人がこの土地に2度と足を踏み入れないようお触れを出されたし、自分で決めた決まり事を破ったりはなさらねぇだろう。だが、ブランディワイン橋までは乗りつけるおつもりだ。そんで、王様はおら達に1人1人名指しで特別な招待状を送ってくださっただよ」
 サムは鍵のかかっていない箪笥のところまで行って巻物を手に取ると、封筒からそれを取り出しました。
 それは、黒地に美しい銀の文字で、2つの段落に分けて書かれていました。
 サムは、巻物を解くと、エラノールが見られるように机の上にあった蝋燭をそばに置きました。
 「なんて素敵なの!」
 彼女は感激の声を上げました。
 「普通の言葉で書いてあるのは読めるけど、もう一方は何が書いてあるの?たぶんエルフ語だと思うけど、父さまはまだエルフの言葉はほんの少ししか教えてくれてないんだもの」
 「そう、これはゴンドールの偉大な民が使うエルフ語の一種で書かれてるだ」
 サムはそう応えました。
 「おらは、ともかくほとんど同じ事が書いてあるんだと確信できるだけは読み解いただ。これは、おら達みんなの名前をエルフ語に訳してあるだけだ。エラノール、おまえの名前はどっちでも同じだ。それっちゅうのも、おまえの名前はエルフ語だからだ。だが、フロドはIorhael、ローズはMeril、メリーはGelir、ピピンはCordof、ゴルディロックスはGlorfinniel、ハムファストはBaravorn、デイジーはEirienっちゅう事になる。たった今おまえが知った通りな」
 「素晴らしいわ!」
 彼女は言いました。
 「今では、私達みんなエルフ語の名前を持ってるのね。何て素敵な誕生日の終わり方かしら!でも、サム父さまの名前はどれなの?それについては触れなかったわ」
 「うーん、そいつはいくらか特別でな」
 サムは言いました。
 「おまえがどうしても知りたいっていうなら仕方ねぇ、エルフ語の方で、王様はこう言ってるだ。「Panthaelと呼ぶべきPerhael殿」。その意味はこうだ。「フルワイズ(真に賢明な)と呼ぶに相応しいサムワイズ(お人好し)殿」。これで、おまえは王様がおまえの年老いた父親をどう思ってるか解ったろう」
 「それどころか、私が思っていた以上だわ、大好きな「賢明な父さま」」
 エラノールは言いました。
 「でも、ここには4月2日って書いてある。1週間後の今日よ!私達、準備を始めなきゃ。いつ始めるの?何を着ていけば良いかしら?」
 「そういった事は、ローズ母さんに訊くべきだな」
 そうサムは答えました。
 「だが、おら達はもう準備に取り掛かってるだよ。大分前から予告されてたからな。おら達が今まで何も言わずにいたのは、ただ単におまえ達が夜眠れなくならねぇようにっちゅう為だ。おまえ達はみんな最も優れたもの、何より美しいものを目にするに違いねぇだ。おら達は綺麗な服を着て、馬車に乗って行く事になるだろう」
 「お辞儀は3回するの?それとも1回だけ?」
 エラノールはそう訊きました。
 「1回だ、王様と王妃様にそれぞれ1回ずつ」
 サムは答えて言いました。
 「手紙には書いてねぇがな、エラノール、おそらく王妃様も来ると思うだよ。彼女を見れば、エルフの女性がどんな風に見えるか、他にはないその美しさが解るだろう。それに、それ以上の事さえあるぞ。王様がおら達をイヴンディム湖の畔の立派なお屋敷に招待しねぇっちゅう事はねぇだろう。そこには、エルラダンとエルロヒア、彼等は未だ裂け谷で暮らしてるだ、彼等もいるだろう――それから、彼等と一緒にエルフ達もな、エラノール。そんで、彼等は夕闇の中、水辺で歌うだろう。これが、おまえが思ってるより早く彼等に会えるかもしれないっちゅうた理由だよ」
 エラノールは何も言わず、炎を見つめて立っていました。
 彼女の瞳は、星々のように輝いていました。
 遂に、彼女は感嘆の溜息を落としました。
 「どれくらいいられるの?」
 彼女は尋ねました。
 「帰って来ないといけないとは思うけど」
 「そうだ、それにどの道そうしたくなるだろうしな」
 サムは言いました。
 「だが、干草の刈り入れまでは留まる事になるかもしんねぇ。おらが戻らなきゃならない時までな。おやすみ、エラノール。今は、日が昇るまで眠るだよ。夢を見る必要はないだろうがな」
 「おやすみなさい、サム父さま。それから、これ以上お仕事をしないで。父さまの章に何を書くべきか、私には解るもの。私達が話す事を一緒に書き止めましょう――今夜じゃなくて、ね」
 彼女はサムに口づけをして、部屋を出て行きました。
 彼女が行ってしまうと、サムには暖炉の炎が下火になったように思えました。



 星々は、澄みきった漆黒の空で輝いていました。
 毎年3月の終わりにホビット庄に訪れては季節の齎す驚くべき贈り物として歓迎され褒め称えられる明るく晴れ渡った一時期の、2番目の日の事でした。
 今、子供達は全員ベッドの中にいました。
 夜遅い時間でしだが、ホビット村のあちこちにはまだ明かりが灯っていましたし、夜に包まれた田舎には家々が点在していました。
 サムワイズ殿は、ドアのところに立って遠く東の方を見つめていました。
 彼はローズ夫人を連れていて、彼女の肩に腕を回していました。
 「3月の25日!」
 彼は言いました。
 「17年前のこの日、ローズや、おらは2度とおまえに会えるとは思ってなかった。だが、希望は持ち続けてただ」
 「私は、全然期待してなかったわ」
 ローズは言いました。
 「まさにその日までね。そして、突然望みを抱いたの。大体お昼くらいだったわ、私はとても嬉しくなって、歌い始めたの。母さんは言ったわ。「静かに、嬢や!近くにごろつき共がいるんだよ」。私はこう言ったの。「来るなら来なさいな!あいつらの時間なんてすぐに終わるわ。サムが帰ってくるもの」。そうして、あんたは帰って来た」
 「おらは帰って来ただ」
 サムは言いました。
 「世界で最も愛しい場所に。おらのローズと、おらの庭の許に」
 彼等は家の中に入り、サムは扉を閉めました。
 でも、扉を閉ざしたにも関わらず、中つ国の岸を越えて深く静まる事のない海の囁きと溜息とが、不意に彼の耳に聞こえてきました。


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