運命の流れが一巡りした時 〜ハルディア〜
横 顔-1-

 初めて彼を見たのは、彼と彼の父王が、ガラドリエル様主催のパーティーに招待され、このロスロリアンに到着した時だった。
 中つ国に住まうエルフが大勢招待され、彼はその中の一人だった。
 闇の森の王・スランドゥイル様のご子息レゴラス。彼の美しさは、一際私の目を引いた。いや、私ばかりではない。このロスロリアンに住むエルフのみならず、招待客の多くも彼の噂をせずにはいられなかった。
 この世の全てを拒絶した様な、冷たい表情。
 その、他を寄せ付けない氷の様な表情が、より彼の美しさを際立たせている様で、またそれが瞬く間に溶けて無くなってしまう脆さの様に思えて、私は同性にも拘らず、一目で彼に心を奪われてしまったのだ。
 だが、私はロスロリアンの一近衛兵。彼は闇の森の王子。あまりにも身分が違い過ぎた。
 彼は私と一度も目を合わせる事無く、父王やその他の招待客と共にカラス・ガラゾンの奥へと消えて行った。

 カラス・ガラゾンの宮殿では、ガラドリエル様主催の宴が催されている。
 私は近衛隊長として、その周辺の警備をしていた。
 宴会場から少し離れた、客人用フレトを支えるマルローン樹の陰に、何者かの気配を感じた。
 人気の無い場所からの気配に、何時でも矢を放つ事が出来る様にし、慎重に近寄る。
 会話をしているのが聞こえる。
「――…んっ、グロールフィンデル様…」
 見てはならないものを見てしまった。
 彼の人が…、この様な人目を忍ぶ場所で、他の男の首に腕を回し、口付けを交わしていた。その相手は、裂け谷に住まう上のエルフ、グロールフィンデル様。
「愛しいレゴ…ラス…」
 衝撃の余り、しばしの間動く事が出来なかった。
 先程の冷たい表情とは違い、熱く熱の籠った、そして僅かに潤んだ碧い瞳。美酒に酔った所為だけではない、仄かに紅潮した頬。そして、彼自ら舌を絡ませ、久し振りの逢う瀬を埋める様な深く激しい接吻。吐息と共に漏れ出る甘い声…。
 やっとの思いで踵を返す。
 背後から彼の人の、官能的な声が聞こえる。
「ぁ…んっ、…ここで、これ以上は…」
 今宵、彼の王子は裂け谷の“金髪”の名を持つエルフの腕に抱かれ、禁断の恋にその身を焦がし、快楽の海を漂うのであろうか。
 あなたをこの腕に抱く事が出来たなら…。

 裂け谷の主、エルロンド様の使いで、グロールフィンデル様がやって来た。
 彼を客間へ案内する道すがら、あの日以来、胸の内にに燻らせていたレゴラスについて訊いてみた。
「先の宴にいらしたレゴラス様とは、一体どの様な方なのですか?」
 先導する私の背後で、グロールフィンデル様の表情が、一瞬強張ったように感じられた。
「ハルディア、何故私に彼の事を?」
 今度は私が表情を強張らせる番だった。しかし、平静を装う。
「レゴラス様はよく裂け谷へ行かれると聞きました。グロールフィンデル様なら、お親しいかと。そう思ったまでです」
「男女、種族を問わず、あの人を手に入れたいと考える輩は多い。あなたもそのお一人か?」
「まさか」
 私は思わず苦笑した。
「あの日以来、宮殿の侍女達の間で、噂が絶えませんので…」
 私のこの建て前を含んだ言葉を完全に信用した訳ではないだろうが、グロールフィンデル様はこの質問に答えて下さった。
「例えるなら、そうですね…。彼は蝶ですよ。何人(なんぴと)も捕らえる事の出来ないね…」
 客間のフレトへ到着し、客人を中へ案内する。
 そして「ごゆるりと」と、エルフ式の一礼をして立ち去ろうとした時、グロールフィンデル様に呼び止められた。
「……ハルディア。ガラズリムの狩人に忠告を」
「はい?」
 振り返り、上のエルフの表情を見ると、口端を僅かに上げ、意味深な笑みを浮かべていた。
「蝶の毒には気を付けられよ。特に艶(あで)やかで美しい蝶には」
 グロールフィンデル様はそう言われると、客間の奥へと消えて行かれた。
 それは明らかに、私に向けられた言葉なのだろう。
 だが。
《この偽善者め…》
 あなたは既に、あの方を手に入れているではないか。


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