レゴラスの言う“愛する人の死”とは、ハルディアの事なのか。
と、なると、角笛城でのハルディアの言葉は、どういう事なのだろう。
掌に包み込んだアラゴルンの手を見つめたまま、レゴラスは続ける。
「あなたが死んだと聞かされた時、私は心から絶望した」
レゴラスはアラゴルンの手を離すと、彼に抱き付いた。
アラゴルンは戸惑いから、抱き締め返す事を躊う。
「あなたが生きていて良かった」
そう耳元で呟いた。
アラゴルンは計算高いエルフのいつもの策かと思ったが、そうではない事は、声の震えで判った。
「レゴラス、俺は生きている」
心に不安を抱いたエルフは、酷く儚く見え、その存在が消えない様に抱き締め返した。
レゴラスは、えぇ、と消える様な声で応え、腕に力を込めた。
アラゴルンはあやす様に、レゴラスの頬を包み、額同士を合わせる。
安心したかの様にレゴラスは微笑んだ。
「アラゴルン…。あなたを愛してる」
思いがけないレゴラスの告白に、人の子は呆気に取られるしか無かった。
「――あなたを愛して…、んっ!」
この男が嘘や酔狂で愛を口にする事が無い事は、良く知っている。
アラゴルンはレゴラスが言葉を遮る様にその唇を塞いだ。
衝動的な感情からでは無く、必然的に。
「アラ…ゴルン…」
アラゴルンの口付けに、レゴラスは自分が蕩けて行く感覚に陥る。
今まで交わしたどのキスよりも、甘く切なく、心と身体に染み入る口付け。
「お前の口から、その言葉が聞けるとは、思いも依らなかったな」
アラゴルンは声を上げて、短く笑った。
そして、真剣な目差しでこう言った。
「――俺は、お前のその言葉を待っていたのかもしれない」
「ご冗談を…」
その胸には、夕星の姫君からの愛の証が輝いているというのに。
アラゴルンは腕からレゴラスを解放すると、自分の胸元を探り、首飾りを引き抜いた。
「これで信用して貰えたかな?」
アラゴルンはどうだ、と言わんばかりの得意顔で、笑ってみせた。
「あなたという人は…」
レゴラスは目を丸くする。
この幸せが長く続く事はないのは判っている。
今ここで、アラゴルンが首飾りを外しても、人間の王位に就かねばならぬ事も、伴侶に彼女を選ばねばならぬ事も、もう拒否出来ない所まで来てしまっている
のだ。
それでもレゴラスは嬉しくて、苦笑した。
「――もっと早く言えば良かった」
二人はどちらからともなく、唇を合わせる。
今までの時間を埋め合わせる様に、お互いを求めて。
(あぁ、神よ。私は何て愚かなのだろう)
レゴラスは、死すべき運命の人の子を愛してしまった事、もっと早く自分の気持ちに気付けば良かった事を、神に懺悔する。
それでもレゴラスの虚偽と空虚に支配されていた心は、真実の愛で満たされていた。
だが、戦いの中、幸せな時を過ごす事すら、二人には許されなかった。
突如感じた邪悪な気配。
二人は咄嗟に唇を離す。
「ヤツの目が!」
レゴラスの言葉にアラゴルンは頷くと、黄金館に駆け込む。
ホビットの叫び声が聞こえる。
邪悪な気配は、ガンダルフや二人のホビットが眠っている部屋からだった。
全速力で走るアラゴルンの背中を追いながら、レゴラスの胸は言い知れぬ不安に再び支配されていた。
部屋に飛び込むと、目に入ったのはパランティアを拾い上げ、その力に抵抗しようと悲鳴を上げるアラゴルンの姿だった。
「アラゴルン!!」
レゴラスは叫ぶと、抵抗し切れず、パランティアを離し、倒れ込む愛しい人を抱き抱える。
幸い失神は免れたが、アラゴルンの額には、大量の脂汗が浮かんでいた。
「アラゴルン…?」
「…大丈夫だ」
そう言いながらアラゴルンは、ヨロヨロとふらつく頭に手をやり、立ち上がろうとする。
そんな彼を支えながら、レゴラスは悲痛な面持ちで、アラゴルンを見つめる。
「わしを見るのじゃ!」
白の魔法使いがピピンからサウロンの企みを聞き出そうとしていた。
レゴラスは、長い生の内で、最も激しく厳しい戦いが待っている事を、予感せずには居られなかった。