無 題 -1-(タイトルはそのうち…)
BY-Toshimi.H

 黄金館での勝利の宴を抜け出し、レゴラスは館の外へ出た。
 ギムリとの飲み比べの酔いを冷ます為ではない。ただ何となく、外で一人になりたかったのだ。
 扉を開けると一陣の突風が吹き、レゴラスの金色の髪とエルフのマントを巻き上げた。
「ぅわっ!」
 レゴラスは思わず声を上げ、髪が乱れぬ様、フードを目深に被った。
 月明りに浮かぶ景色を見渡す。
 木など一本も生えていない荒涼とした草原。雪を冠した山脈。
 初めてここを訪れた時は、景色を眺める余裕など無かった。
 生きて再びこの地に足を踏み入れれた事を、ヴァラールに感謝した。彼と共に、戻れた事を…。
「…アラゴルン」
 彼の名を呟くと、胸が締め付けられた。
 それに耐える様に、深呼吸をする。
 あの時――。
『あいつは…死んだ』
『嘘だ!』
 醜く変貌した元同族の言葉に、思わず激昂した。
 オークが示した崖の下に彼の姿は無く、元同族の言葉が本当であると認識した時、頬に熱いものが流れていた。
 目の前に居て当たり前だったものが無くなってしまった悲しみを、初めて知った瞬間だった。
 今までも、数々の親しい人物との別れは経験して来た。それとは全く違う悲しみ。
 それが愛だと気付くのに、時間は掛からなかった。
 あの時、何故涙が流れたのか判らなかったが、今ならはっきりと判った。
 そう、私は彼を愛しているのだと。
 元同族の手から拾い上げた宝石は、以前の自分なら、絶対に生きて戻って来た
彼にも、夕星の姫君にも返す事はしなかっただろう。
 そんな気になったのも、人を愛する事を知ったから。彼女と指輪保持者が、彼に抱いている感情を理解したからだ。
 愛する人を無くした父や、グロールフィンデルが享楽に興じる理由も理解出来た気がした。――かと言って、自分がやり場の無い悲しみを紛らわすのに、同じ道を辿ろうとは思わなかったが。
 いつの間にか宴の喧騒は静まり、皆眠りに着いた様だった。
 静寂の中で、レゴラスは歌を歌い始めた。
 ヘルム峡谷の戦いで命を落とした同族と、こんな自分を愛してくれた人の死を悼む為に。
 いつの間にか白じんで来た東の空に、稲妻が走った。
 それを目にした時、背筋に寒気が走った。
 未来への不安、失う事への言い知れぬの恐怖…。
 私も弱くなったな、否、人並みになったと言うべきか。そう意味では、強くなったのかもしれない。
 レゴラスは自嘲気味に笑った。
「レゴラス、ここに居たのか」
 耳慣れた声が名を呼んだ。
「アラゴルン」
 振り向くと、それはパイプを手にしたアラゴルンだった。
 その視線の先は、レゴラスより遥かに後方に焦点を当てていた。
 レゴラスもそちらに目をやる。
 再び稲妻が天空を引き裂いていた。
「星々は陰り、東の方(かた)より、不穏な空気が流れて来ている」
 それは、黒い恐怖の所為。
 二人は顔を見合わせるが、すぐにまた稲妻へと視線を戻した。
 あの中を、指輪保持者とその従者は進んでいるのだろうか。
 アラゴルンの目は、稲妻ではなくフロドを捕らえているのだろう、と思った。
 旅は間もなく終わる。
 指輪が滅ぼされても、されなくても。
「哀しい歌だったな」
「え?」
 急に話を逸らされ、アラゴルンが何を言ったのか、付いて行けなかった。
「今、歌っていた歌だ」
 あぁ、とレゴラスはやっと理解した。
 滅多に歌った事など無い歌を聞かれて、少し戸惑う。
「私を愛してくれた人の為に出来る事は、これ位しかありませんから」
 そう言ってレゴラスは俯いた。
「泣いているのか?」
 フードで隠れてしまった表情を読み取れずに、アラゴルンは問うた。
 自分の知っている緑葉とは、明らかに違っていた。
 こんな感傷的なエルフの王子を見た事は無かった。
「いいえ。私にエルフの死など――」
「見慣れている?」
 アラゴルンは揶揄する口調で、レゴラスの顔を覗き込もうとした。
「えぇ、でも…」
 初めてこちらを向いたレゴラスは、いつに無く真剣な面持で、悲哀に満ちていた。
 それほどまでに、ハルディアと同族の死は彼にとって衝撃があったという事か。
 それが人間やエルフ、感情を持つ種族が当たり前に持っている感情だとしても、アラゴルンは何故かそれを不快に感じた。
 レゴラスはアラゴルンの節くれ立った手を取る。
「――愛する人の死には、慣れていない」
 アラゴルンにはその言葉の意味が判らなかった。



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