運命の流れが一巡りした時
〜グロールフィンデル〜
恋 人-9-


「私達は大丈夫でしたが、馬が可哀相でしたよ」
 テーブルに着きながらそう言ったのは、エルロヒアだった。
「馬と言えば――」
「そうそう。迷子の白馬を拾いましたよ」
 この言葉を聞いた途端、私の顔は凍り付いた。背中に嫌な汗が流れるのを感じる。
「彼のメアラスの一頭程で無いにしろ、あそこまで見事な白馬は、そう滅多に居るもんじゃありませんよ」
 ……間違いない。レゴラスの馬だ。
「ご覧になりますか?」
 と、二人同時に、私の方を向いて、そう言って来た。
「…い、いや…。今はちょっと…、エルロンドに――」
「父上!」
 何という最悪なタイミングだろう…。
「おぉ、無事戻ったか。私の息子達よ。馬がどうかしたのか?」
 ……最悪だ。
 心の中で、頭を抱える。
 私は気を取り直して、咳払いを一つした。
「……その馬は、レゴラス殿のですよ…多分」
「レゴラス!?」
 言うが早いか、三人が同時に聞き返す。本当にこの親子と来たら…。エルラダンはテーブルに手を付き、身を乗り出している。
 そんなに驚かなくても…。
「私が呼んだのです」
 何を言っているのだ、私は。
 平静を装い、食事の続きを始める。
「――まさか、昨夜のうちに参られるとは思わず、私の部屋にお泊まりいただいてます」
 ……そう云う事らしい。えぇ、そうなんですよ、エルロンド。
「へぇ〜、噂は聞いてますよ、グロールフィンデル様」
「レゴラスと賭けをなさっているとか」
 この双子。何処からその話を耳に入れたのか。犯人は、私の横に立つオヤジしか居ないが。
「まぁ…」
 ジロリとエルロンドを見やるが、本人は素知らぬ顔をして、私の右手の席に据わった。
「今の所、どちらに分がありそうですか?」
 エルロヒアが興味津々と言った顔で、目を輝かせている。もう一人、エルラダンの方は、憮然としている様だった。
 まさか、エルラダンもレゴラスを…?
「さぁ、まだどちらとも言えませんよ」
 三人の食事が運ばれて来た頃、私は朝食を終え、ナプキンで口を拭くと席を立った。
「では、客人が目を覚ましているかもしれませんので。お先に失礼させて戴きますよ」
 食堂を出た直後。私は今までになく脱力した。
 レゴラスが私とセックスをしに来た、とはとても言えたものではない。
 そう、これで良かったのだ。
 私室へ戻る途中、侍女を掴まえて、客室と食事の用意を頼んだ。
 その侍女の後姿を見送りながら、私は波乱の日々が始まる予感がした。
 部屋に戻ってしばらくすると、レゴラスの朝食が運ばれて来た。
「レゴラス、食事を用意させました」
 扉をノックするが、中からの返事は無かった。
「私は図書室にでも居ますから。それと今、部屋も用意させてます」
 やはり反応は無く、私は溜め息を吐く。
「エルロンドには、私があなたを呼んだ事にしておきましたから、安心して出て来て結構ですよ」
 私は諦めて、図書室へと向かった。
 そこで二時間程過ごし、一度部屋へ戻る。すると、寝室の扉は閉じられたままだったが、朝食は綺麗に無くなっていた。
「……やれやれ」
 困った王子様だ。
 その日は陽が暮れるまで、こんな調子だった。
 夕食を終えて、部屋で書き物をし始めたが、レゴラスは相変わらず、私の寝室から出て来る気配は無い。
 流石の私も心配になり、中の様子を伺う。
「レゴラス、入りますよ」
 返事も聞かず(返って来る確率はかなり低いが)、扉を開ける。
 寝台の中には、朝同様の蓑虫が一匹。モゾモゾと動いていた。
 初めての発情期。その性欲をここまで耐えるのは、かなり苦痛だろう。(自慰しているのなら別だが)
「レゴラス、大丈夫ですか? 良い加減、観念して――!?」
 盛り上がったシーツの塊に、手を掛けた瞬間。目の前が反転し、一瞬にして思考が飛ぶ。
 やられた――、と思った時には、もう遅かった。
 私の身体は寝台に押え付けられ、レゴラスに唇を塞がれていた。
 眼前にはレゴラスの長い睫。
 私は彼の髪に、指を刺し入れ、キスを受け入れると、目を閉じた。
 何度も向きを変え、私達はお互いの舌を絡ませ合う。
「…レゴ…ラス」
 私に跨がるレゴラスは、顔を上げるとニヤリと笑った。
「私にセックスの味を覚えさせたのは、グロールフィンデル様、あなただ」
 上体を起こし、夜着の腰帯を自ら解く。それを放り投げたと同時に、合わせ目が開き、レゴラスの白い肢体が現れる。
 白磁の胸から何も付けていない下半身、大腿部までが、蝋燭の灯りに浮かび上がった。欲情に猛った身体は、ただそこにあるだけで美しく、私を誘惑する。
 例えどんな腕の良い彫刻家であろうとも、この神の所業を再現するのは無理だろう。
 レゴラスは大きく息を吐くと、自分の中心に手を伸ばし、それを扱き始めた。私を見下ろし、決して視線を外そうとせず、見せつける様に。
「…っあ…ん」
 私は肘を付き、起き上がる。
「レゴラス、止めなさい」
 幾らか厳しい声音でそう告げるが、レゴラスの行為は止む事なく、その手を濡らす。
「は…ぁ…、あ…ん」
 受け切れなくなった液体が、ポタポタと手から零れ、足間の私の服を濡らす。
 レゴラスが私を挑発する様に笑う。
 すると、この気高く美しいエルフは、自らの液体で濡れた手を、後ろに回したのだ。
「はぁ…んっ、あっ! ん…」
 事もあろうか、レゴラスは私の目の前で、自慰し始めたのだ。
 肩に掛かっていた夜着が落ち、袖の長さを調節する為に結んだ紐で止まる。
「……レゴラス。今回は私の負けです。そこまでされては、あなたを抱かないわけにはいかない」
 私はレゴラスの後ろに差し込まれた手を取ると、そこに口付けた。


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